そうだ、魔王になろう。2
異世界に転生し、久しぶりの女型魔王になってから約半年。
季節は秋となり魔族からの税と人間側にあった村からの税も納められ、魔王はその確認作業で多忙を極めていた。
「あー、龍種のこの税って…税なのか?」
目録にトリミング中に剥がれた鱗、妻の嫉妬により毟られたヒゲ、深爪で切れた爪etc…
こんなのどう役に立つのかと唸っていると、様子を見に来たマガラが答えをくれた。
錬金術に使用したり、幹部兵士の防具や武器に使われたりするとのこと。
あまり魔物と遭う事のない人間界に売るとかなりの金額になるらしい。
併合した人間の村、最果てのキラグからは小麦粉と鶏の玉子、家畜の乳、女達が織った布などがあった。
すぐに時間が止まっている宝物庫に入れられ、玉子や乳はいつでも新鮮に使える。
「マガラ、この村の布で私に簡素な服を作ってくれ。」
「…承知致しました。また行かれるのですか?」
「息抜きくらい良いだろう。私が出奔してもいいのか?」
「魔王様の心の安寧を図るのも私の務めと承知しております。」
「ふふ、苦労かけるな。」
「私の幸せにございます。」
再び目録に目を通すと不可解な税の一覧に首を傾げる。
魔族は魔素があれば生きられるので、食事は嗜好品という位置付けで一次産業はほぼ皆無。
だから税と言うより、各種族の不用品が集められているようなものだ。
一度各種族の不用品を持ち寄ってバザーでも開くと楽しいかもしれない。
面白かったのは、スライムによる“古い角質をやさしく食べ…取り除きますチケット”だ。
前世で水族館にいたドクターフィッシュを思い出す。
そして誰がスライムと意思疎通をして代筆したのかを考えると微笑ましいものがある。
「魔王様、この度の税でオーク種からの税が上がって来ておりません。如何なさいますか?」
「オーク種って…あのオークか。何も持ってなさそうだよな。以前の税では何が上がってきている?」
「ドングリでございます。」
「イベリコ豚か!!」
「いべりこ?ですか?そのドングリも自分達で食べてしまったようです。何か罰を与えなければ示しがつきません。長の者達を招集しますので、魔王様は然るべき措置をお願い致します。」
「ああ、分かった。私は少し休憩をする。村から届いた玉子と乳を使って菓子の試作をしてみる。」
「承知致しました。私が先に厨房へ行って準備して参ります。」
そそくさと執務室を出て行ったマガラの背を思い浮かべて、宰相の仕事範囲から逸脱しているなぁと思ったが本人は楽しんでるみたいだし、良いかと納得した。
魔素を操り、料理しやすい服を纏う。色は黒なので、なんだかカリスマパティシエのようだ。
料理の腕も上がったような気分になってくる。
厨房に向かうと用意させた以上の物が揃っており、普通の果物から禍々しい色の南国フルーツっぽいものもある。その横には得意げな顔をしたマガラと、緊張した面持ちのシェフたち。
「さて、プリンでも作るか。たぶん、玉子と牛乳と砂糖を適当にーっと。」
3分経ったらこの世の物と思えない暗黒のスライムもどきが皿の上に乗せられた。
訳の分からないフルーツも添えられて一層毒々しい。
「流石は魔王様…何がどうなると新しい魔物が出来上がるのやら…」
「ふむ。やはりレシピがないと難しいものだな。」
皿の上で意思を持つかのようにウゴウゴと蠢く黒い物体を二人で突いていると、部下の一人が厨房へと駆け込んできた。
「何事ですか。」
「はっ、先程転移陣よりオーク種の長達が参りました。如何なさいますか?」
「もう来たのか。…ふむ、丁度良い。ここに連れて参れ。」
「え、あ、はい!」
部下の背を見ていたマガラが疑問符を浮かべてこちらを見る。
「一石二鳥ってやつだ。」
そんな言葉にマガラは分かったような分からないような気の抜けた声を出す。
やや少し経つと地響きのような音が聞こえ、扉が開いたかと思うとオーク達がスライディング土下座をしてきた。
勢いの余った者はマガラの靴裏に頭を抑えられて止まった。
「「「この度は実に申し訳ございませんでしたーーー!」」」
「全く礼儀のなっていない方達ですね。死にたいのですか?」
マガラがにこりと微笑むと厨房の温度が急激に下がった気がした。
