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今回、臨時投稿してます!
お付き合い下さい!
闇龍の背後にいた濃い金髪に虎耳の大剣を持った男……≪タイガー・ロンド≫のダムルは叫びながらも何とかディルの黒槍から逃れた。
ダムルの後方には、レイピアを持つグラーニャの姿もある。
ディルも避けられる事は計算していたみたいで、家族をくるんでいた≪結界≫から軽い足取りで出て黒槍を回収した。
右手に黒槍、左手に大剣を装備したいつも通りの姿で闇龍の背後、ダムルの数メートル前にディルは陣取った。
でも、その背中はいつも通りとは程遠い……溢れんばかりの怒気と殺意を背負っていた。
「今、大事な話の、途中…………何、してる?」
ディルの氷点下を思わせる寒々しい声音に、私は先程までと違う感情の元、身を震わせた。
……怒ってる。
今のディル、私が初めて見るんじゃって位、怒ってる!
攻撃を避ける為とディルの怒気に当てられて、尻餅ついたままの状態でダムルは体を動かせずに居た。
動くのは、辛うじて口だけ。
「……な、何って」
「今、この龍と相対してるのは……俺達≪ニクジャガ≫……横槍は、愚行以外他ならない。……俺に、殺されても……お前は文句を言えない」
ギルド規定で、冒険者達は獲物の横取り、又は横槍は禁止とされてる。
相手パーティーから要請されるまで、手出し無用が原則らしい。
違えれば厳しく罰せられ、そのパーティーが高ランクであればあるほど資質も問われる。
せっかくの高ランクだった資格を、失う事だってある。
特に≪デカラビア≫は国王が居ない分、ギルドも自分達で何とかするって自主性が強い。
……そんな事も、ちゃんと考えへんなんて……フィンさんとマーニャさんの苦労が伺える……。
ディルの言葉に、意味をやっと理解したのかダムルとグラーニャの顔色が恐怖の青から絶望の白に変わった。
「ちょ、ちょっと待っ」
「言い訳、無用。……フィン達は、何処?」
それは、私も気になってた。
問題児2人の親であるフィンさんとマーニャさんが、今も姿を現さないのはおかしい。
その答えは、怯えを含んだダムルの言葉で分かった。
「こ、今回は俺とグラーニャだけの仕事だ! 1週間前から篭ってて……やっと最上階に着いたと思ったらお前らが居て……それで、」
「俺達だったら、問題無いと思った?」
ディルの遮る形で発せられた言葉に、ダムルもグラーニャも何も言えなくなった。
……成る程。
こんなにも、巨大な闇龍なんや。
そのドロップアイテムも、戦う最中に剥ぎ取れる素材も、冒険者には素晴らしいモノなんやろう。
でもフィンさん達が居ないから、戦力は心許なかった筈。
他のパーティなら、横槍なんかしたら問題になるけど……ディルなら、大目に見てくれるとでも思ったんか。阿保なん?
ディルが許すのは、ディル自身の許容範囲の物事だけや。
アイテムやお金騙し取る悪ガキ共は、許してた。
ベタベタ体触る性犯罪者予備軍もキモかったらしいけど、許してた。
……何かの依頼で一緒に戦った相手に、手柄を横取りされてもディルなら許すと思う。
ディルが許せないのは、怒るのは……いつだって。
「これ程の力ある竜種を……決闘を申し込む事なく、背後から騙し討ちしようなんて…………何を、考えてる? フィンは、今までお前達に何を教えていた? ……そんなに、死にたいのか!?」
ビリビリと空気が振動する様なディルの怒りの咆哮に、ダムルとグラーニャは泣きそうな顔で俯いた。
冒険者として、ヒトとして。
自分達の命と、竜種への誇りを軽んじた事にディルは怒ってる。
相手が……例えそれが、嫌いな他人でも。例えそれが、モンスターであっても。
命と誇りを軽んじた時に、ディルは怒るんや。
そんな、今にも2人に飛び掛かりそうな私の旦那様に闇龍は声を掛けた。
『強き者よ、我は構わぬ。……このまま朽ちてこの岩山の糧となるより、主の愛した命の……人々の糧となろう』
その言葉に、ディルは勢いよく闇龍へと首を向けた。
どうやらダムル達には聞こえておらず、ディルだけじゃなく私とサーリー、ルシファーにも聞こえたその言葉に。
