43:勇者サイド4
ユーリ王子がショータとモエの今後の予定を勝手に決め、しばらく進んだ所で馬車の動きが止まった。
アルバの町を出発したのは、まだ朝と呼べる時間帯だった。
なので昼を少し過ぎた位には、隣町であるイーヴァの町に到着した。
ちなみにアルバの町は≪ユートピア≫の中心、王都にある世界樹から見て北北東にある。
アルバの町は外海に面していて、漁業と海から取れる海塩で生計を立てていた。
そしてこのイーヴァの町は、アルバの町から仕入れた魚介と海塩を各地に運搬・販売している。
特に海塩は王都にも卸しているので、定期的に行われる軍の巡回地にこの2つの町は入っている。
イーヴァの町に降り立ったショータとモエの2人は、現在冷や汗が止まらない状況にある。
……何故なら。
馬車の御者として手綱を握っていた、漆黒の鎧を纏った2メートルを超える……黒髪をオールバックに撫で付けている眼光の鋭い40歳位の男と柔和に微笑むユーリ王子が目の前に居たからである。
((このひと、ヤのつくしょくぎょうのひとだ!))
馬車を宿に預けた時に、初めて御者の姿を見た2人は怯えきってしまっていた。
そんな怯えきっている2人を見て、ユーリ王子は破顔した。
「ああ! 彼はアルフレッド。私の護衛と世話を幼い頃からしてくれているんだ。……顔が怖いだけで、優しい奴なんだ。あまり怯えないでやってくれ」
馬車での移動中に敬語は止めて欲しいと言われていた為、ユーリ王子は出来るだけ砕けた言葉で2人に話しかけた。
「ユーリ様、お気遣いなく。……私の顔を見て、一度も怯えなかったのは貴方と子虎くらいのモノ。慣れています」
「……そうだったな」
眼光の鋭い男、アルフレッドの低く静かな言葉に。
ユーリ王子は当時を思い出したのか、懐かしさを噛みしめる様に頷いた。
昼食を取る為ユーリ王子の案内で町を進みながら、モエは前を歩く背中に声をかけた。
「あの……ユーリ王子?」
「何ですか?」
「さっき、子虎がどうのって言ってたから……もしかして、ユーリ王子も≪テイム≫の魔法を?」
「私は使いません」
モエの質問に笑顔できっぱり答えたユーリ王子だったが、その言葉には何故か……嫌悪、侮蔑の感情が多大に込められていた。
モエは彼の笑顔の後ろに、いかめしい顔付きの阿修羅像を確かに見た。
どんなモンスターが良いのか分からなくて、まだ一度も≪テイム≫した事がなかったモエは参考までに聞こうとしていただけだったのだが……ユーリ王子の威圧に半泣きで俯くしかなかった。
そんなモエをショータが庇う様に自身の背に隠し、じろり、とユーリ王子を睨みつけた。
この場にマイが居たなら、ショータのその姿を見てヘタレ具合が感じられないだとぅ!? と叫んだ事だろう。
そして。
幼い少年少女を威圧したユーリ王子に呆れたアルフレッドが溜息を1つ零し、モエの質問に補足した。
「……子虎、と言うのは比喩です。ユーリ様が面倒を見ていた孤児が、虎の獣人だったので」
アルフレッドの補足説明に、ショータは1度頷いた、
「そうかよ。……孤児の世話なんて、王子様ってそんなんもすんのか?」
「……すまない。モエに対して失礼を……」
この時、ショータはあからさまな敵意を込めてユーリ王子を睨んだままである。
アルフレッドの言葉にユーリ王子も落ち着きを取り戻し、モエに一言謝罪し話を続けた。
「……あの子は幼いながらも、ある村を救った英雄であり、また父上……国王の命を救った大恩人の息子でしたから。両親を亡くしたあの子を城で世話をするのは……まあ、特例だったんです。………………あと。凄く、可愛かったし」
ショータ達はユーリ王子の後半の言葉と表情に怯えも怒りも忘れ、驚き固まった。
何故なら、……彼の天使を思わせる美しい顔が、頬を桃色に染めた……さながら恋する乙女の様になったからである。
そしてショータ達と一緒にその顔を見てしまったアルフレッドは、悪人が砂を噛み潰した様な形相に変化した。
