表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/149

36


ほんの少し残酷な表現があります。

それでも宜しかったらどうぞ。




 


 早朝とは呼べない、まだ夜と呼べる時間帯。


 目が覚めてしまった私は、小屋に設置されている火石を使った簡易コンロで追加のおかずを量産していた。



 何故なら、今日からダンジョンに泊まり込む可能性が出て来たから。



 ……出発前に多めに作ったつもりでも、やっぱ不安になる。

 だってこの先、道が今以上に入り組んでたら1週間2週間なんてあっという間に過ぎちゃうし。


 旦那様と娘にひもじい思いさせるやなんて、嫁失格や。

 私の≪アイテムボックス≫は時間停止付いてるから、痛む事もないし。多め通り越して特盛りでも大丈夫や!



「アニスさんにパン、大量に貰っといて良かったぁ……サンドイッチ系も量産しとかな」



 今は、寒期。冬。めっちゃ寒い。


 でもダンジョン内では気候の変化なんて当たり前。寒い所もあれば暑い所もあるんやから。


 ……あったかい系のおかず多めに作ってたから、今度はサンドイッチとか肉多めのサラダとかのあっさり食べれるのも作っとこ。


 茹でたジャガイモ潰しながら、これからの段取り考えていると小屋の扉が音もなく開いた。



「……マイ、ご飯炊けた」



 そう声を掛けてくれたディルの両手には、この世界で毎度頼りにしてる飯盒×4。ほの甘いご飯の香りがしてる。



「あっ、ありがとう。……ごめんなぁ、こんな時間に起こしちゃって……オマケに白米担当にしちまって」



 早起きして私がベッドから起き上がるのと同時に目覚めたディルは、寝てて大丈夫と言っても手伝いたいって言ってくれて……それなら、と外で焚き火を起こして白米炊いてくれた。


 私は以前の仕事柄、夜中の2時起きとかザラやから慣れてるけど……寝るの好きなディルはまだ眠いやろうに。


 ディルはあらかじめ鍋敷きを置いていたテーブルに飯盒を乗せ、首を振りながら微笑んだ。



「ううん。……マイの手伝い、出来るの嬉しい。……おにぎりも、しとく?」



 ……優しい旦那様、めっちゃ好きや!!!



