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94:北門周辺9


お久しぶりの投稿です!

今回はノーランとサーリーの居る北門です!

次回くらいからマイとディルの居るギルドに戻る予定です!

それでも宜しかったらどうぞ!

 


『……サーリー、時間だ』


「……うんっ! もうちょっと待って!」



 サーリーは、自身の頭上で蠢く()()()()()()()()発せられる言葉に大きく頷いた。

 立ち上がったノーランの視線の先にあるその魔力の塊……闇の精霊は、腐敗王から発せられる汚れに汚れた濃密な闇の魔力を取り込みつつヒトにとって無害なただの魔力に変換していた。そうで無ければ、マイの≪結界≫が施されていないショータ達は猛毒に侵され身動き出来なかったろう。



「……あらら〜。随分、強そうな精霊さんやの〜」


『ダメだよムスタファ〜。変な事言って怒らせたら、ボク達みぃんな、亡き者にされちゃうよ〜』



 馬獣人の父親の方であるムスタファは、自身の頭の上に座り込む存在に注意されながらも穏やかな表情を崩さない。



「え〜、フロスト、それは言い過ぎと違うか?」


「ムスタファ様っ! 今は精霊と遊ぶ暇ありませんから!」


「え〜? アル君、そうは言うけど、私らちゃんと働いとるよ〜? ね〜?」


『ね〜?』


「あぁああっ何奴も此奴も緊張感のカケラが無いなぁっ!!?」



 ノーランとユーリ王子達の居る場に近寄るいばらの蔓を、頭上で槍を回転させながら排除するのは漆黒の甲冑を纏う、ユーリ王子の従者であるアルフレッド。その取りこぼしをムスタファがのんびりとした口調とは裏腹に正確に弓矢で射抜いていく。息子であるタルファは競走馬を思わせる細い体躯だったが、ムスタファは上半身が筋肉質で馬の下半身も胴と脚が太く力強い。魔力を乗せない弓の通常攻撃はルアンよりも威力は高く感じられた。


 ちなみに火属性のアルフレッドの長槍は、ムスタファにくっ付いている雪だるまにぬいぐるみの様なむちむちの手足がくっ付いた水の精霊、フロストの付与で一時的な属性変化を与えられている。

 ……確かに、働いている。しかし、それでも叫ばずには居られないアルフレッドの血管の浮き出た額と血走った目を見たモエは、全て終わったら胃薬を1瓶行きそうな彼をショータと共に止める事を心に誓った。そんな彼女は自身のテイム・モンスター、ハリネズミ型モンスターのぴぃちゃんととあるツテで仲間になったグリフォンのケンちゃんが飛び出さない様に襟首掴んで止めていた。



 背後の出来事を気にする事なく、ノーランは眼前、サーリーの頭上で蠢く魔力の塊を見詰める。

 ノーランには、見えていた。サーリーに首飾り宜しくくっ付いていた、蛇の姿とは全くの別物になった闇の精霊が。



「弱ってたって話だったか……それが、お前の本来の姿か?」


『……少し、違う。サーリーと共に在る為に我が肉体は1度、完全に崩壊した。……今の我は、ルシファーから授けられた()()()()()()()()の竜核によって再構築されている』



 ノーランの問いに応えた低い声は脳内に響いているが、その言葉に覇気は無く穏やかとさえ言えた。そうしてその声の後、サーリーの頭上で蠢いていた闇の魔力が突然弾ける様に四散する。そしてルアンにテテ爺とその弟子、セイロンとファレン、ショータ達に馬獣人の父子はサーリーの頭上に釘付けになった。そしてそれは、腐敗王も含まれている。



『……ああ、懐かしき我が同胞(はらから)よ。その様な姿で生き続けるは、さぞや苦痛であったろう。……今日が、汝の夢が終わる日となる』



 四散した魔力の中心に、20歳前後の均整の取れた体躯の青年が立っている。正確には何も無い空中に立っている様な姿で浮いている、が正しい。

 男だと分かる重低音の声は、耳にではなく頭に直接語りかけている。青年は黒い下履しか身に付けておらず、ディルムッドやノーラン程では無いが程よく引き締まった体に、表情が無い為に男とも女とも呼べる中世的な美貌が際立つ美しい男だと思われる。

