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私がノーランからどうやってお酒取り上げるか考えてたら、ディルが機嫌良さげに尻尾を私の腕に絡めてくる。それを見ながらユーリ王子が口を開いた。
「……ディルムッド。私達はこれから獣人の長達の集会場に一度戻り、ムスタファ達を送り届けた後今回の事を父に……王に直接伝える為にも国に戻ろうと考えている。……お前達も、共に来ないか?」
「王子っ」
ユーリ王子の発言に、アルフレッドさんが非難めいた声を上げる。でもユーリ王子は視線だけで止めた。
「アル。ノーランの事は精霊の、それも聖属性の精霊の為だった。それが事実だ。それに今回の緊急依頼、ナナシ討伐に最大限の貢献をしたのはノーランだ。元々ノーランの行動には何か意味がある筈だと一部の者達は考え調査を続けている。……王も、その1人だ。ストゥルル家を無罪放免にしているのも、王が私とアメリアの婚約を復活させようとしているのも」
「「「婚約」」」
「? ああ。今は解消されているがアメリア……アメリア・フォン・ストゥルルは私の婚約者だったが?」
私、ショータ、モエちゃんの声が被った。そして同時に、交互に、ディルとユーリ王子の顔を凝視する。アルフレッドさんの表情が、暗いままや。……婚約者居たのに、王子様こんな感じなん?
「にゃ。アメリア様、ノーランのご主人様だったの。とっても優しいの。……でも本、乱暴に扱うと、怒る。笑ってるのに、怒るの。……怖かった」
うん、ディル。私が気になったのそこやない。
「……確かに、僕もアメリアには頭が上がらないが……今は、その時じゃない」
そう言って、呆れたかえった表情を隠さないでテントの入り口に現れたのは虎耳幼女姿のアオツキちゃん。
「おかえりー」
「はいただいま。まぁすぐ戻るんだが……おい、そこの賢者の小娘。ちょっと来い」
「へっ!? わ、私ですか?」
ディルの声に手を振って答えたアオツキちゃんはモエちゃんを呼んだ。あからさまに緊張したモエちゃんの姿にアオツキちゃんは苦笑した。
「ああ、そう身構えるな。頼み事があるんだ。……タルファから簡単に聞いたんだが、お前は神からテイム・モンスターを6体まで所有できるスキルを与えられたんだろう? それも各属性一体ずつ、それも餌となる魔力も自動で何とかなると」
「は、はい。この小箱に収納されてる間は私の魔力は減らないです……ただ、戦闘とかで皆がスキルや魔法を使って戦う時は私のMPが減っていくから、私の今のレベルなら箱から同時に出すのは最高2体までだって……」
それを聞いたアオツキちゃんは頷きながらモエちゃんの手を引く。
「僕とルシファー、ラースも魔力を探ったがあの卵はアンデッド化もしていない。……理由は不明だが、普通の、火属性の竜種が生まれるだけだ」
全員でテントの外、馬獣人の父子と雪だるまみたいな精霊、神々しいルシファーの虹色に光る白銀の鱗へと視線を向けた。
「それでも不確定要素が無いわけでも無いが、……まぁ、お前も神からの加護を与えられた賢者だ。チビちゃんも無事に使役出来たしな。問題ないだろうからお前に≪テイム≫してもらおうって事になった。それに……お前自身、戦う術は多い方が良い。幼くとも竜種。その能力は計り知れないぞ?」
「結局は押し付けかよ……おい、俺も行くぞ!」
え……いや、確か最初に≪テイム≫薦めたのショータやなかったかな? 何、責任転嫁? ほらほら、アオツキちゃんも変な顔してるって。
「……はっ。それは良い。お前がマイの側を離れる方が僕もディルも安心だ。ほら、さっさとしろ」
何というか、ショータ。あんた小馬鹿にされてると思う。アオツキちゃんの醸し出す負の感情を理解したのかショータの口も悪くなる。
「なんだよ……ラースって闇の精霊が随分畏ってたけど、ホント、随分な精霊なんだな、アンタ。……ロリコン趣味の変態といいアンタといい……」
そう言って、寝転がるノーランを視界に収めたショータに。
「……ぁ?」
アオツキちゃんの空気が、変わった。
気のせいか、ディルの髪色に良く似た青灰色の大きな瞳の色味が深くなる。
「気安く、見てるんじゃない」
愛らしい虎耳魔女っ子姿なのに、瞳が怒りを宿したせいでショータにとっては恐怖の対象になったらしい。固まってもうた。
「ノーランは、僕の、唯一となった。だから、我が半身たる弟は許そう。我が弟の伴侶も許そう。我が弟の養い子も許そう。……だが、それ以外は許容出来ない」
一度、言葉を切ったアオツキちゃんは勇者を見据えた。
「必要最低限の接触しか、僕は認めない」
「……にいねぇちゃん?」
それは、子供に向けるべき殺意じゃなかった。ショータには思う所がありまくるディルも、少し心配になったのか自身の片割れの視界に映ろうと尻尾を揺らす。
視界には入れずとも気配だけは悟れたのか、幾分かアオツキちゃんの雰囲気が和らぐ。
「ユーリディア王子」
次に呼ばれたユーリ王子は、驚いたように息を飲みながらアオツキちゃんと視線を合わせてる。
「幼かったディルと僕は、お前にも随分と世話になった。だが、それとこれとは話が別だ。……今後、僕の許可無くディルとノーランに関わる事を禁ずる」
「……何故、と聞いても?」
「今、答える意味は無い。何故ならこの決定は覆らないからだ。そしてお前達に、拒否権は無い……ほら、お前達も立て。馬獣人の長が呼んでる」
アオツキちゃんがテントの入り口から離れる前に、寝転がってるノーランの所にふよふよと近寄って……。
「……もう怒ってない。僕はまたルシファーの所に居る。お前の隣にはディルが居る。まだ寝てていい……おやすみ」
「……ん」
どうやらこの雰囲気に寝ぼけ目を開けていたらしいノーランの目蓋を優しく撫でたアオツキちゃんが、ユーリ王子に振り返る。
「……それでも良い、と言うなら好きにしろ。枯れかけの世界樹がどうなっても良いと言うならな」
最後の言葉にユーリ王子が凍りつく様に動きを止めた。反対にアオツキちゃんの顔は、とても可愛く愛らしいものなのに……同じ位恐ろしい。
「我が名は蒼月。月の女神、創造神ツクヨミに月の名を与えられし原初の精霊……同時に、この≪リヴァイヴァル≫に唯一存在する世界樹の精霊。お前達ヒトが、聖の精霊と呼ぶ存在だ。……ユーリディア・フォン・ユートピア。国に帰るが良い。そして世界樹を確かめ、王に問え。そして知るだろう。僕の機嫌は余り損ねない方が身の為だと……お前達以上に、僕にはディルとノーランが必要なのだ、と」
早くしろ、とアオツキちゃんが促せば顔色青くしながら立ち上がりテントを出ていく勇者様御一行と、あんまりな言葉に付いていけない私。
「あ、あんな事言って大丈夫なん? 私達の為に世界樹枯らすとか何とか言って……めっちゃ悪役のセリフに聞こえてんけど……」
「ぅん……凄く、悪役みたいだった」
私とディルはこれ以上アオツキちゃんが怒らない様に、今はノーランの寝顔を死守しようと2人で頷きあった。




