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57:ノーランサイド2

 


 ふと気付くと、俺は薄暗い石造りの牢獄らしい場所に居る事に気付いた。

 ……随分と長く、懐かしい夢を見ていたらしい。



 体を動かそうとすると、ガシャガシャとうるさい音と四肢の違和感。どうやら俺は両手両足を鎖で拘束され、ベッドに寝かされている様だ。

 引き千切れない事は無いが……。



「ぁ……、……ぐ、……くそ、やろ、……」



 そしてやはり、水分の足りないカラカラの俺の口から、ディルムッドの片割れの名前は出てこない。




 ……名は出てこない、が。()()()()()




 すると、俺の≪心眼≫に慣れ親しんだ奴が引っかかる。スキルポイントを最大まで振り分け、俺自身のレベルも上がっているからか意識すれば気配……魔力を感じるだけで、ある程度距離が離れていても知ってる奴なら誰か分かる。


 うん。気の所為じゃないな。だって男達の野太い雄叫びが聞こえる。

 ……見張りの奴等、お前の同僚じゃないのかディルムッド。容赦ねぇな。



 そして、数分後。

 俺を閉じ込める鉄格子が、滑らかな断面で刈り取られ。

 顔だけじゃなく、全身包帯でぐるぐる巻きのディルムッドが現れた。

 ……回復魔法を拒否して、ここまで来たのか。



「……の、ノーラン……あ、の……」


「ぁあ…………俺も、忘れてないぞ……お前の、片割れの事」



 ディルムッドの前髪の向こうにある金色の瞳は、涙を滲ませている事だろう。



「……まだ、お前の中に、……居るもんな……!」



 俺の目の前に居るディルムッドのその気配は、間違いようもなく2()()()だったのだから。




 ―――――




 お嬢様が回復してから、15年はあっという間に過ぎた。



 幼い頃からベッドの住人だったお嬢様は、座学は問題無かったが筋肉の発達は遅れている。

 医者の監視の下、歩くリハビリからのスタートだった。


 看病から解放された俺は父から本格的に鍛えられ、20歳を過ぎた辺りからそこらの軍人や冒険者よりも強くなったらしい。

 どちらにも勧誘される様になった。



 俺も強くなりたいから鍛錬の相手くらいはするが、……俺の主人はお嬢様で、俺の力は彼女の為に使われるべきモノ。勧誘は無視した。



 そして俺とディルムッドは歳こそ少し離れていたが、互いに親友と呼べる間柄になった。


 なにせ、ストゥルル家にとってディルムッドはアメリアお嬢様を救った大恩人だ。

 ……そりゃ、ディルムッドの父であるディラン・ホイールが国王から直接賜った世界樹の葉を、何度か会っただけのお嬢様に使ってくれたのだから。感謝しかないだろう。

 それからもちょくちょく遊びに来るディルムッドは、1人で来ても顔パスで正門を開けてもらえる様になっていた。


 ……この時、何かと理由を付けてユーリディア王子本人がディルムッドを迎えに来る為、国王もそういう事なのか、と思いアメリアお嬢様が10歳の時に王子との婚約を結ばれた。

 お嬢様もこの頃にはリハビリも終え、学校にも通っていた。



 まあ実際は、ディルムッド可愛さに来ていただけっぽいのだが……うん。恋慕は兎も角、お嬢様は国営に関われる事を喜んでいるから、まあ良いだろう。



 ちなみに、ディルムッドの片割れの事に気付いたのは俺だけ。

 精霊を見る事が出来る、紫紺の瞳を持つあのユーリディア王子も気付いていないというから驚きだ。


 ディルムッドの片割れ曰く、自身は少し特殊な精霊で本来ならステータスに≪魔力高感知≫などのスキルを持っていても感知されないらしい。

 この説明に、俺は首を傾げた。



「……確かに、姿は見えんが……気配だけなら分かるぞ?」


「……ディルが、ノーランが好きって言うからっ……少し細工したんだ、自惚れずに精進しろ。……まあ、お前なら恩さえ売れば裏切らないだろう脳筋なのは見て分かってたからな、お嬢様の件で引き込む事に」