シェフ達は先程(新種が誕生したあたり)から隅でガタガタと肩を寄せ合い震えている。
「まあ、良い。お前達には仕置をする事が決まっている。さあ…お砂糖とスパイスと素敵な何かで出来た新しい生物だ。これを全て喰らったのなら今回の税は許してやろう。」
三匹の子ぶt…三匹のオーク達の前に出されたのは皿の上で喰われまいと蠢く何か。
「ま、魔王様、一つお伺いしたいのですが、これは何を使って生まれたモノでしょうか?」
「ああ、玉子と牛乳と砂糖を使って出来たプリンだ。私のお手製だから絶対に残すなよ?」
オーク達は震える手で受け取り、誰が先に食べるか目配せをしあうと…
マガラはにっこり微笑んでブツを三等分に切り分けた。
おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ…
地獄からでも聞こえてくるような怖ろしい何かが聞こえてきたが、皆は聞こえないふりをする。
「さぁ、食べやすいように切り分けました。魔王様が下賜されたモノです。綺麗に食べるのですよ。」
切られてもなお蠢くそれを、オーク達はそれぞれ手に取り…目を瞑って口に入れた。
一斉に気を失い倒れたオーク達を見やり、ふむ。と首を傾げる。
前世では料理が得意なはずだったのだが…と思い起こすが、レシピや誰かの顔が思い浮かび、嫌な気持ちと共に靄の中に消えていく。
「まあ、良いか。オーク達の仕置はこれで済んだ。さて、と…少し視察に出て来る。」
「……承知致しました。お気をつけて。」
何か言いたげなマガラを尻目に、瞬間移動でキラグへと転移する。
前と同じ村の端に転移すると、以前はガリガリに痩せていた犬が少しふっくらとして尻尾を振ってこっちを見ている。何か餌になる物は無いかと異次元に手を突っ込んでみたら、ゴン太もまっしぐらのジャーキーが出て来た。
「あっちの物も出せるのかっ…!!」
ジャーキーを片手にに呆然としていたが、犬がちょうだいとばかりに足下に戯れ付いてきたので頭を撫でてやる。
口元にジャーキーをやると、犬は嬉しそうに咥えて涎を垂らしながらカミカミしている。
もう一度犬の頭をわしゃわしゃと撫でてから村の方へ足を向けた。
「…どうするんだ?」
「どうするって言ってもなぁ、まだ生きてるみたいだし。」
「病気が感染るのも嫌だしな。触りたくもないし…」
村の中央付近で人が十に満たない程度に集まっている。先程聞こえてきた言葉に自然と引き寄せられ、人垣を避けて転がっているモノを見る。
饐えた臭いが鼻を突き、一瞬顔をしかめたのだが…その臭いを発しているのが人だと分かると目を見開いた。
「これは村の者か?」
「アッ、こ、これは魔王様!この者は今朝ここにたどり着いたようで…その、私達にも分からないのです。」
「見た感じですと、何かの病を得ているようですし…皆で困っていたんですぁー。」
「そうか。とりあえずは…汚物は消毒だヒャッハー!」
水の塊にその者を含ませ、まるで洗濯機のように回し浄化の魔法をかける。
ぐるんと回転させながら適当に服とズボンを魔素で作り上げて纏わせる。
泥で汚れていた顔が見えると、割と整った顔立ちをしていた。
髪は栗色でどこにでもいそうな青年と気付く。
「モブ顔だな。」
その言葉の後には何事も無かったように、青年が地面に横たわる。
「流石は魔王様です!このように小綺麗になるとは…しかし、皮膚の赤い斑点からして人に感染る病ですな。高熱が出ているようですし…」
「この程度なら大丈夫だろう。」
ポケットに手を突っ込み、手の中にエリクサーを作り上げる。
それを青年の口に突っ込み、鼻を摘めば苦しそうにエリクサーを飲み込んだ。
青年は体をビクンと痙攣させると、恍惚とした溜め息を吐いた。
「あ…あぁ…俺はいったい…」
宙に視線を彷徨わせ、村人の顔を見回す。
「あんた良かったな。魔王様のお力で助かったよ。」
「ああ、本当に運の良いヤツだ。」
「お前さん、どこから来たんだい?」
「俺…お、俺は!あの聖光薔薇教から!助かった…のか?」
「せいこーそーびきょー?なんだいそれは?」
お前知ってるか?と村人達は顔を見合わせていたが全く分からず、助けを求めるように犬と遊んでいる魔王様に声をかける。