 ……しかし、最も目を引くのは右頬と右腕全体、心臓がある左胸、そして、背中の中程まで伸びている艶やかな黒髪でほぼ隠れている背中全体に広がる、闇色の鱗。ルシファーの色を彩られたその顔には、サーリーと揃いと呼べるだろう美しい紫紺の瞳が妖しく輝いていた。



『グギャア、グギャアアアアアア!!!』



 腐敗王は、青年の姿を見て認識した途端、絶叫しながら後退った。ぽっかりと空いた自身の眼孔から、黒く濁った血涙を零しながら。……鱗を纏った青年に向けられた畏怖を、もしくは憧憬を、その場の冒険者達は感じていた。

 鱗を纏う青年はそんな周囲の状況に、特に腐敗王の挙動に不思議そうに首を傾げた。



何故(なにゆえ)、泣くのだ? ……まさか我が、恐ろしいのか? ……何故だ。悲哀も恐怖も絶望も、最後に残る()()に塗り潰されるというのに。向かってくるならまだしも……』



 忘れたのか、と。鱗で分かり辛いが少し悲しげな表情になった青年は、腐敗王を見詰めた。腐敗王の耳障りな鳴き声の中、その青年の言葉はこの場に居る全員に良く聞こえていた。



『……ならば名乗ろう。我は()()()()()()()()そのモノ。……(ゆえ)に、汝らは我を憤怒(ふんど)と呼ぶ』



 闇色の鱗を纏う青年の言葉に、テテ爺は無意識に口を開いていた。それは恐怖から来る無意識の行動だった。



「まさかっ……憤怒のラース、だと……!?」



 異世界≪リヴァイヴァル≫には様々な種族のヒトとモンスター、そして魔力が集まり意思を持った精霊が存在する。

 火・水・風・土属性の精霊は数多に存在するが、闇の精霊は7体、聖属性の精霊は1体のみである。


 闇の精霊は条件を満たした状態……今回の場合、サーリーに施されていたサタンの≪聖結界≫維持の為に使い果たした魔力を、周囲に漂う腐敗王の魔力を取り込み一定以上回復した状態で新たな依代、体を得る事で本来の力を取り戻している。そして闇の精霊の名は、生まれながらに持つ能力の方向性により人の欲望を己の名にしている、と言い伝えられていた。


 強欲のグリード。暴食のグラトニー。色欲のラスト。怠惰のスロウス。嫉妬のエンヴィー。傲慢のプライド。……そして、憤怒のラース。


 その力は、≪名無しの軍団(ノーネーム)≫襲来と同じく、創造神からギルドに緊急依頼として発令される程の脅威である。



『……サーリー。もう、あまり時間が無い』



 これ以上は弄れないと声を響かせる鱗を纏う青年、憤怒のラースはテテ爺達を気に止める事なくサーリーを呼ぶ。ラースの視線は、腐敗王から離れない。



「うん! ……ノーラン」


「……何だよ」


「あの()はここに居た冒険者の人達と、ユーリ王子達と、私と闇の精霊さんとで大丈夫だから! だから、ノーランは王子様の所に行って! ……私の分まで()()()()するの!」



