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この場に呼ばれたパーティーの役割は、サルーの町と住人を守る為の防衛役と、敵の大将ナナシを直接叩く特攻役に分かれる。
北門周辺を鳥系の獣人のみのパーティー≪漆黒の翼≫が。
東門周辺をフィンさん率いる虎獣人ファミリーである≪タイガー・ロンド≫が。
西門周辺をエルフの美人姉妹とその盾となる少年戦士である≪赤薔薇≫が、他の冒険者達を率いて守る事になった。
そして南門周辺を≪ドラグ・スレイブ≫に任せるというなら、特攻役は必然的に私達≪ニクジャガ≫となる。
……その事を、≪ドラグ・スレイブ≫の竜人ヤツカは認められないらしい。
「そこの女とガキ、ここにギルドカードを出せ」
以前出会った精霊リヴァイと同じ青髪のヤツカは、指先でソファ前にあるテーブルをつついて冒険者の身分証になっているカードを催促してきた。
私とサーリーはテーブルには近寄らず、ずっと居た、応接室の扉前で2人顔を見合わせにっこり笑って自己申告した。
「私はレベル23です」
「私は、17!」
「やっぱ見た目通りの雑魚じゃねぇか!!!」
竜人ヤツカは苛立たしげにテーブルに拳を打ち付けながら立ち上がり、私達っていうかディルに指先を向けた。
「ディルムッド! ツガイなのは知ってるが、戦場に私情持ち込めんのは相応の実力持つものだけだ! ……役立たずは、シェルターにでも押し込め!」
ヤツカの、ドスを効かせた声音に私達が五月蝿いなぁと眉をひそめる中。
ディルは不思議そうに、ノーランは半笑いでヤツカに視線を向けた。
「にゃ……マイが守ってくれないと、俺、困る」
「そうだなぁ。……他は知らんが、俺達はそこの青髪のおっさんより、マイとサーリーが居ないと困るなぁ」
「……っ!?」
おお。びきっと音が聞こえそうな勢いでヤツカの額に血管が浮き上がった。まさに、ご立腹。背中の大剣、今にも引き抜きそうやん。
そんな、暴走しそうなヤツカに待ったをかけたのは彼の仲間達やった。
「ちょいちょいヤツカの旦那! 嫌な事あっても室内では暴れないって俺っちと約束したろ!?」
「そうそうヤツカっ落ち着いてっ! ひっひっふー、ひっひっふーだよ!」
「……それは妊婦用の呼吸だぞ。ファレン」
「何よ! セイロンも私にアホ言う前に、ヤツカを止めなさいよ!」
「私はアホなど言ってな…………、もう聞いてない、か。はぁ」
ヤツカの肩を掴むのは、彼と同じ竜人のオボロ。年齢は40歳いってない位かな。ヤツカと似た竜種の装備を纏った彼は、固そうな茶髪を整髪料でツンツン頭にセットしてて、側頭部から生えてる濃い焦げ茶色の角と相まって触ったらちょっと痛そうや。
紅一点のファレン・ファンファンちゃんはピクシーで、ファンタジーではお馴染みな、手のひらサイズの妖精さん! サイズ的にリ○ちゃん人形動いてるみたい!
豊かな長い黒髪をトキメキ詰め込んだツインテールにして、ひらひらな洋服着てる美少女な彼女は……体が小さい分、脳味噌も小さいとひがみな冒険者が噂してた。めっちゃ失礼っしばきたい!
