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迷宮高校の陰キャクラン  作者: 多真樹
第1章 陰キャなるもの
1/25

プロローグ

新規ストーリー始めました。

あらすじのほうでも一番下に書きましたが、この物語は『迷宮世界で男子高生で斥候職で』の世界観を継承しています。主人公は変わりますが、登場人物が若干リンクします。合わせて読むと面白いかもしれません。

それでは('ω')ノ

(2021.2.25)


途中でエタっていましたが再開です。全体推敲しつつ、ラストまで投稿していきます。

それでは('ω')ノ

(2025.4.12)

 噴水から勢いよく水が上がって、快晴の日差しの中でキラキラと光っていた。

 日曜の昼下がりである。

 補助輪を外したばかりの子どもが不安定にペダルをこぐ姿や、それを見守る両親。

 公園のベンチで集まって、ゲーム機やカードゲームに没頭する小学生たち。

 老夫婦が穏やかに散歩していたり、手をつないだ男女が初々しい会話を紡いでいた。


 そんな平穏の中、突如として大音量のアニソンが響く。

 驚いてよろめく自転車、一斉に画面から顔を上げる小学生、老夫婦はひっくり返りそうになり、近くのカップルが慌てて支えていた。

 どこから聞こえてくるのかと不審に思って視線をさまよわせれば、色つきのマスクを六人六色被ったジャージ男たちが生垣から颯爽と飛び出してきた。

 ひとりが素早く担いだ三脚にビデオを設置している間、噴水をバックに五人がタイミングぴったりに踊り出す。

 少し遅れて残りのひとりも混ざり、六人は息を合わせてステップを踏む。

 体型はまちまちだが、ひとつの生き物のように指先までシンクロしていた。

 かなり高度なレベルだと素人目にもわかる。

 両親は自転車を支えたまま、子どもたちは揃ってポカンと口を開き、老夫婦は腰をさすりながら初々しいカップルに礼を言う。


 唐突すぎて呆気に取られたものの、通行人の目は割と真剣だった。

 公園に現れた異物を、プロ意識すら感じるダンス集団を排斥しようとはしなかった。

 自然と目を惹かれる動きに足を止め、笑みを浮かべてしまう。

 お腹の突き出た太っちょや、手足が棒のようなガリガリな体型がいるのに、指先までブレることなく曲に合わせてぴったりと当て嵌まっているのはどんな魔法だろうかと。


 間奏に突入すると同時に、六人が順に得意なダンスを披露する。

 ロボットの動き、片手逆立ちからのヘッドスピン、空中で前転宙返りを決めたと思ったら、トランポリンで跳ねたみたいに今度は後転宙返りを決める。

 太っちょはとりあえずポーズだけ取っていたのもくすりと笑わせる。

 全員が並の運動神経ではなかった。

 体操選手顔負けの身体能力を持つものもいれば、コンマ一秒まで突き詰めて揃えた六人の動き。

 曲の終わりに一列に並んだ彼らは、礼儀正しく腰を折った。

 たまたま居合わせ足を止めた観客たちが、絶大な拍手の雨を降らす。小学生は笑えるダンスにすげーすげーと興奮した。


