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少しひらがなだけの読みにくい表現があります。
それでも宜しかったらどうぞ。
闇龍の脳内に響く言葉に驚くサーリーを隠す様に抱き締めた私は、大きな明るい紫色の瞳を見上げた。
目の前の存在は今、サタン……サーリーの、父親に頼まれたって言った?
サーリーの友達である精霊達も、そんな事言ってた様な……?
でも、さっきから聞こえる、この闇龍の言ってたずっとの意味は……。
『……そうさな。我が主と出逢ったのは遥か昔。別れてからは……数百年、いや……千年になるやもしれん』
私の感じた疑問に、闇龍は答えてくれた。
そしてその答えが、私達を余計に混乱させる。
「……なら、違う」
ディルの言葉に、私も頷いた。
サーリーは確かに、長命の種族であるダークエルフや。
それでも20歳までは年相応に成長するから、まだ見た目の通り、7歳。
千年前なんて……あり得ない。
『いいや。……聖女の抱き抱えるその娘こそ、我が主サタンの子、サーリーだ。……我が主に刻まれていた頬の痣を受け継いでいるのが、何よりの証』
「「「!!?」」」
私とディルは、同時にサーリーを凝視した。
サーリー本人も、自身の左頬……大きめの絆創膏の貼られた頬に手を添えて青褪めてる。
正三角形の中に三日月と葉っぱをモチーフにした模様が描かれていた、あの痣の事や!
「…………私の、父さまの名前……サタンって、言うの」
私の腕の中、小刻みに震えだしたサーリーがぽつりと、小さな声をあげた。
「……起きたら、父さま居なかったの。……お部屋もね、全然知らない、真っ暗な所で、……精霊達が、父さまは月に行っちゃったって……ここはもぅ、何も無いから、だから、だから……こことはちがう、あかるいところに……ひっく、いこうって……」
「サーリー!」
私は力一杯、サーリーを抱き締めた。
その私ごと、武器をしまったディルが抱き締めてくれる。
サーリーが、今にも、何処かに消えてしまいそうだったから。
泣き叫ぶ事なく、それでも大粒の涙をぼろりと零しながらサーリーは語り続けた。
「……しらない、ばしょだったの。しってるなまえのまちなのに、なかは、しらないところで……いっぱいあるいて、……しってるメイドさんとか、コックさんとか、……なかよくしてた、おにわきれいにしてたおじさんとか、さがしたけど、……だれも、わからないって……しらないって。……だからディル、みつけたとき……うれしかったの。だってとうさまと、いっしょにおしごとしてた……せいれいさんと、おんなじいろの、ひかりだったから……だから……」
「もういい。もういいから……」
ああ、そうやった。
初めて会った時、ディルを王子様と呼んで抱きついたサーリーは本当に嬉しそうにしてた。
父親の知り合い……精霊に、似ていたから。
やっと、自分の知っている存在に、知り合いに見えたから……だから、あんなに……。
知らない場所で、知らない人だらけの空間に居るのが……精霊達以外の家族も、知人も居ない場所で。
この幼い子にとって、どれだけの恐怖だったか!
サーリーを抱き締めながら、私達の脳内に声が響く。
まるで、答え合わせをする様に。
『……我が主は強大な魔力を持っていた。あの方が施した≪結界≫は、全てを無効化出来た。……永い時の流れさえ、無効化して娘を生かした……己が、魔王として書物に綴られるのも、知った上で』
「っ…………まさか」
ディルが何かに気付いて、その金色の瞳を驚きに見開いたのが分かった。
『……ヒトの国では、≪不死王≫の名で浸透しているのだろう? ……偽りだらけの、伝説だがな』
「……それって、今噂になってる魔王の……」
『あの方は、邪悪な魔王などでは無い』
闇龍のきっぱりとした物言いに、真実は別にある、と言外に伝えられた。
『……我が主と出逢った時、この世界の魔法は……スキルは、発展途上であった』
闇龍の話は、私だけでなくこの世界に産まれたディルにとっても衝撃的だった。
何故なら、それはこの世界の始まりの話でもあったから。
遥か昔。
この世界には超常的現象……魔法やスキルが存在していた。
けれど、当時の魔法やスキルは形のないあやふやな状態であった為、誰がどの力を使っても安定せず、強かったり弱かったりとムラが激しく危険な代物。
呪い的な、悪いモノって認識が強かった。
そこで魔法やスキルに正しい役割、枠組み……名前を付け確固たる術式に仕上げたのがサーリーの父、サタン。
後世に≪不死王≫と呼ばれた初代≪デスペリア≫の王、サタンその人だった。
当時、まだ王という存在は≪デスペリア≫に居なかった。
思慮深く穏やかな性格だったらしいサタンは、農作業をしながら自身の生み出した魔法やスキルを隣人に教え、与えながら細々と暮らしていた。
サタンは相手が適性を持っていたら、自分の編み出した魔法やスキルを与えられる能力も持っていたから。
……どうやったのか、方法は闇龍自身も解らないらしい。
もしかしたらサーリーや私の様に、ステータス自体に特殊なモノがあったのかもしれない。MP使用半減とかと、同じ様な能力が。
当時の世界はモンスターも今みたいにそこまで凶暴じゃなかった。
育てた野菜や家畜を勝手に食べたりする……私の世界でいう野生動物、シカやイノシシ、クマとかそんな認識だったみたい。
確かに危険やけど、それでもヒトとモンスターは何とか折り合いつけて生活していた。そんな時代もあったんや。
そして闇龍は当時、親を失ったばかりの赤ちゃん龍。
お腹が減ってサタンの農地の野菜を勝手に食べていた所を見つかり……でも殴られる事なく笑って許され、むしろもっと食べろと口に放り込まれたる始末。
心から感謝した闇龍は、彼の生み出したの≪テイム≫によって側に居る事を望んだ。
『村の者達は、見返りなど求めず無償で知識を、魔法を与えてくれるサタンを尊敬し、崇拝した。……そうして彼は、あの国の王となり……ダークエルフとして産まれた為に、寿命の長かった彼は長い間国の為、人々の為に研究を重ねてきた……なのに……あの日……』
「っ!?」
言わないでっ!
