教会務めの神官ですが、勇者の惨殺死体転送されてくるの勘弁して欲しいです【短編版】
青い空、小鳥たちの歌。
さわやかで良い朝である。
いい加減寂れた庭の手入れがしたいな。埃をかぶったステンドグラスを磨くのもいい。
ああ、良い朝だ。本当に良い朝。
「……この匂いさえなけりゃな!」
祭壇に続く扉を開け、俺は泣きたくなるのを必死にこらえる。
むわっと鼻を突く生臭い匂い。
見渡す限り一面血の海。
無造作に散らばった肉片。
魔物との闘いで死んだ勇者は“神の加護”だかなんだかで教会へと送られる。
だが彼らを蘇生させるのは神じゃない。そういう細かくて面倒な仕事はいつだって下々の人間の仕事。
つまり俺の仕事なんだよ!
「ああ、面倒くせぇなもう! いったいどんな死に方したらこんな事になんだよ!」
肉片が返事をするはずもなく、俺の声がただただ小さな教会に響き渡る。
この肉片を繋げて繋げて蘇生して……終わるころにはきっと日が沈んでる。
おかげで庭の手入れもステンドグラス磨きもできやしねぇよ!
*******
「ん……うう」
ぼさぼさの金髪をかき上げ、目を擦りながら起き上がった女。
しばしボーっと虚空を見つめていたが、やがてハッとしたように体に掛けていた薄い布を胸元に引き寄せる。
「わっ、わっ、な、なんで、服がない……!?」
「贅沢言わないでくださいよ。肉片に引っ付いた布切れまでつなぎ合わせろって言うつもりですか」
「ひえっ!? 誰!?」
状況を飲み込めていないらしい女は、俺の顔を見るなり悲鳴にも似た声を上げる。
そういえば肩に初心者勇者の証である若葉マークがついていたが、もしかして。
「死ぬのは初めてですか? 見ての通り、ここは教会、私は神官です」
「し、死んだ……私、死んだの?」
「そうですよ。それはもう、酷い有様でした。バラバラのあらびきミンチになっていて、まとめてこねて焼けばハンバーグが作れたでしょうね」
「う……うう」
記憶が整理され、今更恐怖がこみあげてきたのだろう。
女はガタガタと震えだす。
「……風邪を引いてはいけません。とりあえずこれを着なさい。ただの布の服ですが」
「あ、ありがとう」
「ハイ。銅貨十枚になります」
「お金とるの!?」
「当然です。神官だって霞を食って生きているわけではありません。蘇生料金の銀貨三枚も合わせて寄付のご協力を」
「あ……あの、荷物は一緒に届いていませんでしたか? 杖とリュックなんですが」
布の服に腕を通しながらそう尋ねる女勇者に籐の籠を差し出す。
中に詰まっているのは、血まみれの布切れや泥。
「肉片……失礼、あなたと一緒に転送されてきたのはこれだけです。基本的に勇者が死ねば荷物も共に送られてくるはずですので、あなたが息絶える前に魔物かなにかに奪われたんでしょう」
「そ、そんな……」
顔を蒼くし、またもガタガタ震えだす女勇者。
嫌な予感。
「あの、銀行口座はお持ちですよね? ギルドカードでのお支払い――失礼、寄付もできますので」
「……ごめんなさい」
無一文かよ!!
俺は頭を抱える。一日がかりの面倒な仕事を完璧にこなした真面目で敬虔な神官への仕打ちがこれか。そりゃないぜ神様。
「……じゃあ後払いでも構いません。教会は貧しい勇者の味方です。馬車馬のごとく冒険をして金を稼いだら来て下さい。利息が掛かりますので返済はお早めに」
「うっ……うううっ……」
何故泣く。
泣きたいのはこっちだというのに。
「もう冒険なんて無理ですぅ。杖も防具もなくなっちゃったしぃ」
「何を言ってるんです。素手でスライム狩るなり、町でバイトするなりしてまずは安い杖を買い直しなさい」
「でもあの杖が無いと……ううっ、もう勇者なんて無理! やめます。やめて場末の酒場かなんかで働きます!」
おいおいおいおい!
