明日というもの
かなり大きな塊だった。
目の前の荒れ野に突然落ちてきた。
いや、突然現れたと言うべきか。
まばたきした瞬間、
ドスンという音とともにそれはあった。
じっと見つめると
まるで呼吸でもしているかのように、
膨れたり萎んだりしている。
不気味だ。
なにかの卵か?
未知なる生き物なのか?
恐る恐るその塊に近づくと、
それは結構熱いものだとわかった。
また釣り鐘に良く似たその形には
どことなく見覚えがあるような。
モヤモヤした感覚のまま、
私はその大きな塊を避けて
先に進んだ。
私は先に進む以外に、
生きられない人間だった。
それからは、歩いている最中も、
あれはいったい何だったのかと思った。
大きな塊……膨れたり、萎んだり……
そばを歩いた時、
それは火のように熱くて、
野原を燃やしたときのような、
煙たい臭いを発していた塊。
塊から離れて、二、三分した頃、
遠くからゴゴゴーという、
地響きがしてきた。
そして、地面が次第に、
波を打ち始めたのだ。
ああ、地震だぁ。
私は波うつ地面に立っていられず、
地べたにしがみつくように伏せた。
ゴゴゴー、ゴゴゴー、ドーン、
ゴー、ゴゴゴー、ドドドーン。
激しい揺れとともに、
地べたが斜めになり、
伏せることもできなくなっていく。
ゴー、ゴゴゴー、ドドドーン、
ドーン、ドンドン……
しばらくして、
ようやく静かになった。
しかし、地べたは完全に、
立て向きとなり、
私は、どうにかこうにか、
それまで地べたからはえていた、
木にしがみついていた。
どうやら地べたが、崖になったらしい。
手が、だんだん痺れてきている。
この木を離すと、えっと、
どこへ落っこちるんだろう?
私は、もともとは道だった崖の、
下の方を見た。
あっ、塊……
さっき、
煙たい臭いを発していた塊が、
私の真下、十メートルぼどの所で、
膨れたり、萎んだりしている。
よく見ると、
塊はいくつかに分かれていて、
地面のような、崖のような岩肌で、
赤く燃えていた。
その赤黒い塊を見ているうちに、
枝を持つ手は完全に麻痺し、
私は、誰に助けを求めることもなく、
枝を手離すしかなかった。
私の体はそのまま、
燃える塊の辺りに落ちていった。
ああああ、熱い。
そう叫んでここが死に場所と
諦めたときだった。
どこからともなく大きな手が現れ、
私の体を受け止めてくれた。
手は柔らかで、芳しい香りがした。
わけがわからずに、
震えながら、じっとしていると、
その手は私を、
緑溢れる水辺に置いてくれた。
私は、手の主を知りたくて、
すぐに上空を見上げた。
霞がかかったような、
淡い青の中に、
大きな大きな顔があり、
その周りには無数の羽を持つ子供が、
飛び交っていた。
私は、なんと言っていいかわからず、
黙りこむしかなかった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
やがて、顔は、
口元を少し歪めてからこう言った。
「すまん。灸が熱すぎた。
慌てて、起き上がってしまった。
近頃、季節を入れ変えるのは、
骨が折れるんだ。
おまえが私の腹を歩いているのは
わかっていたんだが、
今の時期、
腹に灸をすえると地球の具合が
少しはましになるんでな。
怖い思いをさせて、すまん。」
「大丈夫です。ただ、私は、
先を目指すしか生きられない人間です。
どうか、もう一度、
あなたのもとに置いてください」
私は、自分でも不思議なくらい、
自然にそう言った。
「それはかまわないが、
人間はもともと、
地球の上で、大地の上で
生きるものだったんだぞ。
私の腹で先を進むものでは
なかったんだ」
顔は言った。
「そうなんですか?」
「そうさ。
今、立っているところが、
地球の大地なんだぞ」
「ここが地球の大地……
えっ、あれは?」
「水鳥というんだ」
「なんて、きれいなんだ」
「……そうか。きれいという言葉を
使えたじゃないか。
それなら、
そこで先を進むほうがいいぞ。
明日というものに向かって、
一歩一歩。
きれいなものはまだまだあるからな」
「明日というものか……」
私は、明日というものが
どんなものなのか、気になってきた。
顔は、荒れ野となった肌が痛痒いのか、
頬を掻きながら、私を見つめている。