64
まだ日も落ちきっていないから善は急げ、という事で私達はギルドに向かう為に猫髭亭を後にした。
先を急ぐから説明はもう少し待って欲しいという私達の言葉に頷いてくれた、下の食堂で後片付けをしていたアニスさんは……やっぱり無言で拳骨2発、ディルの頭に叩き込んだ。いい音したよ。
……私達の代わりにありがとう、ディル。でも痛かったんやね。静かに泣いてるから、頭撫でといた。
そうして宿を後にした私達は、冒険者で賑わうギルドを目指した。着いたら最初にノーランのパーティー登録と緊急依頼の有無の確認して、その後、もし可能ならギルド長との面会も考えてる。
歩きながら町の様子を見ても、懐かしくも賑やかな町並み。……ここが、戦場になる。
「……絶対、守ってみせる」
「……うん!」
ディルの呟きに、私達は大きく頷いた。
そうしてギルドに到着した私達がパーティー登録している時に、依頼を確認しに来たらしいショータ達……勇者パーティーが登場してしまった。
ノーラン曰く、数日前からサルーの町に居たらしいのですっかり有名人や。
「「「「あ!」」」」
勿論、私達は物凄い剣幕と早歩きで迫られた。うん。ちょっと怖い。
「マイさん!」
「モエちゃん、もうちょい待ってなー。もうすぐやと思うから」
私の言葉に立ち止まったモエちゃんとその他3人は、人目がある事もあって先程よりも大人しい。
するとそこに、対応してくれていた顔馴染みのギルド職員のお姉さんが現れた。
「お待たせしましたー。……はい。これでノーランさんは≪ニクジャガ≫のメンバーですよ!」
そうしてパーティー登録してくれた時に貰ったブレスレットと首飾りを返してもらった私達は、ノーランにも揃いのブレスレットと首飾りが行き渡りご満悦である。
ちなみに埋め込まれているそれぞれの石は、私が白、ディルがうっすら緑色の乗った白、サーリーが紫色に染まってる。追加されたノーランの石は、これから一緒に居たら徐々に色付くよ!
早く装備しろ、とせっつくディルとサーリーに苦笑しながら手早く身につけたノーランは……最後に溜息を零した。
「なぁ……パーティー名、何とかならねぇ?」
ノーランや。そんなに食べ物の名前は嫌か。
「にゃ。嫌」
「ノーラン……ディルの意志はドラゴンの鱗よりも硬いから、無理なんだよ?」
ディルの即答とサーリーの悟りきった言葉に、ノーランの視線は私に固定された。ちなみに私とサーリー提案の「ノラ兄ちゃん」呼びは、却下となりました。首筋が痒くなるそうです。照れ屋め。
「……どうしても?」
「……うん。諦めて」
がっくりと首を落としたノーランを慰めるのは、彼の頭に乗っかったルシファーに任せ、私はモエちゃんの後ろで重苦しい空気を纏う金髪と黒髪を見上げた。
うん。キラキラとギラギラな顔が、怖い。しかも、ごっつ目立ってる。
「うーん。……ちょっとした個室って、ここ借りれます?」
取り敢えず、簡単な自己紹介はやっとこう。
そうして私達はギルド内にある会議室を借りて、勇者パーティーと共に室内に。
防音効果発動させた≪結界≫を施してから席に着いた私を金髪の白い甲冑着込んだ美丈夫、ユーリ王子が睨み付けて来た。
「……今、何を?」
うっわ、確認って言うかすっごい疑いの視線。あ、ディルがムッとしてるやんか。
私はディルの手を撫でて何とか落ち着いてもらった。
席順は、扉から入ってすぐ目に入る席にノーランが座ってしまったので、上座からノーラン、ディル、私、サーリーの順番に決まった。ちなみに、ルシファーはサーリーの膝の上で尻尾と足を揺らしながら牙を見せて王子様達を威嚇中。
私達がさっさと座ったのを見て、ノーランの向かいからユーリ王子、黒髪の大柄な騎士、モエちゃん、ショータが座った。……ショータは、私の目の前の席を拒否してたよ。何でや。何もせえへんよ、失礼な。
「話の内容聞かれたく無いんで、私のスキルでちょっとした防音しただけです」
「マイの得意なスキルだから。……効果は保証する」
私の説明とディルの援護に渋い顔ながら納得したユーリ王子達は、話を促すように無言で私達を見つめて来た。
ディルは口下手で、ノーランは拷問事件で負の感情しか持たれていない。サーリーはお子様なので論外。
語り部は、私やな。
「え〜っと。モエちゃん達から聞いてると思いますけど、私はマイ。……2人と別行動でしたけど、私も此処とは違う異世界から来ました」
私の言葉に、ユーリ王子達は小さく頷いてくれた。
「なら私の詳しい説明は取り敢えず後にして……先に紹介しときましょうか。まず私の隣に座ってる可愛い子ちゃんが、サーリー。縁あって一緒に暮らして小さいけどちゃんとした冒険者してます」
「サーリーです。よろしくお願いします! あと、この子は私のテイム・モンスターのルシファーです!」
「……ごる、るるぅ」
私が背中を撫でて促せば、しっかり自己紹介出来たサーリー、尊い!
