134:閑話
今回は前半にぃねえちゃんことアオツキ視点、ラストちょこっとだけ第三者視点で進みます。それでわ!
ノーランに近寄ろうとする火龍を威嚇する僕に、とても低く平坦で、しかし心配している事が分かる雰囲気のラースの声が念話として届いた。
『……このままで、宜しいのですか』
その言葉は火龍にではなくその後ろにいる勇者に黒騎士……マイ曰く、天使と呼べる美貌の男へと向けられていたのは容易に想像がついた。
『……王都に帰れば直ぐに知られる事だ。構わない』
それでも拗らせている僕は素直に応じる事が出来ない。ほんの少し困った雰囲気のラースに僕はチラリと視線を向けた。
『そうではありません。……その方は』
『ラース』
名を呼べは、無表情に反して哀しみを宿した紫紺の瞳が見える。
『僕がアイツに気付いたのは、本当に、ついさっきなんだよ。信じられるか? 10年以上側に居たのに、僕は分からなかったんだ。今は霧が晴れたみたいにアイツの魂が良く見えるのに。……ラース、改めて思うよ。本当に神というのは横暴で自分勝手だ。必要だから、と用意した次の瞬間には不要だと切り捨て無かった事にするんだから。……もう、僕達だけで良い。アイツはもう、何も知らないままで良い』
ラースは、無言で此方に顔を向けた。ルシファーの威嚇の声が轟く中、僕等はそのまま念話を続ける。
『……、ツクヨミは』
『彼等と共に、旅立たれました』
きっとあなたが理解した瞬間に、と続いたほんの少しの寂しさを滲ませる声音に、それが事実なんだと僕は実感できた。
『うん。本当に……結局全部丸投げじゃないか……』
この世界に囚われた異世界の魂達は、マイの活躍と≪名無しの軍団≫の消滅で戒めを解放された。しかしそれは天井のある窓の無い部屋の中に紐の切れた風船があるのと同じで、どこにも行けないのと同義だ。……だから、彼等を在るべき場所へ、外へと運ぶ窓と風が必要だった。
彼等の世界へと続く窓を開ける為に、運ぶ風となる為に、ツクヨミは持てる力その殆どを使ってこの世界から去った。
狂っていた心を癒す為に創ったこの世界を、さらに心狂わせながら愛していたのに。
……まぁ、諸々の後始末とか全部放置していったけど。本当に自分勝手だ。泣きたくなる程、腹が立つ。
『……あなた様は』
『……うん。ツクヨミに取られたからな。この残されたこの役割を、僕は全うしよう。……幸か不幸か僕を欲しがる馬鹿が居るし、道連れにする』
『彼こそがそれを喜び、また望まれるでしょう』
まぁ僕の事関係なく……ノーランは喜ぶだろうけど。
『ふ、そうだな……ラース、この世界の憤怒。お前はどうする?』
『……我が誓い、この世界滅びるその日まで変わる事なく』
憤怒の化身と言われるこの精霊は、どの精霊よりも静かに是と……サーリーと共に在る、と答えた。
その激情を顔に出す事なく、誰にも見せず。その姿は恋を自覚した僕とは大違いだ。
『ラースは凄いなぁ……僕は、そう思えなかったよ』
恋に狂った精霊は情緒不安定になる。それこそ叶わぬ恋なら消滅を望む程に心が狂う。その筈だけど……ラースがサーリーへ向けるその心は、僕がノーランへ向ける心と何が違うのか。
何処かで見聞きした、恋と愛は意味が違うって事なのか?
そう伝えながら僕の浮かべた苦笑を見たラースは念話を続けた。
『……この千年、サーリーを失う恐怖に晒された我が身は狂気に満ち……我が記憶には残ってないのですが、我が慟哭、共に在るサラマンダー達が悲しみ、怯え、恐怖し、……役目から逃げたくなる程であったと』
いや、お前もかい!!!
何だよ! ずっと一緒に居たサラマンダー達のラースに対する腰の低さ、何か変だなぁと思ってたら……お前もとち狂ってたのかよ! 八つ当たりしてたのかよ! 属性は違うけどやっぱり同じ精霊……僕と同類だった!
『ええいっ避けられたって所で雰囲気だけでしょんぼりすんな!』
そうだよお前寂しがりやだった! 甘えてサーリーの首飾りに擬態して四六時中くっ付いてたもんな!
今の姿と合わせると詐欺としか思えない……くそう見た目って大事だ。
そんな僕の視界の端で、賢者の少女が血のように赤い小箱を掲げて忌まわしい火龍を退場させていた。僕はやっと背後のテントから顔を出してる弟夫婦を振り返った。
「ディル! マイ! もうノーラン叩き起こして良いから! さっさと家に帰るぞ!」
これから僕等も、この世界も忙しくなるんだ。マイ達にまだ説明もしてないのにこれ以上無駄な体力と精神は使いたくない。
「……ふん。今は精々、見物してるがいいさ」
頭上に輝く太陽が、無駄に明るく大きいのが腹立たしかった。
――――――
緊急依頼を終えたパーティー≪ニクジャガ≫が家に帰り着いた頃。
≪ユートピア≫王都、エイデン城にある秘密の中庭で変化は始まっていた。
≪ユートピア≫は他国に比べ気温が低く、また季節によって雨や霧、雪も多く日照時間が極端に短い。そんな国で、珍しい曇天模様ではない空には爛々と輝く太陽があった。
城下町では緊急依頼が無事終了した事に対する神からの慶事であると喜びに湧いている。
そんな中、この秘密の中庭には1人の男が立っていた。背の高いその男の眼前には大木がある。
男の頭上に見える数多の枝は横へ横へと広がっている。
これこそ≪ユートピア≫の世界樹である。
しかし大人2人でやっと腕が回る程の幹はひび割れ、一部ささくれの様に木の皮が枯れ剥がれている様からは生命力が殆ど感じられない。そして男の頭上のどの枝にも葉は一枚も存在しない。
世界樹は寒い寒期の時期になると、世界樹の葉を1〜3枚落とす。世界樹の葉とは瀕死の重傷、身体の欠損であっても命さえあったなら完全に治せる上級アイテムであり、≪ユートピア≫では王族……王が管理していた。
しかし今から17年前の緊急依頼≪名無しの軍団≫襲来の日。500年に一度ある世界樹の再生の日であり、ひび割れた幹の皮も再生され本来なら今も世界樹の葉となる若芽の枝がある筈だったが……世界樹は再生する事なく、この状態を17年間保っていた。
男……≪ユートピア≫現国王ガルガディア・フォン・ユートピアは頭上の枝から枯れた木の根元へと視線を向けた。
木の根元に、小さくも鮮やかな新芽が芽生えていた。その芽は王の目に見える速度で成長し、伸びた蔓を枯れた幹へと巻き付け始めている。一部の蔓は枝となり、そうして1枚の葉が王の前に芽生えていた。
王は長い時間、その光景を眺めてから…………ほんの少し口角を上げて、笑った。
それは憧憬と憐憫、そのどちらも感じさせる様な曖昧な微笑みだった。
「全く…………遅いぞ、馬鹿者め」
王はそれだけ口にして、世界樹に背を向け中庭を後にした。




