58:ノーランサイド3
その日の内に話を聞き終え、俺達は今、首都エイデンの郊外にある空き家に居た。
軍からもっと距離を置きたかったが、あまり離れると勘付かれる。背に腹は変えられない。
時間は有限で、残り少ない。
それでも俺は、為さねばならん。
……こうなると、俺はもうストゥルル家には居られないだろう。
妹の様に慈しんで来たお嬢様を、裏切る事になるのだから。
だか、そうしなければ……俺はお嬢様を救ってくれた、この大恩ある親友2人を失う事になる。
そんな事、俺自身が許せない。
「準備はいいか、ディルムッド」
「……うん。俺の事は、気にしないで」
「……分かってる」
「じゃあ……ノーラン。後は、お願い」
そうして勢い良く息を吸い込んだディルムッドは…………。
「……たすけて、にいねえちゃーーーーん!!!」
なんとも緊張感に欠ける内容を、その無駄に良い声で叫び。
俺達2人の、負けられない戦いが始まった。
―――――
「ノーラン……貴様まで噂に踊らされてディルムッドに……っ!?」
ものの数秒でディルムッドの側に戻りその身に宿った片割れを確認した瞬間、俺は隠し持っていた縄と枷でディルムッドの体ごと、雁字搦めに空き家の比較的太い柱に拘束してやった。
素早さに定評のある俺自身、初めてにしてはなかなか上手く出来たと思う。
凄腕の魔法使いの魔力さえ封じてしまえるという謳い文句で王都の道具屋で飾られていた、アンティーク感漂う上等な拘束具だ。
精霊の様に物理的に形ないものでも大丈夫か賭けだったが……驚きの表情のままもがくだけのこの様子だと、ディルムッドの体からも逃げられない様だ。魔法を使う兆候も見られない。
俺は、意識的に口角を上げて笑ってやった。
「安心しろ。俺はディルムッドを疑った事は無い」
「……ちっ、ディルムッドめ、余所者に話したのか!?」
「はっ、人望の差だクソ野郎!!!」
「だ、黙れっ! ディルムッドを救うには……消さない為には、こうするしかないんだ!!!」
ディルムッドの片割れの叫びに、俺はこの世を造った神を、ほんの少しだけ恨んだ。
「今のままだとっ、僕はディルムッドを喰い殺す事になる! そうなる前に、ディルムッドから僕を切り離す!!!」
あの鍛錬場で、ディルムッドは泣きそうな顔で俺に言ったのだ。
にいねえちゃんは、恋をしている。
とっても素敵な恋をしているのに……俺の為に死ぬ気なんだ、と。
意味が分からず詳しい話を聞けば、精霊の双子の悲劇にも関係のある……体の主導権の話だった。
人と精霊。この双子は、能力的には精霊の方が上回る。
ずっとずっと大昔、この≪ユートピア≫では戦争の為に、精霊の双子、その片割れである精霊に、きょうだいの体を乗っ取らせていた。
この時、完全なる同化は人格さえ上書きする為……体の持ち主は事実上、死ぬ。
何故そうするのか、それは能力の高い精霊にきょうだいの体を乗っ取らせた方が……圧倒的に強いからだ。
……誰だって、愛しいきょうだいを犠牲にしたくなかっただろう。
それなのに何故、そんな鬼畜の所業を強制出来たのか。それは精霊の本能にある。
精霊の体は本来、自身の持つ属性と同じなら生物でも植物でも鉱石でも、何でも良いのだ。
だが、精霊は肉体を得れば人と交わり、子を成す事が出来る。
……人から双子として生まれた片割れの精霊は、選ぶ体を人体に固定されてしまうらしい。