……あと、うん。流石は優秀なるサーリーの護衛。でも牙見せて威嚇すんの、今はおやめなさい。目の前のショータめっちゃ怯えてるから!
「……え、えっと。知らない人一気に目の前にしたから警戒してるだけで、普段は可愛げのある闇龍の赤ちゃんです!」
私の補足にモエちゃんとショータが「あ、やっぱり、りゅうなんだ…」とか呟いて打ち拉がれてる。
え。なんか、ごめん。
そう思いながらも、私はモエちゃん達同郷に視線の先を固定した。……自分の結婚報告、緊張するぅ!!!
「……えっと、モエちゃん。こっちに座ってるのが……ディルムッド・ホイールさん。縁あって私の、……私の旦那様でしゅ!」
あ、噛んだ。
ぶっは、って吹き出したディルの隣の兄貴……今日のあんたのおかず、楽しみやな?
「……あ、うん」
「……私達、ディルムッドさんって人と、その奥さん見に来たので……」
宿で見た時、何となくそう思いました。
そう続くモエちゃんの声に、何故か元気がない。だってどう見ても明後日の方向見ながら打ち拉がれてるの、2人共。なにこれこわい。
いや過剰反応されなくて良かってんけど……この会わなかった約2ヶ月の間、いや数時間の間に何があったの?
ここで、ディルの前に座っていた強面の黒騎士が口を開いた。
「ショータ達から簡単な説明は受けています。……ああ、私の事はアルフレッドと。それで……役割とするなら、貴女は≪聖女≫なのですか?」
「う〜ん。創造神様曰く、本来ならショータとモエちゃんだけの役割だったんですけど。2人連れてくる時に、目の前で不幸まっしぐらだった私は思わず拾われたというか。……オマケみたいなモノで。≪聖女≫っていう役割は後付けっぽいんですよ。だから創造神様にも好きにしたら良いって言われて別行動してたんで。……誰かさんとの相性も、あんまり良く無かったですし?」
本当はサーリー関係でがっつり色々あるみたいやねんけど。今ここで説明する義務も必要もないし?
「うっ……」
そんな事考えながらも嫌がらせの様にショータをチラ見してやれば、目が合った瞬間、気まずそうに視線を外す。
その様子を見てユーリ王子と黒騎士アルフレッドさんは、少し長めの溜息を零した。
「……成る程」
うんうん。納得してくれたようで良かった。
……それにしても、仕方ないと思っていても他所の男と会話して欲しくないらしい旦那様。腕にふわもこ尻尾絡むの擽ったいなぁ遠慮ないなぁああ揉みたいなっ!!!
「ぐぅ……そ、そんで、ディルの隣に座ってるのがノーラン。……ノーランの事は、王子様達に聞いたんかな?」
気力振り絞って尻尾無視した私は、モエちゃんに話しかけたのに。
「あ、はい。それはもう………………ユーリ王子カラ、ハイ、色々ト」
モエちゃんの瞳から、光が消えてる。
……ああ、これが、死んだ魚の目か。
良く分かった。モエちゃん達の生気のない顔の原因はユーリ王子なんやね。
うん。何を思い出したのか、ショータの口から魂出そうやね!
私がユーリ王子に視線を向ければ、態とらしく咳していた。
「んんっ……ディルムッドから聞いているだろうが、私はユーリディア・フォン・ユートピア。隣国≪ユートピア≫の第一王子だ。隣のアルフレッドは、幼い頃から私の世話と護衛をしてくれている。……ディルムッド」
「何?」
「お前の妻の名を、呼んでも良いか?」
……ん?
ユーリ王子の強張った顔と頓珍漢な発言に、私は首を傾げた。
いやそれ、私にお伺いしたら良いんじゃ?
「にゃ…………………………マイ、取らない?」
「「絶対に、取らない」」
「……なら、良いよ」
王子様と黒騎士様の息の揃った相槌に、ディルも渋々頷いた。何で?
「……マイ。野菜好きの獣人と、人魚以外はヤキモチ焼きだから、勝手にツガイの名前呼んだり触ったりしたら、噛まれたりするよ?」
「……マジかぁ」
こっそりサーリーが教えてくれたので、異世界初心者の私は気を付ける事を心に誓いました。
……またまた何か思い出してるショータが若干青ざめてるけど。アレはすでに、どっかでやらかしてるな。残念!
