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ツクヨミ……月読命って漢字や表記は諸説あるらしいけど。
天照大神、素戔嗚尊、そして……月読命。
私の生まれた日本の神様、三貴子の内の1人やねんけど!?
クズ野郎セルの発言に私が混乱しちゃってる間に話はまとまったらしく。
気付いた時には教会から出て来た彼女、シスター・ミラの案内で私達3人は教会の中に足を踏み入れていた。
ちなみに騎士2人は交代時間になったらしく、新しい見張りとチェンジ。
今頃、仲間の監視の下、教会側の宿舎にて夕食の支度に取り掛かっているらしい。
……シスターにバレた場合が怖いので、彼等に味方は居ない。
とは、交代した騎士達の台詞である。
はっはぁ!
空腹になりながら、料理したら良いよ!
私にとってひもじい思いは、切ない通り越して地獄です!
晴れ晴れとした気分で教会内部、特に壁一面に埋め込まれた幼い天使と誰でも思い浮かべそうな神様っぽい人をモチーフにされたステンドグラスを眺めた。
うんうん。サーリーも綺麗に輝くステンドグラスに興味津々や。かあいい。
シスターはそんな私とサーリーを微笑ましげに見てから、ディルに視線を向けた。
「本当にごめんなさいねぇ。一方的に偏った意見を鵜呑みにするのは駄目だと、いつも言っているのですが」
少し霞んだ金髪に垂れた青い瞳のシスター・ミラは、おっとりとした話し方にぴったりの美しく優しい微笑みを浮かべていた。
そんなシスターの謝罪に、ディルは頭を振った。
「いい。気に、してない……」
ディルの言葉に、シスターも予想していたのか苦笑していた。
「貴方様は、いつもそうおっしゃいますからねぇ。……あの子達も、余計に気にしてしまうのねぇ」
「……ああ〜」
「「?」」
不思議そうに首を傾げる、精神とリアルちみっこ2人組みには分かるまい。
シスターが言いたいのは、あの教会の騎士2人はディルに自尊心刺激されまくっていたって事なんやろう。
元実力派軍人で、今は単独で優秀な冒険者。
性格も可愛く優しくて、外見も可愛くカッコいいディル。大事な事なんで、可愛いは2回言いました。
つまり……うん。
大人とは、ちょっと悲しい事や悔しい事があったら、無い物ねだりでひがみっぽくなんねん。
別名、八つ当たりという。
「サーリーちゃん、だったかしら?」
「う、うん……そぅ」
シスターはサーリーの前に屈むとにっこり笑った。
サーリーは私とディルを交互に見て、体の大きなディルの背中に隠れてシスターを伺いだした。ひょっこり可愛い。
シスターもそう思ったのか、笑顔がふやけてだらしない表情になってる。
あれは、生来の子供好きやな。
「ふふ。そんな怯えなくていいわよぉ? 確か、儀式をしに来たんだったわねぇ。……あの祭壇前にある魔法陣の上に、どうぞ」
シスターが指差す先には、教会の神父や司祭が立つような場所と賛美歌用っぽいピアノがあった。あれが祭壇かな?
その祭壇の前の床に、子供1人立つのがやっとなサイズの円形の中に、三角形や象形文字みたいなうねうね模様で描かれた魔法陣がある。
思ったより、小さめ。
後はこの魔法陣の上に立って、創造神様の声にお任せすれば良いから、とシスターに促されたサーリーは。
「……ふ、2人も……一緒、良い?」
それでもやっぱり不安が残るらしく、私とディルを交互に見上げて一緒に行こうとするサーリー、可愛い。めっちゃ可愛い。
ディルもなんか悟り開いてる感じがする。サーリーの頭ぐりんぐりん撫でてる。
はっ……これは、やべぇ。
私とディル、まさかの親バカ適性、ありだったり?
「……ま、魔法陣に入らないんで……側にいるのは、良いですか?」
「……シスター」
私がシスターに声を掛けると、ディルも一緒にお願いするみたいに声を出した。
……ああその潤んだ瞳、凶器や!
「んぐっ……あらあら、随分な過保護ですねぇ。……そうですね。魔法陣に入らないなら、構いませんよ?」
……今、誤魔化してたけど。
シスター、ディルの涙目にダメージ受けてたな……まさか、ライバル? ライバルなの?
