111:決戦
前哨戦を長々としちゃいましたので、決戦くらい頑張りたかった。でも終わらなんだ…おのれコロナ!
お前のせいで忙しいやろおかげで私は休日出勤じゃぅああああん!(´;ω;`)
そんな訳で勝手に荒ぶってる私は放っておいて構いません。決戦は第三者視点で進みます。それでも宜しかったらどうぞ!
マイの強がり混じりの掛け声に、ディルムッド、ノーラン、ルシファー、アオツキは眼前で頭から闇色の泥を噴き出すナナシを睨み付けながら臨戦態勢を整えた。
マイとアオツキを背に隠す様に並んだディルムッドとノーランは、それぞれ盾と剣を構え、歯軋りと共に頭を掻き毟るナナシに注視していた。
『ディル、ノーラン。暫くナナシの相手をしろ。ルシファーは背中にマイを乗せて、マイの護衛だ。……全員、返事しないで黙って僕の話を聞いてくれ』
マイ達の脳内に響くのは、アオツキの念話だった。この声にルシファーは素早く応え、マイの股座に頭を潜らせ自身の背中にしがみつかせた。そしてそのまま後方……リカルド達の居るギルドへ素早く下がった。そして念話を開戦の合図としたノーランは、大きく足を前へと踏み出す。その表情は獰猛過ぎる歓喜に満ちていた。
そんなノーランを、仕方無いと苦笑したディルムッドが後に続いた。
そうして、三者の戦闘は始まった。
先手は、自身の素早さを活かしてのノーランの特攻。その姿は雅にさえ感じてしまう剣舞を思い出させるが、ノーランのステータスと聖剣フラガラッハの攻撃力でその一撃一撃は充分な殺傷能力を持っていた。ノーランは手数の多さを武器にナナシの狼頭を、腕を、異常に膨らんだ腹を刻んだが、尋常ではない再生能力を持っているナナシは『守る』という行動を初めから取ろうとしなかった。案の定、受けた傷は血と泥を吹き出しただけで瞬く間に塞がった。痛みも感じていないらしいナナシは攻撃に怯む事なく、その手に握る闇色の泥纏う棒状の武器をノーランの頭へと振り下ろした。
反撃を予測していたノーランは後ろに飛び退き、ノーランと変わる様に前に出たディルムッドがその一撃を受けた。ディランから託された白銀の大盾は、爆音を響かせながらナナシの攻撃を受け止めてもヒビ1つ入らず、これを見たナナシは怒りの咆哮をあげながらディルムッド目掛けて攻撃を繰り返す。その姿は、棒状の武器と相まって力強く和太鼓を打ち鳴らす奏者に似ていた。
『ぐるああ、またっ、またっ! 忌々しいっ! 邪魔をするな虎男おおおっ!』
「にゃ、俺、虎男じゃ、ないもんっ! ディルムッドだもんっ!」
『があぁああああっ!!!』
「……ははっ! ディルムッドは寂しがり屋なんだ! 少しは構ってやれよナナシ!」
「そうにゃ、構え!」
『ぐるがああ! ディランの、……子ども、なんか……ィイイラナイイイイ! 『団長』は、『団長』は……ノーランと闘うんだあああああああああああっ!!!』
「仲間、外れ、めっ、なの!」
ナナシの攻撃を何度も受け止める大盾からは、大型車両が交通事故を起こした様な爆音が響いていた。その音に最初はマイも怯えていたが……互いに攻撃と防御を怠らないのは流石としか言えないが、会話の内容が幼児の喧嘩並みだった。
命の駆け引きの最中であるのに通常運転なディルムッドとノーランにルシファーは瞳を輝かせ、マイとアオツキの視線は心なしか冷たくなっていく。マイ達は羨望とドン引き混ざる視線を男達に向けていた。
『……戦闘狂共は置いといて、精霊達は僕の言葉をリカルド達に伝えろ。……先ず、僕自身がとても有用だとナナシには言ったがアレは挑発する為の方便で殆どハッタリだ。世界樹の加護はあまり当てにするな。精々が聖属性の魔法やスキルの威力が1.5倍になったり、聖属性の魔法やスキルの消費MPが少なくなる位だから。そうだな、マイの回復魔法や≪聖結界≫が強化出来ると思っておけ。……ナナシの呪い系スキルが防げるなら、初めからディランはこの場に現れなかっただろう。意思を取り戻したのは……取り敢えずディランが規格外な奴だと思っていろ。ディルの持ってる盾がどうしてナナシに有効なのかは、僕にも分からない。ディランの盾はどっかのダンジョンで手に入れたらしくてな、何と≪鑑定不可≫のスキルが付いてる。赤い十字からディランの魔力は感じるが……名称さえ謎だからな、こちらも今は置いておくしかない。……不確定要素が多い。ディルムッド、盾に頼り過ぎず、あまり無茶をするなよ? あと、ノーラン! 奇跡的に、偶然、偶々でうっかりナナシを倒すなよ!? ただ倒すだけだと繰り返すだけだ!』
