112:決戦2
第三者視点で続きます。
それでも宜しかったらどうぞ!
アオツキの仮説は続く。
『そうだ、ナナシを倒しても倒さなくてもダンジョンの核が倒された時点で≪名無しの軍団≫は去って行く。今まで倒されて来た核はおそらく外殻で、中身は無事だったんだ……!』
アオツキはナナシの言葉を思い出す。
そう、ナナシは確かに言っていた。永遠に闘い続けたいと。
この方法なら『副団長』に勝てない弱者はダンジョンの核を狙う為、その場に強者が居ない事が分かる。ナナシは無駄なく望む強者を選べる。
『でもそうなると、ダンジョンがナナシに優遇過ぎるな……ナナシの為にダンジョンがある様な……あああどうなってる!?』
ガシガシととんがり帽子の隙間に手を突っ込み頭を掻き毟ったアオツキの目付きの鋭さが増していく。
『ダンジョンが要なのは間違いないんだ。もし、ナナシが召喚される為に必要なのがモンスターを倒した時に放出される大量の魔力とダンジョンという名の魔法陣なら……おそらくダンジョンを仕切る≪結界≫で魔力は四散しないだろうから、僕達がモンスターを倒せば倒すだけ魔力が溜まる……それならナナシの異常な再生能力も、常時魔力供給を受けられるこの状況なら可能なんだ……ディルから、ナナシを傷付けられる武器は確かに異世界関係じゃないと駄目と報告があった。ナナシだけが、他のモンスターとは明らかに違うんだ。明らかに優遇されてる。ナナシだけが魔力供給を受けているとしたらそれ相応の役割を担っている筈だ。敵対者と対峙する為だけじゃなく、もっと何か……シンプルに考えればナナシが鍵、なのかも知れないが……ダンジョンの核とナナシを同時に倒すのが正解、なのか? いや早計は駄目だ……おチビが北門に残った事にも意味がある筈なんだが……ええいっ! 何故精霊達はおチビからもっとちゃんと話を聞いていないんだ!?』
アオツキの蕩々と紡がれていた言葉は、サーリーの友人である精霊達の存在で一瞬で怒りに染まってしまい、その語尾はマイ達の脳内に強く響いた。
『るるぅ、ごめんがねぇ。ルシファーも聞いてないの……ねえちゃんからもね、連絡まだ無いの……ルシファーから送っても繋がらないの……ぐすん』
「に、にいねぇちゃん落ち着いて」
これにルシファーは落ち込み、ヒューリッヒの人形で体を得た火の精霊サラマンダーはリカルドの頭にしがみ付きながら怯えてしまう。アオツキの視線の向きで、リカルドの背後に精霊達は集合しているらしい事がマイやリカルド達にも分かった。哀れを誘う姿だったが、ノーランの命運も掛かっている為アオツキの怒りは収まらない。マイの肩に座った状態で身を乗り出し、通り抜け出来ない≪結界≫をバシバシと叩きその怒りを発散していた。
この時マイ達の後方では、防御に徹したディルムッドがナナシの攻撃を受けながら、隙を見付けてはナナシの巨体を数メートル弾き飛ばし、体制を崩した所をノーランが斬り刻む。……そして反撃に転じたナナシの攻撃を、ノーランと入れ替わったディルムッドがまた受ける、というのを繰り返していた。というのも、1度ディルムッドが聖属性の槍……ルシファーの母の角を使用した武器でナナシの異常に膨らんだ腹を刺し貫いた所、肉を貫く感触も、血と泥が噴き出す事もなく。それどころか何かに触れた感触さえディルムッドには伝わらなかったのだ。
有り難い事に、今のナナシはディルムッドの干渉を拒み、ノーランにだけ執心なのもありマイ達の動向を気にも留めていなかった。
その事もアオツキに伝わり、ナナシに干渉する為には『異世界』に関するモノが必要なのはもう確実とし、全てを参考にしながらアオツキは思考を巡らせる。ちなみに、ディルムッドからの報告の一部である『ナナシ、俺を除け者にしようとする。ノーランに夢中……ノーラン、俺達のなのにね!』と鼻息荒く告げられた言葉に、アオツキは心の底からディルムッドに同意していた。アオツキの念話での言葉はマイ達全員に伝わるが、マイ達からの念話での言葉はアオツキにしか伝わらない。仮にこの2人の会話をノーランが聞いていたら「何でだよ!」と激しく反応しそうだが……例え3人での会話だったとしても、ノーランの意見が反映される事は無いと思われる。ノーランの人権は、名実共に親友家族と自身の嫁が握っている。
