118:決戦8
終わらなかったパート2
それでも宜しかったらどうぞ!
どれだけの時間、そうしていたのか。
倒しても倒しても何処からか溢れてくる敵に、教会のシスターや騎士、冒険者達は心も体も限界が近付いていた。
彼等は≪結界≫に守られながら、しかし半数以上は≪結界≫を失った仲間を庇いながらの戦闘に疲労を濃くしていた。
見捨てろ、と庇われる誰かが言った。即死ではないが足手纏いにはなる程の怪我だったのか、その声は懇願に近い。しかしその言葉は即座に否定された。
リカルドに死ぬなと言われただろう、と庇う誰かが叫んだのだ。
アンデッドに殺され、その身を穢され、愛する者に、仲間に牙を向けてしまった時が我等の敗北なのだ、と続けて誰かが叫ぶ。あちこちで同意の声が上がった。
だから生きねばならない。黙って守られろ。死んで敵の戦力になるなど赦さない……そんな誰かの声が続いた時、その場の全員がその通りだと奮起の雄叫びを上げた。冒険者も騎士も関係無く守り、守られながらの闘いがつづく。
そんな中、空から雪が降り始めた。ふわりと揺蕩いながら光を反射し、淡く輝く様がとても美しい雪だった。
しかし今の季節は暖かい陽期。サルーの町がある獣人の国≪デカラビア≫は、例え寒期であっても雪は滅多に降らない。そんな土地に季節外れの雪が降っている。冒険者達の1人が、その雪に見えるモノが小さな魔力の塊である事に気付き次の瞬間に触れるな、と叫んでいた。新たな敵の先制攻撃なのではと警戒した為だった。
冒険者達はその声に従い雪に見える白い光を振り払いながら闘った。しかし光に触れたアンデッド・モンスターが、まるでブリキの人形の様に動きを鈍らせ、そのまま固まって動かなくなったのを見て動揺した。そして冒険者の1人が光に触れた時、負傷し血を流していた腕の痛みが和らぎ止血までしてみせた。
冒険者達から歓声という名の轟音が周囲に轟いた。
『皆! もうちょいやから……私も頑張るから! 皆も、もう少し頑張って!!!』
そんな、冒険者達の心に光の粒を通して呼びかけたのはサルーの町を救った英雄のツガイ……冒険者達にスキル≪結界≫を施した『聖女』であるマイの声だった。
「ああ……神よ! 感謝致します! 創造神ツクヨミ様は我等を救う聖女を、英雄たる者の元へ遣わして下さったのですね!」
教会に仕えるシスターの感涙による鼻声混じりの声に、騎士も冒険者も感動の涙を目尻に浮かべながら闘った。
淡く白い魔力のヴェールを纏った青空に、珍しく白い三日月が浮かんでいる。その空からは白く、美しく輝く雪が降る。雪は聖女の人々を癒す超広範囲の回復魔法であると同時に、アンデッドの動きを封じる事が出来ていた。……愛する者さえ襲う哀れなアンデッドに聖女の慈悲の心が通じたのか定かではない。それでも、倒されるアンデッドの表情が安らかなのが答えだと闘う誰もが悟っていた。
サルーの町で闘う者達はこの日、奇跡を体感した。
凡そ千年、人々に恐怖を与え続けた≪名無しの軍団≫……この永い闘いの終わりを、誰一人失わずに立ち会ったのだから。
――――――
時は、ほんの少し遡る。
ヒューリッヒの藁人形とルシファーのブレスによって巨大烏を退治した後、マイはスキル≪鷹の目≫で此方に高速で向かってくる2つの影を見付け口に一升瓶を咥えたまま大きな呻き声をあげていた。
「う? …ぅうゔおんびっ……え、ぃひゃあおん!? いひゃーおんや!!!」
1つは剥き出しの頭蓋骨が砕かれ頭を3割程失っていた、ルシファーの3倍以上あるだろう長大な体に数多の裂傷を抱える黒いアンデッドの飛龍。そしてもう1つはその黒い飛龍を追い掛ける、黄色味の強い朱色の竜種。
額に2本の角があり、朱色のトカゲに蝙蝠を思わせる翼を背負った……それはマイの良く知る某ゲームの、火属性最終進化モンスターに似た姿をした竜種、ファイアドラゴンだった。
ファイアドラゴンはルシファーより一回り大きい程で、大型のトカゲを思わせる頭もルシファーとはそう変わらない。飛龍に追い付こうと高速で飛んでいるのはマイの目にも良く分かった。
……にも関わらず、マイにはファイアドラゴンの額に生えた角と角の間に仁王立ちする小さな人影が見えた。波打つ黒髪をツインテールで結んだ手のひらサイズの冒険者、ピクシーのファレン・ファンファンが顔を真っ赤にしながら角を掴み必死に恐ろしいまでの風圧に耐えていた。
「みみみ見付けたわよーっ、るーしーふぁー! ……そのっ黒いのにっ! ブレブレブレブレスしまくりなさぁい!!!」
