01.日常
「凛、おっはー」
「はよー」
「おはよう、美香、恵理」
桜川凛、黒髪ロングの高校二年生。成績は中の上。家庭でも学校でも面倒事には首を突っ込まず、いつも何となく生きているような普通の女子高生。教室に着くとクラスカースト上位の美香、恵理と挨拶するのが日課。凛は顔が良く、世渡り上手でクラスカーストでは上の方に位置していた。
「最近どうよ、湊くんとは」
「気になる気になる~」
美香と恵理が凛に話しかける。凛は興味ないくせにと思いつつも、二人に話を合わせる。合わせないと何をされるか分からないからだ。
「どうって……別になんともないけど」
「ふ~ん、告っちゃえばいいのに」
美香が少しからかうように囁く。湊くんと呼ばれている結城湊は、同じ高校の別のクラスにいる凛の幼馴染の男子で、凛がひそかに思いを寄せている相手でもある。凛は隠しているつもりだったが、カースト上位の二人にはいつの間にか知られていて、こうして定期的にからかわれている。
「馬鹿な事言ってないで、ほら授業始まるわよ」
席に戻る美香と恵理。凛はこの踏み込まず踏み込まれずの関係でこの二人と一応友達をやっている。
昼休み、凛が廊下を歩いていると階段の陰で美香と恵理を見かけた。二人は同クラスの気弱な生徒、八千代雫をいじめているようだった。
「ハハハ、ダっさ」
「んだよその目は!」
雫は何も言うことなく言葉と物理的な暴力にただひたすら耐えていた。この現場は何回か見ているが、凛は助けることも止めることもしなかった。標的が自分に移るかもしれないリスクを考えると絶対に首を突っ込まない方がいい。ずっとそう考えていた。
「っと、前向いて歩かないと危ないぞ」
「湊……」
凛がいじめの現場から目を逸らすように廊下を歩いていると、湊と軽くぶつかった。
「……じゃあね」
いじめの現場を見て見ぬ振りした自分を後ろめたい気持ちがあった凛はその場からすぐに去った。
「何だあいつ……」
湊は凛の様子が気がかりだった。いつもはそれなりに明るい表情をしているが、たまに暗い表情をしている。その度に理由を聞こうとしているものの、なかなか聞けずにいた。
「じゃあ席につけー、雫は……保健室か」
次の時間は担任でもある先生の社会の授業。凛はこの時間、窓際の後ろの席で窓の外を眺めている。特に注意もされないし、この先生の授業はあまり為にならないと感じているからだ。
「雫……」
凛は雫が気がかりだった。凛と雫は中学校からの顔なじみではあったが絡みはあまりない。だが何回もいじめられている所を見ると、流石に気になってしまうのは当然である。首を突っ込まないと決めているとはいえ、このままだと、湊に対しての後ろめたさもあり、少し悩み始めていた。そんなことを考えながらぼーっと窓の外を眺めていると、何かがこっちに向かって高速で突進してくるのが見えた。
「何あれ……?」
「じゃあ教科書の……」
その何かは教室の前の方の窓を突き破り、教室内に入ってきた。窓が割れたと同時に、凛のあまりにも脆い日常が崩れ去った。
「鬟溘▲縺ヲ繧?k」
「え……?」
これは何となく生きていた凛に神が与えた試練なのかもしれない。ここから凛の、凛たちの僅かな希望を紡いでいく世界を巻き込んだ物語が始まる。