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56:ノーランサイド1


本日の番外編はノーランサイド、ディルの家族と不思議に関わっていくお話です。ノーラン視点です。

それでも宜しかったらどうぞ。


 


 俺は、何て無力なんだろう。

 俺の大切なお嬢様を救ってくれた……大恩ある親友が、消えていくのを見ている事しか出来ない。




(ディル)を喰い殺すくらいなら、()は死んだ方がずっと、ずっと良い。……お前も、そう思うだろ……シスコン野郎』



 ディルムッドに良く似たヤツは、ディルムッドが決してしない、いやらしさを込めた含み笑いを俺に向けた。

 そしてその言葉に激怒した俺は、またヤツの顔に拳を振るった。

 ディルムッドに良く似たヤツの鼻から血が垂れているが、気にはしない。

 ディルムッドの()は丈夫だ。それに本人の許可もある。問題無い。




 ……コイツがしようとしているのは、赦しがたい鬼畜の所業なのだから。



 ヤツは垂れた鼻血をべろりと舐めとりながら、それはそれは可笑しそうに笑っていた。



『あっははは! ……何を怒る、ノーラン。体は1つなんだ。……ディルムッド以外、この体には不要だ』



 当たり前のように言い切る、ヤツの声と表情に。

 自身の感情が振り切れたのが分かった。


 ……視界がぐにゃりと歪むのは、目から汗が出るからだと思いたい。



『は……っけんな、……ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなふざけんなクソ野郎がああああっ!!?』



 そうして、ヤツの胸倉を揺さぶった所で、王子付きの護衛がこの場所を突き止めてしまった。



『……ここかっ………………っノーラン、貴様……ディルムッドを離せ!!!』


『違うっ!!! コイツは……っコイツをその名で呼ぶな!!!』



 どうして分からない!

 こんなにも違うのに、違っていた筈なのに!


 他に連れて来ていたらしい軍人共に取り押さえられた俺の目の前で、ヤツを縛り付けていた縄はどんどん解かれる。


 その度にぼやけて行く、俺の視界と()()



『意味の分からん事をっ……傷が酷い、早く回復を!』



 駄目だ。

 体力を回復したら……そいつは行ってしまう!



『クソがああああ、離せええええええ!!! ア、…………っ!!?』




 ……もう、名前さえ。俺は思い出せないのか。




『……ありがとう、ノーラン』




 今、笑ったのは……どっちだ?

 それさえ分からず、俺は情けなくも気を失った。




 ―――――




 俺の名はノーラン・ホーク。

 ユーリディア王子の婚約者、アメリア・フォン・ストゥルルの護衛騎士……彼女が幼い頃からの世話役であり、また用心棒として生活していた。


 俺が仕えるストゥルル家は、歴代当主の何人かが王家の娘を嫁に迎えてるらしく、血筋も権力もそれなりにあるらしい。

 その事に驕るでもなく、貴族にしては珍しく真面目にコツコツ仕事をする……俺の自慢の主人達だ。


 代々ストゥルル家に仕えて来たホーク家は、俺の父が当主に、息子の俺は1人娘のアメリアお嬢様の側に居る。



 幼い頃の俺の仕事は、ぶっちゃけお嬢様の看病に始まり途中抜けて剣の鍛錬。そしてまた看病に戻ってそのまま終わる。


 お嬢様は生まれた時から肺と心臓が弱く、長時間外に出られないどころか、歩くことさえままならなかった。回復魔法は傷や魔法による異常は癒しても、病いの類は無理だった。



 鍛錬の傍、書庫で借りた本をお嬢様に読んで聞かせたお陰で歴史と子供向けの童謡には詳しくなった。



 そして、俺が15の時。

 お嬢様の心臓は壊れかけた。彼女はまだ、7歳だった。


 治療の甲斐なく余命まで宣告され、屋敷の者達は悲しみに暮れた。1人娘だ。悲しまない方がおかしい。



 俺が国王に、一縷の望みにかけて世界樹の葉を分けて貰おうと当主と父に進言しても、それは駄目だと首を横に振られた。


 モンスターが活性化しつつあった為、病いにまで効果があるのかも分からないのに唯の臣下である我々が貴重なアイテム云々……という長ったらしい話だった。



 城に忍び込んででも……と俺が思い詰めていた時。

 この頃はまだ婚約者ではなく、ただの親戚として見舞いに来ていたユーリディア王子とその護衛のアルフレッド様、そして……青味がかった灰色の髪色が珍しい、虎獣人の子供。お嬢様より少し小さい位の幼児だった。