「……」
「?」
……おっとり系美人でボンキュボンな彼女と、ふっつーの顔でペチャパイの私。
……勝てる要素、ないよぅ(涙)
心の中で血涙流しながら、私とディルは許可をもらえたサーリーに促され魔法陣の前に立った。
そして深呼吸を繰り返した後、サーリーが魔法陣に足を踏み入れるのをディルと共に私は見つめる。
踏み入れた途端、ふんわりと魔法陣に白い光がともり……私達は浮いた。
「「「え?」」」
そこでパチン、と景色は切り替わり。
「くすん……意地悪なんて、した事ないのに……」
真っ白の部屋、真っ白の家具に、真っ白な幼女。
白に統一された部屋の中、白いソファに縮こまる半泣きの幼女(神様)が居た。
えっ!? いやいや待たんかい!?
今の色々おかしいからちょっと泣かんと説明して!!?
私があわあわ驚いていると。
「……ここ、神様のお家?」
「……そぅ、みたい?」
ディルとサーリーは特に慌てる事なく周囲を見回してた。
うん。……あんたら結構余裕やな。慌ててる私がアホみたいや。くすん。
まあそのお陰で私も落ち着いたけど。
私達の声に反応した神様は、よろよろと覚束ない足取りでソファから立ち上がった。
いや、どんだけさっきのでダメージ受けてんのこの神様。
「……ああ、急に呼んで悪かったのぅ。マイに少し話もあったから、ついでに一緒に来てもらった」
「え、私?」
サーリーのついで、ではなく?
「そうじゃよ。……まあ、先にサーリーのスキル振り分けをしようかのぅ。手を出しておくれ?」
「……は、はい!」
自分とあまり変わらない外見年齢の為か、それ程怯える事なく繋いでいた手を離したサーリーは、神様に近寄り素直に手を差し出した。
ディルはサーリーの背後で、そんな2人を……というか神様凝視してる。
そうしてちみっこ同士(片方は神様)が手を繋いで数回ぶらぶら揺らしたら……あ、これはまさか。
「…………ぅうゔ〜」
私の時と同じく、頭痛を伴いながらの知識の受け渡しが完了したらしい。
今度はサーリーがへたり込んじゃった。
うんうん。地味に痛いよね、それ。
「ふふ。スキルの項目だけだからのぅ。一晩眠れば落ち着くから、どんなスキルを選ぶかゆっくり考えると良いよ」
「…………ぅ、うん!」
サーリーは白いソファに座り込むと、うんうん可愛く唸って考え出したみたい。
ちなみにこの時、ディルの手を握って2人一緒に座った。
……どんなスキルを使いたいか、それは本人が決めないと駄目だからね。口出し無用よね。
サーリーを見守るのはディルに任せて、私は白い幼女……創造神ツクヨミ様に向き直った。
「……それで、私に話って?」
まさか、異世界あるあるな理不尽極まりない特殊依頼が発生したとか?
……勇者とモエちゃん居るから、それは無いか?
「ああ。ショータ達にはちゃんと話したが、マイだけ先に送り出したからのぅ。……大切な話だから、顔を見てちゃんと伝えたかった」
「……な、何?」
確かに、私の旅立ちは慌ただしかったからなぁ……わざわざ呼び出すんやからな。緊張する。
「この世界の異変が正された時、ショータ達は元の世界……日本に帰る事が出来る。本人達もそれを望んだ」
「!」
……え、帰れる? 日本に?
なら、……私……も?
「……あの2人は、事故に合わんからのぅ。元の時間軸に戻しても問題無い。……だがマイが帰りたいと望んだ場合、元の時間軸……事故の直前に帰るしかない」
「いやいやちょっと!?」
それ死ぬってことやんかっ!
デッド・エンドはノーサンキューです!
私の形相に、ツクヨミ様は安心しろ、と笑ってくれた。
「ふふ、最後まで聞け。……だからマイが日本に帰りたい場合、あの時間にどこかで産まれる赤子として転生する事になる」
「て、転生!?」
まさかの、本気で赤ちゃんからの人生やり直し!?