タダ働きは勘弁だ。それに彼女が勇者をやめたら、教会本部からの補助金分すら貰えなくなる。
俺は内心叫びだしたくなるのを必死に抑え、聖職者の表情を仮面のごとく張り付ける。
「……おお勇者よ、辞めてしまうとは情けない」
「そんなこと言われても!! 怖いんだもん!!」
俺は泣きじゃくる彼女の肩にそっと手を置く。
「良いですか、勇者よ。“怖い”という感情は知識で封じ込めることができます。つまり、対処法が分かれば怖くないのです」
「対処法って……どんな魔物に殺されたかも分からないのに?」
「どんな魔物に殺されたかは見当がつきます。貴方の杖、先端に宝玉かクリスタルのようなものが付いていませんか?」
「え……? はい、付いてますけど」
やはりそうか。
布切れや泥にまみれた籠をまさぐり、血に塗れた黒い羽根を取り出す。
「恐らくはバケモノカラスの羽根です。ヤツらは光物を好み、宝玉付きの杖を持った魔導師を襲うことが良くあります」
「な、なるほど……確かに私が旅をしていた森はバケモノカラスの生息地でした。でも、その、私は細切れになってこの教会に送られてきたんですよね? バケモノカラスに襲われて、そういう風に死ぬでしょうか?」
「この時期、ヤツらは卵を産み雛を育てます。魔力を持つ魔導師は肉に宿るエネルギー密度が高く、雛たちの良い餌になります」
「……と、いうことは」
「餌にされたんでしょう。雛たちに啄まれたせいであなたの体は細切れになったのです」
女勇者は口元を押さえ、目を見開く。
しかし実感はないはずだ。今際の記憶は蘇生時に消えていることが多い。
恐怖とトラウマで冒険を止めてしまう勇者が出ないよう、神様の粋な計らいというヤツだ。
「ま、大丈夫です。相手が分かれば怖くない。ヤツらは樫の大木の頂上に巣を作り、子を育てます。あなたの荷物は恐らくそこにあるでしょう。鳥系の魔物に炎魔法は良く効きますが、山火事を起こしかねないのと荷物を燃やしてしまう可能性があることから推奨できません。親鳥が狩りに出ている隙に水魔法で巣を落とすのがお勧めです。バケモノカラスの雛の肉は柔らかく珍味として重宝されます。炭火でじわじわ焼くと美味い。ギルドにもっていけばそれなりの値で売れますよ」
「く、詳しいですね」
ぽかんと口を半開きにした女勇者に、俺はにっこり微笑みかける。
「ええ。ここには日々冒険の半ばで命を落とした勇者たちが色々な姿で送られてきますから。情報も自然と溜まって来るんですよ」
そして、お前のような無一文冒険者からのツケもどんどん溜まってくる。
この前一ヶ月の収入と労働時間計算したら、俺の時給銅貨四枚だったんだぞ!
ガキのお駄賃だってもう少しもらっているぞ!?
という叫びを何とか堪え、俺は女勇者に微笑みかける。
「大切なものは自分の手で取り返しなさい。偵察と準備は怠らないこと。そうすれば神様はきっとあなたの味方をしてくれるはずです。神のご加護があらんことを。そして教会への寄付にご協力を」
ああ神様、たまには俺の味方もしてください。
******
「……またあなたですか」
祭壇の前で目を覚ました、金髪の魔導師勇者。
今日は胸の辺りに大穴が開き血に塗れたローブを纏っている。
死んだにも拘らず、彼女の表情は明るい。
「神官さん! やりました。杖と荷物を取り戻したんです」
「それは良かったですが……親鳥への対策を怠りましたね?」
「へへへ、雛の肉を捌いていたら後ろからクチバシでブスッといかれちゃいました」
全く、簡単に言ってくれる。
心臓の再建はめちゃくちゃ大変なんだぞ。
まぁ、全身細切れよりはだいぶマシだが。
「でも、今日はちゃんとお金持ってます」
「それは素晴らしい。では蘇生費二回分と布の服代、そして血塗れになったカーペットのクリーニング代分の寄付にご協力を」
「カーペット代は聞いていないのですが……」
「洗っても血が落ちなかったので」
「いいじゃないですか、どうせまた汚れるんだし、元々赤いし。いっそ血で染めちゃえば?」
何言ってんだこの女。
テメーの血で染めるぞ。
「ああ、そうそう。お土産あります!」
そう言って彼女がリュックから出したのは、樫の葉に包まれた鶏肉。
「おお、雛鳥の肉ですか! 神もお喜びです。さっそく炭火で焼きましょう」
「その代わり、親鳥への対策を教えてくれませんか? 食べながらで良いので」
甘えるように上目遣いをする女。
全く、図々しい女だ。
しかしきちんと手土産を持ってきた点は評価できる。
「仕方ありませんね。頻繁に死なれては困りますし」
「ヤッタ! あ、私も鶏肉食べるので塩と串下さい」
「塩と炭火使用料として寄付のご協力を」
いつも血生臭い小さな教会に、今日は肉の焼ける香ばしい匂いが充満する。
お陰でステンドグラス磨きと庭の手入れはまたもや延期になりそうだ。