そしてそんな彼女の世話を焼き、溜息がデフォルトなのが見た目は三十路なエルフのセイロン。
明るいオレンジ色の長い髪を三つ編みにして背中に垂らしてるねんけど、三つ編みの先が丁度太もも位置にあるから、かなりの長さ。そんで彼の装備はエルフにしては珍しい格闘家……いや中華っぽい服やから拳法家かな。足元と腕はゴツゴツとしたブーツと籠手が装備されてる。マーニャさんと同じ戦闘スタイルっぽい。
彼等は依頼の関係で1年程前からサルーの町を拠点にしていた、隣国≪デスペリア≫からやって来た冒険者やねんて。
「落ち着けヤツカ! 彼等は今回の緊急依頼に必要な人員だ! 俺達全員の生存確率を上げる為にもな!」
「……どういう事だ」
セイロンの疑問の声に、一歩前に出た私がリカルドさんの言葉を引き継いだ。
「それは今回、私のスキルである≪結界≫を緊急依頼に参加する冒険者全員に施すんですよ」
私はこの場の全員に、自身が異世界から来た者であり、スキルポイントMaxの≪結界≫で10回だけ一撃必殺の攻撃を防ぐ事が出来る事を話した。
本当は町に住む住人全てにスキルを施するつもりやってんけど、そうすると明日の戦闘に支障が出る程の体力を消耗するからってリカルドさんに止められてん。気持ちは嬉しいって言われたけど。
ポーションやエーテルでは、精神的疲労は回復しないねんて。
「それは助かる!」
「ホントよ〜! ルアン達みたいなスピード重視と、あたし達エルフは種族的にどうしても防御に不安があるからね。≪結界≫あるのは心強いわ!」
うんうん頷きながら、ルアンとローテローゼさん達パーティーは喜んでくれた。
「それにマイは聖魔法をMaxにしている。戦場に、広範囲で施せる回復役は必要だろ?」
リカルドさんの追撃に、大剣から手を離したヤツカは渋々頷いた。
「ちっ! 女の方は、分かった。納得しよう。……だが、そのガキは要らんだろ」
ヤツカの視線がサーリーに固定され、敵意に反応したルシファーがごるごる唸りだした。
「その幼さで≪テイム≫を所有しているのは、確かに驚嘆に値するが……リカルド。戦場に、子供は似合わん」
セイロンの言葉に、リカルドさんは苦笑気味や。
「ん〜、そこはなぁ……保護者がなぁ」
「「サーリーは、私達が守るの!!!」」
「ごるるっ!!!」
「……だ、そうだ」
「んな駄目親の過保護に納得してんじゃねぇよ!!?」
サーリーの事情を説明するのは面倒なので、私とディルがサーリーの前に立ち予め決めていた言葉を叫べば、ヤツカがブチギレて大剣を鞘から引っこ抜いた!
しかし、ヤツカの黒光りするその大剣が振り下ろされる前にノーランの赤い剣が受け止め、金属のぶつかり合う、耳に痛い音だけが周囲に響いた。
ギギギ、と金属が軋む様な音が耳につく。
両手で大剣持つヤツカと違い、片手で受け止めるノーランはヤツカを馬鹿にする様に鼻で笑っていた。
「はっ! 竜人ってのは、武器も出してない女やガキにまで剣を向ける程血に飢えてるのか……そんなおっさんに背中任せる方が、俺は怖いなぁ?」
「っ誇りある我等ドラゴニュートを愚弄するか、若造!」
「……くだらねぇ。種族を誇りにするのは結構だが、結果的に自身の短慮で血を好む野蛮な存在に堕としてるだろ。……クソだせぇぞ、アンタ」
「貴様っ…………、…………ぬぅっ」
ノーランの言葉に我に帰ったらしく、ヤツカは苛立たしげに背中の鞘に大剣を納めた。
そして、私達の背後から顔を覗かせていたサーリーが私達を追い越し歩き、ヤツカの前にルシファーと共に立った。これを見て、ノーランも剣を収め2人と1体から2歩分距離を開けた。
身長差があるのとホントの目の前まで近寄ったので、サーリーは首を思いっきり曲げてほぼ真上のヤツカを見上げてた。
「ヤツカ、さん……心配してくれて、ありがとう」
「心配など、していない!」
「うん。それでも良い。私が勝手に思っただけだから」
この時、ヤツカとサーリーの視線が数秒、しっかり合わさり。
険悪だったヤツカの雰囲気が、明らかに軽減された。
「私、まだまだ弱い半人前って、ちゃんと分かってる。……それでも私は、ルシファーと一緒に、戦場に立つの」
「りゅっ!」
