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私とサーリーは現在、冷たい岩で出来た床の上で正座中。サーリーの膝上にはルシファーがちょこんと心細げに座っているしで、足が痺れる。
そして。
私達の目の前には、仁王立ちする、珍しくむっつりしかめっ面の旦那様が居る。
「……にゃうっ!」
「「ごめんなさい」」
「にゃっ、にゃにゃにゃん、にゃおん!」
「「反省してます」」
「るるるぅ」
「……なんでアレで会話が成立すんだよ」
空気を読んで1階に降りたギョロルお爺ちゃんが居ない為、酒瓶をちびちび飲む男の声に返事は無く。
私とサーリー、ルシファーはディルの気が済むまで、愛あるお説教(猫語)を受けた。可愛すぎてニヤける。その姿に反省が足りない、と続くお説教(猫語)……エンドレス!
でも話が進まないので、私達の言い分を伝えようと思う。
「だって、私達以外であんなに嬉しそうなディル、初めてで……」
ヤキモチ焼いてごめんなさい、と私が上目遣いで謝り。
「……私も、ディル取られちゃうって、思って……」
「るるるる」
イジメようとしてごめんなさい、と膝の上にルシファー乗っけたサーリーも追い打ちで上目遣いで謝れば。
「ノ、ノーラン……俺の、お嫁さんと子供達、かあいい」
「あー、そー」
男の座った視線もなんのその。その時点でお説教は終了。
家族揃って、ディルの力いっぱいの抱擁を受けました。幸せ!
「あー、もう分かってるだろうが、俺の名はノーラン。……あんたの旦那とは、ダチっつうか、まあ……昔馴染みだ」
「ノーラン、俺の友達! 双剣使いなの! すっごく、強いの!」
照れながら懐から取り出したらしいおかわりの酒瓶を煽りながら自己紹介した男、ノーランの後に続くディルの言葉遣いと破顔が可愛すぎて悔しい。……またジェラっちゃう。
「……ふはっ、おいディルムッド。テメェの可愛い嫁が嫉妬するから、俺を褒めるのは止めろ」
「ぇ、嫉妬…………っマイ、好き!!!」
ノーランの言葉に私の顔を見たディルからのがっちり羽交い締めな抱擁は苦しいけど……それよりも温もりが嬉しい。
「双剣……ディルみたいに、両手に武器なの?」
「正確には≪片手剣≫と≪ナイフ≫の2種だ。……お嬢ちゃんは、……ダークエルフか?」
「うん。私はサーリーで、この子はルシファー! 私のテイム・モンスターなの! ……ノーラン、ディルの友達なんだ……イジメようとして、ごめんね?」
「りゅるぅ」
「あー、いいって。……ディルムッドが愛されてるって、嫌でも分かったからな。気にしなくていい」
でも竜種をけしかけるのは止めろ、と言いながら視界の端でサーリーの頭をわしゃわしゃ撫でるノーランに、悪感情は全く感じられない。
……嫉妬からの八つ当たり、大変申し訳ないと思っとります。でもさ。
「……ディルがぺろぺろするの、家族以外は……嫌や」
「ふにゅっ……うん。もう、しない」
ディルにめっちゃすりすりされてから頬舐められた。うん、今回は許す! でも、次は無いかも!
「あー。イチャついてるとこ悪いんだが……本題、良いか?」
ディルと2人ラブラブしてる所を後ろに振り向けば、サーリーとルシファーを両膝に座らせたノーランの半笑いの顔があった。彼の両手はそれぞれサーリーの頭とルシファーの喉元にある。そして1人と1体はニコニコ笑顔である。
……子供の扱い、慣れてるな?
個室が良いらしいので、そんな私達は取り敢えずノーランを連れて現在宿泊している部屋に移動した。
全員が部屋に入ってまず、ノーランは懐から古ぼけた紙切れ……神社で貰えるお札の様なのを扉に貼り付けた。
瞬間、静電気の様なピリッとした感覚を私達は味わった。
「……防音の術式組み込まれただけの簡易結界だが、無いよりマシだ」
そう言いながら扉から私達に視線を戻したノーランは、その表情を険しくさせた。
「ディルムッド・ホイール。お前、勇者様御一行と世界の異変を正す旅に出たいか?」
「「「へ?」」」
「……りゅる?」
ノーランの話を聞けば、今≪ユートピア≫ではやっと現れた勇者様御一行に世界の命運を乗せている。モエちゃんとショータの事やな。
しかし約2ヶ月前に現れた勇者達は新たな仲間を得る事も出来ず、その心もまだまだ未熟な様で期待出来ない、という声が少しずつ出てきているらしい。
いや、まだたかが2ヶ月……そんなんで人間、簡単に成長する訳ないのに。
ちょっと頭が足りなさそうな≪ユートピア≫の貴族達は、勇者達に劣らない実力者をパーティーに加えるべきだ、と言い出し。
……初めは勇者達の案内役として、現在同行している第1王子を予定していたのに。
「……今、王子の独断で勇者様御一行はサルーの町に居るんだ」
「……もしかせんでも?」
「ああ。十中八九、あんたの旦那をパーティーに加える為だろうよ」
ノーランの不機嫌な言葉に、私は固まった。
……ツクヨミ様から了解は得ていたけど、きっと相性で問題無かったら……私だってあの2人と冒険していたかもしんない。
頭悪そうな貴族の人達は置いといても、彼等が幼く、未熟な子供なのは事実や。
……そう、やんな。
私は楽しい冒険者ライフで、可愛くて大好きな家族が出来て、日本に帰る事も無い。
でも、あの子達は……帰りたい、筈や。
それに、第1王子は……ディルの大事な、ユーリ王子様ちゃうの?
ディルも、会いたいんじゃ……。
「あ、の……私、」
私自身、何か言わなきゃって気持ちで唇と喉を震わせたけど。
「俺、行かない」
私の左隣に居たディルの、あったかい手と言葉に。
私は口を閉ざした。
「今の俺に必要なの……此処にある。だから何処にも、行かない」
「…………だろうな!」
その言葉以外なら殴ってるところだ、と。
ディルの返事が分かっていたのか、厳しかった表情を緩め、ノーランは破顔した。
「ならディル、俺に任せて暫くローレライに引き篭もってろ。……引っ掻き回すのは得意だからな」
「え、駄目……ノーラン、皆の誤解、まだ解けてない!」
「……誤解?」
ディルが言うには、ノーランは≪ユートピア≫でも国営に携わる位の高い貴族のお屋敷で働いていたらしいねんけど……なんと、ディルの為にした行動で誇りに思っていた護衛騎士という職と信用を同時に失った。
ノーランは教会に所属する騎士と違って、幼い頃に親共々貴族に雇われた用心棒だったらしい。
「……ノーラン、姫様……アメリア様も心配して、」
「……お嬢様には、ちゃんと別れを告げた。あの場で俺がしなければならない報告は、ディルムッド・ホイールを拷問したって事実のみだ」
「にゃぅ」
「……いやいやいやいやちょっと待って!?」
何ナチュラルに爆弾投下してんの!!?
「ごっ……ごっ……」
「拷問な」
「そんなハキハキした発音いらんわ!!!」
何がどうしてそうなったの!!?




