42:勇者サイド3
今回の番外編は勇者サイドになりました。
これはまだ、マイとディルムッドがサーリーと出逢う前。
マイが異世界にやって来て、1週間程経った頃の話です。
≪ユートピア≫の始まりの町、アルバから隣町へと続く街道を走るのは、2頭の白馬が引く白銀の豪華な馬車。
王家の証である世界樹を模した紋章を刻まれた馬車を操る黒い鎧を纏った御者は、周囲と馬に気を配りながら手綱を握っていた。
ガタゴト
ガタゴト
「「……」」
勇者、賢者として召喚されたショータとモエは現在、エイデン城のある王都に向かうこの白銀の馬車の中に居る。
中は座り心地の良いソファになっていて、落ち着いた赤の色合いは身分ある貴族用だとすぐに分かる。
しかし座り心地は良くても、2人の居心地は悪かった。
「……ん? 何か?」
((ぶんぶんぶん!))←激しく首を横に振る音
「……そう、ですか?」
隣り合って座るショータ達の前には、白銀の鎧に身を包む金髪に紫紺の瞳の30歳くらいの男が1人、困った様子で微笑みながら座っていた。
その顔は美しく天使を思わせる神々しさであり、穏やかな微笑みがデフォルトの美丈夫。
彼は人の国≪ユートピア≫の第一王子、ユーリディア・フォン・ユートピア。
美しい顔と女性的な名前の彼は、国民からは『ユーリ王子』と親しみを込めて呼ばれている。
剣だけでなく魔法にも優れた、国営にも携わっている有能な人物である。
「……私達、王都で何をするんですか? ……国王様は、なんて?」
若干青ざめているモエがユーリ王子にそう声を掛けたのは、30分近い沈黙に耐えられなくなったからだ。
ちなみにショータは乗り物酔いでは無く、精神的なモノで今にも胃の中身を吐き出しそうになっている。
「……ああ、その様な不安げな顔をせずとも良いのです。国王はただ、勇者様御一行の冒険に役立つアイテムがあるから受け取って欲しいだけで……」
ユーリ王子はもっと詳しく言えば良かったですね、とショータとモエを安心させる柔和な笑みを向けた。
その顔に嘘はないな、と2人は少し安心する事が出来た。
……2人はあんまりにも仲間の入れ替わりが激しいので、その事について王族から咎められるかもと思っていたのだ。
「……でも俺達、神様から結構消費アイテムとか貰ってて……なぁ?」
「う、うん。まだ全然使ってない」
ショータとモエは創造神ツクヨミから下級・中級・上級のポーション(HP回復)とエーテル(MP回復)をそれぞれ10個ずつ与えられていた。
ダンジョン攻略に役立つ魔石セット(火・水・風・土の4点)もいくつかある。
「……国王が差し上げたいのは、世界樹の葉……腕を失っていても、瀕死の重傷を負っていても、命さえあったなら完全修復出来る貴重なアイテムです」
「「え!?」」
ショータ達の驚きの声に、ユーリ王子は微笑みながら頷いた。
「本来なら旅の邪魔にならぬ様、私が持ち運べたなら良かったのですが……王以外、触れる事が禁止されているアイテムなので」
お手数をおかけしますが、と恐縮するユーリ王子にショータ達はやっと笑顔を向ける事が出来た。
「あ、ありがとうございます!」
「すっげぇ助かる!」
しばらく仲間が見付からない可能性もあると思っていた2人は、この提案に素直に喜んだ。
そして緊張のほぐれた2人は、やっと雑談らしい事が出来る様になった。
この雑談の流れで、2人はこれから向かう王都のことを尋ねることが出来た。
「なあっ、王都ってどんな所?」
「そうですね……世界樹のお陰でモンスターの被害はほとんど無いので……王都周辺は一応、平和ではあります」
ユーリ王子は苦笑しながらショータ達の質問に答え、世界樹についての説明も行なった。
世界樹にはモンスターが近寄れないと言うユーリ王子の説明に、モエは悲しげな表情を浮かべた。
「じゃあ、王都から離れた町は……」
「……ええ。理性の無いアンデットだけでなく徒党まで組むモンスターも増加する今、食料の拠点や高位の貴族が住む地域を優先して守護しているのが現状です。なので王都から遠い僻地には軍も頻繁には巡回出来ず、ほぼ教会任せとなっています。国王に掛け合って、軍の詰所をもう少し増やそうと言っているのですが……私の力及ばず」
悔しげに表情を曇らせるユーリ王子に、それでも、とショータは聞いた。
「……教会の騎士だけじゃ、無理なもんなのか?」
大体の町には教会と、教会と隣接された孤児院、そして教会に所属する騎士団が存在している。
……数十人しか住んでいない村や集落だと、教会も軍の詰所も無い様だが。
「……教会の騎士はその殆どが教会出身の孤児で、幼い頃から学び鍛錬する軍人とはやはり違います。この数年でやっと、無償で孤児を含む子供達を王都にある軍学校へ通わせる事が出来る様になりました」
「……戦力強化ってやつか?」
「いいえ」
子供を利用するんだな、と言外に嫌味を含ませたショータの言葉を、ユーリ王子は微笑みながら否定した。
「子供達が生き残る為に学ぶのです。……軍、と名が付いていますが我が国の軍学校は必ず軍人にする為のものではありません。知識を蓄え、何処の、どんな環境でも生き抜ける術を身につける為に学ぶ場なのです」
ユーリ王子に真っ直ぐ見つめられたショータは、気まずそうに視線を逸らした。
モエはそんなショータに苦笑しながら自身も気になった事を問い掛けた。
「……王都周辺にモンスターは、そんなに居ないんですよね?」
ユーリ王子はモエの質問に頷きながら、それでも表情を曇らせた。
「ええ。世界樹のお陰で、SSS(レベル100相当)のモンスターは絶対に近寄れません。……しかし、それでもここ数年、スライムなどの害悪の少ないモンスターや……少し凶暴な野鳥や野犬といった動物が少しずつ街道に入り込んでいると報告を受けています。……動物の方はいつモンスターに変化してもおかしくないでしょう」
モンスターの誕生には、実は2種類ある。
1つはモンスター同士での繁殖、分裂による増殖等の場合。
もう1つはこの世界に存在する動植物・鉱物などに一定以上の魔力が蓄積後、その魔力が暴走する事によってモンスター化する場合である。
動植物の場合は、怒りや恐怖などの強い感情によって暴走する。
鉱物などは、長い年月で蓄積された魔力が気候の変化によって刺激された場合に暴走する。こちらは豪雨や落雷などの自然災害が該当する。
それはつまり。
いつ凶暴で強大なモンスターが産まれるか分からない、という事と同義でもあった。
「……やっぱり、私達だけじゃ……」
「ぅ……そ、そんな顔すんなよっ! 大丈夫だって!」
「でも……」
モエの不安げな言葉にショータは励まそうとするが、彼本人もその顔色は悪い。
「……ショータにモエ、とお呼びしても?」
2人は頷いて、ユーリ王子を見つめた。
「モエは私より適任が居ますが……見た所、ショータの得物は剣の類い。そこまで不安に思うなら、エイデン城への向かうこの道中、私達と鍛錬してから先に進みましょう」
「「……へっ?」」
後光を感じさせる様な輝く笑顔で、ユーリ王子は2人に言い切り。
聞こえてきた話し声に御者が小さな溜息を零した事に、誰も気付く事は無かった。