「……じゃあ、お願い。≪結界≫掛けとくから、あったかいまま握れるよ」


「うん」



 そうしてディルは4人がけのテーブルでせっせとおにぎり製造機となり。

 私もその隣でポテトサラダとタマゴサラダを作ってから、せっせとサンドイッチ製造機となった。



 しばし2人、心地良い無言の中作業に没頭した。




「……なぁ、ディル?」


「……ん?」




 早々に鶏そぼろ、梅干し、塩むすびを作り終えたディルと一緒にサンドイッチを作りながら、私はディルを呼んだ。



 ずっとずっと不安で、怖かった事を聞きたかったから。




「サーリー……大丈夫、やんな?」




 ベッドで、気持ち良さそうにすよすよ規則正しく眠る可愛い娘を、私は見つめた。






 サーリーと出逢った日の夜。


 フェールさんからプレゼントされた子供用ベッドで眠っていたサーリーは、真夜中に突然泣き始めた。


 ……正気とは思えない、残酷な夢を、口にしながら。






「とうさま、とうさま」


「つれていかないで」


「ひどいことしないで」


「あしをおったらいたいよ」


「うでをとったらいたいよぅ」


「とうさまかわいそうなの」


「やめてよぅ……やめてよぅ」


「とうさま……ころさ、ないでぇ」







 一瞬、私はサーリーが何を言っているのか分からなかった。


 ディルと目を合わせ、ディルがサーリーを私達の眠っていたベッドに連れてきて一緒に横になっても。



 私には、意味が分からなくて。



 ……いつのまにか流れてた私の涙は、ぼろぼろと枕に落ちて、全然止まってくれなくて。


 それに気付いたディルが優しく私の涙を舐めとって、頭を撫でてくれて。

 そうして、私はやっと眠れた。



 次の朝。

 夢の内容を何一つ覚えていない様子のサーリーに、私は心底救われた気分だったのを覚えてる。



 そして。

 サーリーから精霊の話を聞き、私はディルと視線だけで意思疎通をしてから、今日はギルドに依頼の確認をしに行く事なく、タイミングを待った。



 気を張り詰めながらの旅で疲れていたのか……夜中の悪夢のせいなのか。サーリーは昼食後にうつらうつらし始め、ものの数分でベッドで眠ってしまった。



 私とディルはベッドの前に膝をつき……痣があるから、と貼られていたサーリーの頬の絆創膏をゆっくり、慎重に剥がした。



 ……サーリーの頬に、確かに痣はあった。



 白い線で縁取られた正三角形、その中に三日月と葉っぱを模様にした……刺青の様な綺麗な痣があった。



 それは魔の国≪デスペリア≫……その国旗に描かれている紋章と同じだと、ディルは言った。


 王族に連なる一族なのか……それとも、他の因縁があるのか分からない、とも付け加えてくれた。



「「……」」



 私とディルは、絆創膏をそっと貼り直した。



「精霊さん……今も、サーリーと一緒に居る?」



 次に私とディルは、精霊との意思疎通を試みた。


 サーリーと共に過ごしていたという精霊達が見やすい様に、まずは質問したい事を紙に書く事にした。





『サーリーは今、何かに追われているのか』


 この質問に対してのはい・いいえの文字を書き終わると同時に……いいえの文字だけが、熱さを感じる事なく、焦げた。



 私とディルは顔を見合わせ、また質問を書いた。



『サーリーは父親の死の真相を知っているのか』


 今度はいいえの文字だけが、水で濡れた。



『精霊達は犯人を知っているのか』


 はいの文字が、風で切ったように……破れた。



「……私達に、何させたいの? ……サーリーの代わりに、復讐でもしろって?」



 私の涙まじりの言葉に、どこからか砂がサラサラと現れ……紙の上で、文字の形に変化した。



『サーリーはなにもしらない おぼえてない』


『しらなくて かまわない』


『どうか サーリーに こうふくを』


『それが われらのあるじ さいごの のぞみ』


『にくしみに とらわれず いきていけるように』


『せいなるひかりもつ ふたりにしか たのめない』


『どうか ただのこどもとして サーリーを あいして』



 ここまで読んで、私の涙腺は決壊した。



 ああ。やっぱりただの悪夢ではないんや。

 サーリーにとって、全て、本当の話なんや。




 私とディルはこの紙を燃やし、処分した。砂は、いつのまにか消えていた。


 泣き過ぎて力の抜けた私はそれでもベッドによじ登り、まだ寝てるサーリーに添い寝した。


 ……可愛い寝顔。今は夢も見ないで、ぐっすり寝てる。


 ディルもそんな私とサーリーを私の背中からまとめて抱き込み、尻尾も巻きつけ一緒に横になった。



「……俺、守る。ずっとずっと、マイとサーリー守る。……怖いのは、俺がぶっ飛ばすから。……大丈夫」


「ぐすっ……ゔん」



 うん。うん。……ありがとう、ディル。

 私も、頑張る。



 数十分後。

 目覚めたサーリーは、私達に抱き締められてる自身の今の状況に照れながら……それでもきゃーきゃー楽しそうに、笑ってくれた。






