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80:ギルド前広場4


第三者視点で進みます。




 ギルド周辺に張り巡らされた≪結界≫の外に出たディルムッドは、マイ達の視線を背中に感じながら父だった目の前の動く(しかばね)を見詰めた。



 ディルムッドの父はその凛々しい造形の顔に似合わず、常に笑い、怒り、口汚く叫ぶとても賑やかな男だった。しかしその言葉遣いとは違い、決して乱暴者ではなかった。幼馴染だった母以外の女性が苦手な、照れ屋で真っ直ぐな性根の……今思えば、見目と性格がどことなくノーランに似た、とても優しい男だった。


 しかし今、ディルムッドの眼前に立つ無表情の屍に父だった男の面影はない。

 ディルムッドの最後の記憶にある父の顔は……己が死ぬその瞬間まで、我が子に心配掛けまいと、太陽を思わせる明るい笑顔を浮かべていたのだから。





『にゃっ……にゃっ……!』


『は、……俺の、無駄に頑丈なこの体はっ……愛する家族を守る、最後の、盾なんだ……っ……ははっ泣く前に……間に合った、俺を、……褒めてくれ、よ……俺の可愛い、子猫ちゃんよぉ……』


『にゃああっとう、しゃっ…………いやあっいかにゃあでぇえええっ!!?』





 自身の腹を、形容し難い歪な武器で貫かれながらも笑ってくれた父は……致命傷を受けたのだろう、雄叫びをあげる巨大な二足歩行の狼と共に闇色の泥に沈んでいった。

 ディルムッドは鉄仮面の下に隠されていた屍の顔を見るまで、その事を忘れていた。

 おそらく、幼いディルムッドでは耐えられないと心配した自身の片割れによって……忘れていたのだろう。ディルムッドは前を向いていた視線を自身の胸板に向けた。



「……にいねぇちゃん。俺、まだ弱い? ……信じられない位、弱い?」



 ディルムッドの問い掛けに、自身の中に居る片割れからの返事は無かった。

 ……しかし、何となく目覚めている気配をディルムッドは感じていた。少しでも聞いてくれていたら嬉しいな、とディルムッドはまた前を向く。


 ディルムッドは、また父だった屍を見詰める。

 こちらから攻撃しなければ反応も反撃もしない目の前の屍は、おそらくたった1つの命令しか実行出来ないのだとディルムッドは予想していた。



 ……今この屍は、≪聖結界≫使用者しか狙わない。その命令を果たすまで、ディルムッド達に対して防御に徹し、倒しきる事が困難となるだろう。

 そうなれば、仮に団長であるナナシを倒したとしても……父の屍もまた、泥に沈み奪われるのだろう。



「そんなの、駄目…………絶対、返してもらう」



 ディルムッドのすべき事は決まっている。いつもと変わらない。

 愛する家族を、全力で守る。奪われた大切なモノを、取り返す。それだけである。



「……父さん。俺ね、お嫁さんが居るの。……マイって言ってね、ご飯が美味しくて、とっても、とっても……かあいいお嫁さん」



 ディルムッドが口の中で小さく呟く言葉に、聴力に優れた獣人である筈の目の前の屍は身動きも、何かを語る様な事もしない。



「血は繋がってないけど、娘も出来た。……その子を守ってくれる赤ちゃん龍もいてね、とってもとっても、可愛いの。……大好きな家族と、大好きな友達と一緒にパーティー組んで、冒険者してるの」



 呟きながらも観察を続け……呼吸も瞬きもしない姿を見て、本当に屍が動いているのだとディルムッドはまた実感する。



「俺ね、父さんの言う通り……ご飯の美味しいお嫁さん、もらったんだよ。マイが作ってくれる肉じゃが……父さんも、好きだと思うの」



 母さんの煮物に似てるの、と少し微笑んだディルムッドは、まだ少し離れた場所に居る屍に一歩近付いた。屍は、まだ動かない。槍を構え、大剣を構え……それでも屍は動かない。



 ディルムッドは、聞いているのかも分からない眼前の屍に口を開いた。今度は呟くのではなく、咆哮と呼べる声量で叫ぶ。




「……俺の名は、ディルムッド・ホイール! 英雄である≪鋼鉄車輪(アイアン・ホイール)≫……ディラン・ホイールの息子!!!」



 屍は、まだ動かない。



「≪名無しの軍団(ノーネーム)≫副団長! ≪聖結界≫使用者を殺したければ、お前は先ず、俺を殺さなければならない! 俺こそが彼女を守る≪結界≫だ! ……お前が何かしたところで、俺は彼女を守るだろう! 俺を踏み越えなければ、お前の剣は、彼女に決して届かないと知れ!!!」