サーリーの前で、あんな残酷な現実、言わないで!
『……』
「……?」
急に無言になった闇龍に、サーリーは不安げに見上げたまま動かなくなった。
そして。
私の心の中だけの叫び声に闇龍は静かに一度頷き、それでもこれだけは伝えなければならない、と言葉を続けた。
『……我が主の生み出した、強力なスキルを欲した……長過ぎる時の中で、主の人となりを忘れてしまった村の若者達と、他国から来た勇者を名乗る旅人達が共に城を攻めて来た』
サタンを魔王と呼んだ勇者達は、彼に戦いを挑み。
……そして、サタンは反撃する事なく倒された。
魔王として。
「……ど、どうして……抵抗、しなかったの?」
思わず口から出てしまった私の言葉に、闇龍は悲しげに目元を歪ませた。
『我が主は、この世界を創造した神を愛していた……神の生み出したこの世のヒトを、動植物を、そして……モンスターでさえ……主は、全ての命を等しく愛していた。……あの方は、自身の食事以外での命のやり取りを、頑なに禁じていたのだ……それ故に……』
「そんな……!」
博愛主義とか、そんな問題じゃない。
そんなの、理由にならない!
そんな理由で、自分を守らなかったの!?
何で、何でっ……サーリーが居るのに……死を選ぶのっ!?
こんな子供を置いて、側に居ないで精霊達に世話を任せるって……そんな無責任ってない!!!
「ぐすっ…………父さまっぽいなぁ」
「……にゃぅ」
「……りゅるぅ」
私が怒りに身を震わせる間も、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらサーリーは笑っていた。
ディルに目元をぺろぺろされて、擽ったいのもあるかもしれない。
それに……≪結界≫ギリギリの所まで近寄って来た赤ちゃん龍も、慰めたいのかサーリーの視線の先でうろうろしてる。
納得いくまでサーリーの顔を舐めていたディルは、今度は食いしばっていた私の口元をぺろりと舐めた。
……彼の眉間のシワで、血の味がしたんだろうなぁというのが分かった。
私の怒りの感情も分かっている筈の巨大な闇龍は、嬉しそうな雰囲気を隠さずに、笑った。
『ふふ。……のぅ、聖女よ。我の寿命は、あと数日で尽きる』
「「「!」」」
この言葉は私達だけじゃなく、赤ちゃん龍にも向けられたモノなのはその驚き方ですぐに分かった。
≪結界≫のすぐ側まで居た赤ちゃん龍は、慌てて闇龍の側に駆け戻ったから。
『いかに我が主が偉大で、与えられた魔力が膨大であっても……千年の時は……我には、永かった』
「りゅっりゅるっ」
赤ちゃん龍は、自身の親の発言に哀しみと驚きを混ぜた鳴き声をあげその巨大な顔にしがみ付いていた。
その様子に、闇龍は長い舌を伸ばし小さな我が子の頬をぺろりと舐めた。
『まったく……嘆くでないよ。我の子の中で、ヒトに対して悪意を持たず産まれたのはお前のみ…………その娘が、嫌か?』
「……る、りゅるる!」
ぶんぶん、と頭がもげそうな程横に首を降る赤ちゃん龍に、親である闇龍は……なんだか微笑んでる様な顔で、赤ちゃん龍を見つめていた。
『……我が主の娘、サーリーよ』
「ぐすっ……っはい!」
闇龍の呼びかけに、サーリーは私達の腕の中から抜け出し、自分の足でしっかり立って闇龍の瞳を見つめた。
目元は赤いままだけど、涙は止まっていた。
『我が主人の願う通り……否。愛しき末の我が子をどうか、お前の側に……お前の生が終わるその時まで、名を与え、側に置いてやってくれ』
そう言いながら闇龍は、自身の巨大な頭を出来るだけ≪結界≫の……サーリーの側に寄せた。
「りゅ……りゅる!」
闇龍の顔にくっ付いていた赤ちゃん龍も、その目に涙をいっぱい溜めながらサーリーを見つめた。
サーリーも、赤ちゃん龍から視線を晒さない。
赤ちゃん龍は、闇龍の顔から離れた。
サーリーも、私達を囲っていた≪結界≫から一歩出て、赤ちゃん龍との距離はほぼゼロになった。
1人と1体が無言で見つめ合う事、数分。
サーリーが両腕を高く掲げた事で、闇龍の長年の願いが叶う事が分かった。
「……うん。うん! 私達と、一緒に行こうっルシファー! ……≪テイム≫!!!」
そしてサーリーの持つ杖から黒いイバラのツルが伸び、サーリー自身の首と赤ちゃん龍の首に絡まった。
周囲に薄紫色の雷に似た光と音が迸り……光が消えたと同時に、黒いイバラのツルも消えた。
そして赤ちゃん龍……ルシファーの首には、刺青の様な痣が新たに存在していた。
それは、サーリーの頬にある痣と同じモノ。
≪テイム≫の契約が、完了した証だった。
『……良かった。これで……』
そう、安堵の表情を見せていた闇龍の背後に向けて。
ディルは愛用の黒槍を、投擲した。
「……ぅああああっ!!?」
無粋にも、今、この時に。
闇龍の首を刈り取ろうとした、愚か者に向かって。




