27:サーリーサイド
サーリーについての話になります。
少しの悲しい表現と少しのハテナがあります。
それでも宜しければどうぞ。
ある日、ある時、ある場所で。
その夢は唐突に始まり、終わるのを繰り返していた。
灯りは松明のみ、それなりの時代を感じさせる廊下に飾られた品の良い壺や調度品を蹴倒す勢いで、2人の男が走っている。
長い廊下を進みながらいくつもの扉を開けていった男の1人が、ある扉の前で止まった。
『……この部屋か!?』
『くそ、開かないっ……何かのスキルか!?』
『逃げられたら終わりだってのに……ちくしょおおおおっ!!!』
そうして男達は、開かぬ扉を破壊する為の攻撃を始める。
扉が開かれるのは、時間の問題だった。
………………。
…………。
……。
場面は切り替わり。
1メートル前も見通せない程の暗闇の中。
男が1人、立っていた。
男はこの暗闇の中でも見えているのか、迷うことなく前へと進んでいく。
そしてがちゃ、と何処かのノブをひねり1つの部屋に入り込んだ。
その部屋も光の無い暗闇であったが、男は迷うことなく部屋の隅にあった子供用ベッドに近寄った。
この時……なんとなく、部屋全体が揺れたような気がしなくもない。
『……ふむ。見つかるのも、時間の問題か』
『……父さま?』
男の独り言に、ベッドに横になっていた者が反応した。
その声は、まだまだ幼い少女の声だった。
男は暗闇の中、少女の額を撫でながら頬に1度だけ、口付けた。
『何でもないよ。……さぁ、夜も遅い。お前は友人達と共に……眠っていろ』
そうして少女の頭を撫でていた男の手が僅かに発光した時に、少女の銀の髪と褐色の肌、そして潤んだ紫紺の瞳を浮かび上がらせた。
同時に、少女と同じ色合いの、男も女も振り返るであろう男の美貌も暗闇の中に浮かび上がった。
数秒後、光が消えた後も男は少女の頭を撫でている。
『……なぁ、サーリー』
『むにゃ……なぁに?』
男は半分眠っている……私の頭を、優しく撫でていた。
愛おしそうに、名残惜しそうに。
光の消えた今この場でも、暗闇の中微笑む男が、見える様だ。
『……あまり、憎まないでやってくれ……彼等もまた、我等と同じなのだ。……我等は皆、等しく……神に愛されし者なのだから』
『……ぅん、わかった……ふぁあ……おやすみなさぃ、とおさま……すぅ……すぅ……』
私は男の言葉に頷き、1人先に眠った。
眠った事を確認した男はベッドから離れ、迷いなく入って来た扉の前まで進み、立ち止まった。
そして、男は暗闇の中眠った私へと振り返った。
きっとその顔は、美しく微笑んでいる事だろう。
そう。私は知っている。
男がもう、この部屋に戻れない事を。
何度繰り返されても、結末は変わらない。
これは、そんな夢なのだから。
『お休み、サーリー……………私の命全て使って、何処まで持つか分からんが……お前達。サーリーと皆の者を、頼んだぞ』
『『『『『お任せ下さい主様!』』』』』
暗闇の中、どこからともなく響く多くの声に、男はまた笑った様だった。
『ふふ。ああ、任せる…………それではまたな……ずっと、愛しているよ。私の可愛い、サーリー………………≪結界≫!』
そうして男がやるべき事を全て終えてから部屋を出て。
夢は新たな場面に切り替わり、逃れられない悪夢となった。
この夢は、サーリーのステータス……スキルとは別の、生まれ持った能力によってもたらされた。
マイの持つMP半減、状態異常無効と同じ分類になるだろう。
この能力≪夢視≫を正しく理解出来た時、サーリーは父をより深く理解する事だろう。
だが今はサーリー自身の防衛本能が勝り、夢と意識が切り離されている。
目覚めたサーリー本人は、この悪夢を認識出来ていない。
それ故に。
夢の中でだけ、サーリーは理解出来ていた。
知らない怒声の持ち主達が、父を月に連れて行ってしまったのだ、と。
