76:北門周辺1
第三者視点で進みます。
一部不可解な部分があると思いますが、読み進めればで分かりますのでさらっと流して下さったらありがたいです。
ノーランと突如飛来した火龍との出逢いは、今からおよそ1ヶ月前に遡る。
≪ユートピア≫で勇者と賢者が現れた、との情報を手に入れたノーランは、詳しい内容を調べる為に国境でもある『絆の架け橋』に滞在していた。
『絆の架け橋』は≪ユートピア≫と≪デカラビア≫を繋ぐ、馬車も10台は横並びに進める様な大きな橋である。
両国の橋の終わりには港町があり、教会と橋の警備を≪ユートピア≫の軍人が、ギルドに露店、宿などを≪デカラビア≫の住人が担い、持ちつ持たれつ日々を過ごしている。
ノーランの目的は、ディルムッドとその片割れが2人揃って、肩を並べて歩む光景。
これだけを実現する為に、この2年間、国から国へと練り歩き調べまわったノーランは、精霊を調べれば調べる程出てくる勇者の記述に注目していた。
しかし何か関係があると思いながらも確証は得られず、一縷の望みを掛け今回現れた勇者達を調べようと、母国の軍人の多いこの場所に訪れたと言うのに……ノーランの望む様な情報は集まらない。
そして随時MPを消費している彼にとって、金欠は常の悩み。
こうして、ノーランはストレス発散と金策の為実入りの良いモンスター討伐の依頼をギルドで探した。
そして見つけたのが、植物系のモンスターが生息域では無い橋と港周辺に大移動し始めている為、一定量討伐して欲しいという依頼だった。
……大移動の理由が、中々に強い火属性の竜種が近隣にやって来ている為という付属情報を聞いたノーランは、喜んでこの依頼を受けた。
ノーランは直接相対した事は無かったが、竜種の知識は彼の両親から嫌という程叩き込まれていた為問題無かった。
強ければ強い程、竜種は己の強さに矜持を持つ。進んで格下と思っているヒトを襲うことは無い。
しかも有難い事に、永く生きた竜種はヒトの言葉を理解し話せる個体も居るという。
此方が礼儀を忘れず対応すれば、それ相応の礼儀で返してくれるのが竜種である。
そしてノーランの願いは叶い、件の火龍と相対する事となった。
……しかし、残念な事に。
決闘を申し込む事も、名乗りをあげる事もしなかった年若い素材狙いのマナー違反冒険者達が現場に居たせいで、穏便な会話とはならなかった。
子供に目の前で死なれては気分が悪い、とノーランが助太刀し庇ってしまった事も悪かった。
怒りに我を忘れた火龍とマトモな会話が成り立つわけもなく。
年若い冒険者達に回復補助を頼んだノーランは1人、怒り暴れる火龍の相手をしたのだった。
しかし、そこはノーラン。激闘の最中にも隙を見て勇者と精霊の関係性を問う事を忘れなかった。……残念ながらこの火龍は知らない様だったが、代わりに長寿の竜種がとある岩山のダンジョンに巣を持っている事は聞き出せた。
結局半日程闘い続け、致命傷一歩手前の怪我を互いに負わせた所で決着となった。
……この時火龍が『お主は見所がある』とか『特定のメスの臭いはしないな……』とかそれ以外もごちゃごちゃ長ったらしい事を言ってから飛び去ったのを、上半身の火傷と右胸から吹き出す血によってもたらされた高熱と目眩で意識半分飛んでいたノーランは……全く、これっぽちも聞いていなかった。
ノーランの怪我を応急処置をした年若い冒険者達は、火龍がヒトの言葉を使っていたのでどう見てもノーランを口説いていた、と理解していたが……傷が癒えても下がらぬ高熱の為に1週間以上ノーランは眠り続けた。しかし目覚めてすぐ、誰にも話を聞く事なく、ギルドから特別追加料金と依頼料で懐を潤し慌てて旅立ってしまった。
……そして、今。
『ツガイいたの!?』
「いや俺に嫁取りした記憶はねぇよ!!!」
