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50:勇者サイド6

 



 モエが巨大ハリネズミ……もとい、ぴぃちゃんを仲間にしてから3日。


 前日は野営であったが、この日は町にたどり着き宿もすんなり決まり、ユーリ王子が教会に顔を出すと思っていたショータとモエは本人の行かないという言葉に首を傾げた。



「あれ、昨日は野宿でしょうがなかったけど……今日も行かないのか?」


「……ええ」



 そう口にしたユーリ王子の顔色は、とても悪い。

 天使を思わせるその美貌が、今は一瞬で儚く散りそうな死にかけの天使である。



「……ユーリ王子、どうしたんですか?」



 ちょっと変ですよね、と言うモエの控えめな声は、ユーリ王子にではなくアルフレッドに向けられていた。

 しかしアルフレッドは首を横に振り、何も言わなかった。



 アルフレッドは個人的に信用出来る人物を雇い、異国へと旅立ったディルムッドの様子を定期的に報告させていた。


 危険な依頼を受け時には大怪我を負う事もあるようだったが……必ず、生きて帰って来ているとの文字を見てアルフレッドは安堵していた。


 ユーリ王子程ではないが、アルフレッドもディルムッドの事を大事に想っていた。

 ディルムッドの槍の師匠は、アルフレッドである。幼くも強い心を持った愛弟子を思わぬ日は無かった。



 そして最後に報告が来たのは、モエがぴぃちゃんと出逢った時。

 1人と1体の≪テイム≫の瞬間に、透明になった折り鶴型の手紙をアルフレッドは受け取っていた。


 そして小さな手紙に書かれた内容に、アルフレッドはシスターの嘘にも気付いた。


 ……愛するツガイと幼い娘を連れて、危険な任務を受けるディルムッドではない。そして出来たばかりのツガイと物理的に離れるなど、獣人には出来ない。


 ならば危険な任務で遠出している、というのは≪ユートピア≫への不信感……ディルムッド達を守る為に、そう言って追い返す方便だとアルフレッドは気付いたのだ。



 だから、それを含めユーリ王子に告げたのだ。

 獣人にとって伴侶であるツガイは、特別である。

 ……寿命でなく、理不尽な暴力で失いでもしたなら……魂が壊れる程の恐怖を、絶望を味わうと言われている。



 ディルムッドはもう、ユーリ王子の可愛い弟ではない。

 愛しい家族を養う、立派な男。



 もう。

 可哀想で哀れだった、幼い子虎は居ないのだから。







「……はぁ」



 アルフレッドからディルムッドの近況を告げられた日から、今日で2日。

 ユーリ王子はそれから、嬉しいのか悲しいのか寂しいのか自身の感情も分からず頭をまわす日々を送っていた。



 ……アルフレッドが言うユーリ王子が聡明さを失っている状況こそ、今この時である。



「……今日は、部屋で休んでいます」



 食事も辞めておきます、とそう言ってユーリ王子はこの日部屋に閉じこもった。


 最初はショータ達も心配していたが、心の整理を付けさせる為にも今日はそっとしておいて欲しいと思ったアルフレッドの懇願に従い、まだ昼だった事もありショータの鍛錬はアルフレッドが付き合う事になった。

 モエもぴぃちゃんと一緒に出来る事の確認を行いながら、この日を過ごした。




 そして。

 ユーリ王子は食事も取らず、1人、部屋のベッドに腰掛けていた。

 その顔色はショータ達と離れてから、ますます悪くなっていた。


 ……例えるなら。

 死にかけの天使ではなく、絶命1分前の天使にまで悪化していた。



「あの子に、やっと家族が出来たのに……私は、いったい何を動揺して……」



 ユーリ王子自身、何故自分がこんなにもディルムッドの()()()()()()()()()()()に反応……動揺しているのかが分からなかった。



「……ディルムッドに、ツガイ……身寄りの無い娘が、出来た…………が、……、……?」



 最後の方は声もなく、ユーリ王子の唇のみが震えた。

 ……今の彼に、自身が何を口走っているのか理解出来ているのか疑問だったが……。




 ユーリ王子にとって、ディルムッドは可愛い弟である。

 血の繋がりなど関係無く、それこそ目に入れても痛くない程にユーリ王子は腹違いの弟同様にディルムッドを可愛がっていたが……自他共に認める、ディルムッドだけに向いた……いっそ病的と思える程の心配と執着の意味を、周囲の人間もユーリ王子本人さえ、正しい理解も説明も出来ていなかった。


 誰にも言っていない、ユーリ王子本人にも分かっている事と言えば……ディルムッドに対する感情が、肉欲伴う恋や愛とは違うという事だけだろうか。



 ……ユーリ王子も自身の性趣向を疑っていた為、そこの所はハッキリさせていた。



 何故ならユーリ王子には、将来を誓い合った愛しい婚約者が居た。

 ……居たのだが、その立場の女性は今は()()()()()()ユーリ王子に婚約者は存在しなくなった。



 実は、その婚約者にユーリ王子はディルムッドとの関係を疑われたのだ。……なんと、恋愛的な意味で。


 勿論、彼等にそんな事実は無かったのだが……強く、そして見目麗しい2人であった為なのか、ある時噂は広まり、そのまま婚約者の耳に入った。


 そして、その話を信じてしまった婚約者はユーリ王子を確かに愛しているが……2人の為なら、と婚約破棄まで視野に入れ悩み、葛藤し……その姿を側で見ていた彼女の護衛騎士が、ディルムッドを瀕死の重傷に追いやった。