父は、これが最後と知っていたのだろう。
……普段は照れてしてくれない頬へのキスを、自分から進んで行ったのだから。
毎晩、毎晩、本人だけが忘れてしまう夢をサーリーは見ていた。
……その、あまりに痛々しい寝姿に。
乗合馬車で知り合った者達は、こぞってサーリーの世話を焼いていたのを本人だけは知らない。
そして。
マイとディル、サーリーの3人が出逢った日の夜。
サーリーは、夕食の後に猫髭亭にやって来たフェールから……プレゼントと称して、子供用のベッドを貰い眠ったのだが……。
夢のせいで魘され、父を呼びながら涙を流している姿を同じ部屋で寝ていたマイとディルムッドが気付いた。
2人は顔を見合わせ、そして自分達の眠っていたベッドの真ん中にサーリーを運び、そのまま川の字になって横になった。
2人の体温や気配を感じるお陰なのか、この日からサーリーが魘される事は殆ど無くなった。
初日以降、子供用ベッドは使われる事はなかった。
だから、今。
サーリーが夢の中、口走った言葉を聞いたのはマイとディルムッド……そして、彼女の友人達だけである。
サーリーが瞼を開けば、彼女にとって当たり前の世界が広がっていた。
『サーリー! マイが卵を焼いてる! 目玉焼きだよ!』
『サーリー! ディルがマイに抱きついてたから、卵が少し焦げたよ!』
『でも安心して! 焦げてるのはディルが食べるからね!』
『もうすぐアニスが焼きたてのパンを持って来てくれるよ!』
『サーリーの好きな果物も、朝市でディルが買って来たの!』
『『『『『あ。おはよう、サーリー!』』』』』
赤、青、緑、茶、紫の光がサーリーの頭上でクルクル回り、その光は甲高い声でサーリーへの朝の挨拶を口にした。
「ふあぁ…………ぉはよう〜」
「あ、おはようサーリー!」
「……おはよ」
サーリーの挨拶に返事をしながらマイは朝食の仕上げを、ディルムッドは寝起きの悪い少女の目を覚まさせ様と、頬をぺろりと1度舐めた。
これを見たマイは、ディルムッドにおたまを向けて叫んだ。
「こらディルっ、サーリーが可愛いからって寝起きの女の子ぺろぺろしないの! それセクハラっ! ほら、さっさとアニスさんからパン貰って来て!」
「セク、ハラ……!?」
大好きな嫁の一言で、ディルムッドは尻尾と四肢をだらりと床に投げ出し半泣きになった。
……獣人の価値観とマイの価値観、歩み寄りを見せるのはもう少し時間が必要らしい。
その時、部屋の扉をノックされた。
マイが返事をしながら扉を開ければ、そこにはアニスが立っていた。
アニスの持つバスケットの中には、焼きたてのパンが入っている。
「はいはい、遅いから約束のパン持って来たよ! ……おやサーリー、またねぼすけなのかい?」
「……んーん、もう起きたぁ……」
『『『『『起きたぁっ!』』』』』
サーリーの目に映る世界はいつも鮮やかで、賑やかである。
色とりどりの光の粒が世界を彩り、今日も自身の周囲を飛び回る手のひらサイズの精霊達がきゃっきゃうふふと笑って楽しそうだ。
……もっとも、マイ達の目にその光景と精霊の姿、声は認識出来ないのだが。
光の粒は、空気中に含まれる魔力。
サーリーのステータスには≪魔力高感知≫があり、その為彼女には光って見えている。
サーリーの頭上で騒いでいる精霊達も、この周囲の魔力の粒が凝縮され意思を持った存在である。
赤いトカゲが火の精霊サラマンダー。
青い金魚が水の精霊ウンディーネ。
緑のインコが風の精霊シルフ。
赤茶のモグラが土の精霊ノーム。
そして、黒い蛇が闇の精霊である。
闇の精霊に、名前はまだ無い。
それはまだ、この幼い精霊の役割が決まっていないからでもある。
この世界において、火・水・風・土の精霊は多数存在しているが、闇の精霊は全部で7体……聖の精霊に至っては一体だけしか存在しない。
世界で確認されている、名前のある闇の精霊は強欲・色欲・怠惰の3体のみ。