「「「却下!」」」
「ごりゅ!」
私達と野太いルシファーの鳴き声で、搔き消した。
そして。
私とサーリー、その相棒となったルシファーは巣から出てディルの隣に並んだ。
「……この2人、ルシファーのお母さん……いじめようとした、よね?」
「……うん。素材になる鱗や爪や牙を剥ぎ取ったりして……いじめるつもりで、襲おうとしたんや」
私の答えに満足したのか、こっくり、と1回頷いたサーリーから……表情が、消えた。
「なら……自分がいじめられても、しょうがない……よね?」
まるで精巧な人形が言葉を紡いでいる様な、そんな恐ろしい空気を発するサーリーに。
「「……ふ、ふ、ふぎゃああああんっ!!?」」
ダムルとグラーニャは竜種でも私でもディルでもなく、幼女を目の前にこの日最大の恐怖を感じ……鳴き叫んだ。
こうして。
お仕置きと言う名の調教を私とサーリー、ルシファーの2人と1体が率先して行い。
……しっかりがっつり、精神をボコボコにしてから帰ってもらった。
何をしたかは、想像に任せる。
取り敢えず五体満足で帰したんだから、良いと思う。
そして、私達はと言うと……。
「りゅるるぅ!」
「あ、次は人参食べたいって」
「……にゃ?」
「うん。そっちの袋のは食べさせてもいいよ〜」
『……ふふふ。口周りが食べカス塗れは行儀が悪いぞ』
「りゅりゅるるぅ〜」
闇龍の巣に訪れて、今日で3日。
私達は闇龍の巣に寝泊まりし、持って来ていた食材を一緒に食べながら遊び、穏やかに過ごしていた。
闇龍は私達を迎えに来た時に無理をしていたらしく……あの日以来、もう空を飛べなくなっていた。
今日の朝には額から生えていた、立派な4本の角が1本、自然に抜け落ちてしまった。
サーリーは闇龍とルシファーに促され、抜け落ちてしまった角を自身のアイテムバッグに収納した。
ぶるぶると震えながらも泣くのを我慢する娘の背中を、私とディルが撫でて抱き締めた。
……お別れは、きっと近い。
そんなサーリーとルシファーは今。
逃げるディルを追い掛けながら、笑ってる。
少しでも気を紛らわせようと、ディルも色々考えてくれている。
私は横たわる闇龍の横に座りながら、その光景を眺めていた。
気分は、お婆ちゃんと縁側でのんびりしてる感じやな。
『……我は、千年以上生きた飛龍だ。……その素材は確かな価値あるモノとなろう……なのに、このまま殺さず……看取るというのか』
このやり取りも、何十回としてる。
全員に聞こえる様に言った時の反応が面倒らしく、今では私にしか言わなくなったけど。
「何度も言わせんといて。許しません」
きっちり寿命でお休み下さい、と私が心から思えば。
『……ふふふ。此度の聖女は、変わっておる』
あんまり、嬉しくない返事やなぁ。
「……本当に、私達に任せて良いの?」
勿論、面倒だからって今更サーリーを手放すなんて考えられない。そこはディルも同じ意見や。
……それでも、ほぼ初対面の私達で安心出来るの?
『ああ、お前達が良い……特にお前は、≪聖結界≫を受け継いでいるからな』
「え? ……あれは、≪結界≫持ちが聖属性持ってたら誰でも……」
私の反応に、やはり知らなかったかと闇龍は説明してくれた。
『昔と違い、この世でスキルを与えられるのは……今では創造主のみとなった。我が主は己が娘に≪結界≫と≪聖結界≫を重ね掛け……それから創造主に、祈ったらしい』
「……創造主に?」
『サーリーを必ず守ってくれる……心ある誰かに、≪結界≫スキルを与えてほしい……だからその時まで、サーリーが目覚めない様に助力してほしい、と』
なんとサーリーのお父さん、サタンは自身が今までに生み出した魔法・スキルを創造主に全て捧げる事でこの条件を飲んでもらった……らしい。
……え。神様と交渉出来るって、凄くない?
……まぁ、スキルっていう世界の枠組みの1つを作った人だからこそなんやろうけど……私の周囲、チート関係者に囲まれてない?
初心者セット貰った私が、1番マトモな気が……。
……と、いうか。
あのちみっこ神様、まさか初めから私に≪結界≫スキル渡してサーリーの保護者にするつもりやったんとちゃう?