「もういい分かった精神的に来るからディルムッドの顔でそのドス黒い発言は止めろ」



 精霊の双子は様々な恩恵を持って生まれる事が多く、ディルムッドも例外なく基礎ステータスが全体的に高く、オマケに初期スキルポイントも多かった。

 それは片割れも同じだ。


 村が襲われた時も、ディルムッドが生き残る為に片割れの方がスキルを駆使して生き残りを守りながら耐え忍んだと言うから……なんとも凄まじい。


 だが、それ故に危険も多い。



「ディルを……僕の弟を道具扱いする奴は、許さないよ。……例えノーラン(おまえ)でも……この国の、王であってもだ」




 精霊の双子は国にとって有益だ。それ故に悲劇も多いと聞く。

 ……大昔は能力の高さから貴族や国ぐるみで飼い殺しにされ、戦争の道具にされてきたらしい。

 まぁ、ここ数百年戦争らしいイザコザは起きていない。何処かで復活してるだろう魔王かナニカで皆、頭がいっぱいだからな。



 ディルムッドの片割れは、アメリアお嬢様の件に恩義を感じるなら俺に秘密保持を手伝わせる、と初めから言っていた。……まぁ、そんな建前無くても喋らないんだが。


 ……手伝わせるなら、弟のお気に入りにさせようっていう部分はきょうだい愛だとちょっと思える。それ以外の思考は……なんか黒い。

 片割れの腹の中は、出会った頃から真っ黒である。



 まあ、思考回路は真っ黒でも弟愛拗らせてる姿は面白く、見てて飽きない。

 ディルムッドもそんな片割れに純粋に懐いている。……そういえば、ディルムッドは何でか俺にも懐いて、それを見てユーリディア王子と片割れに睨まれる事も多かったな。解せぬ。



 そんな訳で忙しくも楽しい時間は過ぎていき。

 15年経った今、アメリアお嬢様も今年22歳となる。



 本当ならとっくに嫁に行って、子供だって居てもおかしくない年齢なのだが、本人がまだまだ勉強が足りない、と生真面目さを発揮して今は当主の仕事を手伝っている。ユーリディア王子も王位を継ぐまで結婚しないとかなんとか屁理屈捏ねてプロポーズしやがらねぇし……。



