91:サーリーサイド2
サーリーが頑張ってます。第三者視点です。
サーリーは、救援要請で北門に向かう途中だと言う、マイに≪結界≫を掛け直してもらおうと立ち寄ったオレンジ色の髪のエルフと小さな妖精の姿がギルドに現れた時、いつか見た夢を思い出した。
『夢で見たのっ! お願い私も連れてって!!!』
そう言えば、マイが反対してもリカルドが説得してくれるとサーリーは知っていた。これから何が起こるのかも、朧げに理解していた。
しかし朧げになっている事象はまだ確定されていない未来の為、これからのサーリーの行動で変わる事が多々あった。
その為サーリーは、自身の隣に居てくれる相棒に願った。
『ルシファー……ルシファーのお母さんの竜核、私に半分くれる?』
『りゅ……いいよ!』
快諾したルシファーは、自身のダックスフンドに似た少し長い胴体を短い前脚で撫で摩り、犬だったら丁度ヘソが有るだろう下腹をググッと押し上げ……喉を膨らませながら、何かを勢い良く地面に吐き出した。
『ぐ……ぐえっぷ!』
『何のお……ってルシファー何吐いてるの!!?』
この時、ディルムッドは「にいねぇちゃん」と共にディランと戦闘中だった。マイが音に反応しディルムッドからサーリー達に振り返ったが……。
『ほらマイは前向いて! ディルが蹴り飛ばされてるよ!』
『ディルっ!?』
サーリーの言葉に意識をまた戦場に戻した。この時から、マイは「にいねぇちゃん」からの念話にも答えなければならず、サーリーの行動を止める事が出来なかった。
そしてルシファーが吐き出したのは、サーリーが握り締められる程の球体だった。周囲は黒に近い紫、そしてよく見れば、中央に真っ白い球体があった。この不思議な球体こそが竜種の第2の心臓とも呼べる竜核……ルシファーの吐き出した物は、形見として受け継いだ母親の竜核だった。
吐き出した竜核を、ルシファーは言われた通りに分ける為に噛み砕き、2つに分けた。
ふわり、と竜核から魔力が動く気配がし、次の瞬間には砕けて割れた竜核が、大小2つの綺麗な球体へと変化していた。
先程とあまり変わらない大きさの濃い紫の竜核と、サーリーの親指程の大きさの白い真珠の様な竜核。ルシファーは迷わず、主が求めていた紫色の竜核を差し出した。
『はい!』
『……っありが、とう。…………ごめんね、ルシファー』
竜種にとって、竜核は自身を強化……進化するのに必要不可欠な物である。
ルシファーが、もう少し成長してから母親の竜核を用いて進化したなら。今、この世界に存在する竜種の中でも5本の指に入る程の実力となっただろう。
『……ルシファー、ねぇちゃまもる! かあしゃんとも、ノーランとも、やくそくしたの! だから、はんぶんこしても……おこられない! だからねぇちゃ、がんばれ!』
サーリーの望む未来を、ルシファーも見ている。
だから笑って、母親の形見を差し出せるのだ。
『ぅん……行ってくる。ルシファーは、マイとディルを、……助けてあげてね』
『うんっ!』
そしてこの間にリカルドに説得されたセイロン達と共に、マイの制止も振り切ってサーリーは北門へと向かった。
セイロンは現れる人型のアンデッドを、右肩にファレン、背中にサーリーを背負った状態で蹴り飛ばしながら進んだ。そして、もうすぐ北門の広場に着く……そんな時に、サーリーはセイロンに頼み≪結界≫を破壊させた。
『……自殺志願者なのか?』
『違う! ……皆揃って、勝つ為なの! ……それに、セイロンさんは断らないし……断れないもん!』
『! ……そう、成る程ね。……言うこと聞いてあげましょ、セイロン』
『……、何故?』
『だってこの子、多分だけど……私達の探し人よ。今しっかり媚とかないと、私達のお願い無視されちゃうわ! ……勝算は、あるんでしょう?』
