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「りゅんるる、りゅるるるん♫」
赤ちゃん龍はご機嫌に尻尾を振り、鳴き声をあげながら上の階層に続く道を進んで行く。
私達も、その後ろに付いて歩く……ぅうゔ!
「「かあいい!」」
「我慢、してね?」
「「はい」」
可愛さのあまり抱き上げようと近付きそうになる私達に、呆れを含んだ旦那様の制止の声が岩の通路に響く。
ちなみに、この数十分の間に10回くらい同じやり取りしてる。
でも……ぅゔ、抱っこしたい!
「むうぅ〜。精霊達は平気だよって言ってるのに〜!」
「……もしもが怖いから、駄目」
「……は〜い」
とっても珍しいディルのジト目に、サーリーは口をへの字にしながらも良い子の返事をした。
……どっちも可愛く見える私に、死角はない!
「げふげふっ……、まあ、確かに人懐っこいよなぁ」
私とサーリーが触るの我慢するのと一緒で、赤ちゃん龍の方もちょいちょい近寄ろうと立ち止まる。
でも私の≪結界≫で通せんぼされて、「りゅぅ〜る〜」と悲しげな声音で鳴き声をあげる。
うん。こっちに興味津々。無駄にかあいいです。
「……もしかしたら……親が≪テイム≫されてたのかも」
「え?」
ディルの呟きに私が驚くのと「りゅっ、りゅるっ!」と元気よく通る赤ちゃん龍の鳴き声は同時だった。
まるでそうだよ、って返事してるみたいな鳴き方やった。
「……主が死んだら……≪テイム≫の効力は無効になって、モンスターは野生に帰るか……主と命を共にして死ぬか、らしい」
特に竜種は愛情深い事で有名で……愛が重く深過ぎて、主と共に死んだり、憔悴して衰弱死しちゃうらしい。
でも稀に……例えば、遺言的なものを主が残していたら、それに従い野生に戻って生きる竜種もいるらしい。
約束事に重きを置く竜種との関係性は美しく優美とされ、物語として作品の題材にされる事も多い。子供に人気の物語『月の王子と竜の冒険譚』はサーリーも大好きや。
成る程。
その話を踏まえたなら、ヒトに対して友好的なのも分かる。
そして、この時。
会話をしながらも、私達は気を抜いていた訳ではなかった。
周囲の気配、敵の位置、色々と察知していたと思う。
「え……っ皆避けて!!?」
「え、サ」
それでも、これは起きた。
叫ぶサーリーに視線を向けた私は、一瞬息が止まった。
視線の先、サーリーの向こう側に見えていた、所々ひび割れた岩壁から鉤爪が現れたから!!!
ディルによって私とサーリーは瞬時に抱き寄せられ。
……そして私達の足元に、歩き慣れた岩の感触は無い。
大きな鉤爪によって……直径4メートル周囲の≪結界≫ごと、家族全員で空中に浮かんでるから!!!
「りゅるるる〜!」
そして視界の端に見えたのは、怯えるどころか、どう聞いても喜んでるとしか思えない赤ちゃん龍の鳴き声。
……そして。
「ごるるるるぅ」
その鳴き声に返事をする、野太い鳴き声を、目の前で私達は聞いていた。
「「「……」」」
私達の目の前に、巨大な鉤爪の持ち主は存在している。
空中でぐねぐねにとぐろを巻いてる為、絶対に長いであろう体の全長は分からない。胴体の直径は……2メートル? 3メートル? ……もっとあるかも。
顔も大きく、多分昨日も戦った巨大蜘蛛サイズ。
額と側頭部分には、立派な乳白色の角が全部で4本生えている。
そして、赤ちゃん龍と同じ明るい紫色の瞳は……私達、人の頭サイズ……これが、親?
いや、このサイズの闇龍は……もしかせんでもヤバくね?
その証拠に、ディルとサーリーの顔がおかしい。目が点顔とは、その顔か。
……うむ。
もしかしなくても、ピンチかな!!?
……しかし、こんな詰んじまった状況でも。
誰よりも早く我に返ったディルは、愛用の黒槍と、竜種用の大剣を装備し……私とサーリーを守る様に、闇龍と対峙する様に、前を向いた。
「……大丈夫。俺、2人守る」
……凄いなぁ。
私はディルの背中を見ると、心から安心してしまった。
だって、彼の言葉の通り……ホントに何でも大丈夫な気がしてくるから。
例え、こんな詰んだ状況だとしても……不思議な人やなぁ。
……うん。
私の旦那様が目の前に居てくれるなら、私も頑張らないと!
「……だったら。大好きな旦那様と娘は、私が守ってあげる!」
それに私の≪結界≫は、まだダメージ与えられてない。何でか一度も握り潰される事なく、今も健在。掴まれてるだけの状況。
……好都合や。
例えこの上空で落とされたって、地面に叩きつけられたって私の≪結界≫は全てのダメージ、衝撃を無効化する。
大丈夫。誰も、傷付かないし、死んだりしない!
