119:決戦9
お久しぶりです!
今回は予約投稿してなかったのでそのまま投稿!
一部血生臭い系の気持ち悪い描写が入ります。
なので、出来る事なら皆さま、にいねぇちゃんを嫌わないであげて下さい(え)
マイ達が空の上で健闘しているその時、ディルムッド達にも決着の時が近付いていた。
「あはははは! あははははっ!!!」
黒灰色の毛色の狼獣人の姿に変化した男は、投げ捨てた武器を拾いながら狂った様に笑い続ける。
肩を回しながらその場で飛び跳ね、喜色を隠す事なく風を切る様に武器を振るった。
しかし拾った武器は狼頭のナナシが扱っていた闇色の泥が滴る棍棒ではなくなっていた。今は纏っていた泥も無くなり……棍棒や魔法使いの持つ杖よりも細い、古ぼけた木の枝が握られているのみ。しかし、男が枝を上下に1度振るうとその形状を武器へと変えた。枝は棍棒に、短剣に、大剣に、レイピアに、斧に、槍に、鞭に、弓矢にと次々に変化していく。
そうして、最後。男の左手には脇差程の小刀が、右手にはマイと共に転移した男子高校生ショータの持つ刀、鬼切丸に良く似た長刀が握られていた。
「あははははっ! やっと! やっとじゃ! 物の怪の身と成りて幾星霜……ぁああ永かった! あはははっ、何をしておるノーラン・ホーク! 早うしろ! 早う獲物を構えよノーラン・ホーク!」
「ええいっいちいちフルネームで呼ぶな! てか、そんなに殺りたきゃお前からかかって来いや!」
そう言って怒鳴り返すノーランは薄青い炎纏う聖剣を構えながら、その視線は男の顔に向けていた。
男のえぐられた右眼の下、引き攣れた頬から少しずつ乾いた泥が砂の様に剥がれ落ちていく。男の全身の傷からも同様に砂がこぼれる姿に、男の全てが崩れるまでそこまでの時間は必要無いだろう事に、ノーランは聖剣を握る右腕に力を込めた。
「あはははは! 何を言ってる! やっと得たこの機会! 獲物も構えん者に斬り掛かるなど! 勿体ない! ああ勿体ない! 主もそう思うだろうノーラン・ホーク! わしと同じ二刀を好む者よ! わしと同じ戦場を望む者よ! わしはお綺麗な『勇者』では物足りぬ! 慈悲深い『聖女』では物足りぬ! 欲に塗れた主こそ相応しい! だから早う、早う構えよ! 我が望みを! 叶えよ! ノーラン・ホーク!!!」
今の男の瞳は黒々とした輝きに満ちている。確かな死を、滅びを目前にしているにも関わらず、男はこの場の誰よりも『生きて』いた。
「……ぅにゃ…………にゃ、ノーラン!」
そんな男の叫びを正しく理解したディルムッドは、ノーランを呼んだ。そうしてひゅ、と風を切る音と共に放られた物をノーランは視線を向ける事なく左手で受け取る。
自身のスキル≪アイテムボックス≫を弄ってからディルムッドがノーランへと投げて寄越したのは、刃渡りの短い黒い短剣だった。
「それ、魔力を吸って耐久度上がる短剣! 俺の義兄ちゃんになったお祝い……じゃにゃかった、にいねぇちゃんとの結婚祝いに、あげる!」
ノーランの背中にしがみ付くアオツキの刺す様な視線に、ディルムッドは満面の笑みを浮かべながら訂正した。
そう。ディルムッドは不安など何も感じていないといった、満面の笑みを浮かべた。むしろノーランの背中にしがみ付いてるアオツキの顔の方が怯え慄いていた。
その気配を感じながら、ノーランは笑う。
「……はは! やっぱ剣1本だと違和感半端なくてなぁ! 結婚祝い、有り難く貰うわ!」
「えへへ。……俺、ノーランの邪魔しないし、させない。……にいねぇちゃんも、一騎討ちの邪魔したら駄目だよ?」
「ディル! 余計なこ」
「ああ、そこん所は安心していい」
アオツキの言葉を遮ったノーランは、真顔で答えていた。
「アオツキ。お前がスキルで何かしたら≪心眼≫には分かる。だからもし、万が一、お前が俺の命欲しさに一騎討ちに介入したら、俺は俺の右耳削ぎ落として右目をえぐり取ってそのえぐり取った耳も目玉も俺の炎で焼いて灰にしてその傷口に下級ポーションぶっかけて最低限の止血だけして戦闘続行するから」
「僕は何もしないと誓おう!」
アオツキは即答した。脳内ではぐるぐると思考を続けていたが、間髪入れず答えていた。