 一緒に眠るようになってから、サーリーは魘されなくなった。


 今では一緒に眠らなくても、サーリーが眠る時に私達の姿を見ていたら熟睡出来るようになった。



 ……それでも何かの拍子に1人でお昼寝を始めたら、サーリーは悪夢を見てしまう事もあったけど。


 ……遊びに来ていた双子と共にお昼寝を始めても、魘されてしまっていたらしい。


 いつもはおちゃらけた態度の2人も、サーリーと私達の顔を見て無言で頷き。

 神妙な顔で、目覚めたサーリーを膝に乗っけておやつを食べさせていたっけ。




「…………うん。サーリー、大丈夫」




 色々と思い出してしまった私に、ディルはほんの少しの微笑みを乗せた顔で、安心させる様に私の頬に自分の頬を擦り寄せた。



「サーリー……今、楽しそう。……誰かを憎んでる暇、無いくらい」



 ちう、と頬と耳に吸い付きながら、ディルは穏やかな小さな声でそう言ってくれた。



「……うん」


「……マイは、良いお嫁さんで、良いお母さん。……大丈夫」


「……ゔんっ」



 ディルが大丈夫って言ってくれるなら、きっとそうや。



 なら、これからも。

 悲しい事を吹っ飛ばせる位、楽しい思い出をいっぱい作ろう。


 笑顔でおはようって言って、ご飯もお腹いっぱい食べて。


 ちょっとの怖さとワクワク感、どっちも味わえる冒険をしよう。


 そんで大人になって、誰かと冒険したり、結婚して子供作って……笑ってくれたら、私達はなんだって嬉しい。



 それまで、私とディルが守るから……だから、一緒に色んな所に行こうね、サーリー!





 そして、この数時間後。

 私達の日常、いつもの朝の風景が待っていた。




「……むうぅ〜!」


「……にゃうぅ」



 何故かサラダの盛られた器をサーリーに奪われ、悲しげに鳴くディルが目の前に居る。



「ディルっ、今度は私にも三角のおにぎり教えてくれるって言ったのにぃ! ……これは、没収!!!」



 そして自身の『アイテムバッグ』にディルのサラダが入れられ。



「にゃうぅ!?」



 私の旦那様は、娘におかず奪われてガチ泣き一歩手前になった!



「サ、サーリー……つ、次の遠出の時、絶対一緒に作ろ? だから……ディルのご飯、返してあげて?」



 サーリーがお手伝いは楽しい、と感じてくれるのは嬉しいしとても助かる。

 でもそれで仁義なき戦い(?)は困る!



「う〜…………次はおにぎり、教えてくれる?」


「にゃ、にゃい!」



 ……ディル、目にも留まらぬ速さで挙手したな。



「絶対ね! ……なら今回だけ、許してあげる!」


「にゃん!」



 ふんす、と聞こえそうなドヤ顔のサーリーから山盛りサラダを受け取り、ディルはご機嫌に尻尾を揺らした。

 ……全く、しゃーないなぁ!



「もう、ディルもそろそろ人の言葉思い出して! ただのにゃんこになってるから!」




 私は、蒸し鶏たっぷり乗せたサラダ(サンドイッチで余ったレタスと玉ねぎ入)とトマトベースのリゾット(と言う名のおこげを使ったおじや)を食べながら。



 この賑やかで楽しい日常が続く努力を怠らない事を、心の中で誓った。




今回、ちょっとしんみりするお話だったので気分の変わる小話を。


本編に入らなかったネタです(笑)



[気遣う男]



 サルーの町旅立ち前。


 マイとディルは、手分けして食料やダンジョンで使う道具の調達をしていた。


 マイは作り置きのおかずを大量に作る為宿に篭り。

 そしてディルは、フェールが経営する≪ポポの道具屋≫に足りない物を調達する為に訪れていた。



「成る程…………つまり、ダンジョン内で寝泊まりする事にもなるな」


(こくん)


「……なら、これも持っていけ」



 そうしてフェールが取り出したのは、女性の上級貴族御用達のカーテン付き簡易設置トイレである。


 簡単な組み立てのみで設置でき、使用中はカーテンに縫い込まれた風石で音を消し去り、中に入れられた特殊な土石と火石で排泄物を無臭で無害な砂や小石にしてくれる。

 あと特殊な角度で水が吹き出すように水石も取り付けられているので、汚れを拭き取る紙も少なく……また月の物が来ている女性も清潔が保たれる。



 環境にも女性にも優しい、トイレである。



「……そこらで、」


「男はそうでも、女性は不衛生を嫌う生き物なんだ。……お前、このトイレを開発したのは何代か前に召喚された勇者一行なんだぞ? ……この意味、分かるか?」


「……」


「絶対、マイは喜ぶ。私が保証する。無駄遣いなんて言われないから。……買っていくんだ」



 そうして、値段的にも大きな買い物をして帰ったディルムッド。



 帰ってフェールにしてもらった説明をマイに聞かせれば、泣いて喜ばれた。

 この時、ディルムッドは初めてマイからのほっぺにちゅーをしてもらい。


 ディルムッドは心の底から、フェールに感謝した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