サーリーは、頷く。
セイロンとファレンがギルドに現れた事。
ルシファーから、闇の魔力を多量に含む竜核を託された事。
……ノーランとファレンを、今この時、引き合わせる事。
それこそが、この悲しみ溢れる闘いを終わらせる、サーリーの勝算だった。
『……うん。……だから、お願いします!!!』
そして、訪れた北門。
門の方では溢れたゾンビ軍団を相手に冒険者達は戦っているらしかった。屋根の上を走って北門に辿り着いたサーリー達は、冒険者達が推している状況なのを確認してから、昨日まで露店広場だった場所へと近付いた。
北門広場は、強烈な腐敗臭漂う死者の土地とも呼べる場所となっていた。
臭気に混ざるのは、不快にしか感じない程に濃密な闇の魔力。サーリーの様に闇の精霊の加護や≪結界≫などを持たない状態で深呼吸しようものなら、即座に猛毒に侵され死に至っていたかもしれない。マイの≪結界≫が無ければ、今の戦況は最悪となっていただろう。
生者を嘲笑いながら、腐った血と肉を振り撒く死者の国の王。まさしく『腐敗王』と呼ぶに相応しい姿の、竜種によく似た存在を、サーリーは自身の紫紺の瞳に焼き付ける。
『……行こう!』
そして、サーリーはノーランとその場で戦う冒険者達と再会した。誰一人欠ける事なく無事だった事にサーリーは安堵した。
しかし、ノーランの状態だけはサーリーの予想よりも進行していた、だからサーリーは、自身が見た数多の夢の中で、今この場での最善の行動に出た。サーリー自身の苦痛を伴うソレに付き従ったのは、闇色の魔力を纏う蛇の姿をした精霊のみ。
サーリーを慕う他の精霊達は今、マイ達の側で、彼等の魔法を最大限に活かす為に尽力していた。
本来ならサーリーを守護する精霊達にとって、サーリーの死に直結する様な危険な行為は回避すべきで、止めるべきだと分かっていた。
しかし彼等は……闇の精霊は、誰よりも知っていた。
サーリーが、今回でこの闘いを終わらせる事を。サーリーにはどうしても叶えたい……今しか叶わない、望みがある事を。
『忘れてたって、構わないの…………私を、知らなくても……ひっく……おもっ……だし、て、なんて……言わないっ……ひっく、ワガママも……今日、だけで……もぅ言わない、から……っ』
闇の精霊は、いばらの蔓に拘束されたサーリーの体を這う様に移動する。精霊の口には、ルシファーから託された竜核がある。
闇の精霊はそのまま、スルスルとサーリーの装備したローブの内ポケットに入り込んだ。
『……生きて、るだけで……笑って、くれてるだけで……っ構わない、からっ…………今日だけ、だからっ……』
闇の精霊はサーリーの内ポケットにあった、銀細工の首飾りにあしらわれた猫目石にその竜核を触れ合わせた。
『とぅ、さ…ぁ………助けに、来てえええええぇっ!!!』
サーリーの視界に溢れた、虹色の光の中。
晴天の向こうから、1度だけ会った少年少女と黒騎士、見知らぬ獣人らしき姿が見え……サーリーの1番近くで、白銀の甲冑を纏う金髪の天使を思わせる男がこちらに向かって腕を伸ばす姿に……サーリーは心からの安堵と共に、精霊達と目覚めてから実感し、マイ達と過ごす事で心の奥底に閉じ込めた……孤独という名の怒りと哀しみ、全てを笑って受け入れた。
『そっかぁ…………私達、ディル達のお陰で笑えてたんだ』
なら全部終わったら、ディルには謝った後にオヤツを半分あげよう。
そう心の中で決めたサーリーは、光の中で伸ばされた腕を、しっかりと掴んだ。
『っ……来てくれて、ありがとぅ……………………とぅさま』
小さな小さな、万感の想いが込められた言葉。光の中聞き取れたのは、闇の精霊だけだった。




