81:北門周辺3
前回はディルのにいねぇちゃん…鬼ねぇちゃん?が出てきましたので、あの子もきっと見たい&逢いたいであろうアニキサイドの話を(笑)
少しグロ系な残酷表現を含みます。戦闘シーンはへたっぴです。
第三者視点で進みます。
ディルムッドが片割れである精霊と共闘を始めたその時。
ノーランもまた、北門広場にて駆け回っていた。
「おらおらおらあああ!!!」
体の奥底で眠らせていた、竜種の魔力で出来た薄青い炎を纏ったノーランは雄々しい雄叫びとはかけ離れた優美な姿……さながら神楽舞う舞手の様に足を運び、両手の大小のやいばで敵の吐き出す赤黒いブレスを切り裂き焦熱龍との距離を詰めた。
薄青い炎が神秘的な要素をプラスし、敵味方・戦闘中等関係無く視線を集める。その為、焦熱龍は不自然な体勢で一時停止……ノーランへと熱い視線を向けてしまい、そんな事とは知らずに隙と見たノーランにその都度猛攻を受けていた。
『ぐるっぎゃああああ!?』
数十回目の攻撃にばぎんっ、と金属のへし折れた様な音が周囲に響く。直後、つんざく様な雄叫びを上げた焦熱龍は、大蛇の様に長い腹の一部を血みどろにしながら尻尾を振り回し暴れた。ノーランは避けきれず荒れる尻尾に引っ掛かり10メートル程離れた瓦礫の山に吹き飛ばされるが、マイの≪結界≫でダメージ無く無事だった。
ノーランの読み通り、暴走させた竜種の魔力を纏ったお陰で火属性の耐性が上がったらしく、接近してもブレスの余波でも≪結界≫は破壊されなくなっていた。
マイの≪結界≫の外側に、青い炎で出来た≪結界≫があると思ってもらえるのが1番近いだろう。
そして喜ばしい事に攻撃も相応の効果を示し、あの焦熱龍にダメージと痛みを与えられた。ノーランは1ヶ月前の戦闘の時も狙った、比較的柔い腹側を狙って一点集中攻撃をしていた為、数枚の鱗を叩き割る事に成功した。
この割れた鱗を短刀を使って器用に剥ぎ取り、真っ赤な刀身の剣を持つ拳で文字通り殴るように斬り込んだ。焦熱龍の内臓の一部を血飛沫と共にえぐった為、ノーランは暴れる焦熱龍に吹き飛ばされていた。
しかし休む間も無く瓦礫から飛び出したノーランは、暴れる巨体との距離を素早く詰めまた攻撃を開始する。竜種は総じて周囲の魔力を取り込み自身の傷を癒すステータス≪再生能力≫を持つ為、攻撃の手を緩めるのは悪手なのだ。
「これこれ! その様に無理をするな!」
「今しねぇでいつ無理すんだよ!!!」
重々承知しているノーランの物言いに苦笑したのは回復役にその場に残っていた年老いた白髪のエルフ、皆にテテ爺と呼ばれる冒険者である。竜種との戦闘は時間と己の体力との戦いとも言われている。長期戦は願い下げだとノーランとテテ爺は考えていた。
なので出し惜しみする事なく、テテ爺は暴走させた影響で薄青い炎を纏った為ジリジリとHPを削られているノーランの為に数分置きに≪ヒール≫と≪アンヘル・ヒール≫を使用していた。
しかしこのテテ爺の言葉を聞いたもう一人の魔法使い、テテ爺の弟子は自身が右手に持つ木で出来た杖を持ち上げた。その杖には男の拳程の大ぶりの土石が埋め込まれており、魔力を込めながら杖の先を焦熱龍に向けると、その下の地面が隆起し……なんと焦熱龍の巨体が1メートル程沈み、動きを封じようと粘着質な泥が焦熱龍の巨体に絡みつく。
町への被害を減らそうとした様だったが……テテ爺は自身の弟子に呆れ、ノーランはこれに素早く対応した。
『ぐるるっ……我と、我と夫となる者との愛ある交流をっ…………邪魔するのは何処のどいつじゃあああああっ!!?』
ノーランとの戦闘中に横槍を入れられ、空気を震わせながら雄叫びを上げた焦熱龍が離れた場所に居るテテ爺含む数人の冒険者を見咎めた。そして、その裂けた大きな口を開けて見せたのだ。
それは戦闘中に何度も見た、高威力のブレスを放つ動作である。
「一欠片も愛込めてねええぇっ!!!」
ノーランは≪ライトニング≫が切ていない事を確認しながら焦熱龍の巨体を駆け上がり、暴走によって得られた能力向上状態でその下顎を殴り上げた。
所謂、アッパーカットである。
『ぐるびゃっ!?』
「生ゴミがキモい事言ってんじゃねぇぞごらっ!!!」
青筋浮かべながらの怒りの一撃に、焦熱龍は自身の牙で舌を噛んだらしく頭を振り回しながらまた暴れ始めた。
「タイマン張れねぇなら横槍入れんなっ! 次もあったらマジでお前殺すぞ!!?」
焦熱龍の頭から地面に振り落とされながら、ノーランは冒険者達の居る場所を鬼の形相で睨め付けそう叫んだ。
本来なら強敵との戦闘は複数人で行うのが常識。しかしこの相手が基本的に正々堂々・一対一の勝負を好む竜種である場合、横槍や騙し討ちが行われ激怒した竜種によって被害が段違いに拡大してしまう可能性の方が高かった。
