90:北門周辺6
第三者視点で進みますが、冒頭だけサーリーサイドっぽくなってます。
それでも宜しかったらどうぞ。
ぱちり、と瞬き一つ。
白しかないどこまでも続く世界に1人、サーリーは立っていた。
『ココは、オマエの夢の中』
サーリーの頭に直接響くのは遠い昔、聞き覚えのあった艶やかな女の声。サーリーは声の聞こえた方とは逆に足を向け歩き始めた。てくてくてく、と快活な足取りで進んで行く。
『全身に走った痛みによって気をやったオマエは……瞬きの一瞬のこの最中、白昼夢を見ているのじゃ。……まあ状況的には走馬灯の方が近そうじゃが』
そうなんだ、それはすごい、とサーリーは頷きながらも歩みを止めない。そうしなければ帰れない事を、彼女は既に知っていた。
『……走馬灯とは、死の間際に視る己の心に、魂に刻まれた記憶を見る事。……オマエは今、死に直面しているのじゃぞ? 巫女達に対価として自ら≪結界≫を破壊させた愚かなる娘よ……我には聞こえてくるぞ。守られるべきオマエの≪結界≫が瞬く間に破壊され、それを知った養い親達の絶叫が……』
……だって、必要な事だった。
帰ったら、マイとディル、ルシファーとノーランにもしっかりごめんなさいしようと心に決め、サーリーはまだまだ歩き続ける。
艶やかだった女の声に、ほんの少しの苦味が混じる。
『オマエまで、我に対してその様に振る舞うか……生き残れると思うのか? そうまでして、この箱庭を救いたいか?』
「箱庭なんかじゃない」
サーリーは足を止めずに、顔だけで背後に振り返る。
「……マイが居て、ディルが居て、ルシファーもノーランも……王子様も居る。皆、必死で自分と、大事な誰かの為に一生懸命なの。……だから父様も、必死になって守ってる。……この世界はもう、箱庭なんかじゃないよ…………カミサマ」
振り返った先に、人影は無かった。艶やかな声も沈黙してしまう。
サーリーは苦笑しながら、それでも足は止めなかった。
「……もうすぐ、逢える……」
ただそれだけを思い、白い世界を一人、サーリーは歩き続けた。
――――――
ぱちり、と瞬き一つ。
……どうやら白昼夢から覚めたらしい。
サーリーは体に巻き付くいばらの蔓によって吊り上げられ、眼前にはアンデッド化した竜種……腐敗王が口を開けて笑う様に鳴いていた。
『グギャグギャギャギャアアアア!!!』
その轟音の様な鳴き声に、覚悟していたとはいえサーリーは怯む。そして体に巻き付くいばらの蔓には鋭いトゲがあり、体に力強く巻きつかれる程トゲが食い込む。
セイロンに頼み込み≪結界≫を破壊させたサーリーの服はところどころ裂け、その幼い腕と足に血が滲んでいた。
「サー、リーを……っはな、せぇ!!!」
サーリーに興味を完全に移した腐敗王に、ノーランは這い蹲りながらも近寄っていく。
熱さから鎧を脱ぎ去っていたノーランは上半身裸で、傷痕残る右胸を掻き毟りながらも腕を伸ばし赤い剣を取る。
ノーランの黒い短刀は、炎の熱に耐えられず溶けた鉄となった。
「ノー、ラン……私、大丈夫………………泣か、ないで」
サーリーの、痛みから来る脂汗を流すその顔にノーランは激怒した。
ノーランの纏う青い炎が怒りに煽られ、泡立つマグマの様に蠢く。他の冒険者達が腐敗王にもノーランにも近寄るのを躊躇する程に、その炎に込められた魔力は濃密だった。
痛いだろうに、ノーラン達を安心させようと笑顔を作ろうとしている幼女を見上げたノーランは、気力だけで赤い剣を支えに立ち上がる。
しかし自身の腕、その小指にまで青い炎が……触れる物全てを焼き尽くす青い炎が揺らめくのを見て、ノーランは絶望する。
ノーランの目尻にあった涙の粒は、一度の瞬きで蒸発した。
「クソがっ!!!」
ファレンの歌は途切れない。腐敗王の叫びの中でもノーランの耳にはっきりと届く。ノーランは胸を焼く苦痛と掻き毟りたい衝動を無視し、邪魔する様に集まり出したいばらの蔓を切り刻んで前に進む。
≪結界≫の無いサーリーに触れる事は出来ずとも、それでも彼女を締め上げるいばらの蔓を取り去ろうとノーランは攻撃を続けた。