「お集りのみなみなさま、貴重なお時間をどうも! それでは陽気に撤収!!!!」


 黒マスクの太っちょが声を張り上げると、彼らダンスマンはいそいそと、それでいてキビキビと整然とした動きで人々の前から去って行った。

 三脚とビデオカメラの回収も忘れない。

 滞在時間はアニソン一曲分と少し。五分もなかっただろう。

 だが、その強烈な存在感と無害でエンターテインメントな姿が人々にウケた。

 撤収して一分ほど遅れて、制服を着込んだ男女が五名、駆け足で公園に現れた。


「学校外での許可のない騒音行為は認められていない。覆面六人組をなんとしても捕まえろ」


 凛々しい少女がスカートをなびかせながら、引き連れてきた生徒たちを辺りに散らせる。

 左腕には風紀委員長の腕章が光っていた。

 委員たちと一線を画すように、金糸の刺繍で煌びやかに威を放っている。

 整った面立ちはキリッと引き締まり、明るい茶髪は肩口で切り揃えられてさらさらと風になびいていた。

 感情を押し殺したような声は低いが耳に優しく、腰に手を当てた立ち姿は、モデルのような手足の長さと色気を漂わせる肉付きで公園の衆目を集めた。


「ダメです、目撃情報は公園を出たところで途絶えています」

「そうか……現行犯で捕まえられないのならしょうがない。撤収する」


 しばらく公園を捜索していた風紀委員たちも、足跡を辿れずに断念して帰って行った。






 後日、動画投稿サイトに一本の動画が上がった。

 「〇〇踊ってみた」というタイトルで、マスクジャージたちが踊る動画だ。

 投稿者の名前は少し長かったが、「いちばんだいしゅきなのはお兄ちゃんなんだからね!」というらしい。

 オタク路線まっしぐらだ。

 噴水をバックにジャージで覆面姿の男子六人が、アニソンに合わせてキレッキレのダンスを踊るというもの。

 踊り切った後に速やかに撤収するが、動画はそこで途切れていなかった。

 録画のまま慌てて回収されるカメラ。

 走っているのかひどい画面の揺れの後、どうやら藪に突っ込んで身を潜んだようだ。

 一分ほど公園をただ映すだけの映像が流れ、制服姿の風紀委員が公園へ駆け込んでくる姿をズームで映した。

 風紀委員長の腕章が眩しい少女にピントを合わせ、立ち姿をじっくりねっとりと革靴から健康的な太もも、そして迫力ある胸元をじっくり五秒ほど舐め回した後、顔へ最大ズームで撮影している。

 許可を得ていないことの配慮からか、学生の彼女たちの目元には編集で黒目線が入っており、プライバシー保護にも一応気を使っているのだとわかる。

 だが、腕を組む少女を映しながら、「フヒヒ」と気色の悪い声が入ったのがいけなかった。

 ありていに言えば気持ちが悪い。と、そこで映像が切れた。

 ちゃんねる登録よろしくね~という電子音声とテロップが流れる。


 ただ踊ってみただけの動画なら星の数ほど動画配信サイトにアップされる昨今――風紀委員から逃げつつゲリラダンスを行う謎の覆面集団(おそらく高校生)という構図が面白かったのだろう。

