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今回は前半マイ視点、後半ノーラン視点です。
それでも宜しかったらどうぞ。
色々問題あったけど、勇者様御一行と別行動になった私達は、サルーの町に帰って来てそのままギルドに向かった。
元々ノーランのパーティー登録する時にギルド長と面会したいって言っといたから、受付の人に会えるかどうか確認しとかないと。
……今日が無理でも、明日の朝には会って話したいなぁ。
「おっ、やっと帰ったか〜待ちくたびれたぞ!」
日も落ちて、空が紫から紺色に変わる頃。丁度ギルドが見えて来た所で、2メートル超え確実なゴリマッチョのおっちゃんが近寄って来た。
赤茶の角刈り頭に、モンスターに攻撃されて出来ただろう古傷まみれの顔。右眼には、魔法陣を丁寧に縫い込まれた眼帯で覆われてる。
これだけ見ると、とっても厳つい風貌。でも普段からにこやか笑顔を絶やさないから、女性にも子供にも好かれてる。孤児院の子供達相手に、無精髭でじょりじょりと頬ずりする姿を何度か見た事ある。
骨董品感漂う兜無しのフルプレートの重装備を着込んだ彼こそ、このサルーの町を取り仕切る町長兼ギルド長や。
「リカルドさん!」
まさかのギルド長自らお出迎えとは!
私の驚く声に、ガチャガチャ鎧を鳴らしながら出迎えてくれたリカルドさんは笑いながらディルを指差した。
「そりゃあ! あのディルムッドがっ、俺に話があるなんて聞いてジッと出来るかよっ!?」
「…………、みゅぅ……リカルド、うるさい」
そう言うディルは、自身の虎耳塞いでノーランの背中に隠れてる。……う、う〜ん。ノーランが壁でも、声量は下がらんよ?
実はリカルドさんの声はとても大きく、聴力に優れた獣人の方々には苦手に思われてる。人柄は良いのにね。
なので虎獣人であるディルも苦手にしてて、オマケに昔、隣国からやって来たディルを心配してあれこれグイグイ世話しようとしてくれたらしいリカルドさんは……ディルに避けられまくってる。
うん。にゃんこはね、自分から寄って行くのは良くても……構われ過ぎるのは、厳禁。気を付けようね!
「……ん? 見ない顔だな。新入りか?」
「ああ、ノーランだ。今日からディルムッドの所で世話になるんで、これから宜しく」
ノーランが片手を上げて挨拶すれば、笑顔を絶やさなかったリカルドさんが怪訝そうに首を傾げた。
「ぅん? のーらん……ノーラン? ……え、お前、神出鬼没の≪赤い雷≫か俺初めて見たぞ!!?」
「うるせぇよその通り名止めろっ!」
「みゃぅぅ〜!」
ディルじゃなくても物理的に耳が痛い声量に顔を顰めながら、私はリカルドさんの発言を思案した。
リカルドさんが口にした≪赤い雷≫って……確か最近、噂になってる単独冒険者なのでは?
……戦う姿が速すぎて、地面を走る雷みたいなんやって。……赤い理由、武器やったんやぁ。
「ん? そんな奴が着てるのがそのボロ切れって可笑しいよな……まさか、お前それ『偽装の鉄マント』…………訳ありか犯罪者しか装備せんようなモンだぞソレ?」
「「「ノーランはっ、良い子です!!!」」」
「りゅるる!!!」
「は、…………ぶ、あっはっはっはっ! あっはっはっはっ! あっはっはっはっ!」
「……おい。頼むから、毎回俺に、全員でしがみ付くのは、止めてくれ」
そうは言っても、カブトムシ宜しくくっ付く私達を無理に引き剝がさないノーランは、良いお兄ちゃんである。
ノーランから離れても、顎外れそうな程大口開けながら何度も振り返って指差して笑うリカルドさんの後ろに付いて歩く私達は異様やろうけど、気にしない。
……めっちゃ見られてるけど、気にしない!