「クソっ! クソ! ……忌々しいっ!」
それでも熱さと激痛に体は鈍り、切っても焼いても物理的に質量の増していく蔓に足止めされる。ノーランはその度に自身の青い炎を強く否定した。炎が邪魔をして、テテ爺達他の冒険者達が助太刀出来ない状態になっていた為に。自身の炎への憎悪を強めていた。
コントロール出来ない己の不甲斐なさに、怨念さえ感じられるノーランの慟哭が響く中。
「……わない、からっ…………今日だけ、だからっ……」
苦痛に呻く様な、そんなサーリーの切迫した声がノーランの耳に聞こえたこの時。
直後、サーリーの体が白く淡い光を纏う。
体の中から骨の軋む音が絶えず聞こえる中、精霊達とマイ達に大切に守られていたサーリーは、初めて感じる激痛に呻きながら涙を溢していたが……それでもサーリーは、笑っていた。
拘束される中、サーリーは杖を持たない左手を何とかローブの内ポケットに這わす。そして元々少ないサーリーのHPが、瀕死と呼べる値になった時。
「ぁ…………助けに、来てえええええぇっ!!!」
サーリーの絶叫に呼応する様に、纏う淡い光に虹色が混ざる。次いで目を焼く様な閃光がサーリーから溢れた。
『グギャアアアアアアっ!!?』
突然の事に、腐敗王は閃光の元凶であるサーリーを空高く投げ飛ばす。
そしてこの場に居る全員が、強過ぎる光と魔力に全員がその場から動けなくなる。十分な高度と勢いに、そのまま落下し地面に叩きつけられたら≪結界≫を失っている幼いサーリーは助からないだろう事を、動けない全員が理解していた。
「…………サーリー!!!」
眩い光の中、ノーランはサーリーを中心に凄まじい闇の魔力……それだけでは無い、サーリーが持たない聖属性まで感じ……。
落下するサーリーの周囲に、突然。
見知った魔力の気配が多数現れた事に、ノーランは……笑ってしまった。
光が収束する頃にはファレンの歌は聞こえなくなり、ノーランはその身に感じていた炙られる熱も、胸に押しつけられた灼熱も大分落ち着いた。
いつのまにか。
きらりと日の光を反射する白銀の甲冑が、ノーランの目の前にあった。
「……お前が、そこまでボロボロな姿を見るのは何年ぶりだろうか」
体の土汚れを簡単に払いながら、ノーランは目の前の存在の言葉に鼻で笑った。
「はっ、お陰様で。いや、重役出勤とは流石だと思いますよ、俺」
「ふふ、弱っていても憎まれ口はそのままか」
ノーランの言葉に、白銀の甲冑を纏う男はまるで天使を思わせる美貌に微笑みを携え、その腕の中にサーリーを抱きかかえていた。
サーリーは自身を抱く存在に真っ直ぐ、その顔を見上げ凝視していた。
「大丈夫か、サーリー?」
「……ぅ、うん」
そう、サーリーを抱き上げているのはユーリディア・フォン・ユートピア。
ディルムッドとノーランの祖国、隣国≪ユートピア≫の王子であり……ディルムッドを義弟と呼んで猫可愛がりしていた張本人。そして、この場には他にも……。
「何だよこれっ! 転移魔法は失われたんじゃなかったのかよ!?」
「今、そんなの言われても分かんないよ……って、サーリーちゃん!? 大丈夫!!?」
「2人共落ち着きなさい。……ユーリディア王子、御命令を」
刀を構えながら喧しく叫ぶ≪勇者≫ショータ、2匹のモンスターを従えながらサーリーにポーションを飲ませようと近寄る≪賢者≫モエ、そしてショータの隣で冷静に周囲を見渡しながら、隙無く槍を構えるアルフレッドの、3人。
ここ北門広場に、勇者一行のメンバーが揃った瞬間であった。
「……ぅうゔ……エライ所にまで来てもうたなぁ、息子や」
「だから、母ちゃんの用意したばば様のお守り忘れちゃ駄目って言ったのに……父ちゃんの自業自得」
「それを言わんといてよ〜」
そしてこの3人の背後で同じく腐敗王に弓を構える、下半身が馬の胴体、馬の首から上が人の上半身という馬獣人……マイ達の世界で言うケンタウロスの父子2人の姿もあった。
次回は番外編チックなサーリーサイド。ノーランと再開する前後のお話。
サーリー頑張ってます。