「魔王様、男が目を覚ましたんですが、せいこーそーびきょーなんて知っとりますか?」
「んあ?あー、よーしよしよしー。新しいコンビニか何かか?」
それまで魔王に全く気付いていなかった青年が、話の流れ的にこの方が自分を助けてくれたのだと悟る。
「このお方が俺を?…マオ様、清らかな魔法が俺に流れるのを感じました!あなた様は女神様です!この様な見ず知らずの俺をお助けいただき心より感謝致します!聖光薔薇教の教えなんかよりあなた様の清き御心の方が余程尊い!いや、そのお力も見目麗しい様も全てが尊い!マオ様、俺は一生あなた様のお側で仕えたい!」
膝を折ってキラキラした目で見上げてくるモブ男にどうしようかと困っていると、騒ぎを聞きつけた領主のサキュバスが現れた。
「魔王様、騒動にいち早くに来れなかった事を深くお詫び致します。」
「あ、ああ、この男の事情聴取を任せる。私は村を散策しているから情報をまとめたら報告に来い。」
「はっ、確と承知致しました。」
これで面倒事から解放されると散策を開始する。ドナドナと連れて行かれる青年は悲哀を目に溜めてこちらを見ていたが、何も関係ないよ?と気づかないふりをした。
久しぶりに村を見渡せば、以前よりも活気に満ちていて村と言うより町に近い勢いがあった。
以前はあったのか無かったのか分からない掘っ建て小屋の冒険者ギルドも、今では立派な建物となっていた。
つい前世の微かな記憶が心を刺激し、ギルドの扉を開けてみる。
酔っ払いの冒険者に絡まれるだろうかとドキドキしながら足を進めると、冒険者達は立ち上がらずに一斉に跪いた。
「え?」
困惑しながら受付嬢がいるカウンターを見れば何故か消えていた。
気配はするのでカウンターを覗き込めば、ギルド職員全員が跪いていた。
「なんでやー。」
ぽつりと呟いてみると、ギルドマスターらしき人が立ち上がり声を上げる。
髪を七三分けにして眼鏡を掛けているが、真面目そうなだけではないと鋭い眼が物語っている。
「魔王様、この度はどの様なご用件でいらっしゃったのですか?」
「お前がギルマスか?」
「はい、拙いながらもキラグのギルドマスターを務めておりますサジルと申します。」
「サジルをなじる…いや、何でもない。冒険者登録をしたい!」
「…申し訳ございません魔王様。魔王様は討伐される側でございます。」
「お前、見た目の通り辛辣だなぁ。」
「ありがとうございます。ですが、依頼などは出来ますよ。一つ如何でしょうか?」
「ふむ。竜の巣にこやし玉を投げ入れて来た者には宝物庫にある好きな物をやろう。」
「……では、書類はこちらになります。」
ー山脈のてっぺんにある竜の巣にこやし玉を投げ入れろー
難易度 ☆☆☆☆☆☆☆☆
報酬 魔王様の宝物庫にある好きな物
依頼人 魔王 様
投げ入れる時には私も空から見守るので安心して欲しい。
その後の戦闘にはノータッチだが。
おおいに笑わせてくれることを期待している。
依頼掲示板にこれが貼り出される事になるのだが、この後歴史的遺産になることを今は誰も知らない。
依頼書を出した後はギルドの酒場で呑んだくれて、近くの冒険者に絡み肩を組んで蛍の光を歌って覚えさせて好きなだけ騒いでギルドを出る。
埃っぽい道を歩けば、秋の匂いを含んだ風が火照った頬を冷まして行く。
遠くで子供達の遊ぶ声に女達の賑やかな声、男達の笑い合う声が耳を楽しませる。
「いいなぁ。」
こんな村の雰囲気がずっと続けば良いなと柄にもなく思う。
あてもなく歩いていると、向こうからサキュバスが飛び降りて来た。
話がまとまったのかと聞く体勢で待ち構える。
「お待たせ致しました。」
「手短かに頼む。」
「はい。向こうに大きな山がござまして、そこを総本山とし聖光薔薇教なる宗教団体があるようです。男性至上主義で聖なる光を持つ男を探しているとのこと。あの青年はその山の向こうにあるサウジス村の兵士でして、聖なる光の気配がすると団体に引き抜かれたようです。ですが、一ヶ月前に病を得て放逐されたようで、ここキラグに辿り着いたのが今朝のこと。後は魔王様の御覧になった通りでございます。」
「つまり?」
