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前回の物悲しい終わりに、しょんぼりしてくださった心優しい皆様方。
大丈夫です。今回のお話は、前回の雰囲気を少しぶっ壊し気味なお話だと思います(え)
サルーの町に来て、1週間と少し。
現在、私の鋼(?)の決意が激しく揺さぶられております。
早朝。
私はアニスさんと2人、宿屋の調理場に並んでそれぞれじゃがいもとお肉の下ごしらえをしていた。
「マイ、今日も早いっ」
アニスさんは棘の付いた金槌っぽい道具で大量の肉を叩き、私は自前のピーラーで大きなボウル4つ分のじゃがいもを剥いていたら……ディルが足音無く背後に近寄っては、来ない。
火を使ってる時、又は包丁や料理道具持ってる時に突然タックルしてくるのは禁止にしてるので、タックル前には必ず一声掛けられる。
そして。
私の返事を待たずにすっぽり包むように抱き締めてくる。私のお腹部分で手を組まれて逃げられない。
……うん。隣から、呆れ通り越した怒りによる殺気を感じる。
……うん。しばらく頑張って働け私の平常心!!!
「はいはい私は今お仕事で忙しいんですから離れましょうねぇ〜」
私はディルに視線を向けず、目の前のじゃがいもに集中。
すると、邪魔になると分かったのかディルがゆっくり離れていった。
……良し。アニスさんの殺気が和らいだ!
「……ぅ、……アニスだけ、マイ、独り占め……ぐるるぅ」
あ、ディルの不穏過ぎる唸り声に殺気が復活した。
「ちょっと何威嚇してんだいっ!? ……まったく人聞き悪い事言うんじゃないよっ、ギルドに出した依頼をマイが受けてくれただけ! ……ぁあほら、アンタは個人依頼受けたんだからさっさと行け!!!」
そして鬼の形相になってディルを睨んでるだろうアニスさん。
……あかんよ、ディル。アニスさん、今お肉叩く用の金槌持ってるから。そのままやと、頭、カチ割られるから!
「そぅ、だけど………………ぅ……にゃぅぅ」
悲しげな鳴き声にちらり、と後ろの様子を伺えば……。
あ、もっさり前髪で目元隠れてるけど……尻尾がこれでもかってくらいダラけてるし。
うーん。そろそろ出発しないと、約束の時間に遅れるよなぁ。こんなテンションで仕事はないなぁ。
しゃーない。ディル専用兵器を出そう。
「はーい。本日のお弁当はディルの好きな鶏肉多めな特大オムライスと、オヤツにバナナマフィンがありますよぅ!」
「にゃっ!」
私は≪アイテムボックス≫から容量1リットル入るタッパーと、お茶の入ったボトル、紙でくるんだマフィンを取り出しディルに差し出した。
タッパーの中には中々重みのあるオムライス。
玉ねぎと鶏肉とケチャップで味付けしたご飯の上にオムレツを乗せ、炒めたきのことアニスさんに分けてもらったトマトソースをタッパーのよすみ、その隙間に入れた王道オムライスである。
ちなみにオムレツの上からソースかけないのは、タッパーの蓋に全部付いちゃうから。
あ、色気のないタッパー弁当なのは、それくらいしかディルのお腹を満たせる量の入れ物がなかったから。
お、良し良し。尻尾がピーンと立ったなぁ。
「晩御飯は、……そうや。確か≪ツインズ≫がお土産で川魚くれたから……カリッカリに揚げて……甘酢あんなら、作れるかな?」
アニスさんとこのワインビネガー使えば、ちょっと洋風ちっくなお料理になるかなぁ。とろみは……片栗粉まだあったかな。後で探そう。
小魚の下味に、香草混ぜた塩で味付けしたら……うん、多分いけるっ!
甘酢あん作らんでも、そのままでも食べれるやろ!
