115:決戦5
今回はディル達の居る地上戦サイド。第三者視点です。
『ぐるおおおあおおおおおおおっ!!!』
「ふぅしゃああああああああっ!!!」
えぐられた脇腹を再生させながら、ナナシは怒りの咆哮を周囲に轟かせる。そんなナナシを迎え撃とうと、ディルムッドも雄叫びを上げながら右手に白銀の大盾を、左手に赤黒い長槍を装備した状態で大地を駆けた。
ディルムッドの赤黒い長槍にノーランの薄青い炎が宿った事で、防御に専念していたディルムッドも攻撃に参加出来る様になっていた。
重量のある大盾を装備していても、ディルムッドの素早さは変わらない。サルーの町周辺に現れるモンスターなら一撃で倒せる程に攻撃力も高い。状況にもよるがディルムッドは元々両手に武器を持って闘う二刀流。そもそも大盾自体、守るよりも打撃武器として扱う事の多かったディルムッドにとって普段通りの両手に武器状態は闘いやすい。ノーランを庇いやすくなったディルムッドはその素早さを遺憾なく発揮しナナシを翻弄する。
ナナシの巨躯は既に全身の傷から溢れる血と泥に塗れている。傷が癒えるよりも負う頻度がディルムッドの参戦で確実に増えていく。ナナシは怒りのまま絶叫を上げた。
耳まで裂けた口と残った左眼から血と泥の混じった涙を撒き散らしたナナシが、ディルムッドに襲い掛かろうと一気に距離を詰める。ナナシの四肢は3メートルの巨体に見合って長い。間合いを詰めながら両前足に握る、闇色の泥纏う棒状の武器をディルムッドの頭上へと振り下ろした。
しかしその動きをディルムッドは見切り、白銀の大盾で防ぐ事なく軽やかなステップのみで避ける。しかもただ避けるだけではなくナナシの右半身の方へと回り込んだディルムッドがナナシの右肩、それも関節部分を狙って槍を突き刺す。この時ナナシの異様に膨らんだ腹目掛けて大盾を叩き込むのも忘れない。殴られた衝撃でナナシの体は後方に吹き飛んだ。
そして赤黒い長槍の穂先には聖剣とノーランの魔力が宿っている。関節からえぐれた右の前足は勢い良く破裂音を響かせ爆けながら空高く舞い上がった。
「ディルムッド!」
この時、ナナシと距離を取っていたノーランがディルムッドへと駆け寄る。声に振り返る事なくディルムッドはナナシを殴り飛ばした中腰のまま、大盾を自身の顔の横に上向きで構えた。その大盾の上に、ノーランが飛び乗る。
「ぅ……にゃ!」
ノーランが飛び乗った勢いを殺す事なく、ディルムッドはノーランを乗せたままの大盾を殴る勢いで空へと振り抜く。ノーランが握る聖剣は薄青い炎が音もなく噴き出していた為、ノーランの通った場所が青い軌跡を空へと描いていた。
「これならっ……どうだ!!?」
一時的に素早さを上げる風魔法スキル≪ライトニング≫の効果が残っていたノーランは、大盾から離れる瞬間足を蹴り弾丸の様に空へと飛び出している。ディルムッドに殴り飛ばされたナナシへと接近しながら、視線の隅に映ったナナシの千切れた前足とすれ違った瞬間、ただの肉片になる様に斬り刻みながら迸る炎で骨も残さず灰にした。そしてノーランが飛ぶ直線上に居たナナシを、その突き出た腹と心臓がある筈の左胸を重点的に聖剣と噴き出す炎で十数回、ノーランは焼き斬っていた。
『がぁあああああああああああっ!!?』
ぶしゅぶしゅと赤黒い血と闇色の泥を傷口から噴き出させたナナシは、残った左の瞳を憤怒に燃やしながら空気を震わせる程の咆哮をあげながら、ついに膝を付いた。
「痛みを感じる様になったか……心持ち再生速度もゆっくりだし、魔力の供給が滞ってるな!」
「ははっ、そいつは朗報だ! ……マイが上手くやってるんだろうよ」
ノーランの背にしがみ付きながら、アオツキはナナシから視線を逸らさない。今のナナシは≪闇結界≫の外に出たリカルド達も、空で≪闇結界≫の乗っ取りを図っているマイ達も認識出来ていない。そうなる様にアオツキの特殊スキル≪記憶操作≫で弄っているからである。
自他認めて反則的なスキルだがデメリットもある。自身が非戦闘時にしか使用出来ず、また今回の対象はナナシである。ユーリ王子に使用した時と違い半永久的に作用せず一時的、それもアオツキが視認し続けなければ解除されそうな手応えだった為、アオツキはディルムッド達のサポートもせずナナシだけを注視していた。
「にゃ……マイ、頑張ってる。……俺も頑張る!」
ノーランとディルムッドはそれを理解している為、アオツキを認識させない様にノーランは壁となりディルムッドはそんな2人を守っていた。
「マイ、頑張ってる。だって空、明るい!」
その甲斐あってか、ディルムッドが見上げた空は薄雲が大地に降りて来ているかの様に徐々に徐々に範囲を広げている。その光景はほぼ年中霧に覆われているディルムッド達の生まれ故郷≪ユートピア≫の首都を思い出させる。ディルムッドはほんの少し懐かしく思いながら膝を付けたままのナナシの呻き声を聞いていた。
『ぐ、ぅゔ……ぐる、ぐるる、ぐる、るる…………? ………………………………………、ぁ、ぁお、ツキ……此処、……来た、の?』
再生の遅い右の前足が生え揃う前に攻撃しようとしたディルムッド達は、ナナシの声音がまた変わった事に気付いた。
下卑た青年に雑音が混じっている不可思議な声音だったのが、最初に≪異世界の奴隷≫を倒す様に指示していた幼さを今は感じさせる。
『アオ、ツキ…………、やっと……来た、んだね』
戦意を無くしたのか、ナナシは地面に膝を付いたまま空を仰ぐ。数秒静止した後ディルムッド達を……アオツキを見詰めながら小さく呟く。
『空……きれ、い…………気付いて、くれた、んだ…………よかった』
「……あ? 何言ってんだ?」
不思議と聞き取れた小声にノーランは不機嫌に返したが、ナナシはノーランとは視線合わせない。ナナシは、ノーランの背中に背負われたアオツキだけを見つめたままだった。
『…………待って、た。…………待ってた。……僕、みんなを……食べてあげる事しか出来なかったから…………ホントに、待ってたんだ、よ? …………おはよう、アオツキ。相変わらずの寝坊助だね?』
「さっぱり分からん。おいアオツキ、ナナシの言ってる意味分かるか?」
ノーランの問い掛けに、アオツキはナナシをスキル関係無しに凝視する。そして数秒で思い至る。……至ってしまった。
それこそ、信じられない、と無意識に口を滑らせる位には。
「……みんなを、食べる、だと? そう言ったのか? …………なら、お前は…………お前は、グラトニーなのか?」
アオツキの戸惑いながらの言葉に、ナナシは残った左目を三日月の形にして笑う。
『…………うん。そう、だった。……僕の、名前…………グラトニー、だった、ね…………あんまりにも、呼ばれない、から…………わす、れてた』
拙く話すナナシは……自身が闇の精霊、暴食のグラトニーだったと言いながら空を見上げる。
『僕、は……闇の精霊、暴食のグラトニー……だった。……今は、……グラトニーの、成れの果て、だよ』
残った瞳の先で、白い霧で覆われた空から高速で飛来する2つの影をグラトニーは見詰めていた。
 