「えっと……私はモエ。マイさんと一緒に来た異世界人で、神様に≪賢者≫として呼ばれました」
「……ショータ。≪勇者≫として呼ばれた」
2人はぐったりしながらディル達に自己紹介し、私に視線を向けた。
まあ、私も簡単にはディル達に説明してるしなぁ。
なら、自己紹介は終わりにして。
本題といこうか!
「ユーリ王子達から信じられないって言われる事を、私達は承知でこれから話します。実は……」
そして、サーリーの持つ≪精霊の愛子≫と≪夢視≫のステータスによってサルーの町が大量のモンスターに襲われる事、ノーラン含む人々が犠牲になる事。モンスターを従えているのが二足歩行の巨大な狼である事を知り急いで帰って来た事。
まだ緊急依頼は発令されていないけど、精霊達の様子で高確率で危ないと私達が判断している事を話した。
サーリーとディルの詳しい出生は、勿論話さずに。
「……そんな」
「マジかよ」
モエちゃんとショータのショックを隠せない反応に、少し申し訳無い。
私達は戦う覚悟決めてこの場に居るけど、モエちゃん達は戦力強化する為にディルに会いに来たんやし。
……戦力確保するつもりで来たのに、まさかボス戦あるとは思ってなかったよなぁ。
「……ユーリ王子」
アルフレッドさんがユーリ王子を見つめる。
「……彼女の言葉に、嘘は無い。この場に居る精霊達は、確かにその未来が訪れると確信している」
「っユーリ王子様、精霊さん達見えるの!?」
サーリーの嬉しそうな顔に、ユーリ王子は少し体を震わせてから頷いた。
「あ、ああ。この紫紺の瞳は精霊を見る事が出来るんだ。……私は愛子ではないから、姿を見る事と簡単な会話が出来るくらいだ」
「そっかぁ」
少し残念そうに足を揺らすサーリーに、ユーリ王子は苦笑してみせた。
そして、私とディルに顔を向けた。
「話は分かった。……ノーランを引き入れたのは、救済と戦力確保が目的か」
「……まぁ、そんな所ですよ」
ノーランの爽やかな笑顔とちょっとした敬語に私は寒気を感じ、ユーリ王子とアルフレッドさんは額に青筋を浮かべた。なにこれサブイボすごい。
てかサーリー、モエちゃん、ショータはガクブル震えてるやんか!
うん分かるっ、誰か魔法で氷発生させてるよなめっちゃ寒い!
ノーランの王子様に対する態度が、怖過ぎる!!!
「……ディルムッド、戦力なら微力ながら我々がなろう。悪い事は言わないからノーランは止めなさい。……お前は、あんなにボロボロにされたのにどうして……っ」
……アルフレッドさんの鬼気迫る顔に、ノーランがいかに手加減無しにディルを攻撃したのかよく分かる。
「……事情があったの。でも、もう大丈夫」
「どうして、そこまでノーランを信じて頼るんだ。ディルムッド」
険しくも神々しい雰囲気を変える事なく、ユーリ王子がディルを見詰める。
「……ノーランだから」
ディルは言葉よりも余程分かりやすい、にっこり可愛い笑顔で言い切った。
だってディルは、知ってる。
話を又聞きした私でも分かる。ノーランが自身の仕事をどれだけ誇りに、主人である女性に忠誠を誓っていたか。
生涯、主人を側で守り続ける……その誓いを破ってまで、ノーランは今もここに居てくれてる。
ここまでされて信じないのは、失礼ってもんや。
そんな事を知らないユーリ王子は、ディルの言葉に悲痛と呼べる表情を浮かべ……ノーランに鋭い視線を向けた。
先程までの、険しくも天使を思わせる神々しさはなりを潜め。
その顔は、ただ剣を持つ戦士のソレに変わった。
「ならば私は、確かめなければならない。……剣を抜け、ノーラン」
「いけませんっ王子!!!」
ユーリ王子は立ち上がり、その腰に刺す剣に手を置いてる。いつでも、引き抜ける様に。
アルフレッドさんは、そんなユーリ王子を押し留める様に自身も立ち上がりながら彼の肩を掴んでる。
ショータとモエちゃんも落ち着け、と声を掛けるけど。ユーリ王子は目の前のノーランから視線を逸らさない。
「……」
ノーランは椅子に座ったまま、そんなユーリ王子を無表情で数十秒眺めていたけど。
「……いいですよ」
「「「ノーラン!?」」」
何と!!?
オーケーなのっ!? 私もディルもサーリーもびっくりですよ!!?
「今すぐ行きます?」
「……ついて来い」
「お待ち下さいっユーリディア王子!」
そう言ってざかざか会議室を出て行く2人と慌てて追い掛けるアルフレッドさん。
いやいや待って待ってちょっと待ってぇ!!?
数秒フリーズしてしまった私達も、ショータ達と共に駆け足でノーラン達を追い掛けた。