 私が探してたの知ってた筈なのに隠れてたから、と空中にふわふわと漂うラースの足首を掴みながら笑うサーリーに、ノーランは苦笑しながらその小さな頭を撫でた。



「あの生ゴミ見て()()()たぁ、サーリーは大物だな。それに……お仕置きなぁ?」


「そう! ……あ、これを使ってお仕置きしてね!」


「……ぇ、ええぇ」



 そうして、サーリーは自身の『アイテムバッグ』からある物を取り出し、ノーランが腰に付けていた小さめの『アイテムバッグ』に押し込んだ。

 ちなみにこの時、ノーランの眉間のシワと酸っぱい物を食べた様な口元はサーリーによってスルーされた。



「これは……まぁ、俺は気にしないが……というか俺達の周りに居る奴等の方へのダメージの方が高い気が……?」


「細かいの、気にしない! だから、頑張ってめろめろにして王子様を調教(よいこ)にするの! ……分かった?」


「お前にくっ付いてる精霊には碌なのが居ねぇな!」



 ノーランはサーリーのあまりの言い様に、思わずサーリーの頭上で無表情ながら若干嬉しそうな雰囲気を宿していた憤怒のラースに苦言を告げたが……。



『失敬な。発案はシルフで、計画を練ってサーリーに伝えたのはウンディーネとノームだ。……我は、違う』


「止めねぇ時点で同罪だからな!?」



 ノーランの心からの叫びも意に介さず、ラースは魔力を纏う、鱗に覆われた右腕を軽く振る。指先まで鱗に覆われ、その爪はモンスターの鉤爪を思わせる鋭さだった。

 腕が振られた直後、ノーランの体に闇の魔力が纏わり付き、そのままふわり、と宙に浮かせた。少し動揺したノーランに、憤怒のラースはその紫紺の瞳をノーランのペリドットの瞳へと向けた。



『我が同胞の魔力満ちたこの空間は、()()と少々時間の流れが違う。再構成された我でも、これ以上の介入も改変も今は難しい。()()()()も間際……少々乱暴な手段だが、許せ』


「…………はぁ。何だか分からんが、それが必要なら構わん。……俺が行かなきゃ、始まらねぇんだろ?」



 ならお前に任せる、とノーランの言い放った確信と信頼が込められた溜息に、憤怒のラースは数度の瞬きを繰り返した後……ほんの少し、口角を上げた。

 それがサーリーと共にあった、今この場に居ない精霊達が見たら昏倒する出来事である事を本人達のみが知らない。



『……使命第一だった、堅物過ぎるあの方が何故に心狂わせたか不思議だったが…………竜種の本能さえ飲み干せる汝だからこそ、か』


「あ?」



 憤怒のラースは、それこそ戦場には似合わない穏やか過ぎる声音をノーランの脳内へと響かせる。



『竜種の本能は情が深く、純粋が故に強過ぎる。……通常の神経なら、ディルムッド達と再開した頃に汝の心は竜種そのものだった筈。……しかしノーラン、汝のヒトとは思えぬ強靭な心は、確かにヒトを保っている……一部とは言え竜種の力を扱いながらも、本能を(おの)が矜持と理性でギリギリまで押さえ込み、持ち堪えたのは異常だ』


「……これは褒められてる、んだよな?」



 脳内に響く声音は確かに穏やかで称賛しようとしている雰囲気は何とか伝わったが、古めかしい言葉を使っている為なのか、ノーランには褒められてる感覚が全く無かった。ノーランの言葉を肯定する様に、サーリーは必死に頷いていたが。

 ノーランとサーリーが会話する中、憤怒のラースは話は終わりだと言わんばかりにぐるぐるとノーランを中心に闇の魔力を練り込む。後、ほんの少しの刺激で爆発する様な、そんな高濃度の魔力がノーランに集まるのを感じたユーリ王子は、ノーランを庇う様にサーリーとノーランの間に体を滑り込ませた。



「待て! サーリーっ、ノーランをどうするつもりだ!?」



 そんな、顔を青褪めさせたユーリ王子にサーリーは、心からの微笑みを返した。



「この闘いを、マイと、ディルと、ルシファーと、ノーランと、王子様に……終わらしてもらうの!」



 そう。今のサーリーの心には確信しか無く、恐怖は存在していない。

 精霊達と故郷(デスペリア)を彷徨い旅していた時に感じていた孤独……愛していた家族と知人が側に居ない哀しみと、無意識で理解していた愛する家族の無残な最期への怒り。幾夜も、愛する人々に出逢えない世界を無意識に呪いながら、涙で頬を濡らす旅の方がサーリーには恐ろしかった。


