116:決戦6
第三者視点で進みます。それでも宜しかったらどうぞ!
「にゃ……闇の、精霊? ……強欲のグリードと、同じ?」
アオツキとナナシの言葉にディルムッドが金色の猫目を見開く。
「暴食のグラトニーって……おいおい、ナナシで闇の精霊って、本気で言ってるのか?」
ノーランは薄青い炎を噴き出す聖剣を構えながら、≪名無しの軍団≫の団長ナナシ……本人とアオツキ曰く闇の精霊、暴食のグラトニーを剣先で指し示した。
「精霊っつうのは其々の属性、それも高純度の魔力の集合体な筈だろ? ……肉体を得た精霊だとしてもナナシは生臭過ぎるぞ」
アオツキやサーリーの友人である精霊達、それだけで無く人魚の村ローレライを守護している水の精霊リヴァイアサンの様に肉体を得た精霊をノーランは見ていた。そしてノーランは、目に見えない魔力を視認するスキル≪心眼≫を持っている為、ナナシの在り様はそんな精霊達とは別物だと断じていた。
ナナシの存在感は、肉体を得てなお純粋な魔力の集合体である筈の精霊とも、血肉を持つヒトとも異なる。ノーランから見てナナシは精霊でもヒトでも無い、モンスターに分類される存在だった。
そんなノーランの疑問に、アオツキは顔色悪く答えた。
「……それは、グラトニーの持つ特殊スキルのせいだ。同じ闇の精霊でも、彼等は与えられた『大罪』でそれぞれスキルが大きく異なる。憤怒のラースは自身の感情の起伏で攻撃力が増大する≪激情≫を……グラトニーは、食べたモノを全て己のモノにする≪悪食≫を、持ってる。ヒトが食物を栄養とする様に……モンスターや精霊、ヒトのステータスやスキルを取り込む能力だ」
「にゃ!? それじゃアイツ、食べただけ強くなれるの!?」
「そうとも言える、が……デメリットも大きい」
蒼褪めるディルムッドに対してアオツキの沸切らない答えに、眉間にシワを寄せたノーランが舌打ちで返した。
「ちっ、どんなデメリットだ」
「……僕がスキルを使うのだって、色んな制限があるだろ? ラースも≪激情≫の影響で日常生活での感情の吐露が酷く難しいんだ。……グラトニーも同じだ。自身が食べた、と認識したモノを自身に取り込める≪悪食≫は食べた対象のステータスも、スキルも、習得されていた技も取り込む。……でも、それだけじゃない。食べた存在の言動も、記憶も、人生も、その魂の有り様も、余す事なく取り込んでしまうから……グラトニーは所謂、多重人格者なんだ。誰かを食べた分だけ、人格が増えていく。……強くなれば成る程、己が存在を目減りさせるのが暴食のグラトニーという精霊なんだ」
「みっ……!」
アオツキの言葉にディルムッドは蒼褪める。グラトニーと呼ばれた≪名無しの軍団『団長』ナナシは、闇色の泥を撒き散らした大地に膝を付けながら、周囲を気にも止めず空へと視線を向けたままだった。ノーランは眉間のシワはそのままに納得する様に1度頷いた。
「つまり食べれば食べる程、グラトニーはスキルやステータスが強化はされるが……いや、それにしちゃあ俺達の攻撃が通り過ぎてる。人格ごとにステータスとスキルが切り替わる可能性の方が高い、か……ぁあ兎に角、グラトニーの自意識は無くなっていくんだな? 精霊っぽくないのは食べたモノで肉体にも変化が起こるから……か?」
「そうだ。僕の知ってるグラトニーは肩までの長さでサラサラな黒髪、サーリー位の背格好の少年姿だった。……姿だけじゃ無い。昔と今とじゃ、魔力の質も、気配も何もかもが違う」
アオツキは、その表情を憐みに染めながら首を横に振り口を開く。
「≪悪食≫というスキルの恐ろしい所は、グラトニーが愛おしいと思った存在にしか発動出来ない事だ。誰かへの友情が、恋慕が、愛憎が、同情や憐憫でさえも……グラトニーにとっては「おいしそう」になるんだ」
それこそ、スキル名が≪悪食≫となった所以でもある。
可哀想、守りたいと感じる庇護欲。愛しているから側に居たいという愛情。そういった感情が強ければ強い程、≪悪食≫には抗えない。拒絶する事は、永遠の飢餓の合図となる。そして、その苦痛を他の精霊には理解されない。
魔力の満ちたこの世界で、精霊達の魔力が枯渇する事はまず無いからである。
言葉が無くともその事に気付いたディルムッドとノーランは眉間のシワを深くした。
「にゃう……」
愛する者しか食べられない哀れさにディルムッドはその金色の瞳を潤ませたが、ノーランの表情は厳しい。
アオツキはノーランの背中から声を張り上げる。グラトニーとの距離は、6メートル程空いていた。
「グラトニー! お前はっ! 何故、此処に……≪名無しの軍団≫として存在している!?」
「アオツキ…………ごめん、ね? 僕……あの子、を……初めての、友達、だったから………………食べちゃったんだ」
舌足らずな語りではあるが、雑音の無い幼子の声はディルムッド達に容易に届いた。
「その初めての友達というのは……ナナシなのか。≪名無しの軍団≫の『団長』を、お前は食べたというのか!?」
「…… ≪名無しの軍団≫なんて、知らない。……僕は、泣いてるあの子を……助けたかった、だけ。……望まれたから、……うれ、しくて…………食べた。食べて、喰べて、………………あの子が愛した者ごと……僕は食べ続けただけ」
グラトニーは、狼頭を頭上に固定したままだ。
「……ぁあ、懐かしい。ルシファーも来てくれたんだ、ね」
その言葉に、ディルムッド達は白く染まりつつある≪闇結界≫だった空を見上げる。
雲と雲の切れ間。高速でジグザグに飛行しながら白銀のブレスを吐き出すルシファーと、同じく闇色のブレスを吐き出しながらルシファーと同じ体格だろう漆黒の飛龍が、戦いながら急降下を続けていた。
しかし……ルシファーの背に、ある筈の人影が無かった。