あ、≪ツインズ≫とは兄カールと弟キール、双子冒険者のパーティー名。ちなみに20歳やってさ。
「さかにゃ…………頑張って来る! 行ってきます!」
「「ごふっ」」
後光さえ感じる破顔したディルは、尻尾を機嫌良く揺らしながら(私達にはダメージ与えながら)マッハで(魔法で加速して)旅立ちました。
ディルが受ける個人依頼は、私が≪結界≫あるから大丈夫と言ってもディルが怯える程……レベル差があるモンスターが相手らしく。
立て続けに指名されてしまったので、この1週間程、私は留守番。
まぁ、確かに依頼の殆どがAランク(レベル60相当)やもんなぁ。レベル15の私やとやっぱ不安かな?
(自分以外の強いオス相手に見せたくないだけ、と知ってるのはポルク爺さんと双子だけである)
……一回、Sランク(レベル80相当)の依頼もあったみたいやねんけどな?
それは流石にちょっと心配やってんけど、アニスさん達が「いや余裕だから」とか自信満々に言うから……留守番受け入れてんけど。気休め程度に1日しか保たん≪結界≫はがっつりしといたけど!
……まぁ、何日か帰られへんやろなーって思いまして。
その日の早朝、出発前。
晩御飯を「照り焼きチキンと、かぼちゃのサラダにする予定やから≪アイテムボックス≫にいっぱい作って置いとくな!」と唐揚げ弁当(大盛り)を渡しながら見送れば。
その日の夕方6時に、ディルは帰ってきた。
……討伐依頼、しっかり完了させてから。
しっかりがっつり、おかわりしながら照り焼きチキン、食べてたよ?
……本来なら数日かかる様なモンスター討伐を、私の夕飯目当てで無双して日帰りしてるなんて。
知っているのは、きっと私達だけやな。
ディルが出発してから数時間。
朝からの仕込みを終え、おやつのバナナマフィン片手に一服していた私はアニスさんに声を掛けた。
「アニスさん」
「……なんだい」
「ディルが可愛すぎて辛い」
「それ昨日も一昨日も言ってたわっ!」
「だって〜」(涙)
本日の依頼、アニスさんが経営する宿屋兼酒場『猫髭亭』の昼営業と夜用の仕込みのお手伝い。
昼は食堂、夜は酒場として機能してる猫髭亭はご飯が美味しいと町でも人気らしく、常連さんは多い。
私は夜、ディルと一緒にご飯食べたり明日のお弁当とかの仕込みがあるから、基本夕方まで。
8時間働いて8000ギル(日本と物価ほぼ同じだから8000円)
しかも昼食付き、オヤツのつまみ食いオッケーという優しい職場。
……ちなみに。
宿に泊まった次の朝。
アニスさん達に見送られながら、私とディルはギルド登録とパーティー登録の為に冒険者ギルドに向かった。
……まあ。
先に服屋さんに連れられて、高級そうなローブ着せられてんけど。
……何でかお買い上げなんやけど。ディルが。
……家族の服、買っちゃダメなの?
みたいな感じで涙浮かべて見つめてくるから、今回だけ奢られましたよ!
値段さえ見せてくれへんって、めっちゃ怪しいねんけど!
(聖者のローブ:聖属性持ち専用装備/聖魔法威力2割UP/全属性魔法耐性中/自身のステータス守・護2倍/そんなローブのお値段、うんびゃくまん円也)
そんなこんなで、ぐったりしながらギルドに到着。
あ、私のギルド登録は滞りなく終わってんけど……水晶玉に手のひら乗っけるだけで、水晶玉からぺっ、とカード吐き出されるとは思わんかった。雑いよ、扱い(涙)
まあ貰った身分証カードに、異世界人とか余計な文言は表示されなかったからラッキー!
――――――――
≪マイ≫
●種族:ヒト
●レベル:15
●魔法属性:聖・火・水
●使用武器:銃
――――――――
と、こんな感じの簡易説明しか載ってない。
魔法はスキルポイント振り分け量多い順で並ぶけど……どんだけ振り分けたか、どんなスキル所持してるかは秘密。個人情報、大事やからね。
スキルの≪鑑定≫は、人相手には発動せえへんみたいやしな。
そしてお次は、ディルとのパーティー登録。
ふふふふふ……ディルと私のパーティー名、何になったと思います?