すると、リカルド達とマイ達の居る外界を遮断している≪結界≫に触れながらヒューリッヒがアオツキに向け何事か口を動かした。その声はマイには届かなかったが、精霊達からの念話で内容を知ったアオツキは真剣な表情でヒューリッヒを見返した。どうやら何某か指示を出したらしく双子冒険者カールとキールがギルドの中へと駆け込み、又すぐヒューリッヒの元へと走り寄っていた。
それを確認したヒューリッヒは、≪結界≫越しにマイを見詰めた。
「にいねぇちゃん。ヒューリッヒさん、何て?」
『……ナナシの現れた魔法陣を見つけた時、ギルドに掛けられた二重の≪結界≫……今マイの触れてる、その外側の≪結界≫が1度白く光ったらしい。ヒューリッヒが言うには聖属性の魔力が激しく反応して光った、と言ってる。それから通り抜け出来なくなったらしい……干渉を受けたのはこの外側だけで、内側の≪結界≫は大丈夫らしい』
カールとキールが素早く往復していた理由を知ったアオツキは、思案顔で数秒≪結界≫を眺めたかと思えばマイに視線を向けた。
『マイ、この外側の≪結界≫に≪聖結界≫を重ね掛けしてくれ』
アオツキの言葉に首を傾げながらも了承したマイは≪結界≫に触れた状態でスキルを発動させた。
「≪聖結界≫……っ!?」
その瞬間、マイの視界が霞み意識が途切れ掛けた。ふらついた足を何とか踏み留まれば、自身のMPがごっそり持って行かれている事に気付く。小まめに回復していたお陰でまだ1000程残っていたMPが、50以下になっていたのだ。
「お、おい大丈夫か!!?」
そうしてマイの耳に届いたのは、近距離には辛過ぎる、野太く響く大声。
リカルド、カール、キール、ヒューリッヒ、それに地下シェルターに戻らず残っていたポルクとフェールまでが外側の≪結界≫を通り抜けていた。
ヒューリッヒは無表情ながら納得顔で頷いていた。
「……相反する属性の、それもほぼ同等のスキルだと上書きが可能という事だな」
「……そうらしいな」
「「2人だけで分かり合わないでっ、説明プリーズ!」」
カールとキール、双子特有の以心伝心の叫びにアオツキは表情を引き締めながらマイへ視線を向けた。
「おそらく、マイの≪聖結界≫と……この町をダンジョンとして区切る為の≪結界≫は対極に位置する。正式名称が不明だから≪闇結界≫と呼称するが、ナナシが現れた事でマイの≪聖結界≫は≪闇結界≫に侵食され、乗っ取られ、ただ区切るだけの代物になって通り抜けも不可能となっていた。が……」
「だから我等も、同じ事をやり返したまで」
「……≪闇結界≫に上書きされたから、また≪聖結界≫で上書きし直したって事?」
マイは思い出す。闘いが始まった時、ギルドを覆っていた≪結界≫は一つだった。拠点として、また地下シェルターに隠れる住民の為に≪聖結界≫を重ね掛けしていた事を。
ディルムッドが持つ特殊な槍による広範囲攻撃の威力を危惧したリカルドの判断で、内側にもう一つ≪結界≫を作っていた事で知る事が出来た事実にヒューリッヒは頷いた。
「聖と闇は互いが弱点。闇が出来て聖に出来ぬはそうそう無い。そして今、これが事実として立証出来た。つまりは……」
そう言って、ヒューリッヒは徐に右手の人差し指を頭上に……空へと向けた。
「ディルムッドの嫁の≪聖結界≫は、このサルーの町を覆う巨大な≪闇結界≫も上書き出来る可能性がある」
サルーの町を覆う≪闇結界≫を、≪聖結界≫として上書きする。これまではダンジョンの核であるモンスターを倒し解体されていたが、これから行うのは上書き……つまりは乗っ取りである。破壊する訳では無い為、これまでと同じ現象は起きないだろう事、しかし必ずナナシやダンジョンの核に変化は起きるだろう事をヒューリッヒとアオツキは続けた。
マイがルシファーの背に乗り上空から≪闇結界≫に接触し≪聖結界≫を発動、これを上書きする。護衛に一人付け、と突破口の可能性を説く2人に、しかしマイは顔色を青く変える。確かにこのままディルムッド達の戦闘を見ているだけなどマイには出来ない。しかしギルドを覆う≪闇結界≫だけでMPを1000程使ってしまったのだ。この町を覆う程の≪闇結界≫……残りの上級エーテル全てを使っても足りるのか、そもそも本当に可能なのか……マイに自信は無く、その心にはただ不安しかなかった。
マイはその事を伝えたが、しかしその不安はヒューリッヒの取り出した一升瓶で解決する事になる。
「非常事態だ。これを飲みながらスキルを使え」
「「……っひぃいいい『竜殺し・極み』!!?」」
「ヒューリッヒっ!? マイを殺す気か!!?」
「ちょお待てっ飲んだら死ぬって何!?」