 ディルムッドは、その護衛騎士がユーリ王子の婚約者を守る者だと……主である彼女を、とてもとても大切に想っているのを、幼い頃から知っていたから。



 ……だからディルムッドは、1度も反撃しなかったのだろう。



 アルフレッドが見付け、助けに入るまで。

 自力で壊せたはずの手枷を引き千切る事もなく……憎悪を混ぜ込んだ叫びをあげる婚約者の護衛騎士からの拷問を受け続けていた。


 そしてディルムッド本人の嘆願により彼は逃がされ……アルフレッドはこの件を無かった事にした。

 勿論、怪我の事もあり軍の上層部には知らされたが、末端にまで話が回らないように箝口令を引かれた。


 アルフレッドから話を聞き、責任を感じた婚約者本人から婚約破棄を言い出され。

 この時になって初めて、ユーリ王子は詳しい事の顛末を知った。




 そしてユーリ王子にこの話が知らされた時、ディルムッド本人は軍から去る決意を固めていた。




 ディルムッドは自身の上司であったモンスター殲滅部隊の大将に、今回の件は自身の責任だと言って引き留められるのも構わず≪ユートピア≫から去ってしまった。



 ユーリ王子にとってディルムッドが側に居ない事は、身を切り裂かれる様だった。


 しかしこれ以上城に留まればまた同じ様な事が起こり、ディルムッドも無事では済まないかもしれない。

 ……だからユーリ王子とアルフレッドは、城を出ていったディルムッドを止めなかった。



 ディルムッドが、理不尽に殺されるかもしれない。


 ユーリ王子自身、この時に知ったのだ。ディルムッドの死が、何にも変えられない程の恐怖であり、絶望なのだと。



 ……同時に、アルフレッドも知ってしまった。

 愛していた婚約者との婚約破棄よりも、どう見ても、ユーリ王子がディルムッドとの別離を嘆き悲しんでいたという事実に。


 ……今はまだ少し、いやちょっとキツめのブラコン程度に思われるに留められているのに。

 この事実を国王と弟王子に知られる瞬間を想像して……ディルムッドが旅立ってからの数日、アルフレッドは頭痛と目眩と腹痛に悩まされた。



 アルフレッドはベッドの上で、それはそれは苦痛に苛まれた。

 弟と呼ぶ子虎を襲う王子を見たらすっぱりしっかり王子を斬り捨てよう、とか考える位には苦しんでいた。


 ……アルフレッドは、まだまだ、がっつりとユーリ王子の性趣向を疑っていた。





 そして部屋で1人、過去と現在を思い出し悶々と思考し続けているのは天の使いを思わせる美丈夫。


 ……ほんの少し、延命できた様なマシな顔色になった様である。




「……お前は、今……幸せ、なのだろうか……」




 ポツリと零した彼の言葉に、返事を返す者は居なかった。








 次の日の朝。


 結局夕食も取らずに引きこもっていたらしいユーリ王子の表情は、少し明るいものに変化していた。


 まだ儚い天使の容貌だが昨日の死にかけ、もとい絶命1分前の天使よりはマシだった。

 そして出発の為に馬車の準備をしていたアルフレッドに、ユーリ王子が声をかけた。



「アルフレッド、今のペースだと王都まであと4日の予定だったな」


「……はい」


「すまないが、昨日の内にハヤブサ便で王都へ手紙を送ってきた。()()()()()()()()()()()()と」



 教会やギルドの水鏡だと色々と面倒だからな、と言う王子の言葉に。



「「「……は?」」」



 ユーリ王子以外の3人は、揃って首を傾げた。

 その姿に微笑んでから表情を引き締めたユーリ王子は、王族に相応しい雄々しい姿でアルフレッドを見た。



「この町には運良く≪風の民≫……幼い頃からモンスターであるグリフォンと育ったおかげで≪テイム≫も無しに騎乗する冒険者パーティーが居たな、アルフレッド」



 昨日そんな事をショータに話していたな、とユーリ王子は続けた。



 この町に着いた時、入口の所で数匹のグリフォン……鷲の翼と上半身、獅子の下半身を持つモンスターが首輪と足枷に繋がれて大人しくしていた。

 何故かと言うショータとモエの質問に、アルフレッドは丁寧に答えていた。



 彼等≪風の民≫は冒険者ギルドにパーティ登録しているが、実質は全国を股にかける行商人である。


 荷物もヒトも素早く運べ、尚且つ護衛としても頼れるグリフォンのおかげで今の時勢でも繁盛しているらしい、と。



 アルフレッドは眉間の皺をこれでもかと深く刻み……地獄の底から出ているような、おどろおどろしい声で、答えた。



「……ええ。ここより安い近くの宿に、泊まってましたね」


「知っている。だから昨日、皆が外に出ている間に交渉して≪デカラビア≫との国境である『絆の架け橋』まで送ってくれる事になった」



 だから馬車は城の兵達に引き取りに来てもらうから、と。

 ユーリ王子は、それはそれは美しい晴れやかな笑顔で、そう(のたま)った。



「「「……」」」



 ユーリ王子以外の3人はツッコミも思い付かないらしく、すでに虫の息である。


 そして、ユーリ王子は止まらない。



「……勝手を許してくれ、アルフレッド。それでも、どうしても……私はっ」



 そして。














「ディルムッドに直接、結婚おめでとうって言いたいんだー!!!」


「ふざけんじゃねぇよこのブラコン野郎があああああああ!!?」




 ユーリ王子の頭上に、従者から力の限りの無礼過ぎる雄叫びと拳が叩き込まれたが。


 止める人間は、どこにも居なかった。



勇者サイド、一旦終わります!

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