誰かに恋でもしてツガイになりたい、と思ってしまったら。……精霊は本能で体を求める。
そう。
精霊の双子として生まれた、片割れの精霊にとって。
……自身の片割れが、もっとも適した肉体なのだ。
飼い殺しにされた精霊の双子達は、閉じた空間で限られた人物としか会えず……精霊だけは、その人物に特別甘やかされ、恋と呼ぶにはおぞましい状況に追い込まれる。
……吐き気しかしない。
ディルムッドの片割れはこの事を知っていたのだろう。国や権力者を毛嫌いするのが良く分かる。
「……それでもお前は、ユーリディア王子に惚れたんだな」
ディルムッドの片割れが、こんなにも切羽詰まる状態なんだ。
大方最近自覚しただけで、前々から想っていたんだろう。
最近の噂……火の無い所に煙は立たないと言うし、な。
俺の言葉に、拘束されたディルムッドの片割れはその顔を絶望の色に染め上げた。
「……ちっ違う!!! ……僕は、ぼくはっ……」
違う、違うと必死に首を横に振り続ける片割れの姿は、哀れとしか言えなかった。
初めは、本当に分からなかったのだろう。
ディルムッドを生かす事に毎日必死で、自分自身に目を向けていなかったのだろう。
ディルムッドが軍に入り、実力も上がっていって。
そうして心に余裕が出来てきたからこそ、気付いたのだろう。
「隠す必要はねぇよ。……想っちまったもんは、しょうがねぇだろ」
「…………っはは、……思いもしない、か……人の気も、知らないで……」
俺の言葉に何故か一瞬口元をヒン曲げたディルムッドの片割れは、次の瞬間には相手を嘲るような表情に変え、俺の顔を見詰めた。
「……そうだったな。お前もディルも脳筋で、単純過ぎる思考回路だったな……だったら、」
「っ余計な事考えてんじゃねぇ!!!」
俺は腰の入った渾身の右ストレートを、ディルムッドの胴体に叩き込んだ。
「んぶっ!?」
「……痛いだろうなぁ? ……でもな、ディルムッドの許可は貰ってるんだよ。……俺の気分は、すっげぇ、すっげぇ悪いが、今回は仕方ねぇ! ……テメェが逃げられるだけの体力なんて、残してやらねえからなぁ!!?」
ディルムッドの片割れの持つスキルは、恩恵故か禁じ手っぽいモノが多い。
発動条件はややこしいらしいが……、人の認識をずらし、記憶すら弄れるスキルを片割れは持っている。
……幼き日のトラウマによって普通の人よりも心の成長が遅過ぎるディルムッドに、誰も彼も疑問に思わないのはそのせいだ。
そうでなければ実力はあっても色々と問題のあるディルムッドが、軍隊でやっていける訳がない。
片割れのスキルは、発動条件が揃ってしまえば記憶の中にある特定の人物の存在抹消さえ、可能だった。
スキル発動の条件は、戦闘中では無い事。HPが著しく低下していない事。状態異常になっていない事。
他にも細かいのがあるかもしれないが、取り敢えずこの条件をクリアした上で、記憶を弄りたい対象を長い事見つめていないといけない、とディルムッドは言っていた。
ディルムッドの片割れは、このスキルを使って俺とディルムッドの記憶から自身の存在を消してから……死ぬつもりだ。
その為に今、精霊を殺せる道具を探して国の書物を漁っている所だったらしい。
馬鹿な奴だ……記憶を消してから探さなかったのは、本当は消したくないからなんだろ?
忘れて欲しくないから……ギリギリまで、覚えていて欲しいからなんだろ?
