79:ギルド前広場3
「にゃあああ、みゃああああっ!!!」
ディルの悲しみだけが込められた叫びに、金色の瞳からぼろぼろと大粒の涙を零す姿に、私の心臓が握り潰されてるみたいに痛む。
「……ホイール、という事はディルムッドの血縁者か」
「っああ、ディルムッドの実の父親だ! ……前回の≪名無しの軍団≫出現の際に亡くなったと聞いていたが……くそっ、やはり手駒にされていたか!」
ヒューリッヒさんの疑問に答えたリカルドさんが、苦しげな表情で拳を握る。
……そうや。≪名無しの軍団≫は襲った人々をゾンビとして手下に加えていく。前回の緊急依頼で亡くなったディルのお父さんも、当て嵌まるのに。
……分かってた。分かってた筈やのに……無意識にあり得ないって、勝手に思ってた私が恥ずかしいっ!
「……ひっく、……ひっ……ゆる、しゃな…………ゆるさないっ!!!」
ディルは大粒の涙を拭う事なく立ち上がり、一緒に吹き飛ばされていた武器を装備し直し走り出してしまった!
「ディル待って!!?」
「落ち着けマイ! お前じゃ駄目だ、……≪ツインズ≫行けるか!?」
『『おおよ!!!』』
リカルドさんに押さえつけられた私は動けず、代わりに復活したカールと、キールがディルの背中を追いかけた!
「ふぅしゃあああああっ!!!」
風魔法≪ゲイル≫で素早さを上げた状態で突進したディルは、怒りで我を忘れていても体に染み付いた戦闘技術は劣る事なく発揮されてる。
新装備である千年龍の聖槍を左手に、右手にはあまり見たことのない神々しい雰囲気の白銀の大剣が握られている。多分、アンデッドに合わせて聖属性の武器準備したんや!
「……!」
「ふぎゃっ!?」
それでも副団長、ディランはディルから繰り出される素早い突きと首を狙った薙ぎ払いを、またあの真っ黒い大盾でディルごと弾き飛ばして防いだ!
そして数メートル押し飛ばされたディルを、追い付いた双子が支え、スライム・ゴーレムの鎧越しに守る様に背に庇う。
……そして、やっぱりディランは追撃して来ない。というか、あまり積極的に攻撃してこない。
……やっぱり、何かしらの制約があるんや。その場から動こうとせえへん!
『難しいと思うけどっ、でも、冷静になれよディルムッド!!!』
『お前がやられたらっ、マイとサーリーもゾンビの仲間入りなんだぞ!!?』
「っ…………にゃ……ぅう」
弱々しい鳴き声を上げながら、ディルは私とサーリーの居るギルド正面入り口に視線を向ける。……もっさりとした前髪の向こうにあるだろう金色の瞳は、今は迷子の子猫と同じ不安と涙で一杯になってる筈や。
そうしてまた、始まる戦闘。
最初に比べると双子の動きが少し悪い。キールはまだ休憩してないから、少し無理してるのかも。
そして勢いの削がれたディルも、私みたいな素人が見ても分かる位には心乱れさせていて……動きが鈍い。
「……サーリー、ここで待てる?」
「……うん!」
今、ルシファーはノーランと一緒に居る。それでもサーリーは気丈に頷いてくれた。
「私、ディルを守ってくる」
体は≪結界≫で守れても……ディルの心を守るなら、私が抱き締めてあげなきゃ駄目や。側に居なきゃ駄目や!
「うんっ!!!」
「おい待てっ、≪結界≫から出るな!!!」
サーリーの相槌に勇気付けられた私は、止めるリカルドさんを押し退け足を踏み出した。
……ごめん、リカルドさん。
でも、今ディルの側に居ないと、あんなに泣いて、苦しんで悲しんでるあの人の側で戦わないと……ディルのお嫁さんっていう名が廃ると思うねん!!!
そして、一歩。
私が≪結界≫の外に出た瞬間。
今まで積極的に動かなかったディランが……何故か、私の目の前に立っていた。
「え」
「マイっ!!!」
ディランの背後、数メートル先で双子と共に闇の魔力を帯状にした拘束具で足止めされたディルが、驚愕の表情で腕を伸ばしてるのが見える。
「優先順位、≪聖結界≫使用者……排除、する」
感情の消えた美声の後に振り上げられた、真っ黒い剣。ギラギラと輝く黒い魔力が刀身に纏わりついていて、私は場違いにも、とても綺麗だと思ってしまう。
でも……どうして?
私個人にもしっかり≪結界≫発動させてるのに。
なのに、どうして?
……どうして私は、この一撃で即死すると思ってるの……っ!?