ディルの熱烈な可愛いお強請り攻撃にあった私は……抵抗虚しく。
パーティー名≪ニクジャガ≫の名の下、ディルの仲間になりました(涙)
(実はこの時、ギルド内ではディルムッドが少女とパーティー組んだ事に動揺走りまくった冒険者が大多数居たが……ニクジャガの破壊力に、マイは気付かなかった)
そしてパーティーの証として、ディルと私の魔力を宿した石を埋め込んだ腕輪と首飾りがギルドから支給された。
魔法で作られてるから、追加メンバーが現れても魔法で石を埋め込むだけで大丈夫らしい。これは無料でしてくれる。
初期費用は1セット3000ギルで、これを身に付けていればある程度距離が離れていても、石に宿した魔力の持ち主である仲間の安否が何とな〜く分かるらしい。……何とな〜く、便利なのかな?
……あ、話が逸れた。
ディルが私に注ぐ愛情は、家族愛。親愛の類い。
私の恋愛感情とは、違う。
分かってる。分かってるんやけど……っ。
「私のご飯、美味しいって食べてくれる顔見る度に惚れ直しちゃうのおおおおおおっ!」
あの幸せそうな「にぱ〜」が憎ら可愛いすぎなんやああああ!!!
「いや知らんがな」
「あっはっはっ今日もマイちゃん面白いな〜」
「流石は英雄のパーティー≪ニクジャガ≫のメンバー! 変わり種だ!」
「それ褒めてないいぃぃ!!!」
昼の定食を食べに来た常連さん達(フェールさん達は居なかった)と会話しながら、休憩を終えた私は給仕に皿洗いにとてんやわんやになりながら叫んだ。
いや、実は私って小中学校におろすパン作ってたので。
……工場勤務に、接客は畑違いというか何というか。
まあ、やってみて楽しいんやけど!
腕掴もうとする馴れ馴れしいおっさんの足踏みながらの接客は、ちょっとめんどいっ!
そして、夕方通り越して夜。
この日ディルが帰ってくるのが遅いのもあって、アニスさんにお給金サービスするから、と少しだけ残業を頼まれ働いていた所。
「………………ぐる………がるるぅ」
「「「「「ひ、ひぃい〜っ」」」」」
私の接客中に帰って来たディルが、酒場にもなってる一階食堂でお客さん相手に肉食獣の気配纏って荒ぶっていた。
「ど、どうしたのディル!?」
あの優しくて憎ら可愛いディルが、ディルが……漢らしくてカッコいいだとお!
(そこはお客さんの心配しろ!byアニス)
「……マイ………だって、だって………ぐる、がるるるっ」
ディルは私の腕と顔を見つめた後、酒盛りしていたお客さん達を睨みながら唸りだした。いや何でや!?
「あ〜〜……マイ! ここはもう良いから、ディルムッド連れてっとくれ!」
「え、あ……はーい! ……ディル、行こ?」
「……にゃう」
アニスさんの言葉に私が近寄り腕を引けば、ディルは小さく頷いて素直に歩き出した。
「……………………マイに、もう…………触らないで」
(この時立ち止まったディルは殺意が込められた無表情でした)
「「「「「はい!」」」」」
(お客さんは色々大切なのがちびりそうでした)
「ん? ディル何か言った?」
(前歩いてたから気付きませんでした)
「にゃ!」
(なんでもない!)
「んぐっ……そ、そう?」
「あーあー分かったから、早く行きな!」
(ディルムッドの奴、当たり前に嘘つく様になったわ。……ふふ。マイが悲観する必要、全く無いね!)
アニスさんの怒鳴り声(顔は笑ってたけどマイは気付かず)に追い立てられ、私達は借りっぱなしにしている宿の一室で夕食。
私の≪アイテムボックス≫はMaxなので時間停止付き。
最初、あんまり理解してなかったんやけど……つまり冷たい物は冷たく、あったかい物はあったかいまま劣化する事なく保存出来る、という事らしい。
マジで便利!