だから俺は、ディルムッドの片割れに余裕を与えてはいけない。弱らせスキルを使えなくするのが、今の俺の役目。
そうして俺が選んだ方法が、拘束したディルムッドの体を殴り続けるという、いわゆるリンチ、拷問である。
ディルムッドの意識が眠っている今、体のダメージは片割れとなるからだ。
頑丈過ぎる体だと自負していたからか、剣で斬りつけるのが手っ取り早いとディルムッド本人には言われたが……それだけは、俺の矜持に触ると拒否した。
それに……一方的ではあるが、ダチとの喧嘩に得物は無粋だ。
「にゃぅ……友達かぁ……ノーラン……やっぱり鈍い」
「???」
俺の言葉にディルムッドは珍しく小難しい顔をしながら首を傾げていたが、まあ落ち着いてからでいっか、と最後には笑っていた。解せぬ。
「……ん、ぐふっ……げほっ」
「……は、……はぁ……良し」
どれだけの時間、殴り続けたか。ディルムッドの片割れは血の混じった唾を床に吐き捨て、俺を睨みあげている。魔力が激しく乱れて、スキルも使えない。これで良い。
俺の拳もディルムッドの歯に当たった所為で、少し裂けたのか返り血以外の血が溢れていた。……都合が良いな。これも使おう。
ディルムッドの片割れが抵抗出来るだけの体力をタコ殴りによって削いだ俺は、今度は懐から小さな本を取り出した。
「…………っそ、れ……」
「は……ぉお、お前は……勿論、知ってるよな。……魔法に特化した、軍人が……精霊と一時的に契約する為の……魔法陣の記された本だ」
自身の得意な魔法属性の精霊が側にいたら、必然的に威力が上がる。
だからこの国の軍隊では≪テイム≫とはまた違った契約方法を模索し、魔法陣を使った個人契約を国独自に開発した。
この魔法陣には≪テイム≫の様な生涯共にする程の拘束力は無いが、数日間だけなら多少の命令も出来る、限定契約が可能だった。
この本はディルムッドがくすねて来たぞ、と笑ってやれば。
ディルムッドの片割れは、苦虫噛み潰した顔で歯軋りした。
俺は本を片手に、ディルムッドの来ていたシャツをたくし上げ、青アザだらけの腹に俺の血とディルムッドの鼻血や吐血の血も使って本に記された魔法陣を描いていった。暴れようとするのを、俺自身の体で押さえつけての作業は一苦労だ。
描き終え、魔法陣に触れながら小さく決められた呪文を唱えれば……ぼんやりと光りだす。光と同時に、俺は頭の中でカチ、と何かがピッタリ合わさった感覚を味わった。
俺は限定契約が成功した事を知り……ディルムッドの片割れはそうして、俺が何をしようとしているのか悟ったらしい。
「契約の元、命じるっ、精霊――――、お前の持つスキル≪記憶操作≫を俺の命ある限り封印しろ!!!」
「あ……っ〜〜〜〜〜……ゔぐあああああいやだあああああっ!!!」
バチバチバチッ、と精霊が命令拒否した時に発動する痛みを伴う反射が起こるが、この捻くれた片割れは、こんな所だけディルムッドに似て我慢強く、頑なだ。
……ちっ、今ので俺のMPごっそり持っていった癖に嫌だと抜かすかこの野郎!
俺は懐から取り出した、お高い上級エーテルを一気に煽った。
「……駄目だっ、命令は撤回しない!!!」
俺の命令にディルムッドの片割れは割れんばかりの絶叫の中、拒否し続けた。
―――――
――――
――
どれだけの時間が過ぎただろう。
1度、外が暗くなってから明るくなったから日は跨いだ筈だ。
……少し、俺も疲れたのか。意識がぼやける、ような……。
「ちっ……やっぱり、僕はお前のそのスキル、嫌いだ」
ちっとも思い通りにならない、と言っている……俺の困惑に気付いたらしい……俺の目の前に拘束された、ヤツは……言葉とは裏腹な、優しく儚い微笑みを浮かべて……俺を、見てい、る?
……あれ?
「……お、おま、え……」
おかしい。
何故俺は、攻撃の手を止めている?
いつからだ?
いつから俺は……俺、は。
……何度も何度も口にしていた、呼んできたお前の名を……覚えていないんだ?