ギルドの3階にあるリカルドさんの私室に案内された私達は、併設された応接室で立派なソファに座りながら、防音の≪結界≫を施してからサーリーのステータス≪夢視≫と精霊達の助言によって知った情報を伝えた。
勿論、ディルとサーリーの細かい出生は言わず、私が異世界から来たって事だけを伝えた。モエちゃん達勇者様御一行との接触は伝わってる筈やから、私の事は誤魔化さなくて良いしな。
リカルドさんは笑顔を消し、最後まで口を挟む事なく真剣に聞いてくれた。
全て話終わった後、リカルドさんは大きく頷いた。
「……成る程なぁ。あんたが初めてディルと一緒に来た時は何かあると思ってたが……そう言う事か」
「黙ってて、ごめんなさい」
「いいや。自衛の為に情報秘匿すんのは当たり前だ! アニス達は兎も角、あのお喋りでいたずら好きの双子が誰にもゲロって無い所を見ると……あんたの性根は信じられる」
あの双子は人を見て態度を変えるんだと笑うリカルドさんに、双子を思い出した私はちょっと照れた。
まぁ、私も年の離れた弟とか居たらこんな感じかなって思ってたけどさ!
私達の向かいのソファにどっかり座っていたリカルドさんは、サーリーに視線を向けた。
「サーリー。もう一度確認するが、襲われているのはこのサルーの町で間違い無いか?」
「……うん。このギルドの建物が見えたし、それにモンスターに襲われてるアニスが居たの! ……夢の中でノーランが、庇ってくれたけど。……あの後きっと、あの大きな狼に……」
不安げなサーリーの頭を、腕を伸ばし、体に見合った大きな手のひらで撫でたリカルドさんは優しく笑っていた。
「…………≪夢視≫というのは、俺も少し聞いた事があるステータスだ。成る程な……どうやら世界の異変を正す為に≪勇者≫の側に現れ、道行く先に起こる危機を夢として見て知らせる役割って所か」
「え?」
リカルドさんの言葉に、私達全員、目の前の傷だらけの顔を見て固まってしまった。
「不安に思うな、サーリー。もっと堂々と、誇らしく、胸を張れ。俺も、俺達サルーの町も、お前が選んだ≪勇者≫と共に戦うのだからな!!!」
そうして、リカルドさんの視線の先に居るのは。
ディルと、ノーランの2人や。
「……≪勇者≫なら、ちゃんと居るぞ? まだ発展途上だが」
ノーランの言葉に、リカルドさんは首を横に振りながらディルとノーランに指先を向けた。
「だが≪夢視≫を持つサーリーが選んだのはディルムッドとノーラン、お前達2人だ。……確かサーリーはディルムッドを探してこの町に来たと言うし、それにノーランの危機を夢として見て、俺から見ても、とてつもない恐怖を感じている様子だ。……確かに知人が死に直面したら恐ろしく感じるだろうが、俺にはもっと、何か本能的な恐怖の様に思うのだが……サーリー、どうだ?」
「……ぅ、うん。起きたら、忘れちゃうんだけど……夢の中の私は、何でも知ってるんだと思う。でも、……だからノーランは死んだら駄目って、凄く、私思って……わ、私、酷いの。悪い子、なの。……ゆめの、なかで、わたし……ノーランだけの、ことしかしんぱいしてないの……っ!」
アニス達や孤児院の皆だって居たのに、とサーリーの泣きながらの告白にリカルドさんは大きく頷いた。
「そう、それが本能的な反応だ。感情、理性とは別の部分で判断している証拠だ、泣かなくて良い」
「……話を信じてくれたんなら、どうするつもりだ。緊急依頼はまだなんだろ? 教会からは、まだ本当に何もないのか?」
ノーランの質問に、リカルドさんはその連絡は無いと首を振りながらいくつかの書類を持ち出した。
「だがサーリーの焦燥具合をみるに、いつ発令されてもおかしく無い。……先ず装備屋、道具屋、あとスキルに≪薬師≫を持つ冒険者に物資の調達依頼をギルドから出す。短期で納品、給金も多めに設定したら少しは集まるだろう。……そうだな、近々ギルド主体の周辺掃除をする予定だから、と言えば疑わんだろう」
モンスターが凶暴化してから一定期間経過してから現れると言われている≪名無しの軍団≫は、それ以外の詳しい出現条件が分かってない。
だから万が一、町全体が知った事を察知されて襲う町を変更されても困るので、口の硬い少数のみで準備を進めていく事にリカルドさんは決めた。
実際、サルーの町周辺のモンスターは弱強関係無く増えている。リカルドさんの話に私達も頷き、以前ノーランが受けた依頼である火龍撃退の事で確認する事がある、とリカルドさんに呼び止められたノーラン以外で、集めていた素材を売却・新装備調達する為に馴染みの装備屋さんに向かう事にした。
――――――
素直で愉快な仲間達が扉の向こうに消え、俺はリカルドに向き直った。
「……それで?」
火龍との一騎打ち、アレは依頼なんかじゃない。ある意味、偶然と必然の遭遇だった。
俺が千年単位で古い昔話が出来る、長寿の竜種を探し、やっと見つけて仕掛けた闘いだったのだから。まぁ実際には500年程しか生きてなかった様だが。
まぁそんな訳で、その場に居たマナー違反のパーティーを助けたのは偶然だ。……そんな事、ギルド長であるこの男は把握している筈だが。
……ディルムッド達と引き離して、何が目的だ?