 結構な数のコアなファンがついた。

 黒目線で隠しているが美少女感を漂わす風紀委員長のファンもなぜか急増し、登場と共に『委員長様!』の愛称で親しまれ、「かわいい」「ふんで」のコメントが殺到する。

 これは青春を明後日の方向へ消費する六人――陰キャなるものたちの迷宮学校の物語である。





●〇〇〇〇〇





 春――

 出会いの季節とも呼ばれている。

 新しい自分を再発見、あるいはデビューするきっかけにもなる変化の春。

 本当の私デビューできるかは個人差にもよる。

 あるいはどうしてそこに行き着いたのかわからない思考回路で、変質者へジョブチェンジしてしまう輩もいることだろう。

 僕はいま、どちらかといえば後者寄りの老婆の前に立っていた。


「ちょいと待ちなされ、若者よ」


 と道を歩いていたら突然横から声を掛けられたのだ。

 支えもないのに頭に水晶を乗っけた斬新なお婆さんだった。

 ゴテゴテした紫色の装束は、金縁で目に痛い。

 猫背の小さな身を包んで座布団に正座していた。

 押し入れにしまわれた座布団の臭いのする老婆だ。

 ちなみに車道はガードレールを跨いで結構な車が行き交っており、老婆がちんまり座っているのはシャッターを下ろした店前である。

 そう、野外なのだ。

 縁側で猫を膝に乗っけてぼうっとしているほうがお似合いかと思うが。


 骨皮しかない萎れたお婆さんは、「そこのおまえだ」と言わんばかりに枯れ枝のような指と、やけに力強い目力を僕に向けてきていた。

 人を指さすのは失礼だと思うのだが、まるで心臓に指を突きつけられたようで下手にごまかせない迫力があった。

 そもそも見た目からして圧倒的な存在感だというのに、声を掛けられるまですぐ横にいることに気づかなかったことが驚きである。

 ちょっと手を伸ばせばおばあさんの頭の水晶に触れる距離と言えばわかるか。

 あまりの近さに仰け反り気味である。

 急に現れたようにも思えた。そんなことあるはずもないのに。


 歩きスマホしていたわけでもない、あるいは少しだけ新天地への想いを馳せていただけだった。

 前を向いていたし、なんなら物珍しさにキョロキョロしていた。

 陽から入学する高校へ通うための、これから三年間お世話になる学生寮へ向かっている途中なのだ。


「――え? なに? 僕?」

「そう、そなたに話しかけておる。そなたはどうやら日常に不満を抱きつつも自らで切り開く意欲もなく、ただ流されるままに愚痴や悪態を吐きながら過ごす愚者の相が出ておる」

「初対面でひどいディスりよう……」


 言っちゃなんだが当たりである。なおのこと抉らないでそっとしておいてほしい。

 返事をせずにさっさと歩き去ればこれ以上絡まれることもなかっただろうに、老婆に返事をしてしまったのは小心者の性格ゆえか。


「ぼやけた世界しか内に持たぬ故に何色にも染まるが、自ら色をつけて染める気概もない。いわゆる陰キャ主人公のオーラを持っておる」

「なんだよ、陰キャ主人公って……」


 途中までは何のディスリだと思って聞いていたが、最後の最後で突っ込まずにはいられなかった。

 おまえが主人公だと言われて、恥ずかしながらドキリとしてしまったのは内緒である。付属の陰キャが余計だ。


「ハーレムものの主人公になれる器量はないが、頑張れば美少女と付き合える素質は持っておる、と水晶には出ておる。主人公じゃからの」

「え、うそ。やった」


 ちょっと褒められるとすぐに信じてしまう。僕の悪いところである。

 あと、水晶は頭の上にあり、水晶に出ているからといっておばあさんの目では読み取れないけど、そこらへんどうなのと言いたい。

 あるいは千里眼でも持っているのか。話の腰を折るのは申し訳ないので言わないが。


「途轍もない努力がいるのう。具体的には、何度も死ぬ必要がある」

「いくつ先の来世の話っすか……」


 ズーンと落ち込む。できれば今世で付き合いたいよと泣けてくる。


「一方で双子の妹とは仲が悪く、互いに仲良くしようとも思っておらんのぉ。しかし思考回路が似通っており、知らぬ間に同じ高校を受けているという阿呆でもあるようじゃ。そなたには家族愛がないのかのぉ」

「酷い言われよう……」


 というかただの通行人が双子だってなんでわかる。

 ちょっと背筋がゾクッときた。本当に霊能力でもあるのだろうか。

 それとも僕の素性を知っていて声をかけた? 高校の関係者? ちょっと警戒心が働く。


「そなたには家族が引き金となるようじゃ。どんなときも愛情を忘れないようにすることじゃの。彼女が欲しければなおさらじゃ。家族の為すことを寛大に許し、助けを求めていたら手を差し伸べるのじゃ」