だって私1人だけ好きにしていいって……今思い出しても、やっぱおかしいよな?
……そういえば今もデバガメしてる筈やのに、何にも言ってこないの……怪しいなぁ? ……おーい。返事が無いよぅ?
……ほう、無視か。ええ度胸やな。
……今度、じゅーちゅ渡す時にサーリーと一緒に問い詰めよう。うん。
私の脳内が見えている闇龍は、長い胴体をとぐろで巻いた先の尻尾を機嫌良く揺らしていた。
『ふふふ……お前は優しく、楽しい女子だ。お前のツガイも……我が主に似て、命の気高さと尊さを重んじる、強き男だ』
「自慢の旦那様です!」
私の即答に、闇龍は楽しげに笑ってくれた。
「……サタンは勇者に倒されたのに……同じ様に異世界から来た聖女を信じてくれて、ありがとう」
ありきたりなゲームと勘違いして魔王討伐に出発して、貰った力で好き勝手して。
……同じ世界の住人として、恥ずかしくて堪らない。
鱗に覆われた胴体を撫でていると、闇龍は瞼を閉じて少し考え込んでから答えてくれた。
『……いいや、同じでは無いだろう』
「え?」
『……あの時訪れた、勇者を名乗る旅人は……そう。確か≪ユートピア≫からやって来た狼と鷹の獣人だった』
「え……獣人?」
異世界から呼ばれてないのに、勇者って呼ばれ……いや、名乗っていたって言ってたっけ?
「……どういう事?」
闇龍は、悲しげに頭を横に振った。
『今でも分からぬ……ただ、我が主は……やって来た彼等に心底同情し、哀れんでいた』
当時≪ユートピア≫と≪デスペリア≫を直接行き交う船は無かったらしく、結果的に勇者達は3つの大陸を渡ってやって来たらしい。
遠目でしか見なかったらしいけど、ボロボロな姿とギラギラと光る眼だけは覚えている、と闇龍は教えてくれた。
『我には、分からぬ……逃げる事を許さなかったあの者達に足を折られ、腕を刈り取られてもなお……抵抗もせずに、主はただ死を受け入れた』
ギリギリまで≪テイム≫の契約が切られていなかった、闇龍とサーリーの精霊達だけがサタンの最後を知っていた。
「そんな……どんな理由があったって、殺されても良いなんてっ」
『……我も、そう言ったのだ……戦わぬなら共に逃げよう、と。だが主は……精霊達にサーリーを託し……我に、城で働いていた者達を託し……1人、勇者の元へと行ってしまった。誰も憎むな、と……そう言い残して』
闇龍の悲しげな横顔を優しく撫でてあげる事くらいしか、私に出来る事はなかった。
次の日の朝。
私達は共に目覚め、食事をしながら穏やかな時を過ごしていた。
そうして闇龍、ルシファーのお母さんは……我が子の食事風景を優しい顔でしばらく眺めた後。
静かに。
眠るように、息を引き取った。
寿命で亡くなったその身は以前言っていた通り、ダンジョンにゆっくりと同化していき……横たわっていた闇龍の形そのままに、岩山の一部となった。
「りゅりゅりゅううゔゔゔぅっ」
ルシファーは母親の突然の変化に驚き、悲しみ。
食べ物と涙を周囲に飛ばしながら、闇龍だった岩に飛び付き、泣きながら頬擦りし続けた。
私達も、ルシファーと一緒に闇龍だった岩にくっ付いて。
一緒に、泣いた。
「ずび、ずず……りゅるるるる……」
どれだけの時間泣いていたか。
鼻をすすり瞼を腫らしながらも、ルシファーがサーリーを呼んだのが分かった。
ルシファーは、サーリーの足に頭を擦り付けながら小さく鳴き声をあげていた。
そんなルシファーを抱き上げたサーリーは、腫れた瞼を無視して……にっこりと、笑顔を浮かべた。
「……うん。皆で……一緒に、居ようね!」
「ぐすっ……りゅる!」
こうして、私達に可愛く頼もしい仲間が加わった。
千年生きた竜種……サウザンドが最後に産み落とした子。
名を、ルシファー。
サーリーのテイムモンスターで……私達の、新しい家族や!
「……りゅ」
岩となった闇龍から零れ落ちた、紫色の球体をルシファーが飲み込んだ事を私達は、知らない。
ペット枠、埋まりました!