そして竜種は≪再生能力≫を持つ為、律儀な事に相手が仲間による回復を受ける事は許容していた。この事から、竜種には強者と万全な状態で闘いたいという本能があると言われている。
……どうやらこの焦熱龍も、心底からアンデッド化している訳では無いとノーランは予想していた。
こうした理由から増援が来るまでの時間稼ぎ……あわよくば仕留めようと考えていたからこそ上がったノーランの咆哮に、テテ爺の弟子は縮みあがり……。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
鼻水垂らす勢いで、怯えた。
「ノーラン、殿……っ!」
「や、やべぇよ……!」
「あの人半端ねぇっ!」
鼻水垂らしながら謝る哀れな男。その隣にノーランへ畏怖と尊敬、綯交ぜの眼差しを送るルアン含む数人の冒険者達。そのまた隣に、呆れ気味に若者達を見詰めるテテ爺。一種、異様な光景となってしまった。
ちなみにルアン達はノーランの指示に従い半数はゾンビ軍団の方に、ルアン含む3人の冒険者は飛んで来る瓦礫やブレスの残滓からテテ爺達を守る護衛として残っていた。決して、観戦客では無い。
「おお、これこれ。大の男が泣くでない。……アンデッド化している相手にも誠意を見せようとしておるのじゃ。アレは竜種の本能、お主も心を泡立てず、回復に専念せよ。あの黒髪の口にした言葉も、気にするでない。……多分、問題無い」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなしゃ」
「ノーラン殿っ……貴殿は、貴殿は冒険者の鑑だ……っ!!!」
「「うおおおっやっちまえノーランの兄貴ー!!!」」
……ちなみにルアン以外の冒険者は、マッチョな銀狼と細マッチョな豹の獣人……権力=実力な≪デカラビア≫の住人である。観戦客では、無い。
「……ふむ。脳筋しか残っとらんのぅ……ほれ≪ヒール≫」
呆れを含んだ微笑みを浮かべながら、テテ爺はノーランへと回復魔法を飛ばす。
「…………ほんの、数十分前までは……この老いぼれ独り、何人の若者を逃がせるかどうか悩んでおったのにのぅ……分からんもんじゃ……」
最初、焦熱龍との戦闘が始まった時。テテ爺はこの場が自身の死に場所と思っていた。
剣を弾き、弓を弾き、弱点である筈の水魔法を弾いた巨大なアンデッドを倒せる姿が想像出来なかったのだ。
しかもノーランとルシファーが現れるまでの焦熱龍はアンデッドそのもの。言葉という言葉を失っていた。それ故に……。
「そうじゃな……これはアンデッドとの闘いでは無く、竜種との勝負。……己が誇りを汚す事を、黒髪は良しとはせんのぅ……」
壊れた門の周辺では、今も仲間達がゾンビの軍団と闘っている。それでもテテ爺は、心から安堵していた。
「はっはっはぁっ! その程度で俺を欲しがるとは、千年早いぞ生ゴミめぇ!!!」
『ご、ご、だと……っ!? うっうら若き300歳とちょっとの我をっ何だと思っておるのだっ!? 夫でも許さぬぞ!!?』
「誰が生ゴミを嫁にするかボケ!!!」
力持つもの同士の、子供の様な罵り合い。
これは死闘。命を懸けた闘い。しかし闘い始めた時と比べてノーランの表情は明るく、焦熱龍も口にしていた言葉とは裏腹にヒトであるテテ爺やルアン達を襲う事もない。ノーランとの一騎討ちを楽しんでいた。
テテ爺は思い出した。それは100年程前の冒険者達の間で流行っていた、目標の1つ。
毎日を充実に過ごす為、己の力量を測る為の目安。
冒険者は純粋に闘う事を好む竜種と、例えば角を折ったら、爪を奪えたら、等のルールを提案しこれを受け入れられたなら決闘の合図としていた。この時、竜種は冒険者を殺そうとはせず……只々闘いを、冒険者の武芸を楽しむ。
こうして『竜種と決闘』した冒険者は、その闘いが正々堂々とした勝負であったなら。勝っても負けても、畏怖と尊敬をいだかれる。
「……ああクソっ! 今のお前相手ならこの≪結界≫邪魔でしかねぇ!!!」
暴言に苦言を叫びながら闘っていた焦熱龍だが、このノーランの言葉に表情は明るくなった。
モンスターの世界は、弱肉強食。
それ故に、純粋に自身の力量を称えられる事を焦熱龍は喜ぶ。ノーランの称賛を、対等の勝負を望む言葉にますます焦熱龍は胸を熱くさせていたが……。
剣に鱗、爪との激しいぶつかり合い。火花飛び散るその最中。
闘いを見守るテテ爺、そして相対していたノーランは、何故か焦熱龍が泣きたいのを我慢している事をこの時、唐突に理解した。
『…………っ、げ、よ……』
「あ?」
『……に、…………げ……………………逃げるのじゃっノーラン!!!』
焦熱龍の叫びにノーランは数メートル後ろに飛び退く。同時にルアン達もテテ爺を伴い退がる。
直後、焦熱龍の傷付けられた腹がべきべき音を立てながら縦に割れ、そこから真っ黒ないばらの蔓が何本も飛び出し、先程までノーランが居た場所に襲い掛かっていた。