ヤツカは、角の生えた青い後頭部をがりがりと掻きながらこれでもかと折り曲げていた首を戻し、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、片膝付いてサーリーとルシファーに視線を合わせた。
「……何故、お前の様なガキが生き急ぐ。戦場に立つと言うのだ」
……うん。何かを見定める様に、ヤツカはサーリーとルシファーの瞳を覗き込んでる。そしてサーリーは、視線の強さに緊張しながらも、その表情を笑顔にしてヤツカに向けた。
「私の大切な家族と、友達の為に……私とルシファーにしか出来ない、やるべき事をする為にっ戦うのっ!」
「りゅーりゅーりゅりゅりゅっ!」
「………………、……ちっ!」
舌打ちしながら立ち上がったヤツカは、やっぱりガチャガチャ鎧を鳴らしながらリカルドさんが持っていた書類を奪い取り、さっさと自身の名前を記して足早に去って行った。
どうやらリカルドさんの指示に従って、南門周辺待機に同意してくれるらしい。
「ヤツカの旦那が悪かったなぁ。あの人、子供が戦場で戦うのは自分の時代だけで充分だって言ってたから……口と態度が悪いだけだから、怖がらないでやってよ」
「……うん。あのおじさんが優しい人って、私もルシファーも分かってるよ」
「るる、るるる」
ツンツン頭の竜人オボロは、ハの字眉でへの字口という情けない表情でサーリーに向き合った。サーリーはそんなオボロに向け神妙な顔で頷き、ルシファーはそんなオボロを慰める様に彼の足に頭を擦り付けた。
≪デスペリア≫はおよそ千年前、初代国王であり周囲に魔王と呼ばれたサタンが亡くなってから、玉座を巡る熾烈な争いが始まった。
なんと、魔王だけでなく国営任されていた筈の側近とかのお偉いさんもこぞって消えたらしく……自分の好きな国を作れる、と思った人々が多かったらしい。戦いが激化していくのは早かった、と歴史にも刻まれている。
戦闘力はドラゴニュートが秀でてたけど、策略や魔法の扱いはエルフやピクシーに軍配があり、また質の良い武器や物資の調達にはドワーフの協力が不可欠。
いくつもの種族入り乱れる徒党に分かれ、内乱は各地で起こっていたらしい。
ちゃんとした新しい王が決まって、まだ100年も経ってない筈や。小競り合いは未だにあるらしいけど、それでも大分少なく、規模も小さいらしい。
……それまで犠牲になっていたのは、まだ何も知らない幼い子供ばかりやったんやろうな。
「……それでは、また明日の朝に」
「あたし達もアイテム確認と補充をちゃっちゃと済ませるわよ!」
「「はーい、姉さん!」」
「マイちゃん、サーリーちゃん、明日頑張りましょうね!」
「はい! 宜しくお願いします!」
それぞれのパーティーが明日の準備の為に部屋を出て行き、残ったのは私達≪ニクジャガ≫と≪ツインズ≫、ヒューリッヒさんとリカルドさんだけになった。
「カール、キール」
ヒューリッヒさんに呼ばれた双子は素直に近寄り、彼から非科学的な刺繍の施されたハチマキの様な細長い布をいくつか渡されてた。
「前回と同じく、服の下に付けて来るのだ。もし、装備し忘れたら……」
「「ちゃんと付けて来るからっ、実験動物にしないで!!!」」
「ならば良い」
ヒューリッヒさんの言葉に身を寄せ合いブルブル震える双子の哀れっぷりに、リカルドさんが申し訳なさそうに俯いた。
……え、なにこの調教現場。私、別に見たくなかったな!
「……サーリー、と言ったな」
「……は、はい!」
双子の怯える姿にちょこっとビビったサーリーは、抱き上げたルシファーと共にヒューリッヒさんを顔色悪く見上げた。
「…………」
「………?」
無言で見つめ合う事、数十秒。
そしてサーリーから視線を外したヒューリッヒさんは、小さく何度か頷いてからそのまま部屋を後にした。
「……な、なに?」
首を傾げるサーリーに、カールとキールは心配げな顔を向けた。
「サーリー、気を付けろよ〜」
「ヒューリッヒの旦那はな、≪錬金≫と魔力はピカイチなんだが、人嫌いで引きこもり、んで金策で外出る以外は研究ばっかなんだよ。……1年前に依頼先で会った日から、俺とキールが、何度、怪しげな実験に付き合わされたか……」
双子からマジで気を付けろよ、との忠告を聞いた私とディル、そしてノーランの『サーリーに対しての危険人物リスト』上位にヒューリッヒさんの名前を刻んだのは言うまでもない。
ウチの娘で人体実験、させません!!!