ルシファーの驚く言葉にノーランは激しく全否定し、その雄叫びを聞いた火龍はショックを受けた様にその身を震わせた。
『なんと……我に肉薄する剣戟、血湧き肉躍る戦を良しとする性根、その身に纏いし心地良い闘気……我に引けを取らぬその強さ持つお主ならば、と……ツガイに望む、と……傷が癒えれば、会いに来ると言うたではないかああああ!』
「意識朦朧としてる状況で覚えてるかぁ!!?」
尻尾を振り回し暴れる火龍の攻撃を躱しながら、ノーランはここ最近で最大の雄叫びを上げた。
ちなみに、ノーランは喉まで迫り上がる「まさかメスだとは思わなかった」との文言は、流石に言わなかった。面倒な気がしたからだ。英断である。
それでもノーランの言葉に何かを悟った暴れる火龍の瞳に、男にすがる様な固執する様な、女特有の怪しげな色が乗る。
……その変化に、ノーランの眉間には不機嫌時に刻まれる深いシワがよった。
何故ならノーランが旅する中、特に夜の町を歩く時に寄って来る一部の女達と同じに見えたからである。
……その瞳の女達に、ノーランは酒を奢ると言われ何度も薬を盛られた。そういう目的の為である。
ちなみに本人は、何故自身が女達に気に入られるのか分かっていない。酒場で声を掛けられても無視し、他に愛想の良い男も居たのに何故俺なんだ、といつも首を傾げていた。
ノーランは、幼少期から病のせいで儚く美しいと評判だった主人であるアメリア嬢、天使と呼ばれる美貌を持つユーリディア王子、そして冷たい印象を与える美しい顔を、身内と思う人物にのみ向ける愛らしい満面の笑みなディルムッドの顔を見慣れている。
ノーランは、無意識の面食いである。
そして、マイの生まれ故郷の言葉で例えるなら、顔の系統がディルムッドやユーリディア王子は洋風、ノーランは和風寄りだったのも理由に挙げられる。
戦闘力だけでなく、洋風な顔の並ぶ中その独特の雰囲気がミステリアスに感じる世の女性達の視線を釘付けにしているという事実に、自身をぱっとしない普通の顔だと信じて疑わないノーランは、気付いていない。
ノーランとは、そういう男だった。
……女達の問題行動は、幸いな事にノーランのステータスにある≪薬物耐性・強≫と、ある身体的特徴のお陰で全く問題無かったのだが……。
暴れながらも顔を寄せて来る火龍から、ルアン達他の冒険者を庇う様に立ち振る舞いながらも距離を取るノーランは、視線逸らすことなく剣の切っ先を向けた。
「そんなに俺を探してたっつうなら……何故、この町に向かって攻撃した?」
『そりゃあ、お主、邪魔だったからじゃ』
この北門周辺は初心者冒険者が拠点とする為に安価な露店が多く出店していた。北門を潜って最初に目にする露店用にと設けられた広場では、リカルドとの面談の後(この時≪査定≫スキルで人物を文字通り査定している)ギルドから許可証を手に入れたら誰でも店を開ける様になっている。
ある程度の広さはあるが、確かに目の前の火龍には狭苦しい。
そして目に見える程に高濃度となった火の魔力を纏う尻尾を軽く振る火龍の姿に、悪びれる様子はまったく無い。
『強者に踏み躙られるは、弱者の運命。嫌ならば、強くなれば良いであろう!』
『ちがうもん! よわいものイジメっ、かっこわるいもん!』
属性が違うとはいえ、同じ竜種であるルシファーの性根と決定的に違う事は、見ての通りである。
そして、そんな理由で町のど真ん中にブレス吐き出そうとした火龍に、ノーランは心の底から落胆した。
先程も、ノーランとルシファーが火龍の気配に気付きブレスを吐き出そうと震わせていた下顎に特攻しなければ……ゾンビ達は楽に消し飛んだだろうが、町だった場所は人の住めない焦土となっていただろう。≪結界≫が無ければ、ノーラン達もただでは済まなかった。
