84:ギルド前広場6
マイ視点です。
「ディル!!?」
大地をも砕いたディルの必殺の一撃に、血飛沫を上げながらディランは仰向けに倒れた。
ディルもクレーターの様に凹んだその場に膝をつき、大きく肩を上下させながら咳き込んで……って、血ぃ吐いてる!?
慌てて≪結界≫から飛び出した私を守る様に、青白まだら模様な魔導人形スタイルのカールも続く。
性懲りもなく集まり出したゾンビに、最初に使ったのとは違う小型の大砲ぶっ放すリカルドさんには止められなかった。
「ディルっ!!!」
げほげほ咳き込みながら俯くディルの、口元と……口元を覆う手のひらが、真っ赤。真っ赤や。
「あ……」
血を吐き出すディルを見た私の脳裏に浮かんだのは、私を庇って車と衝突してしまった血塗れの両親の姿。
勿論、同じ事故に巻き込まれた私は実際に変わり果てた両親の姿を見てない。
それでも駆け付け私の世話を焼いてくれた親戚の蒼褪め涙ぐむ姿を思い出すと、どんな悲痛な状況だったのか想像しやすかった。
だから全て、私の妄想。
口どころか体も周囲も血に染まった両親がディルの向こう側に見えるのは、私の妄想なんやから。
「あ、あ、アンヘ……ううう≪セイント・アンジェラス≫……ひっく、……≪セイント・アンジェラス≫……血、ぐすっ、ちぃ、はいてるやんかディルしんじゃいややあっセイン」
『『いや過剰!』』
ぺちん、と後頭部を叩かれた感触と青いぷるぷる甲冑に両手を持ち上げられた私は……号泣しながら嫌々とディルに回復魔法掛けようと自身の腕を奪い返そうと力一杯振った。あうあう嗚咽しながら必死に振ってもビクともせん邪魔すんな!!?
「けほ……にゃ、5分経ってた。セーフ。……み、泣いてるマイも可愛い」
『ディルムッドいつからそんな鬼畜趣向に!!?』
実は最初の回復魔法で全快したらしい、桃色ほっぺのディルに俺達の本のせい!? とか何とか叫ぶカールから解放された私は、ディルに飛び付いて胸板に頭を擦り付けた。
ぐりぐりぐりぐり頭を擦り付け、ついでに体も触りまくって怪我の確認。
だって、考えたら私って回復魔法ほぼ初めて使った……っていうか効果を実感した事無いから。
ルシファーのお母さんに回復魔法使っても効果無かったし。
ディルもサーリーも、戦闘中殆ど≪結界≫使ってたから回復魔法使う必要無かったし。
……ちゃんと治ってるか、不安やんか!
「にゃう……マイ。俺、大丈夫だよ?」
頭を上げれば、にっこり可愛く笑うディルの顔がある。
ぺろぺろと頬を舐められやっと安心した私は、視線をずらしディルの背後で横たわるディランを見た。
切り壊された黒い大盾が転がる横に、右肩から斜めにがっつり切り裂かれ血みどろとなった姿で同じく壊れた剣を持って転がってる。私の体は、その死体らしい死体を直視しぶるりと震えた。
ゾンビ軍団はお腐れ具合が進行しててまだモンスターって言える風体やったけど、ディルのお父さんは普通の虎獣人にしか見えへ………………ん?
「……何で……ディルのお父さん、まだ消えてない、の?」
ゾンビは倒されたら何も残さず消えるのに、と思い出した私の言葉に反応する様に、ディルは私を抱えて数メートル後方……ギルドのある方へと飛び退いた。
「……にゃ」
『ちぃっ! 核を壊しきれなかったか!』
ディランは、ゆっくりと立ち上がった。
体を斜めに切り裂かれ、その傷口からだくだくと血を零しながら。虫に食われた様に欠けた剣を、血に染まった右手に持ったまま。
ふらりふらりと体を揺らす姿は立っているだけでやっとに見える。それでも、スキルを使おうと闇色の魔力を纏い出した剣を見たディルは私の前に立ち両手に武器を装備し直した。
「カール、キールも!」
『『おおよ!』』
私を中心にディルとカール、キールもやって来て背中合わせに円陣を組む。素早いディランの攻撃から、私を守る為に。
でも……守られるだけなのは、嫌や!
私は≪アイテムボックス≫から上級エーテル取り出して頭に全て振りかけMPを回復した。自分で決めてん。足手纏い禁止って!
「……ディル、カール、キール。私が魔法使ったら突撃して! ……ツクヨミ様もそれで良い!?」
『っ……うっうむ! それでゆくのじゃ!』
「……にゃ?」
にゃんでそんな事に? と呟くディルに疑問は持ったけど後回しにして、私は大きく一度深呼吸。ディルとカールの体の隙間から、魔法を放つタイミングを計る為にディランに視線を向けた。
すると、こっちを見ていたらしいディランと私の視線が交わる。
「……え」
ディランと視線が合うのは、これで2度目。1度目は勿論、殺されそうになった時や。今思い出しても体が震える。
……だから、違和感に気付いた。間違わない。間違う訳が無い……!!!
私は目の前、隣り合うディルとカールの間から体をねじ込み腕を伸ばして叫んだ。……叫ぼうと、した。
「けっ、ひっ!?」
「危にゃ!」
私が新たに≪結界≫を発動させようとした時、私の顔に向かって鋭く尖った石が飛んで来た。投げたのはディランで、≪結界≫のある私には無意味な攻撃やった。でもディルは反射的に槍ではたき落してしまい……私は、目の前を槍が通過したのにビビって、一瞬思考が停止してしまった!
だから、私の叫びも虚しく。
ぞぶ、と。鈍く肉の裂かれる音を、私を守る為に目の前に乗り出したディルの背中越しに、私は聞いた。
「……………………にゃ、う?」
ぼたた、と。滴る血潮の音を、私はディルの背中越しに聞いた!
「あ……え……?」
ディルはよろめいて、私の前の視界が少しだけあける。
ディランは……自身の手で、自身の体に、欠けてしまった剣を突き刺してた。
剣に備わってるスキルを発動させた状態で、欠けてもなお、帯の様に黒い魔力を纏う剣で、何度も、何度も、何度も自分の胸を刺してる!
あまりの事に、カール達双子も思考停止して……ディルはディランへと駆け寄った。
「にゃぎゃああああああ!!?」
ディルが鳴き叫びながらディランの手から剣を奪って投げ捨てようとして……でも。
「ぎにゃっ!」
何処にそんな力があったのか、ディランはディルを私の方に蹴り飛ばしながら奪い返した剣を持って……私とディルの顔を見ながら、にぱっと……ディルとそっくりな表情で、笑った。
似てるのは瞳の色だけで、ディルと顔の造形は違うのに。
笑うその表情の作り方は……口から覗く八重歯まで、そっくりやった。
「とおさんっ!!!」
ディルに斬られ、自分でもぐちゃぐちゃにした胸の傷から覗く、心臓の代わりの様に存在する赤黒い球体をディランは刺し貫き。
ディルの泣き顔を見ながら、叫びを聞きながら。
ディランは笑ったまま、その姿を消してしまった。
次回、まだ出てない東西の門周辺のお話入ります。何でここでって言われそうですが入れる場所ここ位しか思い付かなかったので。
虎にゃんことアニキが頑張ってる時皆何してたの、な話です。