……サーリーの側にいる、この小さな闇の精霊もいずれ役割と名を貰う事になるのだが……。
それもまた、少し先の話である。
「「「いただきます!」」」
丸テーブルの前で、3人はマイ流のあいさつをしてから仲良く朝食を始めた。
今日のメニューは目玉焼きと具沢山(鶏肉入り)のポトフ、アニスが焼いたこんがり丸パン。
デザートにはカットされたりんごとバナナ(ヒヒの森産)が用意されている。
体の大きなディルの朝食は勿論山盛りになっているが……何故か、彼の目玉焼きだけ両面焼きの焦げる一歩手前まで加熱されていた。
……いきなりのハグとぺろぺろ付きのちゅーに、マイが慣れるのはかなり先の話である。
「サーリーと私の分は、いい感じに半熟やからね〜」
サーリーの視線が目玉焼きに固定されたのを見て、マイはそう言った。
「そう……ディルのだけ、なんだかガリガリね?」
「ぅ……気にしちゃ、駄目な時もあんねんで?」
「……ふぅん?」
サーリーは首を傾げながらも目玉焼きを頬張り、丸パンを一口大にちぎってこちらも口に放り込んだ。
褐色肌で分かりづらいが、頬がうっすらと桃色に染まっている。
ディルムッドもがつがつと音がしそうな程の勢いで朝食を平らげていくが……そこには上流階級らしい上品さが感じられた。
無くなったポトフのお代わりを貰いながら、ディルムッドは目玉焼きを口の中でガリガリと鳴らしながら咀嚼した。
……その表情は、マイ曰くの「にぱ〜」である。
「もぐもぐ……ガリガリも、おいひぃ……マイのご飯、何でも美味しいから……俺、好き!」
「ぶむっ」
ディルムッドの笑顔に噎せたマイは、サーリーに背中を撫でられている。
一日中よく見られる光景な為、サーリーもすっかり慣れたものである。
「……だ、大丈夫?」
「……誰の、せいやと…………次、調理中に抱き締めたり……ぃ、色々してきたら……ディルのオカズ減らすからなぁ!」
「ぶにゃ!?」
(ひどい!?)
3人が出逢ってからの食卓は、いつもこんな感じだった。
あまりに賑やかで、うるさいわっ、とアニスに突撃されるのも少なくない。
……しかしサーリーは、このうるさいくらいの食卓を、とても気に入っていた。
「……ぷふ。マイ真っ赤〜」
『『『『『真っ赤〜きゃはははは!』』』』』
「言わんといて〜!」
「……にゃ、かあいい」
「いや私舐めんとご飯食べてぇや!?」
この日も、いつも通りの賑やかな食卓が続く。
サーリーの目に映る世界はいつも鮮やかで、賑やかである。
それは自身の能力と、精霊達が護り、サーリーの周囲が優しさに満ちる様努力していたからでもあった。
……だが、精霊達も感じていた。
モンスターの活性化がこれ以上進めば、どうしようもない事を。
まだまだ弱い自分達では、愛しいサーリーを守りきれない事を正しく理解していた。
……だから、精霊達は助言された通りにサーリーへと囁いたのだ。
『ねぇサーリー』
『あっちに行こうよ!』
『そう、あの光を追い掛けるの!』
『あの真っ白のキラキラだよ!』
『……懐かしいでしょ?』
「……うん!」
マイ達と出逢う前、サーリーは精霊達の案内で前へ前へと進んでいたのだ。
その紫紺の瞳に映る、白く光る魔力で出来た道を辿って。
そう。
サーリーと精霊達にとって、真っ白のキラキラは懐かしい色だった。
……自身と同じ、≪精霊の愛し子≫であった父を溺愛していた……聖の精霊の持つ色だったから。
サーリーは、聖の精霊の名を呼んだことがない。
父以外に名を呼ばれる事を精霊本人が拒否していた為……お気に入りの絵本から付けたあだ名で、サーリーは勝手に呼んでいた。
聖の精霊本人は嫌がっていたが、サーリーは気にせず呼び続けた。
……だから、彼女は最初、こう呼びかけていたのだ。
「……やっと見つけた! 王子様!!!」
サーリーのお話は一旦終わります。
次回からマイ視点に戻ります。