「……みぃ♪」



 お嬢様と王子達が穏やかに会話する間、ベッドから少し側を離れた俺の隣に子供……ディルムッドは居た。

 フカフカの絨毯を気に入ったのか、床に寝転がり猫のように体を伸ばしている。自由か。



「……あー。ジュース、飲むか?」



 メイドが準備したのは紅茶とミルク。

 しかしミルクに手を伸ばさない事から、今欲しいのは甘い系かと思ったんだが……。



「にゃん!」



 俺の言葉にディルムッドは即座に反応し、俺の足から器用に登り背中にしがみついた。いや猫か。



「こら、ディルムッド!」



 アルフレッド様の慌てようにビビったらしいディルムッドが、人の背中で悲しげにふにゃふにゃ鳴くので…俺は穏やかな顔で微笑む事にした。



「構いません。……こんなに元気なら、厨房で果物のジュースを飲ませてから庭で遊ばせます。構いませんか?」


「……良い、のか?」



 ユーリディア王子の控えめな声に、俺は大きく頷いた。

 俺と同年代の筈のこの王子は、その女とも男とも違う麗しい顔と金色に輝く髪と相まって、今日も神々しく眩しい。



「ええ。王子とアルフレッド様が居るならお嬢様も喜びますから」


「……ふふ。そろそろ体を動かしたい時間だものね、ノーラン」



 ベッドの中背凭れに枕を挟んで起き上がっていたアメリアお嬢様は、訳知り顔で笑う。

 ……今日は、久し振りの来客の為かいつもより顔色が良さそうだ。



「おや、バレましたか。……では行ってきます、お嬢様」



 部屋を出る時メイドに声を掛けて俺の代わりにお嬢様の側にやっておいた。流石に男だけの部屋にお嬢様を置いておけない。相手が貴族だろうが王子だろうが。

 ……病いが進行する度に離れていく者達と違う、数少ない、彼女の親しい知人であろうが。



「……ほら、ちゃんと捕まってろよ?」


「にゃん!」



 問題もなくそのまま厨房でオレンジジュースを飲ませ、飲む時は降りたのにコップをコックの1人に返すと……また俺の背中に戻って来たディルムッドをくっ付けたまま、日頃の鍛錬に使っている裏庭にやって来た。



 コック達の笑い声が追いかけて来るのは、無視した。



 そうして辿り着いた裏庭は、庭といっても木が生い茂ってる訳でもなく、客室2つ分くらいの草っ原に小さな花があるだけだ。少し歩けば屋敷を囲む背の高い塀もあり、ここに来るには屋敷の裏口の扉しかない。

 ……もし迷子になりかけても、メイドが見つけるだろう。



「ふにゃあ〜ん……にゃふ」



 俺の背中から、なんとも気が抜ける鳴き声が聞こえる。俺に獣人特有の鳴き声翻訳は出来ないが……どう聞いても、あくびだろ、これ。



「ふはっ、昼寝したかったら寝てろ。俺はここで素振りしてっから」


「……にゃぅ……みぃ」



 ディルムッドを草のベッドに転がして、俺はいつも通りの鍛錬を開始した。


 万が一でも、ディルムッドが近寄って来ないとも限らない。

 俺の持つスキル≪心眼≫に慣れる良い機会でもあり、感覚を必要以上に研ぎ澄ましながら腕を、足を運ぶ。



 イメージは数年前に催された誕生祭(現国王の誕生日)に来ていた、旅芸人の踊り子の剣舞だ。

 美しくも鋭い動き。あんな風に、流れる様に腕を、足を動かしたいと強く思った。

 それからは父のお古の大剣ではなく、自身の給料で買った剣を持って鍛錬を重ねて来た。



 その俺の後ろ姿を、昼寝から目覚めたディルムッドが眺めているとは知らずに。

 何度も何度も、俺は記憶を頼りに腕と足の動きを繰り返した。



 それは、いつまで経っても帰ってこないディルムッドを半泣きで探しに来たユーリディア王子が現れるまで、続いた。

 そして俺は父から、かなり痛い拳骨をもらう事になった。解せぬ。



 この日を境に数週間をサイクルに訪れていたユーリディア王子が、例え短い時間でも数日おきにストゥルル家にやって来るようになった。

 勿論、ディルムッドも毎回付いて来た。……護衛のアルフレッド様は分かるのだが、遊ぶ所も無いのに、何故だろう?