「青年、勇者の気配がする。でも違った。病気、キラグに転がり込んだ。魔王様助ける。青年、魔王様に仕えたい。」
「分かった。サキュバス、後はお前に任せる。褒美に名前をやろう。お前はサリーだ。」
サキュバスはサリーと名付けられた瞬間に体の内から力が漲り、魔王様の魔力が巡るのを感じた。
ふと涙が溢れ、魔王様がぼやけて見える。胸の奥から溢れる敬愛や畏怖が自然と膝をつかせる。
「身に余る光栄…命の限り魔王様に忠誠を。」
「ふむ。励めよ。」
今日も良いことをした。一日一善、なんて清々しいことであろうか。
そんな気分で瞬間移動により自分の城へと帰る。
その頃、転移陣の使用を却下されたオーク種族長の三匹は、歩行で自分達の村を目指していた。
「なあ、今回の魔王様は色々と破格だよな。」
「ああ…何をどうすれば新種なんて作れるのやら。」
「でもさ、アレを食ってから頭の中がスッキリした気がするんだ。今なら100まで数えられる気がする。」
「マジかよ…これで俺らもモテモテってヤツか?」
「童貞卒業間近か?やべーな。俺、体力持つかなー?」
「サキュバスの姉ちゃんに強引に奪われるとか…妄想が捗るn…ん?なんだアレ?」
人と馬の気配がすると茂みに身を潜めていると、男達が綺麗なドレスを着た女を馬上から放り出した。
思わず飛び出しそうになったが、お互いに肩を抑えあいグッと堪える。
「ぅぐっ!!…何するのよっ!!公爵令嬢にこんな事をして許されると思っているの!?」
「ははは、お前のような女狐など聖女様の前では塵に等しい。こんな山奥に捨てられたら獣や魔物がお前を綺麗に食ってくれるさ。良かったな、少しは獣の腹を満たす役目が出来て。じゃあな、無能な公爵令嬢様!」
男達が去り、女は縛られている手をどうにかしようともがいている。
涙一つ見せずに今をどうにかしようと足掻く。その様な状況でも凛とした姿はまさに公爵令嬢。
オーク種族長達は目を合わせて、どうしようかと考える。
深く考えてみても良い案は浮かばず、茂みから姿を現してみた。
「ひっ!!」
やはりと言うか怯えられた。
何というか三匹ともちょっと傷ついた。
「あ、あー、俺らはオークだ!オークと言えばこれからどうなるか分かるな?」
「シャベッタァァアア!!!」
「おい、気品どこ行った?仕事しろ。」
「とりあえず俺らの村に連れて行く。あとは…へへっ、俺らの慰み者だ。」
「い、いやぁ…絶対にイヤ!!◯ンタマ握りつぶしてやるからっ!!」
「…まぁ、その、歩け。」
絶対に歩かないと言う令嬢を、オーク種族長の年長者がお姫様抱っこで運ぶ。
暴れるので落とすぞと言うと静かになった。
そのうち飽きて来たのか、令嬢はオークの腕の中でぐーすかと眠ってしまった。
夜になってようやく村々が見えてきた頃、令嬢はたくさんの気配を感じて目を覚ます。
「ここは…」
「俺の村だ。皆、自然発生したヤツばかりで雌に飢えてるんだ。」
オーク年長がニヤリと笑えば、令嬢は青い顔をしながらも逃げる算段をする。
しかし、縛られている手はどうにもなっていない。
「おーい、お前らとっておきの土産を持ってきたぞ。今夜は宴だ!!」
そんな長の声に村が騒然となり、それぞれが宴の用意に奔走する。
「で、何がどうなってるの?私を太らせて食べるの?」
令嬢の前に広げられている料理の数々。
どれもこれも美味しそうで、宮廷料理なんて比じゃない。
「美味そうだろ。あいつ、以前は魔王城で料理長してたんだ。年で引退したけど、腕は落ちてない。」
「そ、そうなんだ。」
「ほら、これ美味いぞ。たっぷりと食え。」
手が縛られているのでオークからあーんされてる令嬢。
最初は拒否したのだが、脇を擽られて口を開けた瞬間に食べさせられた。
一度食べてしまえばもうどうにも拒否出来ず、むしろ今は催促をする。
そして宴も終わり、それぞれが寝ぐらへと散って行く。
ついに来たか!と令嬢は舌を噛み切ることも厭わないと決意をする。
「さぁ…今夜はこの村の長である俺から相手をしてもらうぞ。」
「い、いやぁ……………ってあれ?」
ふかふかのベッドに乗せられ、隣に寝たオークに身構えたのだが…
オークはちゃんと互いに布団が掛かるように直して眠る。
「へへへっ…これでお前は俺のガキを孕むんだぁ〜頑張って産んでくれよ。」
