14:ディルムッドサイド2
その髪は小柄な体にしては床につくほど長く、白く。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳を銀色に輝かせた、愛らしい幼女。
異世界≪リヴァイヴァル≫を創造した神は慈愛に満ちた微笑みをディルムッドに向け、自身の背後に立つグリードにも笑いかけた。
『ふふ。グリード、お前がヒトに振り回されるとは珍しいのぅ』
『……創造主よ。アレはヒトではなく、幼児です。我とて、子供相手に大人気ない真似は致しかねる』
『……遊びに付き合わなかったら町を滅ぼそうとした奴の言葉とは思えんが……まあ、今は良いよ。さて、ディルムッドよ』
「…………」
ディルムッドは警戒しながらも、何処か懐かしさを幼女から感じていた。
まるで、昔から見知っている隣人……同郷の者達と再会した時と同じ懐かしさだった。
『そう警戒するでない。ワシが居る限り、グリードは悪さ出来んよ。ワシも、何もせぬ。信じてほしい』
ディルムッドは小さく頷きながら目の前の存在を思い出そうとしたが……昔の事は、一部霞みがかっていて無理だった。
そんな事もお見通しだというように、幼女の姿をした神は微笑んでいた。
『ふふ、ありがとう。…………ディルムッドは、また失うのが怖いのだろう?』
「っ!」
ディルムッドはまた尻尾を膨らませ、怯えた表情(知り合い以外には無表情に見える)で白い幼女を見つめていた。
『ああ、そう怯えるな。無理に答えなくても良いよ。……そうさなぁ……うん。丁度良いスキルがある。これを持つ者なら……モンスターや精霊には殺されないだろうな』
「…………え?」
白い幼女の言葉に、ディルムッドはこの世界の月を思わせる金色の瞳を見開き、グリードは楽しげに笑った。
『ほう! もうそんな時期でしたか?』
『もう、そんな時期じゃ……さぁ、ディルムッド。望みを口にして良いよ』
「ぇ……え?」
ディルムッドは困惑しながらも白い幼女を見つめた。
白い幼女は優しく微笑み、ディルムッドの頭を優しく、一度だけ撫でた。
『知っているよ。……お前がずっとずっと、欲しがっていた事。……欲しくて欲しくて堪らなくて、結果壊してしまった事もワシは知っているよ』
「!!!」
ディルムッドは、白い幼女から目が離せない。
『もうすぐ、時は満ちる。……時が来たら、お前の前に、お前の望みが現れる。だから、口にしろ。言葉にしろ。言葉は、力だから。……ディルムッド。お前は、何が欲しい?』
我が叶えるはずだったのに、と小声で文句を言うグリードを無視して白い幼女はディルムッドを見つめ返した。
数秒か、数時間か。
時間の感覚が麻痺していたディルムッドには分からないけれど。
「…………………………………………か、ぞ……」
『うん』
「っ………………ころ、されない……かぞくが、……ほしぃ」
そう口に、言葉として絞り出すのに。
ディルムッドは、残っていた気力をほぼ使い切ってしまった。
『……うん。お前の望み、確かにワシらが聞いたぞ。……グリード』
『はっ!』
「!」
白い幼女の言葉にグリードが腕を振れば、ディルムッドの意識はそこで途切れてしまった。
その後。
ディルムッドは≪ヒヒの森≫入り口で座り込んでいたのを、迎えに来ていた同郷の双子冒険者に発見された。
ズタボロにされていた装備は新品の様に輝き、防御力だけでなくディルムッドの持たない闇属性耐性まで過度に付加されていた。
その禍々しさから≪強欲のプラチナメイル≫、と双子の弟に名を与えられた鎧は、今でもディルムッドの身を守っている。
落ち着いてから確認すれば、特別スキルボーナスを10p与えられていた。
……だが、ディルムッドは未だにこのポイントを使えないでいる。
(……望みが叶ったら、使おう)
一種の、願掛けだった。
あの時、森から町に帰る途中で。
ディルムッドは思い出していた。
まだ自分が幼い頃。
兄の様に姉の様に慕っていた、白い幼児と遊んでいた事を。
その姿は友人達には見えず、秘密の友達だった事を。
……面差しが、ほんの少し、神を名乗る存在に似ていた事を。
(あ、今日だ)
その出来事からサルーの町では英雄と呼ばれ、周辺の町からも指名されながら依頼をこなしていれば、2年はあっという間に過ぎた。
その日。
ディルムッドは目覚めた時に理解していた。
迎えに行かなければならない、と。
早朝、闇の精霊と戦い白い幼女と出会った≪ヒヒの森≫関連の依頼を1つ受け、ディルムッドは早々に旅立った。
あの日以降、幾度訪ねても闇の精霊の住処には辿り着けない。勿論この日も無理だった。
仕方がないので襲ってくる猿を退治したり、依頼品の薬草を集めたり、夕食用にとキノコや野鳥を手に入れたりしたディルムッドは、野営場所として普段から使っている広場(自分で草を刈って作った)にやって来た。
彼の望みは、まだ叶っていない。
「……………………まだ、かな?」
忘れたかった望みを、白い幼女が思い出させていた。
だからこの2年、ディルムッドの頭の中は1つの事で一杯だった。
「…………俺の、家族…………」
だから、猫目の満月の今夜。
まるで、月が涙を零したような光を空に見た時。
ディルムッドは居ても立っても居られず、木の上に駆け登っていた。
そうして出会ったのは、不思議な衣を纏った……小柄で愛らしい、人族の少女。
色々あって、彼女に夕食を作ってもらい。
ディルムッドはその味に夢中になった。
そして。
早々にカラとなった器を見た少女が「おかわりします?」と……差し出してくれた手を見て。
ディルムッドは自分の望みが叶った事を理解して、やっと心の底から笑った。
次回、マイ視点に戻ります!
追記
内容はほぼ変えず書き直しました。