 そしてディルムッドは決まって俺の姿を見つけると、嬉しそうな顔と雰囲気そのままに俺の背中によじ登る。……まさか15歳にしては背の高い俺が、遊具扱いなのか?


 まあ、色々と疑問はあるが。

 ユーリディア王子の悲しげな顔と気配を背中に感じながら、俺は定期的にディルムッドと裏庭で過ごすようになった。



 獣人特有の愛らしい姿に癒される一方……ディルムッドはこんなに、当たり前の様に、元気に走り回れるのに……と、考えてしまう俺自身が恥ずかしく、愚かだった。


 それでもディルムッドと過ごす様になった俺は、思わず……否。言わずにいられなかった、と言う方が正しい。




「……どうして、お嬢様だけが……っ」




 昨日の、新しい薬を試した後の診断結果も好転の兆しは無かった。


 このまま、あの幼くも気丈に振る舞う彼女は外で走り回る事も、大声で笑う事も、……体力が無いせいで、絶望に泣き喚く事すら出来ずに死んでいくのかと思うと。


 裏庭で遣る瀬無い気持ちで剣を振るう俺を、ディルムッドはちゃんと分かっていたのに、口に出してしまった。




「……みぃ!」


「っ悪い、待てディルムッド!」



 俺の呟きが聞こえてしまったディルムッドは、猫と同じ鳴き声をあげ、獣と同じ四足歩行で裏口に走って行ってしまった。



 ああ。なんて事だ。

 アルフレッド様から、俺はちゃんと聞いていたのに。



 ディルムッドは、現国王であるガルガディア・フォン・ユートピアに認められ、直々に家名を与えられた猛者、ディラン・ホイール……≪鋼鉄車輪(アイアン・ホイール)≫の通り名で有名な、男の息子。


 ……数ヶ月前の、モンスター大量発生で消えた村の生き残りでもあり……自身の目の前で、両親をモンスターに喰い殺された不憫な子。



 そんな、家族を失ったばかりの、人の機微に敏感な、あんな子供に俺は……何て事を!



「ディルムッド、待ってくれ!」



 俺は、ディルムッドを追い掛けた。

 相手は獣人とは言え幼児。すぐにでも追い付くはずなのに、何故か距離が全く縮まらない!


 なんで野生動物並みに早いんだ!?

 それでもディルムッドの向かう先は……お嬢様の部屋か!