「…どういうこと?」
「ほら、早く寝ないと幸せのホワイトドラゴンさんが子供を運んで来てくれないだろ。早く寝ろ。」
「あ、はい…。」
令嬢がふっかふかのベッドで目を覚ますと、隣にはあのオークが居なかった。
用を足したいなぁーと起き上がって家を出ると、あのオークが元料理長と話をしていた。
「ん?小便か?」
こちらに気づいたオークが色々と察してくれる。
村の公衆用足し処の前に連れて行かれ、手の縄は解かれた。
汚い甕を想像していたのだが、城でも見たことのない白い陶器で出来た窪みのある椅子があった。
どうすれば良いのか迷ったのだが、窪みがあると言うことはそこにしろって事なのだと把握した。
ドレスをたくし上げて座る。
「ふぅ。」
そしてこの不浄をどうするべきなのか…
横を見ると[用足しの後は必ずレバーを引いて流してください。紙も流れます。]とイラスト付きで描かれてあった。
紙…白くて柔らかく丸まっている。どこまでも伸びそうなので途中で切り取る。
流れると言う事はこれで拭いて流せと言う事なのだろう。
やわらかぁ〜い〜♡
レバーを動かすといきなり水が大量に流れて、不浄と紙は流れて行った。
そこにあるのはただの白い陶器椅子。
「神かよ。」
令嬢は拳にグッと力を込める。ダメだ惑わされてはダメだ!ここは魔界のオークの村だ!
あのオークなんだから騙されてるに決まっている!
決意を新たに外に出ると、あのオークが柄杓を持って待っていた。
「ほら、手を洗えよ。ハンカチあるか?」
「紳士かよ。」
釈然としないままに村の真ん中に連れられて行く。
「長、昨晩はお楽しみでしたかい?」
「勿論よ!今日はお前達にも楽しみを分けてやる。」
「流石は長!もう俺待ちきれないぜ!これで脱童貞だ!」
「俺も俺も!」
ついに来たかと唇を噛み締める。
さっきの用足しで手は解かれていたが、あのオークが腕を掴んで居て逃げれそうにない。
もし逃げたとしても、すぐに追いつかれるのは分かっている。
ここはやはり公爵令嬢として尊厳を守る為に自分の舌を噛み切ろう。
決意を込めた目で近づいて来たオークを睨みつける。
「い、行くぞ…えいっ!」
「……………へ?」
柔らかいけど、中にみっしりとした筋肉が詰まっている男くさい感触に包まれる。
気づけばハグされていた。
「へへへへ…雌を抱いちまったぜ!もう童貞なんて呼ばせねーぞ!」
「やべーなお前!そんな乱暴に抱いてよ。次は俺なのに壊れたらどうすんだ!」
「次は俺なんだから優しく抱いてやれよ?」
「分かってるって。俺は紳士的だからな優しく丁寧に抱いてやるよ。」
「おぉぉーもうたまらねぇーなー俺も早く抱きたい!」
どこか緊張してまごまごしてるオークがそっと近づいて来て、頭を撫で撫でされる。
優しく引き寄せられ柔らかく抱きしめられる。オークの心臓がバクバクと脈打ってるのが伝わってくる。
そっと腕を解かれてまた頭を撫でられた。
「ど、どうだ、俺はテクニシャンだったろ。」
「あ、…うん。」
そんな事が何度も続き、ヘトヘトになって来た頃にあのオークが嫌な笑みを浮かべる。
「そんなんでへばってんじゃねぇ。次は新たに魔王様が考案されたお仕置きだ!さあ、これを食え!」
長の言葉に元料理長が皿に乗った何かを持って来る。
皿の上でふるりと揺れ、上の方は茶色で下は黄色のもの。
周りにはカービングを施されたフルーツが綺麗に飾られている。
ニヤニヤとしたオークがそれをスプーンで掬い、口元へと近づけてくる。
得体の知れないものに鼻を効かせると、甘くてほろ苦いような匂いがしてくる。
なんだか美味しそうな毒物で死ねるんなら本望かしらと口を開ける。
「クククッ…どうだ、あの世が見えるようだろ。」
「んっ…んん……見える…もう、ダメ、しゅきっ…♡」
魔王様が考案したプリンというお仕置きは、元料理長が作るとこの世の物とは思えない最高のお仕置きプリンとなった。
一度食べるとそれが頭を離れず、中毒症状を起こすという危険な物へと昇華された。
「なあ、マガラ。今日も平和だなー。」
「そうでございますね。」
「勇者でも攻めて来ないかなー?」
「魔王様、それはフラグと言うやつですね。」
今日も魔王様は平和だった。