「いや、話があるのはそっちだろ?」
間違いか? と太い首を傾げるリカルドは……流石はギルド長。やっぱり只者じゃない。
俺はまたソファにどかりと座り直し、ごつい筋肉と鎧に包まれたリカルドを見据えた。
「……≪勇者≫の側に現れる≪夢視≫云々って話、何処で知った? 俺も訳あって大昔の伝承とか色々と調べまわってるが……そんな記述、見た事ないんだが?」
そう。精霊を調べると大体≪勇者≫の話が付いてくる。それだけ関わりがあったって事だ。
俺の調べた中に、精霊の双子の記述は無かったが……エピソードを見て、それっぽいのをパーティーの仲間にし、原因のモンスターを倒したって勇者の話はあった。だが、それ以外の事は……。
ここで、リカルドが何かスキルを発動させた。
俺が素早く剣に手を置きながら≪心眼≫を発動させるのを見て、リカルドは両手を上げて敵意は無い、と笑った。
「成る程。スキルを使いこなし、隙も無い。お前もディルムッドに並ぶ相当の実力者だな。………お前を示す称号は『切り拓く者』………………ふむ。今これを持つべきなのはお前の様だ」
そうしてリカルドが自身の≪アイテムボックス≫から取り出したのは、古ぼけた分厚い本だった。
警戒しながら受け取ると、相当に古い事が分かる。≪鑑定≫すれば、表紙に使われている革は俺が見つけた古文書よりも古い、千年以上前の代物らしい。しかし、中身の紙は古いのから新しいのまで順々になっている。明らかに紙の材質が違う。……千年前から、ずっと紙を継ぎ足し使っているのか?
古い魔法で保護されているらしく、これ以上の詳しい事は分からない。古ぼけてはいるが、目立った破れや綻びも無かった。
表紙には、古い言葉でこう書かれていた。
「……『願わくば、どうか誰も憎む事なかれ。恨む事なかれ。我ら皆、神に愛されし者。故に救いは、終わりは必ず訪れる。……幼き、『夢視る少女』と共に』……」
その文字の最後に、三角形の中に世界樹の葉と三日月をモチーフにした紋様を見た俺は、リカルドを見上げた。
「その本は、30年程前……俺がまだ駆け出し冒険者として各地を旅している時に、≪ユートピア≫に住んでいた恩人のエルフから渡されたんだが……いやぁ〜俺のスキル、≪査定≫を見込んでの頼みでな? 『貴殿の思う、持つべき人に渡してほしい』と言われた」
「また、珍しいスキルをお持ちで……」
リカルドの持つスキル≪査定≫は、単語としては近いが誰もが持つ≪鑑定≫とは似て非なるモノ。
何故ならこの≪査定≫は対人、対モンスター用のスキルだ。
モンスターを≪査定≫で見れば今のステータス、状態、あとドロップとは別の剥ぎ取れる素材部分が分かると言われている。
また人物を≪査定≫で見ると、モンスター相手程の情報は分からないが、自身と比べてのある程度の力量差は分かるらしい。
それよりも≪査定≫で重要視されるのは、性根というか、……相手の魂の本質を感じ取り、その人物に似合った称号が脳裏に浮かぶ事だろう。仮に見た目や世間的には善人で通っていても、魂や性根を通して見るから称号は相応のモノとなる。
実は大まかに悪人・善人を見分ける事が出来るこのスキル……ギルド長のリカルドらしいスキルでもある。
そんなリカルドが俺を『切り拓く者』と呼ぶなら、それが俺の称号なんだろう。……あの小っ恥ずかしい通り名より、ずっと良い。
「……それが、俺だと?」
「まぁ半分勘の所もあるが……きっと、お前だ。俺には読めないページが殆どだったが、お前なら読めるんじゃないか?」
「そんなんでいいのか……?」
そう言われて適当なページを開くと……成る程。確かに読める。
日付がよく登場するから、どうやら日記や手記の類いだ。