「……弟を喰い殺すくらいなら、僕は死んだ方がずっと、ずっと良い。……お前も、そう思うだろ……シスコン野郎」
ディルムッドに良く似たヤツは、ディルムッドが決してしない、いやらしさを込めた含み笑いを俺に向けた。
そしてその言葉に激怒した俺は、またヤツの顔に拳を振るった。
ディルムッドに良く似たヤツの鼻から血が垂れているが、気にはしない。
ディルムッドの体は丈夫だ。それに本人の許可もある。問題無い。
……コイツがしようとしているのは、赦しがたい鬼畜の所業なのだから。
ヤツは垂れた鼻血をべろりと舐めとりながら、それはそれは可笑しそうに笑っていた。
「あっははは! ……何を怒る、ノーラン。体は1つなんだ。……ディルムッド以外、この体には不要だ」
当たり前のように言い切る、ヤツの声と表情に。
自身の感情が振り切れたのが分かった。
……視界がぐにゃりと歪むのは、目から汗が出るからだと思いたい。
「は……っけんな、……ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなふざけんなクソ野郎がああああっ!!?」
そうして、ヤツの胸倉を揺さぶった所で、王子付きの護衛がこの場所を突き止めてしまった。
「……ここかっ………………っノーラン、貴様……ディルムッドを離せ!!!」
「違うっ!!! コイツは……っコイツをその名で呼ぶな!!!」
どうして分からない!
こんなにも違うのに、違っていた筈なのに!
他に連れて来ていたらしい軍人共に取り押さえられた俺の目の前で、ヤツを縛り付けていた縄はどんどん解かれる。
その度にぼやけて行く、俺の視界と記憶。
「意味の分からん事をっ……傷が酷い、早く回復を!」
駄目だ。
体力を回復したら……そいつは行ってしまう!
「クソがああああ、離せええええええ!!! ア、…………っ!!?」
……もう、名前さえ。俺は思い出せないのか。
「……ありがとう、ノーラン」
ディルムッドの「間に合ったよ」の声を聞く事なく。
俺は気を失った、らしい。
俺個人は負けてしまったが、勝負には勝てた事を知るのは……ディルムッドが牢屋に迎えに来た時だった。
―――――
ディルムッドの腹に描き込んだ魔法陣は、実は2つあった。
わざわざ失敗したってブツブツ言いながら描いてやったからな。絵心のない俺だと知っていたから苦い顔を本当に失敗の描き直ししてるのと勘違いしたらしい。
詰めが甘い。
1つ目は俺が発動させたが、やっぱり隙を突かれて記憶を弄られた。即座に抹消出来なかったのは、俺の与えたダメージによるものだろう。良くやった、俺。
……だから2つ目の魔法陣を発動させたのは、ディルムッドだ。
『契約の元、命じる。精霊――――、ノーランの命ある限りスキル≪記憶操作≫の使用を、禁止。強制休眠せよ。……暫くお休み、にいねえちゃん』
俺が軍人達に確保されていたあの瞬間、ほっと一息入れたアイツは、ディルムッドに容赦無く命じられた。
俺に散々痛めつけられ弱っていたらしい片割れは、抵抗の間も無く眠ったらしい。
俺の記憶を少し弄られてしまったが、過去まで遡っていないらしいから許容範囲だ。……あの馬鹿、次したらタコ殴りだ。
そして、精霊の双子であるディルムッドとの契約は特殊らしく、数年は持続しそうと言い出した。
……俺が、何故そんな事が分かるのかと聞くと。
「にゃ……なんと、なく?」
「…………あー、そー」
うん。
精霊の双子、色々狡いと思う。
「取り敢えず、今はその言葉を信じるぞ……違和感あったらすぐ言えよ?」
「にゃ!」
ディルムッドに促されながら脱獄した俺は、やるべき事の準備を始める為、まずは顔馴染みの道具屋を脅しに行くところから始めた。