そして、この時。
私の背後にあるソファに座る2人の表情が変わった事に気付いたのは、勿論ツクヨミ様だけである。
私は動転していて、気配も何も気付く事なく話を聞いていた。
「そうじゃ。マイが帰り、また望むなら記憶を持ったまま赤子となって生まれ変われる。勿論、このまま≪リヴァイヴァル≫で暮らし続ける事も可能じゃ。それも伝えたかったのじゃ」
急な話だからゆっくり考えておいてくれ、とツクヨミ様は慈愛溢れる優しい笑顔を向けてくれた。
……でも。
「……そういう事なら、私、帰らないですよ」
両親のお墓は、親戚の人達が面倒見てくれるし。
仕事はちょっと気になるけど、今は冬休み期間で大掃除と別注のパン焼くくらいでそこまで忙しくないし。
「……結論を急ぐ事はない。ゆっくり考えたら良いよ」
「……そんなんじゃないですよ」
だって……帰った先に。
ディルとサーリーは、居ない。
両親の事故の後。
私が退院してから親戚の人達は自分達の暮らす地元に来ないか、と何度も誘ってくれた。
高卒で、働き始めたばかりの私を心配して。
持ち家だったから家賃の心配は無いとはいえ、土地とかの諸々税を払いながら思い出の詰まった家に住み続けるのは辛いんじゃないか、と。
……それでも、私は家から離れなかった。
あの優しくて、賑やかで、楽しい両親を1つだって忘れたくなかったから。
どうしてかな……ディルとサーリーを見てると、あの楽しかった家を、思い出せるから。
だから。
「こんなにも幸せなのに……勿体無くて、帰れませんよ」
ディルだけじゃない。
私も、私だけの家族が欲しかった。
そんな、私の今の心を見ていたのだろう。
ツクヨミ様は、慈愛と儚さを混ぜ合わせた様な……今にも消えてしまいそうな、不思議な笑顔を私に向けてくれた。
「……そうか、そうか。マイはこの世界での生を望んでくれるか」
「ええ。お気遣いには感謝します」
私に選択肢を与えてくれる分、ツクヨミ様は良心的な神様だわ。
結構理不尽な神様、多いらしいし。主にネット小説の中とか。
「うんうん。……良かったのぅ、ディルムッド。お主の嫁はこの地に骨を埋める心積もりじゃ」
「え」
そういえば2人共静かやな、と背後を確認しようと思ったら。
私は力強い腕に羽交い締めにされた。
息苦しさに下を見れば、逞しいディルの足にサーリーもくっ付いてるのが見えた。
「…………マイ、は…………帰ら、ない……?」
「…………おわかれ、……さみしぃよぅ」
力強過ぎる腕とは正反対な、弱々しいディルの泣き声と、すでに泣いてるサーリー。
「……ぁ、あっは」
……ディルとは出会ってまだ10日位だし、サーリーなんて今日知り合ったばかりなのに、こんなに懐いてくれて……可愛くて、可愛くて……信用してくれてるのが、見てるだけで分かっちゃって。
……凄く、嬉しいなぁ。私まで涙、出ちゃうやん。
「……帰らないし、お別れもしません! 私の家は、帰るのは……2人の所って勝手に決めちゃったから! ……まぁ、2人が他に家族作りたい場合はお別れするのもやぶさかでは」
「「駄目」」
「ぐふっ」
サーリーは兎も角っ、ディルさんディルさんディルムッドさん首っ!
私の首ぐきってしたっ、へし折れちゃっ……ぅん?
へし折れるくらい首を後ろにひねられ、動けない私の口に……ふにっと、やらかいのが触れた。
私の目の前。
青みがかった灰色の、もっさり前髪の隙間からディルの綺麗な金色の瞳があるって事は……え?
「「きゃっ!」」
ちみっこ2人(片方は神様)が両手で顔を隠して照れてる。
……え?
「ん…………マイ、俺達と……ずっと、一緒。……ね?」
「…………、ぁぃ」
「……ぅん。いい子」
そう言いながら私の唇から離れたディルは、今度は私の頬を指先で撫でながら、笑った。
動悸が、全く治まらない。
今、私の頭は茹だって使い物にならない。
色気、なんて陳腐な言葉は彼に似合わない。
ディルの浮かべるこの表情は……蠱惑的、と呼ぶのが相応しい。
そして。
ディルの口付けによる驚愕と動揺と羞恥で岩の様に固まってしまった私は、更なる混乱に陥ることになる。
「マイ……俺の、お嫁さん。……真っ赤で、かあいい」
妖しく瞳を輝かせたディルが、抱き締めた私の頬に擦り寄ってきて……?
「ひっん!」
い、今! ぺろってした!
ぺろってみ、耳舐められた!?
ま、まって……いつものじゃれ合いと、全然ちゃう!?
い、今の……今のはスケベなヤツやっ!
つまりはちみっこが見てる前で、ディルがスケベに耳舐め……てきたって事!!?
なんで!!?