口を開くたび、風圧で煽られ言葉が揺れるのも仕方の無い事だった。
『わ、分かったのぉおおおおがぁおおおおおおおおおっ!!!』
『グギャギャアアアア!!?』
ファレンが風圧に煽られながら何とか紡いだ指示にルシファーは応え、その裂けた口から白銀のドラゴン・ブレスを放ち黒い飛龍へと直撃させた。
中空で痛みにのたうつ様に身をくねらせる黒い飛龍に追い討ちの様に第二、第三のブレスが直撃する。
その隙に、ルシファーに騎乗しているマイとヒューリッヒの元へファレンを頭に乗せたファイアドラゴンが近寄っていった。
「良しっ流石は統べるモノの聖龍! ちゃんと効いてるわね!」
「そのファイアドラゴン……いや先ず、これはどういう状況なんだ」
ヒューリッヒのもっともな言葉に、ファレンは自身の首と肩をこきこき鳴らしながら口を開く。
「え? えっと、サーリーと北門行ったらあの親玉っぽい竜種が居て、色々あって無属性攻撃が通じるって分かって、後もうちょっとっで倒せるって所まで追い込んだのに急にダメージ通らなくなって……丁度、この町をぐるっと覆う≪結界≫の色が変わり始めてからよ。なぁんか、弱点属性が突然変わったみたいで。どうしようってなった時に隙をつかれて逃げられたから、空を飛べる私達が追い掛けたのよ! 後……私も色々聞きたいんだけど?」
そうして息継ぎ少なく説明を終えたファレンの視線の先には、今の状況でも一升瓶を咥えたままのマイと、そのマイに上級エーテルを振り掛け続けるヒューリッヒが居る。ヒューリッヒが手短に状況を説明すれば、それなら、とファレンはルシファーの攻撃がしやすい様にマイとヒューリッヒにファイアドラゴンに乗り移る様に促した。
「良いわねセイロン!」
『ぎゃう』
「ふえっ!?」
マイの驚く声と顔を尻目に、ファレンはマイとヒューリッヒをファイアドラゴン……セイロンの背に移動させルシファーを自由にした。
「説明は全部が終わってから! さあルシファー! マイ達の事は私達に任せて、貴方はブレスしまくりなさぁい!」
『るる……でもルシファー、ディルに頼まれたの……』
「……ルシファー、行ってきて」
ごくん、と咥えていた一升瓶を最後まで飲み干したマイは、ルシファーの背中を押す。
「あのゾンビ飛龍がダンジョンの核なら……倒し切るのはアレやけど、出来るだけ闘って弱らせるのは必要やと思う。私の今の仕事が効果あるんかの検証にもなるし。……私は、敵を倒す力ちょっとしか無いから……こんな裏方の、皆のサポートしか出来ひんから……だからルシファー。私の代わりに、私の分までディルとサーリーを、ノーランとにいねぇちゃんを、守ったってや。……私達の家族、守ってぇや」
そう言って、マイは少し意識しながら眉間のシワを深くした。
「勿論、ルシファーも無事やないとあかんで?」
『マイ……るる……うん! 行ってきます!』
そうして、ルシファーは黒い飛龍と闘う事になる。
ルシファーの白銀のブレスを受けるたび、徐々に体を小さくしていく黒い飛龍にマイは自分の行いが無駄では無いと確信していく。
ヒューリッヒから新たに酒瓶を渡され飲み込みながら、そんなマイに襲い掛かるモンスターから守る様にヒューリッヒは藁人形を操り、ファイアドラゴンは火のブレスを吐き出し対処していった。
そして、そんな中。ファレンが歌い始めた。
多用は出来ないらしいが、ファレンは歌に自身の魔力を込める事で、歌を聴いた味方が魔力を使用する負荷を抑える効果を付与出来るらしい。マイ達の負担を少しでも減らす為にファレンは歌っていた。
その旋律は美しく、マイとヒューリッヒは知らなかったが実は北門でノーランに聞かせたものと同じで、今度は歌詞が付いていた。
『雨、土、照る月灯り
雲は晴れ 高い空へ
歌え 踊り狂えや
月映る水面で
星なく 照る月灯り
雨は遠く 森は眠れ
唄え 踊り狂えや
月沈む水面で
雨、土 照る月灯り
雲は晴れ 高い空へ
謳え 踊り狂えや
神眠る水面で』
繰り返されるその歌は、希望に溢れている様で何故か物悲しい。マイはまだ自身が幼い頃に見た、巫女が神に捧げる為に歌って踊る神楽を思い出していた。遠い昔、幼い子供らが口遊んだ祀り唄に似ていると思いながら、マイは≪闇結界≫へと魔力を送り続けた。
この闘いが早く終わる様に願いながら。
愛する誰かが傷付く前に、死んでしまう前にと望みながら。
その無意識化で行われた慈悲と慈愛の心は、サルーの町で闘う者達に最善のカタチで届く事になる。