この火龍の物言いに、ノーラン自身も好敵手と見ていた火龍の実力を認めていただけに、とても残念に思っていた。
「……俺が、お前を娶る事はありえない」
ノーランの吐き捨てる様な言葉を聞いた火龍は、叫ぶ。
『何故だっ!? 何故、我が愛を受け入れぬのだっ愛しのドラゴニュートよ!!?』
「「「……え、竜人???」」」
火龍の雄叫びに反応したのは、ノーランに庇われる冒険者達のみ。
ノーランとルシファーは、それぞれ剣と牙を向け相対する。
……否定しないのが、答えだった。
――――――
ドラゴニュート……竜人の起源は創造神の助けを借り、ヒトとモンスターである竜種の血が交わった事で生まれた。
その大多数は竜種を≪テイム≫した主との間に生まれる事が多く、この時、身体的特徴で竜種の角や翼を持って生まれる。
しかし、次代が問題だった。
例えば竜人と竜人が子を成した場合、高確率で竜種の特徴を持たないヒトが生まれる事が殆どであり、能力もヒト相応だったのだ。
知能高い竜種と言えど、やはりモンスター。そう簡単にヒトと交わらない。
確実に竜人が増える為には、ツガイに竜種を選ぶ必要があった。
それ故に竜人は数が少なく、竜種が多く生息する≪デスペリア≫で生まれるのが殆どだった。
しかし。
実に厄介な事に、ディルムッド達精霊の双子と同じく、先祖に竜人が居るヒトとヒト同士の夫婦の元に……先祖返りの様に、突然竜人が生まれる事があった。
これに当てはまるのが、ノーランである。
ノーランの生家であるホーク家の先祖は≪デスペリア≫の内乱に嫌気が指し国を出た、竜人だったのだ。
しかしヒトの血か多く混ざり合った為、ノーランの父を含むここ数代は、竜人の特徴である角や翼、鱗を持って生まれた者も、ステータスにそれらしい能力や数値を持つ者も居なかった。
実際、ノーランに身体的特徴は無かった。
……しかし、ノーランのステータスに≪火龍の呪印≫と≪薬物耐性・強≫が現れた。これは竜人特有のステータスであった為、ホーク家とストゥルル家の両家は当時幼かったノーランにある選択を迫った。
それは、成人するまでにヒトと竜人、どちらで生きるか選ぶ事。
角と翼が無い分、有り余る力のやり場に困る先祖返りの竜人は、コントロールを失えば周囲を破壊し尽くすまで暴走する可能性があった。
なので竜人を選ぶなら国に監視される為軍に身柄を置かれる。強過ぎる力を国に属する魔法使いに制御されながら、軍人として生きる事になる。
ヒトを選ぶなら竜の血を封印する為の儀式を、竜種の力を封印する事に特化した高位の魔法使いに依頼する事になる。これは王族が親族であるストゥルル家なら簡単に手配出来る。その場合戦闘力は竜人に劣るが、自身と周囲を巻き込む暴走とは無縁に生きられる。
力が発現する成人まで好きに悩め、と両親に言われたノーランは考え続け……成人を迎える年、ディルムッド達と出逢ったのである。
お嬢様がディルムッドに救われた日から数ヶ月後。ノーランは儀式を受け、ヒトとして生きる事を選んだ。
そしてこの日から、ノーランのステータスから≪火龍の呪印≫は表示されなくなった。本来なら弱るか消えてしまう筈の≪薬物耐性・強≫が残ったのは、ある種女運が悪いノーランにとっては不幸中の幸いと言える。
……しかし、目の前の火龍との闘いの後。
目覚めたノーランは、自身のステータスに≪火龍の呪印≫が復活しているのを見て…………折角手に入れた竜種の情報そっちのけで、ディルムッドに会う為に急ぎ旅立った。
「…………時間、足りねぇかなぁ……」
こうして、自身の中身がぐちゃぐちゃと組み替えられる痛みにも似た感覚を味わいながら、ノーランはサルーの町で仕入れた情報を元に人魚の村を目指し……そのままディルムッド達と行動を共にする事となったのである。