 俺がお嬢様の部屋に飛び込むのと、彼女の叫び声が聞こえるのは同時だった。



「お嬢様!!?」



 まさか敵かと思い剣を鞘から抜こうとして……俺は手から、力が抜けた。












 お嬢様が、立っている。



 医者には、2度と立ち上がってはいけないと……次の発作に心臓は耐えられないだろうと言われていた、あのお嬢様が。



「……お、おじょう、さま?」



 数日前から真っ白だった頬が、化粧でも厚塗りしたのかと思える程、健康的な薔薇色に染まっている。



「…………ぁ、……ぁあ……ああぁあああ、ゔあああああああああああっ、ぅゔぁああああああああああああ!!!」


「おじょうさま!!!」



 泣き叫ぶお嬢様に俺は駆け寄り、そのまま彼女を抱き締めた。


 貴族に護衛風情がなんたる不敬かと言われ、側に居るユーリディア王子とアルフレッド様に首を刎ねられても、この時俺は構わなかった。



 だってお嬢様が、抱き締めた俺の背中に腕を回した。

 今まで不可能だった、俺が痛みを感じるくらい、力一杯、しがみ付いている。



「ゔゔうう、でっ、ディ、る、……ディルっ、が……く、ゔあ、くす、ゔ、くす、りぃぃ……」


「…………え、」



 お嬢様のベッドの横で……俺を見上げて笑うディルムッドの小さな手のひらにある、その枯れ果てた葉っぱに見覚えがあった。


 俺は何度も本を見て確認した。見間違えたりなんか、しない。


 どんなに罰せられても、城に忍び込んで盗んでやろうと思っていた……世界樹の葉の成れの果てが、幼児特有の小さな手のひらの上にあった。



「……どう、して、……お前が、持って……」


「……ディランの、形見だ」



 ユーリディア王子は、それだけ言って部屋を後にした。……この時のユーリディア王子の顔を、俺は思い出せない。


 しかし王子が部屋を後にしたのは、当主様達に知らせる為だったらしく。

 優雅さをかなぐり捨てて走り込んで来た奥様と当主様が扉から現れた事で、俺は知った。



 そして、俺の腕から初めての号泣に疲れ静かになったお嬢様は奪われ。



 その代わりの様に、今度は俺が泣き叫びながらディルムッドを力の限り抱き締めた。

 腕の中で、愛らしい「にゃおん」という猫の鳴き声を心地良いと思いながら。




 俺は自身の涙が枯れるまで、ディルムッドを離さなかった。




 ―――――






 1週間後。

 ストゥルル家の裏庭に、前と同じ……否。

 ほんの少しだけ関係の変わった3()()が居た。



「……なぁ、お前さ。今()()()だ?」


「……ノーランのそのスキル、()嫌いだなぁ」


「お、当たった。可愛くない方だ」


「聞けよこのシスコン野郎」


「そんならお前はブラコン野郎じゃねぇか」



 ストゥルル家の裏庭で、昼休憩にコック達が持たせてくれた炙ったチキンと卵サラダのサンドイッチを頬張りながらの会話である。




 推定5歳と少しのディルムッドが、猫語じゃなく流暢な言葉を話しているのは異様だ。


 だが、これは説明出来る事柄だった。




「まさかディルムッドが()()()()()()だったとはなぁ」





 神話には、こうある。



 この世を創った神はある日、精霊とヒトの混血を容認した。ダークエルフの誕生である。


 ダークエルフはヒトと獣人と交わりその血を薄め、ある日エルフを産んだ。


 そのエルフはまた、他の種族とも交わり只のヒトを、獣人を産んだとされている。





 神話の通りなら、この世界が誕生した時に存在していた原初の精霊の血は薄まっていたが、方々に、確かに受け継がれている事になる。


 ……時折、先祖返りのように精霊とヒトの双子が生まれるのが、その証拠とも言えた。


 この双子の片割れは精霊の為、血の繋がりある身内か、ステータスかスキルに精霊を感知出来るモノがなければ見る事も、話す事も出来ない。



 ディルムッド達も、まさにそれだ。



 お嬢様を救ってくれたあの日、こんなに幼い子がどうやってあんなに早く駆け抜けていったのか不思議だったのもあり良く観察していれば、俺のスキルである≪心眼≫に違和感があった。


 この≪心眼≫は、簡単に言えば普通では見えない存在を感じたり、魔法やスキルによる幻を見破る事が出来たりする魔力関係に強いスキルだ。

 このスキルがあれば不意打ちだけじゃなく、ダンジョンでのトラップにも有効だ。

 スキルポイント使用と俺自身のレベルで、いくらでも能力が向上する中々のレアスキルだ。



 2日後の今日、また遊びに来ていたディルムッドと裏庭に来た俺は瞼を閉じ、スキル≪心眼≫を発動。感覚を研ぎ澄ませた。

 ……うん。やっぱ、おかしい。俺の前にはディルムッドしか居ない筈だ。なのに……2()()居る。



「……なぁ、ディルムッド。お前の右隣に居るやつ、誰だ?」


「み……み、っみゃお!!!」



 ディルムッドは驚いたと言うより……とても嬉しそうな様子で俺に向かって両手を振った。

 しかし、残念な事に。



「すまん。俺に、猫語は分からねぇ」


「ふにゃん」



 うん。最後のが「ぬか喜びかい」って感じな鳴き声だったのは、俺でも分かるぞ。



 それから根気良く話しかけ続け、漸く根負けしたあいつが……――――が、照れ臭そうに顔を出したのだった。


 どうやら精霊である――――は、ディルムッドの体を借りる事が出来るらしい。スキルの使い所は、脳筋のディルムッドより――――の方が上手いらしい。




 ……あれ。おかしい。


 どうして俺はさっきから……あいつの名前を、呼べない、んだ?




ストックはまだ心許ないし、もしかしたら途中で辻褄合わなくなったら書き直す可能性もあるんですが、ノーランサイドは終わるまで連チャン投稿します。

明日の朝6に予約投稿してます!


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