 あの日。マイとディルムッドに出逢い、ルシファーと出逢い、サーリーの心は癒された。

 そして、今この時。ユーリ王子が青空から現れ……サーリーの心は、救われた。


 今思えば、心の何処かで皆に必ず出逢えると理解していたからこそ……サーリーは心を病まず、気丈に振る舞えていたと言える。

 意味が理解出来ず不安げなユーリ王子に背を向けたサーリーは、魔力の中心に居たノーランを見上げる。


 ノーランが行く前に、サーリーにはちゃんと聞きたい言葉があった。



「……ねぇ、ノーラン……王子様の事…………好き、だよね?」



 サーリーは昔を……本来の時間にしてみれば、遥か彼方の過去を振り返る。『言葉は力である』と言ったのは、誰だっただろうか、と想いを馳せる。



「あ〜〜……そうだなぁ」



 言いたい言葉を伝える術を失い、愛する人と理不尽に引き離された人々にサーリーは想いを馳せる。この闘いが繰り返される度、そんな理不尽が繰り返されてきた。サーリーは、これ以上の哀しみを許容出来なかった。

 だからこそ、この闘いを今回で終わらせたかった。



「『俺達と一緒に生きたい』っつって、鼻水垂らして泣く顔も可愛いだろうなって妄想する位には……惚れてるよ」



 まぁアイツ言わなそうたけどな、と締め括ったノーランはサーリーから顔を背けた。幼いサーリーの言葉にノーランは何一つ誤魔化す事なく、真剣に己の言葉を返していたのがサーリーには嬉しかった。

 サーリーにもそうだ、と分かったのはノーランが羞恥から顔と言わず上半身までも真っ赤に染めていたからである。嘘も誤魔化しもしなかっただろうノーランに、サーリーは満面の笑みを浮かべた。



「……サーリーに何かあったら、俺だけじゃなくて鬼嫁と白虎にも狙われると思えよ?」


『心得ている』



 ノーランのドスを効かせた言葉に憤怒のラースは頷き、右手の親指と人差し指を弾き、ぱちん、と音を鳴らした。

 瞬間、ノーランに纏わりついていた闇の魔力が弾け、紫色の光が虹色の閃光となり……ノーランの姿は、その場から消えていた。

 同時に、サーリーからぐしゃ、と何かが潰れる音が聞こえ……サーリーは自身のローブ、内ポケットがある場所を微笑みながら撫でた。ありがとう、と小さく呟きながら。

 それとは対照的に、眼前から消えたノーランの姿にユーリ王子は呆然と立ち尽くしていた。



「……消え、た?」


「違うよ。時間がギリギリだから、ディル達の所に転移したの。……もう、出来ないけど」


「そっ…………ぎ、ギリギリ、とは?」



 問い詰めようとサーリーにぐっと近寄ったユーリ王子は、自身をじっと見詰める闇の精霊を視界に収めながら言葉を選んだ。憤怒のラースの怒りを買わない為の英断だ、と本人と周囲には見えていたが……憤怒のラースは、只々懐かしさでユーリ王子を見詰めていただけだ、とサーリーだけが知っている。



「だって『団長』の……ナナシを出現させられる時間、1時間切ってるみたいだから」


「「「「「は……はぁ!!?」」」」」



 だからノーラン説得するの大変だった、と何度も頷くサーリーに、ユーリ王子……だけでなく。

 その背後に居た、戦闘を開始しようかどうかと悩む冒険者達と勇者一行の開いた口も塞がらなかった。



「……」



 そんな中、ただ1人。

 オレンジ色の髪を靡かせるエルフだけがギルドのある町の中央を見詰め……そんなエルフの髪を撫でる、小さな妖精の姿があった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ラースさんたらっよく解ってらっさる!素敵な半裸身デスネっっ!!(* ̄∇ ̄*)←喜ぶ貴腐人 ラースさんの同胞、怠惰さんと暴食さんにはお正月中大変お世話になりまして…ええ、ホントに…←食っちゃ寝…
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