私も、まだ少し怯えるサーリーを抱き締めながら、闇龍に銃口を向けた。
……背中越しに、ディルが一瞬笑ったのは気のせいじゃない。
信用してくれて良いよ。
私の≪結界≫は、一撃必殺を連続10回、防いでくれるから!
『…………そう、怯える必要は無いぞ。ヒトの子らよ』
「「「!」」」
私達3人以外の、理性ある言葉に驚愕した。
しかも今の言葉、耳から聞こえた訳じゃない。
そう、まるでツクヨミ様に話し掛けられる時と同じ感覚……まさか?
この脳内に響く様な、男とも女とも言えないこの声……目の前の巨大な闇龍?
私の思考を理解しているのか、巨大な闇龍は大きな瞳を少し細め……おそらく微笑みながら応えた。
『いかにも。……我は、この時を待っていた。よくぞこの地に来た、異界の聖女よ』
「なっ……!?」
……わ、私の事知ってる!? 何で!?
今の言葉も、私達全員に聞こえていたらしく。
目的が私と分かり、ディルは無言で殺気を纏いながら武器を持つ手に力を込めた。
怯えていたサーリーまで、両手で握り締めた杖を頭上に掲げ「マイはあげないから!」と怒りを露わにしてくれた。
ぐすっ、2人とも、大好き!!!
……でも。
『おお……我が命尽きる前に……末の我が子が産まれたこの時に……よくぞ、よくぞ』
目の前の巨大な闇龍は、私達の様子もそっちのけ。
その大きな瞳から大粒の涙を零しながら、静かに、でも確かに上昇し始めた。
「っ……どこに、行く気だ?」
ディルの敵意を露わにした発言にも、どこ吹く風。
『地に足がつかぬは、ヒトには苦痛であろう。……一先ず、我が巣に案内しよう』
「りゅるるる!」
ディルの威嚇を物ともせず、涙を零し続ける巨大な闇龍は私達を捕まえたまま上昇を続けた。
この時、赤ちゃん龍も空を飛びながら着いて来る。
……うん。
ヨチヨチ歩くより、飛ぶ方が上手やね。
あまりの展開に、現実逃避したくなるけどそれは許されない。
私達は隙を伺いながら、この様子なら今すぐ攻撃される事も無いだろうと結論付け、取り敢えず話を聞く為大人しくしている事にした。
そして数十分後。
私達は雲の中にある岩山の頂上に辿り着いた。
上空から見て分かる事やけど、どうやら円柱型の岩山らしい。かなりの広さや。
……どうやら、他の竜種は見当たらない。罠ではなさそう。
そして私達は、岩に岩をぶつけ、砕けて出来た様ないくつもの大きなクレーターの窪みの1つに≪結界≫ごと静かに置かれた。
この窪みは、彼等の巣らしい。
クレーターの窪みには、柔らかい土と干し草っぽいのが大量に使われていて、座っていてもお尻は痛くない。
『ここならば、落ち着いて話せるであろう?』
そう言う闇龍は、巣の外で蛇の様にとぐろを巻いて落ち着いている。大粒の涙も今は止まってる。
赤ちゃん龍は、とぐろの先の尻尾にじゃれて遊んでいた。
「話……マイを、待っていたって?」
ディルは殺意を隠す事なく、装備したままだった武器を巨大な闇龍を向けていた。
「……マイは、誰にも、渡さない」
『……ふふふ。取って食おう等、思っとらんよ』
……そんな、巨大な裂けた口を目の前にして言われても信用出来ない。
勿論ディルは睨み上げたままだった。
でもサーリーは、困惑した様子で頭上をキョロキョロと見回している。
……精霊達に、何か言われてる?
「……ぇ、この闇龍の事、知ってるの?」
『……そう。その精霊達と我は、同じ主を持った同胞。主はとうに月に帰ったが……我等は待っていた。聖女がやって来るのを、ずっと……我は、待っていた』
もう、涙こそ溢れさせなかった巨大な闇龍は、それでも噛み締めた様な、嬉しそうな様子で声を響かせる。
「…………今まで、異世界から何度か聖女って来てたんでしょ? ……何で、私なんですか?」
私の言葉に、巨大な闇龍は大きな頭を横に振った。
明るい色合いの大きな紫の瞳を、悲しげに瞼の裏に隠しながら。
『……駄目なのだ。聖人・聖女とは名ばかりの……情も少ない、欲にまみれた者達では、任せられぬ』
「任せられない?」
……まさか。まさかの強制イベントがここで発生、回収せなあかんの!?
私の思考を読んだらしい巨大な闇龍は、ちょっと微笑ましげな雰囲気を纏ったまま、その大きな頭を私達に出来るだけ寄せてきた。
『ふふふ。そうなるのかもしれんな。聖女の言葉に例えるなら……もう既に発生し、ふらぐを回収している事になってるが』
「は!?」
何言ってるの!!?
『我等の唯一無二の主の名は、サタン。……我は主の願いにより、その娘、サーリーと守護する者達に……サーリーを護衛出来る、我が子を与える為に待っていたのだ』
闇龍の言葉に、腕の中のサーリーだけじゃなく、私達全員が驚愕に目を見開いたのが分かった。