「……ちなみに全部終わった後、俺が生き残ってても、マイが回復しても、誰が止めても俺は何回でもえぐ」
「しないと誓います! 絶対しないと! 誓います!」
アオツキの思考を先読みしたノーランの言葉に、詳細を想像してしまったアオツキは顔を青白くしながらノーランの言葉尻を消し飛ばす勢いで宣言した。とても大事な事だと言いたげに2度繰り返していた。
服も装備も脱ぎ捨てた上半身裸の状態だったノーランの、土汚れや乾いた血に少し汚れる背中に必死にしがみ付き無理矢理引き離されるのを恐怖しているのか、小さな体をぶるぶると震わせながら。
哀れに映るその姿にディルムッドが身を寄せる。
「みぃ……にいねぇちゃん、絶対だよ? ホントに駄目だよ? ……今のノーラン真顔だから、本当にしちゃうよ?」
「しない! しないから!」
目玉をえぐると言い切ったノーランの表情に、ディルムッドは本気を悟りアオツキを嗜める。アオツキは全力で否定しながら首を横に振り、ノーランの右肩に小さな紅葉の様な手を乗せ自身の頭の左側……ノーランの右頬に頭を擦り付け始めた。
それはまるで、猫が木や建物の角に体を擦り付けてのマーキングによく似ていると思いながら、ノーランは苦笑と共に小さな頭に唇を寄せた。
「はは、想像以上の反応だな…………ま、アオツキが良い子にしてたらしない予定だから、安心しろ」
「ゔゔぅ……な、何も、しないから……このまま僕も連れてけ」
「え、邪魔」
お前軽いけど流石に腕振り抜くのに邪魔だ、と続いた言葉を聞いたアオツキは、恐怖から溢れていた涙そのままに激昂した。
「ゔあー離れないぞ! ノーラン死ぬ時は僕を道連れにしないと駄目なんだ! いいのか僕は世界樹だぞ!? ヒトを呪うぞ世界を呪うぞ!? ………………えぐって灰になるなら僕がノーランの目玉貰っても良いよな?」
アオツキは状態異常・混乱に陥った。
「おいディルムッド。お前の片割れ情緒がヤバイぞ」
「うんうんノーランそれより」
「いつまでコッチ無視しとんのじゃわれぇええええええええええええええぇええええええええええええ!!?」
その叫びと共に、律儀に今の今まで待っていた男が血走った目のままノーランへと飛び掛かる。
ナナシとして闘っていた時同様、男は両手の刀を太鼓の鉢を振り下ろす様に何度も何度もノーランに叩き込む様に長さの違う刀を斬り下ろす。
「っはあ? だから、俺は好きにかかって来いって言っただろ!」
ノーランはその背にアオツキを背負ったまま、両手の剣で刀を受け止める。
「じゃかあしい! 名乗りも挙げずに剣を交えるは恥なんじゃっ!!!」
「ぁあ!? ……、……、それもそうだな!」
数度の攻撃を受け止めたノーランは男の脇腹を蹴り飛ばし距離を設けながら、右手に聖剣、左手に黒い短剣を装備しながら歯を見せて笑った。
「そりゃ悪かったよ! 俺の名はノーラン・ホーク! ……国と家を出た身だから、家名は無くても良いが……ま、お前を殺す男だって事を覚えてりゃそれで良い!」
ノーランの言葉に、憤怒の表情だった男も機嫌良さげに笑う。悪意を隠そうともしない歪んだ笑みに、アオツキは震えながらも首を傾げていた。
その笑みに、既視感を覚えてしまったから。
「我が名はナナシ! 物の怪に堕ち、物の怪の数多の人格、その内の1つとして存在し続け幾星霜! 家名も、真名も、苦悩も、絶望も、遥か彼方へ消えよった! そんなわしに残るモノなど……最早コレのみ!」
そう言って、男……ナナシは頭上に両手の刀を掲げた。
「全て消えた! 誰かと交わした約束も! 誰かと目指した目標も! だから殺す! 我が魂に残るは矜持のみ! 我が魂に残るは武を競い凌駕せよと叫ぶ、ケダモノの本能のみ! だから殺す! 必ず殺す! 何度でも! 殺す! ……だから呼ぶがいい、ノーラン! わしを、名無しと!!!」
男は、自身を名無しと笑った。ノーランに名を名乗れ、と言っておきながら。男は狂喜していた。
男にとって価値あるのは自身に残っている矜持から来る建前。殺した相手の名を刻んだ墓を建てる……現実に出来るかどうかは別として、そんな、生前の名残りを辿る事のみが、男に残っていた望みだった。