『竜殺し・極み』
薬物耐性を持つ竜種も酔い潰れると噂される既存の酒『竜殺し』に、ヒューリッヒが独自に薬草等をブレンドし熟成させた、エーテルと同じくMP回復が出来る薬膳酒である。
一口飲めばMPを500と大量に回復し、繰り返し飲めば一時的にMPの最大値も上がっていく……自分好みの酒を求めて偶然作り出された、ヒューリッヒ渾身の逸品だった。
リカルドと共に冒険者をしていた当時、その効能を噂で聞いた一部の冒険者達が我先にと買い求めたが……アルコール度数がおかしい数値であり、一口飲んでMPが回復してもHPが瀕死となって倒れ込む者が続出した為、リカルドに取り扱い要注意アイテムと断じられ封印されていた曰く付きの代物である。ちなみにリカルドは倒れた被害者1号である。
これを聞いたマイは、高速で首を横に振りたくった。
「無理無理無理無理酔い潰れる通り越してご臨終なるわ!」
「……なる訳なかろう?」
「いやご臨終一歩手前の人居たんやろ!?」
マイの言葉とリカルドへと向けられる指先に、ヒューリッヒは首を傾げる。
「……ディルムッドの嫁は状態異常無効持ちなのだから、眠りや混乱に分類される酩酊状態にはならんぞ?」
当然だろう、と首を傾げたままのヒューリッヒにマイは怯んだ様に言葉を飲み込む。
その姿に、リカルドにしか分からない程度に目元を緩めながらヒューリッヒは口を開いた。
「……不安がるな、ディルムッドの嫁よ。お前はこの世界とは異なる異世界からやって来たのだ。お前のその言い様、以前のお前は酒に弱かったのだろうが……案ずるな。この世界で、お前は創造神に力を与えられた筈。異なる世界の理の中で生きて来たお前を、この世界に適合させる為にお前は力を与えられている筈なのだ……こう考えるが良い。お前は創造神に新たに造られた生命なのだと。これまで、お前が酔っている状態になっていたというなら……それは、お前の心が勘違いをしているだけだ。お前は、酒に酔わない。全ての状態異常を無効にするステータスを、お前は持っているのだから」
ヒューリッヒの言葉にマイは弾かれた様に首を振る。
「そ、そんなん言われても……っ」
「ルシファーが許すなら、私も共に空へ行こう。お前が『竜殺し・極み』を飲みながら≪聖結界≫を使用する間、私が上級エーテルを振りかけ続ける。町一つを覆う大きさだ……それ相応のMPも、時間も必要だろう。防衛を担うモンスターが現れるだろう。私がルシファーと共にそちらも追い払おう……リカルド」
ヒューリッヒは表情が殆ど動かない為、今この時でさえ精巧に造られた人形の様に見られる。しかし相棒として共に行動していたリカルドには、その顔にほんの少しの喜色を感じ取っていた。
「後を任せる。後は頼む」
「……おう!!!」
「私の意見は!?」
「そんな時間は無い。……見てみろ」
マイの非難の声を簡潔に断じたヒューリッヒは、その視線をディルムッド達へと向けた。
ナナシとの闘いが始まって、10分程経過しただろうか。ディルムッドとノーランは先程と同様にナナシとの戦闘を繰り広げていたが……十数メートル程先で攻撃を受け止めていたディルムッドの息が、上がっていた。それも肩で息をする程に大きく、スキル≪鷹の目≫を使わずともその疲労が見て取れた。
「おそらくナナシの纏う泥は『異世界の奴隷』と同じで、接触する程魔力を奪うのだろう。急激な魔力の減少はHPには現れないが、確かな疲労となる。≪結界≫も一定以上の魔力を吸収されると消える様だな……避けるノーランはまだしも、攻撃を受けるディルムッドの消耗が激しい」
「……ディル」
不安しか無かったマイの表情に一つ、芯が通る。
「今はあの盾で何とか持ち堪えている。……≪結界≫を掛け直しても、根本をどうにかしなければ余り意味は無い。ナナシを、≪名無しの軍団≫を滅する鍵を探る為にも……ディルムッドの嫁。お前にしか出来ない事だ」
ヒューリッヒの言葉に、それでも、とマイはディルムッドに≪結界≫を掛け直した。それに気付いたディルムッドは、マイに聞こえる様に感謝を込めて「にゃお!」と鳴いた。
マイの視線の先には、息を荒げながらも闘志を失わない自身の夫の姿。その姿に、マイは時折現れる弱気になった心を何度も救われていた。
振り返った黒い瞳に、ヒューリッヒは確かな決意を、闘志を感じた。
「……行こう、ヒューリッヒさん!」
ヒューリッヒから託された一升瓶を片手に、マイは己の戦場へと向かった。
 