 そのせいなのか。

 最近、城では胸糞悪い噂が流れている、らしい。



 ディルムッドとユーリディア王子が、恋仲になったのではないか、と。



「ふざけやがって」



 俺はイライラしながら、無駄に煌びやかな廊下をお嬢様の一歩後ろをキープしながら歩く。何があっても対応出来る間合いだ。



「ふふ……怒らないで、ノーラン。……(わたくし)は大丈夫ですわ。ありがとう」


「お嬢様……」



 今日はお嬢様の仕事関係で、城に訪れていた。

 すると、そこかしこで感じるいやらしい視線。


 お嬢様が婚約発表したばかりの時も、似たような視線はあった。

 だが、今の現状はあの頃よりもタチが悪い。背筋がぞわぞわして吐き気さえ催す。

 こっちに近寄って来るなら叩きのめしてやるのに……。



 用事を済ませお嬢様を屋敷に届けた後、俺はまた城に訪れ、この国の軍部に足を向けた。

 女性であるアメリア様の為、まだまだ現役の俺の母が側に居るから問題無いだろう。


 ここ数ヶ月、軍部によるモンスター討伐が多くディルムッドは王都に居ない事が多かった。

 俺自身もお嬢様達ストゥルル家の仕事が立て込んでいたのもあり、本人から話を聞けていなかった。


 回りくどいのは面倒だし、時間の無駄だ。

 2日前に討伐から帰って来たのは知っている。今なら捕まるだろうとこうして赴いた。



 重厚感ある扉を押し開けば、正面の席に炎を思わせる赤毛の、熊の様な巨躯を無理矢理椅子に収めている男が居た。


 この国≪ユートピア≫が誇る軍隊、その中でもエリート扱いされてるモンスター殲滅部隊の大将ザッハその人だ。

 巨大な特注の戦槍を振り回す姿は破壊神と呼べるが、普段は甘い物好きで最近白髪が気になりだした気の良いおっさんである。


 今日はたまたまなのか、他の部下も居ない様だ。都合が良い。



「おっさん、ディルムッドは?」


「おおノーラン! 遂に我が軍に」


「ディルムッドは?」



 いつもの勧誘を無視して言えば、その表情は困惑に変わった。



「……噂の件か?」


「安心しろ。ディルムッドは疑ってねぇ」



 ……万が一にも王子に襲われたら、ディルムッドの片割れは黙ってないだろうしな。高確率で血の雨が降る。

 ディルムッド本人もどノーマルで、いつか可愛くて飯の美味い嫁を貰うんだと言っていたしな。



 ザッハも大きく頷き、巨体には似合わない書類整理をしながら首を傾げていた。



「うむ。ユーリ王子との距離が近いのは今に始まった事では無いのだが……念の為調べていたが、令嬢達の茶会から始まったらしい、という事だけで誰からなのかはまだでなぁ」


「そうか……邪魔したな」


「ああ。ディルムッドなら第3鍛錬場だ。第1、第2はまだ半分修理中で……おい。頼むから、これ以上壊さんでくれよ」



 お前との鍛錬は皆喜ぶんだが、経費が……との嘆きの声に、俺は手を上げる事で返事をした。

 ……善処するさ。うん。



 そうして訪れた、コロシアムを思わせる内装の広場で男が1人、鍛錬していた。



 ひゅん、ひゅん、と。長物が空を切る音が響く。


 一目惚れして買った、と言っていた漆黒の槍を操り身を踊らせるのはディルムッドだ。


 ディルムッドは俺に気付いて、その顔に汗を浮かばせながら側に走り寄って来た。



「……ノーラン! 久しぶり!」


「おう。……お前の方も今忙しいみたいだな……大丈夫か?」



 鍛錬に身が入ってないと俺が言外に伝えれば、ディルムッドはばつが悪そうに後ろ頭をかいた。



「噂、聞いたんだ……うん。兄さまにも迷惑かけてて……」



 いや、そこは違うだろう。



「いや十中八九、王子のせいだろ。あと兄さま呼びは辞めとけって何度も言ってるだろ? ……お前が言うと、なんかのプレイにしか」


「プレイ?」


「……いや。今のは聞かなかった事にしろ」


「にゃ?」



 やべぇ。つい口が滑った。

 下手な事言って片割れの方に言われたらその100倍の嫌味を言われ……って。



「……どこだ?」



 時たま離れる時はあるらしいが、それでも鍛錬中は必ず側に居た。スキルの使い所は、片割れ担当だから1人では意味が無い、と言って。


 誰に聞かれても問題ない様、主語を入れずに俺は言った。

 まあ今は誰の気配も感じないから、大丈夫だとは思うが。



「っ……喧嘩、した」


「え、珍しいな」



 ディルムッドの片割れは拗らせたブラコンだ。

 頭の回転も早く、口も達者。腹の中は真っ暗。

 そんな2人のきょうだい喧嘩は、最終的にはディルムッドを優先して片割れが折れる。


 俺の言葉に、ディルムッドの目尻に涙の粒が出来てギョッとした。



「ぐす……ノーラン……俺、どうしよう。……にいねえちゃん、……消えちゃう、かも……」


「はぁ!!?」




 そうして語られる、ディルムッドのにいねえちゃん……精霊に性別は存在しないからそんなあだ名になった……片割れの現状を聞いた俺は。




 取り敢えずディルムッドを連れて、姿を隠した。





明日でノーランサイドはラストです。

明日の朝6時に予約投稿してます。

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