そして。
ディルムッド監禁・拷問事件の2日後、深夜。
俺はディルムッドの手助けで現在、ストゥルル家のお嬢様の部屋で……俺の唯一の主人に別れを伝えに来ていた。
目覚めていたアメリアお嬢様が腰掛けるベッドの前の床に片膝をつき、頭を下げたまま俺は口を開いた。
「申し訳ありません。……お嬢様にはこれより、大変なご迷惑をお掛けする事に、」
「貴方の行いが、私にはどういう訳なのか分かりかねますが……ディルムッドが望んだ事なのでしょう?」
俺の言葉を遮ったお嬢様の声に頭を上げれば、彼女の表情はとても静かなものだった。
むしろ、安堵さえ感じる程の穏やかさだ。
「……俺が、無抵抗のディルムッドを拷問紛いに痛めつけた事は事実です」
ディルムッド達の事情は、まだ話せない。
今この状況を知られたら……ユーリディア王子とお嬢様は兎も角、王と貴族共は黙っていないだろう。
例え英雄、恩人の子であっても利用しようとするかもしれん。
だから俺は、何も言わない。……それなのに。
「でも、ディルムッドには必要な事だったのでしょう? ……ねぇ、曲がった事が大嫌いな、正直者のノーラン。……私を守る剣となってくれた、自慢の兄は……大切な誰かの為にしか、拳も剣も振るわぬ男なのよ?」
そうでしょう?
その、さも当たり前だろうと言わんばかりの彼女の表情に、言葉に、俺は頭を深く深く、下げるしかなかった。
……俺の主人が彼女であった事が、何にも換え難い幸運であり、誉れだ!
「っ我儘を承知で、お頼み申す! 俺にしばし時間を下さい! ……罪深き、この俺の首、必ずやお嬢様にお渡ししますから……どうか、どうか我が恩人を救う手立てを探す時間を……主人の元を去る、この愚かな俺にっ、下さいませ!!!」
箝口令を引く手筈となっているらしいが、アルフレッド様からストゥルル家に俺の話はとっくに来ている筈だ。
……お嬢様は、責任を取って婚約破棄をなさるだろう。
15歳で結婚出来るこの世の中、周囲からはまた嫁き遅れと侮辱される事だろう。
俺を引き渡せば、その鬱陶しい貴族達とのいざこざも、早めに終わるかもしれないが……。
「貴方の首など、私に必要ないわ。……だから、また、……生きて会いましょうね」
そうして唯一の心残りにけじめをつけた俺は、生まれ育った王都を旅立った。
俺の居ない王都に1人置いて行ける訳もなく。
責任を取ると言う名の出奔をしたディルムッドも、このまま俺と一緒に旅をしたいと言ったが……いかんせん、俺達は見た目も腕っ節も目立つ。
俺はスキルを使用すれば何とかなるが、ディルムッドが側に居たらすぐに見つかってしまうだろう。
「調べ物は年長者の俺がするから、ディルムッドはまず強くなる事を目指せ。あと、その幼稚な性格も何とかしろ。……取り敢えず、好きな女でも見つけて、嫁に迎えて男として一人前になれ。ちったぁマシになるだろ。そんで、心身共に強い男になって……目を覚ましたあのクソ野郎を、見返してやれ!」
「……っうん!!!」
……と、言ってもだ。
ディルムッドの頭の回転が早い頭脳が寝てしまった事で、これから騙されやすく、抜けてる幼い性格が如実に現れてしまうだろう事が簡単に予測出来てしまった俺は……。
「……取り敢えず、国境の橋越えて≪デカラビア≫まで一緒に行こうぜ」
「にゃあ!」
自主的に発言を撤回してから、ディルムッドの子守しながらの旅を提案した。
向かう町は隣国≪デカラビア≫にある、サルーの町。
実は恩人であるディルムッドの役に立ちたい、とずっと思っていたストゥルル家当主と俺の父は、ディルムッドの情報をこれでもかと集めていた。
そして、ディルムッドと共に生き残った同郷の者達の動向も把握済みだった。細かい生活態度でさえ調べていた。