『かあしゃになにしてりゅのー!!?』
「マイに触るなぁっ!!!」
剣が私の首に迫るその瞬間、私の背後と側面からの雄叫びと共に発せられた火の玉と何かの影によって、ディランはたたらを踏む様に一歩後退した。
そして私は、力強い腕に引っ張られギルド周辺に展開した≪結界≫の中へ。でも勢いありすぎて、地べたにごろごろ転がってギルドの中にまで入ってしまった。
少し目を回してふらふらになった私を覗き込むのは、顔色悪いリカルドさんとサーリー……そして帰って来てくれた、ルシファーだった。
「マイっ、大丈夫!!?」
「……ぅ、ぅん。大丈夫。……ありがと、サーリー、……おかえり、ルシファー」
『ノーランがねっ、ルシファーにいけっていったの! えらい? ルシファーえらい?』
「うんっルシファー良い子! ……ノーランが、助けに戻れって言ってくれたんだって!」
何となく焦げ臭いルシファーに必死に頬を舐められ、私は改めて状況を確認する為にのろのろと起き上がる。そこからは、ギルド前広場で戦うディランが良く見えた。
『こんにゃろ!』
「……」
『ちょこまかと!』
「……」
『『うがあ当たんねぇ!!?』』
魔法での拘束を引き千切ったらしい双子が、ディランに応戦してる。
ディランは先程まで大盾で防いでいた攻撃を、重量感のある鎧を纏っているにも関わらずひらりひらりと避けていく。多少ぎこちなくも双子の息のあった猛攻を、装備品で受け流す事なく完全に見切ってるみたい……どうやら、実力隠して戦ってたみたい。
……そしてやっぱり、あの真っ黒い剣から感じられたギラギラとした輝きが失われてる。
「……リカルドさん。あの、ディルのお父さんが使ってる剣、何か特殊な武器ですか?」
「っ……気付いたか。ありゃあ国に管理されてる様なお宝、≪スキル・キャンセル≫が付加されてる特殊な武器だ。日に1回、どんなスキルも無効化するって代物だ」
「え」
「……躊躇無くマイに発動しようとした所を見ると、使用者を殺して俺達の≪結界≫を破壊したかったんだろうよ」
リカルドさんの言葉に、どっと血の気が引いた。
つまり、私の感じた通りあの一撃を受けていたら、やっぱり私は死んでたんや……っ!
確かに、私には即死無効はある。けどそれは呪いとか魔法的要因での話。実際に首刎ねられたら流石に……っ!
今更恐怖で体が震え出した時、私は背後から抱き締められた。お腹には、ふわふわで、もこもこな尻尾が巻き付いてる。
双子同様魔法での拘束を引き千切ったらしいディルは、幼子の様に私に縋り付いて泣いていた。
「にゃ……っごめ、なさ……ぃ……マイ、ごめんな、さい……っ!」
「……ディル……?」
「っひっ……ごめ、なさぃ……俺、おれが……っ!!!」
首筋が、涙で濡れて冷えていく。
「おれっ……おれが、突っ走った、からっ……おれが、ダメダメ、……だから、だからマイ、……外に、出ちゃっ……ふにゃあ……にゃあああっ」
ディルは、涙で瞳が溶けるんじゃって位号泣し始めた。ディランの正体分かった時と同じ様子で泣いてる……私が、軽はずみな行動に出たからやのに。
「……ち、ちゃうよ! ディルのせいじゃ」
「いいや。ディルムッドのせいだ」
そんな私とディルの会話に、魔力供給に集中していたヒューリッヒさんが口を開いた。
「ディルムッドが冷静に対処し敵と向き合えば、マイも突っ走ってディルムッドの側に寄らず、サポートだけに集中していた筈。……今回は大事なかったが、泣き喚いてるだけではまた繰り返すぞ」
「……そんな言い方、せんといて! あそこに居るのは!」
言いたい事は分かる。分かるけどっ……あの副団長は、ディルのお父さんやのに。私の阿保は行動は注意してええけど、ディルにはそんな言い方せんといて!!!
「ぐすっ…………にゃぅ、敵で、合ってる」
「ディルまで、そんな事言わんでええよ!」
「敵でっ、合ってるの!」
首が締まる勢いで抱き締められ、私の言葉がぐえっと呻く音に変わって止まる。
「だって、だって……俺の父さん『女はどうしても男より弱い時があるから、俺達男が守らないと駄目』だっていつも言ってた……」
私のうなじに、瞬きをする濡れたディルの瞼を感じる。
「『弱いものいじめはカッコ悪い』って言ってた……『大好きな人を守れないのはクズのやる事』だって言ってた……!」
サーリーとルシファーが、大きな瞳を潤ませ私達を見てる。
「っ……『俺の無駄に頑丈なこの体は、愛する家族を守る、最後の盾なんだ』って……すごくすごく、カッコ良く……笑って…………俺を守って、死んだの!」
私を拘束する腕が離れ、背後でゴシゴシと顔を乱暴に拭う気配。振り返った私は、しゃがんだままのディルの濡れて乾いた頬に触れた。
「……『父さんの足がとっても速いのは、家族の所に少しでも早く帰れる様に神様が祝福してくれたから』だって……母さん、言ってた……そう、言ってたもん! 罪のない人達を、精一杯生きてる人達をっ、無慈悲に殺しに行く為なんかじゃない! そんなのっ、俺の父さんじゃにゃい!!!」
「ディル……」
立ち上がったディルの瞳に、涙はもう無い。
目元を赤らめながらも只々、月を思わせる金色の瞳をぎらぎらと強く光らせる。
「カールっ、キールも一旦下がって!!!」
ディルの言葉に反応した双子は素早く私達の居る≪結界≫まで戻って来た。スライム・ゴーレムのブルームが離れ、殆ど休憩入れてなかったキールがぐったり通り越して痛みで脂汗滴らせてる。やっぱりちょっと無理してたみたいや!