≪結界≫の向こう側でアオツキの言葉を精霊達から通訳されたリカルド達が首を傾げる。それを見たマイが腕を伸ばせば、思いの外弾力のある壁に触れる。空でルシファーに衝突した、サルーの町を覆うダンジョン用の≪結界≫に似ているとマイは思った。そしてやはり、通り抜けは出来ないらしい。
「……繰り返す?」
『繰り返す、の意味は……あの日、僕とディルがナナシが倒されるのをこの目で見た事で分かる事実だ。ディランは確かに、ナナシと同士討ちとなった。だが……こうして倒されてもナナシは復活している。つまり、そのまま倒すだけでは駄目なんだ。ナナシを根本から滅する為には、何らかの鍵、条件が必要なんだろう』
それを探る為の、共同戦線。だからこそアオツキはノーラン1人で闘う事を禁じマイ達を巻き込んだのだから。アオツキの言葉を聞いたマイは、この広場に現れる為に『異世界の奴隷』をさっさと倒せと言っていたナナシの言動を思い出していた。そして数秒後には思い至っていた。
……そこまでノーランと闘いたいなら、勝手に出て来て闘えば良いのに、と。
それにも関わらず、ナナシはマイ達を煽り『異世界の奴隷』と闘わせた。傍若無人な印象しかないナナシだが、一部分だけ、ルールを守っている事にマイは気付いた。そしてその思考はそのまま、アオツキにも伝わっていた。
『そう。マイの疑問に僕も辿り着いた。ナナシは強者と……ノーランと闘いたがっていたのに、己が提示した条件を僕達がクリアするまで出てこなかった。僕は、出てこなかったのではなく出られなかったと予想した。次いで、何故出られなかったかを考え……ナナシ自身が、この場に出られる条件が満たされていなかったからだと予想した。なら、その条件とは何だ? ナナシが僕達に要求したのは広場に現れた凡そ300体の『異世界の奴隷』の討伐だ。ディランの闘った前回と今回では余りに違う。……しかし似た部分はある』
「……『幹部』を、倒したかどうかって部分やんな」
『そう。あの様子で分かるだろう? 善に属するモノを忌み嫌い、ナナシは異常に強者を求めてる。強者を選別する為に『幹部』を用意してまで。……しかし今回の選別はお粗末過ぎる。これまでの歴史では短くても50年……100年は間を置くのに現れた」
何故だ、とアオツキは歯噛みする。しかしまだ情報が足りない。
『……話を戻そう。ナナシを正しく呼び出す手順なんだが、一定以上のモンスターを討伐、その後に現れる『幹部』……それも1番強い『副団長』を倒した、最も高レベルの者の前にナナシは現れる筈なんだ。少なくとも、ディランはそう信じていた。そして今回はディラン……『副団長』の自害というイレギュラーがある。ノーランが倒した事になって……何?』
途中で途切れたアオツキの言葉に元≪結界≫の壁向こうでリカルド達は驚いた表情で緑がかった金髪のエルフ、ヒューリッヒに視線を向けていた。
アオツキの表情に、緊張が走る。
『そう、か……、それなら理屈も通るが』
「な、何? 何言われてんの?」
『ああ。ヒューリッヒが言うには本来、モンスターを倒せば肉体は搔き消えドロップアイテムがその場に現れる。この原理は倒されたモンスターが持っている魔力が、絶命した瞬間に肉体と結合・変異し素材アイテムとなる。また肉体と結合した後の魔力量でアイテムの質や量が変わるそうだ。……今回、この場に現れたアンデッド・モンスターはアイテムとはならなかった。なら、倒され解き放たれた魔力は何処に……否、何に使われたのか? ……ヒューリッヒは、今のサルーの町はダンジョンであると同時に巨大な魔法陣なのではないかと考えているらしい。アンデッドも『異世界の奴隷』も……あの、ナナシさえも、ただこの場に召喚されたモンスター、だと』
そうして、アオツキは空を見上げる。
今は遠い建物で見えない、ここから北にある広場の方向へと視線を向ける。
『これまでの緊急依頼は数多な犠牲の名のもと≪名無しの軍団≫の蹂躙を受けるか、偶然か必然か毎回姿を変えるダンジョンの核を倒すかで終了している。条件を満たさなければナナシが現れる事も少なかっただろう。なら、当時の冒険者達は現れた程々の強敵……ダンジョンの核の方が倒し易かった筈だ……そうか。ナナシが強大過ぎて、僕も勘違いをしていた。ナナシが『団長』と呼ばれ、倒すべき敵の象徴だったから。普通ならあり得ないのに勝手に入れ替えていた……僕達が倒すべきなのは、≪名無しの軍団≫を内包し、保有するダンジョンそのものか!?』
アオツキの言葉に、≪結界≫の壁の向こうに佇むヒューリッヒが無表情のまま頷いた。