……その結果、ディルムッドにとってもっとも安心出来るのは、あの町しかない。彼等が、ディルムッドの両親と懇意だったのも大きい。
……暫くの間、彼等にディルムッドの養育を任せよう。
「……サルーの町は、冒険者の溜まり場だからな。お前は、強くなれるぞ」
「にゃあ!」
ディルムッドの満面の笑みに、俺の表情と決意は引き締まった。
「……今はアイツの体を、どう解決したら良いのか分からねぇが……お前達きょうだいが、2人並んで立てる様に出来たら……それが1番、良い」
それはつまり……遠回しに、俺はディルムッド以外の死を望んでいる事と同じだ。
だが俺は、それでも良いと腹をくくった。
俺こそが、生きたままバケモノにも鬼畜にも堕ちて構わない。
事が済めば、死んじまったその後に待つだろう安寧もカケラだって必要無い。
そんなモノより。
俺の≪心眼≫を「嫌い」だと言いながら……ディルムッドの顔で、でもディルムッドとは違う顔で……嬉しそうに、笑っていたアイツの顔が忘れられないから。
アイツの「生きたい」と泣く、その顔が。
俺は欲しい。
ディルムッドを犠牲にしたいなんて思わない。
ただ、そんな事関係無く生きたい、と。がむしゃらになるアイツであってほしい。
アイツが生きたいと泣くのなら、死にたくないと叫ぶなら……ユーリディア王子と、添い遂げたいなら。俺が、何とかしてやる。
だって俺はこんなにも……アイツに死んでほしくないと、ただ笑っていてほしいと、強く強く思っているのだから。
俺の言外の言葉を正しく理解したのかしてないのか。
ディルムッドは、優しく、楽しげに笑ったまま……。
「……ね、ノーラン。もし俺が死んだら」
「テメェ勝手に死んだら千回ぶっ殺すぞ」
俺にここまでさせて死んだら恨む、と眼光鋭く睨み付けてやったら、数回瞬きしたディルムッドは……やっぱり楽しそうに……泣きながら楽しそうに笑うという、器用な事をした。
「……にゃぅ……うん。俺、……死なない。……生きて、また3人で、……笑いたい、から」
「……俺もだ」
何がなんでも、探し出す。
ディルムッド達きょうだいが……俺の恩人で、親友の2人が、同時に生き残れる方法を。
必ず。
―――――
「……あのディルムッドに、嫁かぁ……」
人魚の村ローレライを後にしながら、俺は結婚を機に実家から離れていく子供の親になった気分を味わった。
ディルムッドの精神年齢が幼かった分、余計にそう思う。
「……ディルムッドのヤツ、惚気られる様な男になったんだなぁ…………アイツにも、早く見せてやりてぇなあ」
ディルムッドの生まれたポポの村を始め、精霊に関する古い文献のある土地には国境も越えて探し回った。
長生きしてるっていう竜種ともやり合ったが、それでも手掛かりはまだ見つからない。
……アイツの名前も、俺はまだ思い出せないでいる。
「……ま、調べ物はちょいと後回しにして、取り敢えず先にサルーに向かっちまおう」
そうして自身を魔法で加速させながら。
俺は愛用の剣と短刀を両手に、正面から突進してくる金ピカモンスターに視線を向けた。
……今日の飯は、カニ鍋だな。
ノーランサイド、これにて終了です。
3話でかなり色々と詰め込みました。虎にゃんこの事情も結構出しました。書きたかった部分なので、文章ヘタクソでも私的には満足です( ̄▽ ̄)
勇者サイドで書かれている、王子様達の知ってる事情と実際の事情に差異があるのはストゥルル家の方々のお陰。
恩人と家族を裏切らない。家訓はきっとそんな感じなストゥルル家。元々あった噂を使って違和感無いようにしたっぽいです。
貴族社会勉強不足なのでおかしい部分あるかもですが、そこは寛大な心で見ていただけると幸いです。