……そしてやっぱり、ディランは追撃してくる事なく、その場に佇んでる。リカルドさんはそんなディランに向けていた視線を、ディルに固定した。
「どうするつもりだ?」
「父さん、足が速くて勘がいい。それと、防御系のレアスキル持ってた筈…………副団長の相手、俺とリカルドが適任」
確かに、ディランに対抗出来る程の高威力な攻撃が出来るのは早さもある物理超特化なディルと、魔法攻撃力が限界突破してるだろうリカルドさんだけや。双子やと、攻撃力が足りひん。
ディル達が戦ってる時に聞いたんやけど、リカルドさんの魔法攻撃は味方判定していてもダメージが免れないらしい。今なら≪結界≫で防げるから高威力・広範囲魔法使うのも良い手やと思うけど……大丈夫と思っていても空の敵殲滅した威力見ると怖い。私とリカルドさんのレベル差が気になる。
それに、≪スキル・キャンセル≫付与されてるらしいあの剣が怖い。私の≪結界≫断ち切りながら、ディルを殺してしまえるあの武器が……怖い!
私が妄想によって恐怖に震えている間にも話は進み、最終的にカール達には未だに湧き出てくるゾンビ達を相手してほしい、と言うディルの頼みにヒューリッヒさん以外が渋い顔をした。そんな私達に、ディルは……私の見慣れた、可愛い可愛い笑顔を見せてくれた。
「大丈夫。……俺、大事な家族を守る為に闘える男。……父さんと同じ、お嫁さんにカッコいいって呼ばれる、良い男になれる!」
だから絶対勝つのっ、とふんすと鼻息荒く言いながら私の両手を取ったディルは見詰めてくる。戦場真っ只中やのに、ディルの背後にキラキラとした後光が見えるの何でかな。あれ……うん……幻覚かな?
うん。分かってる。ゾンビ軍団やディルのお父さん相手してるこの状況で場違いにも程があると分かってる。でも真っ赤になっちまった私の顔を見て、ぶはっと吹き出したそこの地面に横になってる双子っ! いつかぶっ飛ばす!
私の無言をどう思ったのか、ディルが少ししょんぼりしながら見詰めてくる。
「みぃ……でも俺、何があってもマイの所に走っていくって約束したのに、1回破っちゃった……俺、カッコ悪い。約束守れない、ダメな男…………にゃぅう、マイ……嫌いに、なる? 許して、くれにゃい?」
もっさり前髪の向こうで、金色を潤ませたディルは私にまた尻尾を絡ませてきて……ねぇどうしてこの戦場のど真ん中で私に色仕掛けしてくるの可愛さ天元突破してるのこの虎にゃんこねぇ何故なんでしょうか教えて下さい神様幼女様ツクヨミ様っ!!?
真面目にゾンビ軍団に魔導人形けしかけるヒューリッヒさんの視線が「はよせいや」って感じで極寒なんですっお願いタスケテ!!!
「ごふっ……そ、そんな事で嫌いになりませんっ! 生きて帰って来てくれたら問題無しです!!!」
「にゃ!」
「だから、だからね……一緒に戦わせて! 皆で、ディルのお父さん利用する≪名無しの軍団≫なんか、やっつけようや!!!」
「……うんっ!!!」
そう言って、ディルは槍と大剣を装備し直して≪結界≫の外に出た。
その背中は、もう泣いてない。
いつも通りの、ディルの背中。
……見てるだけで安心出来る、不思議な背中。さっきとは全然違う。私が追い掛けなくても大丈夫って思える、いつものディルの背中や!!!
「おお……称号が……なんと、≪封じられし者≫が解き放たれるのは愛の為せる技だったか……!」
「そろそろプライバシーの侵害で訴えられるぞ、リカルド」
「はっはっはっ! まあ許せ!!!」
「私に言ってどうする……」
ディルの背中に見惚れていた私は、リカルドさんとヒューリッヒさんの言葉をがっつり聞き流していた。
シリアス真っ最中でも何でかクスッと…を通り越してぎゃーぎゃー笑える様な話が好きです。そんな私は幼い頃『ハーメ◯ンのバイオリン弾き』という漫画が大好きでした。
そんな話、書きたいorz(切実)
 