「……まあ、そうですね。昔は可愛かったです」
「何を言うアルフレッド。成長した姿もかわい」
「だまらっしゃい」
これ以上聞いていられないと言わんばかりにユーリ王子の言葉を遮ったアルフレッドは、ジト目になりながらユーリ王子を見据えた。
「貴方様は……そんな事だから婚期を逃してややこしい事になったというのに……。勇者様方、考えてみて下さい。私には劣りますが2メートル近い身長の、両手持ち用の大剣を片手で振り回す様な筋肉ムキムキな成人男性を……可愛いと、本当に、言って良いと思いますか?」
ショータとモエの脳内で、虎耳を付けた小麦色の肌を持つムキムキボディービルダーが剣を振り回す光景が浮かんだ。
そして、そんな男を頬染めて眺める王子様……。
「「ひぃっ」」
ショータ達の顔には、そんな特殊な状況は「無理」だと書かれていた。
何故なら、マニアック過ぎる。
「そんな……あの子は……私のっ、弟はっ、聖人と呼べる程に尊い、可愛い良い子なのに……」
馬車の中で見せた後光感じる姿とは程遠い、情けない表情を浮かべたユーリ王子に……少年少女はドン引きした。
アルフレッドの溜息が、虚しく響く。
「…………はぁ。城でその態度は辞めて下さいよ? ……逃した意味が無くなります」
「む……わ、分かっている」
アルフレッドの言葉に、ユーリ王子は拗ねる様な態度で歩く速度を速めた。
疲れ切った、と顔に書いていたアルフレッドはショータ達に振り返った。
「どうだか。……勇者様方。申し訳ないがユーリ様の馬鹿姿、一応城内では他言無用でお願いします。……公然の秘密ってやつなので」
「……は、はい」
「……なんか、あんた色々大変そうだな」
アルフレッドは、強面ヤクザから強面苦労人に2人の脳内でジョブチェンジ。
……鋭い眼光にはまだ少し驚いてしまうが、2人の恐怖心は半減した。
そのお陰で、ショータはアルフレッドに質問する事が出来るようになった。
「王子様が言ってた……筋肉ムキムキなその虎獣人、強いのか?」
ショータの質問に、黒い騎士は大きく頷いた。
「ええ。城に居た頃も実力はありましたが、冒険者になってからは教会からの緊急依頼で凶暴なモンスターを相手取る様になったらしく……城に居た時よりもレベルはかなり上がった様です。……小型とはいえ、たった1人で竜種を倒せるというのはかなりの実力者なんです」
普通のヒトは竜種に喧嘩を売らないですから、と続くアルフレッドの言葉に。
「……へ、へぇ」
ショータは、そう返事をする事しか出来なかった。
ショータから見て、ユーリ王子とアルフレッドの実力は相当だと思っている。
実際、公務で前線にも率先して現れる様な2人である。
……一騎当千とまでは言えなくも、王族が護衛1人で行動を許されるのは相当の実力があるからである。
そんな2人に認められる……しかも聖人と呼ばれる様な、おそらくは性根もデキた人物。
勇者と呼ばれる自分よりも、信頼されている強い者が存在している、この事実。
……ならどうして、自分は勇者なんて呼ばれてこの場に居るのか?
ショータには、分からなかった。
物語の主人公として、勇者としてこの場に居るのは自分自身のはずで……。
やっと、必要とされたのに。
彼はその喜びの感情だけで、神を名乗る白い幼女からチカラを貰ったのに。
「やっぱ、俺は……何処に居ても……」
「……ショータ」
ショータの、ドロドロとした気持ちを悟る事が出来たのは、この場にモエだけだった。
……そして。のちに続くユーリ王子の言葉を、ショータとモエは聞いていた。
「あの子は今、人気者なので捕まるまで時間が必要かもしれませんが……内密に、連絡を取ってみます。勇者様御一行の仲間に、ディルムッド程相応しい者も居ないでしょうから」
ユーリ王子の決定を、溜息を零しながら聞いていたのはアルフレッドだけだった。
次回から、またマイ視点に変わります!