「難しいことをおっしゃる」

「あるいはあるがままを受け入れることじゃ。曇りなきまなこで見定め、決めよ」

「その台詞大丈夫なの? ゆくゆく狼に育てられた娘さんと出会えるんですかね?」


 ときどきギャグなのかわからないブッコんでくるので油断ならない老婆だ。

 ところで、双子の妹はいわゆるギャルである。

 陰キャが立ち向かうにはきつい。なぜなら二言目には「キモい」だからだ。劣等感を刺激する鋭利な凶器で何度も刺してくる。心のライフはあっという間にゼロだった。


 妹から一方的に嫌われており、なぜかもわからない。ある日突然嫌われたのだ。喧嘩をした記憶もない。

 仲直りをするにも嫌われている理由に心当たりがない。傍にいるだけでキモいと思われているのかもと考えてしまったら最後、安易に近づけなくなった。

 なぜ苛つかせているのかわからないから、なおさら仲直りがどうこうというレベルではない。


「ところでこの世界には秘宝というものがある。たった六つだけ存在し、同じ所持者を強烈に引き寄せるアイテムじゃ」

「唐突だなぁ。家族仲をどうにかする方法を教えてよ」

「ひとりではなにもできんじゃろうて。じゃが、選ばれしものは自然と集う。さすれば奇跡は起こる」

「それって矢に刺されないと見えないやつ? 幼い頃に熱を出して生死の境をさまようとかしてないけど」


 茶化してみたが老婆の目は片時も笑っていない。

 それが不気味であり、いやに説得力を持っている。


「そなたはいずれ大成する器じゃ。それまでの苦しい道のりに耐えうる五人の仲間を見つけることが肝要だの。道を踏み外しても掬い上げてくれる、そんな仲間を、じゃ」

「そもそも友達できるか心配なんだけども……」

「ゆめゆめ忘れるでない。これはきっかけにすぎぬのじゃ。為そうとする志こそがそなたを英雄にするであろう」

「英雄にはならなくてもいいんだけど」

「はい、五千円」

「金とんの!?」

「美少女と付き合うために必要なお布施じゃ」

「家族の話とかなんだったの?」


 ずいと出されるしわしわの手。持ち合わせがありそうな絶妙な値段設定で、ぐっと胡散臭くなった。

 こんな歳でお婆さんが乞食とは思いたくないが、実家の祖母を思い出してつい財布を出してしまった。

 家族を大事にしろと言われた気がしたが、この老婆に優しくする必要はないと思うのだが……。

 それでも強く出てこられるとそうしなければならないような気弱なところがあるので、様々な葛藤はあれ結局千円札五枚を老婆の手に乗せた。

 それをくしゃりと握り混み、にたりと皺を深めるお婆さん。


「毎度あり。そなたに幸多からん運命を」


 悪い方の夢に出てきそうな底意地の悪い笑みだった。

 反対の手でずいと手渡される布切れ。これが世界に六つしかない秘宝だというのか。一瞬、青いシルクのショーツなのかと思ってドキリとしたじゃないの。

 やっぱり騙されたのでは? という気持ちがいっそう強くなる。

 かといって、くしゃりと握り込まれた紙幣を取り戻す勇気は、いまの僕にはなかった。





 その後、僕はとぼとぼと寮へと向かった。

 高校一年の春である。フレッシュな気持ちはしなしなと萎えた。

 雑魚怪人か覆面レスラーしか被らないような青い穴あきマスクを老婆に持たされて、学校案内のパンフレットを脇に挟みつつ男子寮の玄関をくぐる羽目になるとは。

 寮長はぎょろぎょろと目を動かす神経質そうな男で、寮規則や生活のあれこれを指南する冊子を手渡され、四階の新入生フロアへと、旅行鞄を肩に提げながらひいこら階段を上がる。

 同じような荷物を抱えた男子と微妙な距離感を保ちつつ、自分の名札が掛けられた二人部屋を探し当ててがちゃりと開ける。


「……!」


 そこには赤い三点穴あきマスクを被った私服姿の男子生徒がいた。

 しゅわっちと擬音が飛び出しそうな指先をピンと伸ばしたポーズも添えて。

 音に気づいて振り返り、僕とばっちり目が合った。

 微妙な時間が流れる。

 新生活が始まる。


 ――そうそう、僕の名前は()(なし)(れい)()

 関東屈指の迷宮高校に今年入学した一年生である。

[陰キャメモ]


この物語はモテない村の野郎がメインです。女の子も一応出てきますが、男子校のノリ重視ですので、ラブコメに比重を置く後方腕組み勢は本編の『迷宮世界で男子高生で斥候職で』をどうぞ。

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