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「「……≪名無しの軍団≫……?」」
私とサーリーの疑問の声に応えてくれたのは、ノーランだった。
「……ああ。ディルムッドが言った、巨大な狼のモンスター……通称ナナシ。コイツはこの世界の異常の始まり、この世界の破滅の象徴って言われてんだよ」
異世界≪リヴァイヴァル≫でモンスターが凶暴化して一定期間経過すると現れるという巨大な二足歩行の狼モンスター、その名はナナシ。
そのナナシが引き連れた様々な種族のアンデッド・モンスター……所謂、ゾンビ軍団。
これが≪名無しの軍団≫と呼ばれるモンスター軍団である。
……うん。まさかまさかのスマホゲームで言うレイドボス的な存在やな!
マジかなんでやっ異世界の問題何とかしてくれって私達呼んだのに、世界設定めちゃくちゃやんか!
ふざけとんのかあの神様!!!
「……ナナシって、適当な名前だね?」
「あー。俺も片っ端から文献読み漁ってた時に見たが……名も無き恐怖、名を捨てた獣って名称で語られててな。えっと………………、ナナシってのは、冒険者達が付けた通り名みたいなもんだな」
ノーランは、サーリーの素朴な疑問にそつなく答えながら懐を漁ってボロボロの分厚い手帳を取り出し、ページをめくりながら色々な質問に答えてあげていた。
ノーランの取り出した手帳を見たディルが、すんすん鼻を鳴らし始めたので……私はそっと、ディルの背中を撫でてあげた。
あんなボロボロになるまで、色々書き込んで……ディルの為に、調べてくれた証やな!
「大昔から≪名無しの軍団≫が現れる前日、もしくは数日前に教会から神託を受けて、ギルドから緊急依頼として発令されてたんだが……前回は、違った」
手帳を眺めながらノーランが続けた言葉に、私は口を開いた。
「前回……それって、ディルの生まれ故郷の?」
「ああ。まぁ正確には前回もちゃんと神託があり、緊急依頼として発令されたんだ。……だから、ディルムッドの親父さんもこの依頼に参加する為に、王都に向かった」
……なら、何故?
無言で見つめた私に、ノーランは首を横に振った。
「原因は、今も分かっていない。俺達が分かってるのは、モンスターが溢れた場所が2箇所だったって事と……ナナシが現れたのが、ポポの村だったって事だけだ」
今からおよそ17年前。
緊急依頼が発令されたその日は≪ユートピア≫の世界樹の外皮が入れ替わる、500年に1回ある再誕日と呼ばれる日やったらしい。
この日を含む前後数日間は、世界樹のモンスター除けの効力が弱まり、普段なら近寄って来ない強いモンスターも寄ってくるから、この日≪名無しの軍団≫が攻めてくるのは不思議でも何でもなかった。
……どうして、ディル達の村にまで?
「……まぁ。何があっても不思議じゃねぇって思っとけばいいだろ」
「えっ何それアバウト過ぎやろ」
投げやりっぽい発言で締めくくるノーランに、色々と考え込んでいたのを中断した私は思わずツッコミ入れてしまった。でもノーランはキョトン顔や。
「まだ緊急依頼無いからな。情報も無いのに気張っても疲れるだけだ」
成るように成る、と言うノーランの姿に……私は、ディルの双子であるにいねえちゃんの脳筋発言にちょっと納得した。
「……た、対策とかは?」
「文献と前回の事も纏めて考えると……俺達が一定以上のモンスターを討伐するか、≪名無しの軍団≫が近場の町村をいくつか潰したら引き上げるらしいな。……間怠っこしいから、ナナシを倒したら良いだろ?」
うん。ちょっとちゃう。がっつり脳筋的発想です。
「……れ、歴史上の戦歴だと?」
「ナナシを倒せたって文献は…………、無いなぁ」
ノーランのこの言葉に、ディルはノーランを見つめた。
「その時、俺達、居ない!」
居たら倒せてる、と言わんばかりの言葉を口にするディルはとても珍しく、この強気な態度にノーランは破顔した。
それは、可愛いディルの「にぱ〜」と違って……獲物を貪りご満悦な、獣の様な獰猛な笑顔。
「はっ……なんだよ。お前も言う様になったな」
「うん……俺、負けない! マイと、サーリーと、ルシファーと、ノーランと……にいねぇちゃんが、居るから。負けないの!」
ディルはむぎゅっと自身の胸元を握り締めながら、ノーランとは違う、とっても可愛い顔で笑った。
「……うんっ! ルシファー、私達も頑張ろうね!」
「ごるるるっ!」
その言葉を聞いて、ヤル気に満ち溢れた幼子達。
うん。それなら、私が言う事は決まってる。
「そんじゃあ……ノーラン」
「ん?」
私は、にやっと笑いながら。
「ディルの冒険者パーティー、≪ニクジャガ≫に……ようこそ!」
「「……っ、ようこそー!!!」」
だって、私達はもうディルの事情知ってるし。
ディルの記憶の欠損対策に、私の≪結界≫とノーラン本人必須みたいやし。
≪ユートピア≫の人達にもディルとノーラン一緒に居る所、見られたし。これから忙しくなるし。……もう別行動する理由、無いやんな!
そんな訳で、私の掛け声で喜色満面の旦那様と娘にノーランは抱き着かれた。あ、足にはルシファーもくっ付いてる。すりすりしてるその姿は、野生を感じさせない甘えっぷりである。懐きまくりや。
ノーランは、そんな手厚い歓迎に苦笑いや。
「あー……んじゃあ宜しくって言いたいが……その、パーティー名は何だ?」
「ディルの好きな、私の故郷の料理名!」
私の答えに、ノーランは握りこぶしをディルに向けた。
「あーあーやっぱりかっ! ディルムッドっ、お前まだそんな名付けの仕方なのかよ!?」
「ふ、ふにゃんっ」
「嫁さん貰ったんだから、都合が悪い時に猫語使うの止めろ!」
これから、おそらく数日後……ううん。明日にでも、私達は強敵と戦う事になるかもしれない。
それなのに、何とも慌ただしく、楽しく……私達はこの場に立って居られる。
怖い。
辛い。
死にたくない。
色んな負の感情が、私の心を占める。
でも1番怖いのは、私だけ助かって……皆が、居なくなる事。
そんな不安が見え隠れしていたのだろう、私の頭を……ノーランは優しく、ぽふぽふ撫でた。
「……安心しろ。くっだらねぇ未来は、俺達の手で薙ぎ払ってやる」
アンタは終わった後に食うご馳走の献立でも考えてろよ、と太陽を思わせるキラキラを背負って男らしく笑うノーランに…………不覚にも、私はときめいた。
だって、だって、これは憧れの…………っ!
「……お、お兄ちゃんと呼ばせて頂いても宜しいですかっ!?」
「あっ、私も呼びたい!」
私とサーリーの期待の眼差しに、何故かノーランは真顔になった。
「…………何でだ?」
「ノーラン、皆のお兄ちゃん!」
「だからっ、何でだよ!?」
ディルから、ノーランは王都の冒険者や軍人からも兄貴と呼ばれ慕われていたと聞き。
ノーラン本人以外、大きく頷いて納得するのだった。
皆大好き、ノーランの兄貴(笑)
生まれ育った王都でも、負かしてやったどう見ても歳上おっさんに兄貴と呼ばれる、ノーランの兄貴。老け顔な訳でもないのにね。笑えるね(酷)
拷問事件でも、そんなの信じられないと大多数の冒険者とその場に居なかった軍人達に詰め寄られるアルさんとユーリ王子。不憫でした。