なので本日の夕食は、出来立て熱々で放り込んでた小魚の唐揚げと洋風甘酢あん(片栗粉あった)
あと、きのこたっぷりのお味噌汁と白米。
甘酢あんは、好みあるやろうから自分でどうぞスタイルで。
うん。それでは2人テーブルに向かい合って、いただきます。
「はふはふ……おいひぃっ! もぐもぐ、もぐもぐ……………………ね、マイ」
「むぐむぐ。ん、もうおかわり?」
相変わらず、食べるの早いなぁ。
あ、ディル若干猫舌入ってるからお味噌汁は先に入れとこ。
「うんっ……はっ、ち、違う! ぁ違わない、けど…………にゃ……」
「ん?」
(ディルの茶碗の白米を山盛り漫画盛り中)
……何?
もじもじしてるのめっちゃ可愛いから止めて欲しいねんけど。鼻血出る。
「次から、は…………俺、マイと一緒に依頼、したい。……駄目?」
ディルは薄っすら頬を染めながら、金色の瞳を潤ませ首を傾げた。
若干お口もぐもぐしてんの、かあいいっす。
てか、……え。
ディルと、一緒に?
「……ううん! 駄目じゃ無い! ……ちゃあんと、私でも出来る依頼からにしてね!」
私も、留守番ばっかりは嫌やったから!
私も、ディルと一緒に冒険したい!!!
「……っうん! マイと一緒、嬉しい!」
(にぱ〜)
「んんぐっ」
鼻血通り越して吐血を我慢しながらの夕食を終えた私は、ディルが武器の手入れをしている間にシャワーを浴びてからの就寝準備。私と交代でディルも行った。
それにしても……お風呂文化、ここ獣人の国≪デカラビア≫ではあんまり広がってないらしい。
水石と火石を使ったシャワーはあるのに……湯船が、恋しい(涙)
そんな小さな悲しみを乗り越えてからの就寝。
……いえ、修身(意味:自分の心とおこないをおさめ正すこと)の時間になりましたね。
「……あ、あのね、ディル?」
「ぅに……寝る、の」
うん。ディルは寝付きも良いし寝起きも良いよね!
いっぱい働いたから、今日も早々におネムやんな!
……分かってんねんけど。けどな!?
「うん。寝るのは良いの。寝るのは良いんだけど……同じベッドは……せ、狭いよね?」
「んぅ………………………………マイは、ここで、寝るの」
「ひっ………………ハイ」(涙)
色気たっぷり含ませた様な極甘声を耳元で囁かれ。
私は昨日と同じく、今日も早々に撃沈した。
私は、現在。
上半身、裸で寝ちまうディルと同じベッドで眠っとります(涙)
……今は寝巻きの長いズボン履いてるけど、初めパンイチで寝ようとしてたからね! 鼻血出るとこやったからね!
寒いのに服を脱ぐの、ホンマに何でだろうねぇっ!?
しかも、服の上からでも分かる筋肉美を、私の前に晒すだけでは飽き足らず!
しっかりがっちり抱き締められ、くっ付いて寝ろって……なんの、ごほうび……はっ、違った拷問!!?
ディルの眠りが深くなるにつれて腕も足も尻尾も絡んで来てめっちゃ恥ずいんやけど!
心臓やばいんやけどなぁ私やっぱ死ぬんかな!!?
……オマケに時々ディルの手や尻尾が、乙女の秘密的なお腹とか、お尻とか、……む、胸らへん行ったり来たりする時の居た堪れなさがハンパないのっ!
寝相やって分かっててもっ!
ちっさい子に何させてんの私って思っちまうのっ!!!(心の中で号泣)
心の中で荒ぶっていた私は、ディルの拘束により胸板から顔を上げられない状況だったので…………気付かなかった。
「……………………かぁいい」
私と出逢ったあの日、あの時から。
実は彼の中で、急速な変化が起こっていたなんて。
その、誰をも魅了する……蠱惑的と呼べる笑みを見ていたら。
その後に浮かんだ……泣き笑いの顔を、見ていたら。
私もきっと、気付いただろうに。
虎にゃんこ。
実はこっそりがっつりオスなんやー。
マーキングまがいのスキンシップ多いっすねぇ、のお話でした。
来週は、勇者と賢者の今をちょろっとだけ。
追記
内容はほぼ変えず少し書き直しました。