「……まあ、なら、有り難く貰っとく」
古い書物なら、精霊関連の事が書かれているかもしれん。
後で読もう、と俺は外装の下、腰に括り付けてある『アイテムバッグ』に本を片付け……ディルムッド達も居ないから丁度良いか、と代わりに上級エーテルを入れてる瓶を取り出し半分程一気に煽った。
「……魔力の消費が、激しい様だな」
「……まーな」
ディルムッドの片割れと契約したその日から、俺は常時魔力を消費し続けている。ある程度のレベルがあるのでMPは多い方だが、眠っている間も消費し続けるのは痛い。朝起きてもMaxの半分も無いのだから。
契約の代償は、俺の魔力。俺の血を使って俺に縛り付ける契約なのだから、まぁ当然だ。
……ディルムッドの記憶欠如の話を聞いて、エーテルを飲み続けていて良かったと心の底から思った。MP不足だったら、きっとアウトだ。
……魔力の流れが光の粒として見えるサーリーとルシファーには初対面時にバレたが、何とか口止めには成功中だ。2人には何されたって文句は言わん。肩車ぐらいなら、いつでもしてやる。
ちなみに俺が今飲んでいる上級エーテルは、1本10万ギル。王都の道具屋脅してあるだけ持って来たがそれでも足りない。金を稼いでも稼いでも全く足りない。お陰でレベルは上がってくれたが……こんな時、自身の体質が悔やまれる。
「俺はステータスに≪薬物耐性・強≫があるんでね。……個人で、上級エーテル安く譲ってくれたら有難いんだが?」
耐性とあって、毒薬や惚れ薬みたいなのを半減してくれるのは有難いんだが……ポーションやエーテルまで半減するのは止めて欲しい。いやマジで。
「出来るだけ、融通しよう。……お前も随分と、珍しいステータスを持ってるなぁ」
「助かるよ……それより、なぁ、リカルド」
話ももう終わりだろう、と俺がソファから立ち上がりながら声を掛ければ、リカルドも廊下に続く扉の前に立ちながら、俺に顔だけ向けた。
「何だ」
「あんたの≪査定≫さぁ……マイと、サーリーと……ディルムッドの、何、見た?」
俺が殺気を隠す事無く問い掛ければ。
「……それは口に出して、良いのか?」
「今までと同じ、閉じた貝で居てくれるなら俺は構わない。……だが、ちょっと加熱した位で簡単にぱくぱく開くってなら……分かるだろ?」
戦力減らすのは痛いが、これは仕方ない。
ディルムッドだけでなく、一緒に居てくれるあの愉快な家族達が危険だと言うなら………………アイツの、家族達の危機なら。
汚れ仕事は、俺が幾らだってしてやる。……手が足りなくなったら、その分、俺が馬車馬の様に働けば良いだけだ。
「……『憎むなら、地の果て。愛するなら、死後を超え来世まで』……竜種のお伽話に必ず出てくる文言だが……今のお前に相応しい言葉だ、ノーラン」
「……何が、言いたい?」
殺気を強めた俺の視線を前に、リカルドはその隻眼を柔和に歪め、その後片手を上げた。
「……安心しろ! 誰であっても他言せぬ! そんな瑣末な事で≪勇者≫の邪魔などするものか!!!」
そう言って、あっはっはっはっと大笑いしながら部屋を出て行くリカルドを見送ってしまい……毒気の抜かれた俺も部屋を出て、愉快な仲間達と待ち合わせにしている猫髭亭に向かった。
……まあ、リカルドは今まで誰にも話さなかった様だし、対面してその人柄も、頭も悪くなさそうだった。……暫く様子を見よう。
取り敢えず、先に宿に戻ってディルムッドが破壊した扉を直しておこうか。……3度目の拳骨は、流石に不憫過ぎる。
「…………≪切り拓く者、故に精霊と竜種の呪い貪り糧とする≫か……こんな長い訳ありな称号、俺も初めてだぞ」
リカルドの呟きを聞かなかった事にして、俺はギルドを後にした。