 ディルムッドは叫びながら自身のスキル≪陽動≫を発動させる。

 ……キールと共に≪陽動≫を発動した時、目の前の屍は()()()()大剣を振るっていたからだ。


 そして、ディルムッドは見逃さなかった。

 目の前の屍が、ぴくりとその腕を震わせた事を。


 ディルムッドの攻撃力は他に類を見ない程に高い。しかも今回新調した、ルシファーの母親の角を使った槍はアンデッドに有効な聖属性を宿している。にも関わらず、ディルムッドはこの目の前の存在に攻撃が通用した手応えを感じていない。

 スキルなのか装備品かは分からない。それでも先ずは、あの硬すぎる防御態勢を崩さなければならない。



「彼女の命が、欲しいだろう? ……欲しければ、この俺を……ディルムッド・ホイールを殺し、奪ってみせろ!!!」



 目の前の屍は、またぴくりと腕を震わせる。そしてその足を、摺り足気味に動かす。そして……ディルムッドの視界が、色が、まるで灰色のヴェールをかけられた様に現実と()()()

 その事に、ディルムッドは歓喜した。……その喜びを表に出す事なくそのままの状態で……数秒間、屍の金色の瞳を覗き込む。




「……ゅ……優、先……順位、…………ディルムッド・ホイール、………………排除、する」



 そう口にした動く屍は、双子を相手取っていたとは思えない程の緩慢な動きで、ギラギラと黒光りする魔力を纏いだした剣をディルムッドへと向けた。



「……にゃう!」



 ディルムッドは、今度こそ心からの喜びを表す様に、にっこりと笑った。

 こんな状況でもなければ、マイが可愛い可愛いと連呼しながら抱き着いてくるだろう愛らしい顔で、ディルムッドは破顔した。



「……リカルドっ! やっぱり()()大丈夫だから、カール達手伝ってあげて!!!」


「っはぁ!? 何言ってるっ、そんな素早くて硬い相手に1人は無茶だろ!!?」



 ディルムッドは振り返る事なく、ギルドに背中を向けたまま叫ぶ。間髪入れずリカルドの制止が入るが、それでもディルムッドは大丈夫だとご機嫌に尻尾を振った。



「俺、1人じゃない! ……ずっとずっと、一緒だったもん!!!」



 ディルムッドは、家族を失った孤独と絶望、孤独から来る死への渇望……その全てを、2人分け合ったからこそ生き残れたと思っている。

 だからディルムッドは、例え理不尽な理由で自身の記憶を奪われても許していた。

 ……ただ一緒に居てくれるだけで。ただ、生きていてくれるだけで。ディルムッドはなんだって許していた。



『ふん……お前が、怒らないなら……後でお前の家族と……ムカつくけど……あの、激にぶクソ野郎に、ちゃんと叱られるから!』

「……にゃん!」



 リカルドが吹き飛ばした影響もあってか、今も空には雲も無く快晴。そんな中、ディルムッドの心の中で声が響き……変化は起こった。



 ディルムッドの青味がかった灰色の髪が太陽の下、日の光で白く光る。……いや、ディルムッドの体、そのものが白く淡い光を纏う。装備された武器にも光は宿り……聖なる光と称しても良い程に、それは清らかな魔力に満ちた光景だった。


 その後ろ姿に息を飲むマイ達は、もっさりとした前髪に隠れた月の瞳が、日差しを避ける様に暗く濁り……灰色に青を落とした、知性感じさせる色に落ち着いた事に気付かない。




「……≪名無しの軍団(ノーネーム)≫副団長! これ以上、俺の家族を怖がらせるのも、傷付けるのも……させないからっ!!!」




 この時ディルムッドから、眼前で武器を構える父の屍に対して感じていた負の感情は完全に消え失せた。ディルムッドの心には、喜びだけが満ちていた。



『我が(とも)ディランよ。遅くなって悪かった。……もう少しの、辛抱だ。今、ディルムッドと共に……お前を、アイシャルーディの元に帰してやるから!!!』



 その背丈は、サーリーと同じ位。ディルムッドと同じ髪型に、何物にも染まらぬ白髪。

 月の女神の面影を持つ顔立ちを飾るのは、灰色に青を落とした知性感じる大きな瞳。

 鈴の音を思わせる愛らしい声音で、聖なる光纏う精霊はディルムッドの頭上に在った。



 生まれた時から一緒で、大切で、とても頼りになる自身の半身。

 ディルムッドは己の半身と、やっと仲直り出来た事を喜び、子猫の様な声を上げて笑った。





本当はもっと後に出る予定が、本人にいねぇちゃんたっての希望で登場!

これから宜しくお願いします!

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