110:前哨戦5
3話で終わらせる予定だった前哨戦。それもこれもちょいと挟まるアニキ達のイチャイチャが原因。
引き続き残酷だったりします。
その瞳を憎悪に染め上げたナナシは、ノーランを睨め付けその裂けた大口を開けた。
『……………このっ、莫迦共がああああぁああああああああああああっ!!!』
感情を爆発させたナナシの咆哮がビリビリと空気を震わせる。ルシファーがその身を前のめりにして僕とマイを庇ってくれたが……例えるなら全身を剣で滅多刺しにされる様な、激痛さえ伴いそうな殺気にマイが体を震わせた。
『なんて事だっ! ノーラン! ノーラン・ホーク! お前は肉を裂く感触の心地良さを知っているだろう!? 自慢の武器を奮っていた好敵手の自慢の四肢の骨を砕いてやった時の達成感を覚えているだろう!? それより何より、命の昇天を己の狂気で成し遂げた時の快感をっ……お前はっ、忘れられるのか!? 家族? きょうだい? ソンナ絆、闘いに不要! 己が命が有れば良かろう! 実力ある好敵手が在れば良かろうっ!? 闘える場所が在れば良かろう!? ……それで『団長』は永久に闘えるというにっ! ……ノーラン・ホーク! お前はっ! お前は『団長』と同じであろう!?』
「……はっ、違うな」
ほんの一瞬だけ思考を巡らせたノーランは、光り輝く剣をナナシに向けながらナナシの狂気の発露にただ一言返した。その声の響きは、……我儘な幼児に言い聞かせる大人に似ている。
「確かに俺は闘うのが好きだ。相手が強けりゃそりゃあ嬉しいし興奮もする。竜種の血の影響って言われるとそうな気もするし、俺自身の、元々の性格な気もする。……戦闘時の、あの全身を巡る血が滾るのが堪らない。否定しないさ。それでも俺は……この、お前の造った戦場じゃあ楽しめない」
『何故だ!!?』
「……だって此処には次が無いだろ?」
つまらない、と言わんばかりなノーランの答えに意味が分からないナナシは、ノーランの横で深く頷いたディルを殺意の宿った紫紺の瞳で睨み付けた。
その視線を受けて怯える事なくディルはナナシを見返していた。
「ナナシ……皆死ぬって言ってた。それって弱い人も、強い人も、大人も、子供も……皆、死ぬんでしょ?」
『それがっ、どうした!』
「……弱い人も強い人も、努力したら……明日は今日より、少し強くなってるよ。子供は体も心も、今日より明日、成長してる。大人は、例え体が衰える事があっても……今日まで知り得た経験は、知識は、裏切らない。例え闘えなくても、その誰かは明日、別の誰かに助言を与えられるの。それも互いに成長してるって事になると、俺は思うよ。……俺達は、成長出来る。次が、あるから。 生きてるから」
ナナシは僕達にも聞こえる程に、ギシギシと鳴る歯軋りが止まらなくなっていた。そんなナナシを、ノーランは鼻で笑う。
「ま、そういう事だ。……そりゃあ全部が全部、俺の理想でも無いが。強くて良い奴とはまた闘いたいんだ……楽しいからこそ、な。殺しちまったらその一回で終わりだ、勿体ねぇ」
ディルの答えに続いたノーランはそれに、と言いながらナナシから視線を逸らさない。
「俺は闘う覚悟も無いガキとか女殺すの嫌いだし、明らかに俺より弱いって奴と闘うのも嫌いだし、……一騎打ち同然な勝負の邪魔されるのは、邪魔した奴の首跳ね飛ばしたい位には嫌いだしな? そういうの、多分≪名無しの軍団≫は殆ど当て嵌まるだろ? つまり……ナナシ、お前は俺にとっちゃ、同類扱いされたく無いゴミ……否、生ゴミ以下の存在なんだよ」
今ノーランの顔を彩っているのは、おそらく嘲笑だ。
「生ゴミに同意を求められて、存在を求められて……俺が納得も理解もする訳あるか? ナナシ、マジで馬鹿か?」
剣を構えながらの嘲笑に、ナナシの残った左眼が血走る。……同時に、ノーラン、ディル、ルシファー、マイ、僕の体がふんわりとした光に一瞬包まれる。
「……っナナシ!!!」
僕達に≪結界≫を再度掛け直したマイは、蒼褪めながらも力強い視線をナナシへと向けていた。僕の虎尻尾を掴む指は、もう震えていなかった。
「ノーランは……勝っても負けても、ナナシの『副団長』にはならへんよっ! だって、ディルのお父さんは……ディランは、初めからディルとにいねぇちゃんのやったもん!」
マイの叫びに、ナナシはその身から噴き出す血潮を、闇色に染まった大地と同じ泥に変えた。その表情は、憤怒一色。
「ディランはディルとにいねぇちゃんを守る為にっ、自分で自分を刺したんや! ナナシの命令を無視してっ! ……あんたのしょーもない呪いより、愛する自分の子供達を選べたんや! ……ノーランも同じやっ! ノーランにはっ……ノーランには此処に居る、愛してやまないにいねぇちゃんが居るんやから呪いなんか意味無いわ!」
そう言ってマイは僕の虎尻尾から手を離したかと思うと、僕の脇に手を突っ込みながら頭上へと掲げた。
とても複雑だが……それ以外はとても良い感じなので、許す。
だから僕はその格好のまま笑ってやる。不敵に。大胆に。……小馬鹿にした様な、そんな姿で。
「……聖女の言う通りだぞ、ナナシ。ノーランは今≪世界樹の寵愛≫を一身に受けている。言ってみればツガイ……否、夫婦関係と言えるなぁ。貴様の呪いは確かに強力なのだろう。深淵の最たるモノの呪いなのだから。だが、……はて? 相反する僕の寵愛を受けたノーランは如何だろうな? 例えノーランが息絶えその身をモンスターに堕としても、その魂の輝きは霞まないのでは無いか? ……ははは、そうとも! 今生の我が半身、ディルムッド・ホイールの父親でもあるディランも僕の加護を与えていた! それ故にディランは意識を保っていたのだろう……世界樹の加護は中々有要だろう、ナナシ! 本人も嫌がってるんだ……ノーランより、貴様の言う好敵手には僕の方が相応しいんじゃないか?」
『……ふっ、ふざけるなあああああああああっ!!?』
僕の物言いはナナシの逆鱗に触れたらしく……肋骨の浮く体をテンポ良く跳ねさせながら此方に突進してくる!
しかし数メートルの距離を2歩で詰めたナナシの突進を受け止めたのは、同じく前に飛び出したディルだった。ガギン、とおよそ生物では無く無機物が衝突した様な異音が周囲に響き、ナナシは弾かれ数歩後退した。その表情は、憤怒の中にも驚愕を感じられた。
『ぐる、るる……それはっ! ディランの盾かっ!』
「そうだ! ……俺の名は、ディルムッド・ホイール! ディランは、俺の父さんだ! ……見覚え、あるんだな……お前の頭と目玉を削り取ったこの盾に!」
『ぐるるるっ……世界樹の、生まれながらのっ半身……! ぉ、ぉおオノレエエエエエ! ただの強化素材があっ! 邪魔をっ! するなああああああっ!!!』
叫びながらも体勢を整え距離を一気に詰めたナナシは両前足を振り上げ、その手に握った泥を撒き散らす棒をディルの構える白銀の大盾に叩き込んだ。次いで、耳障りな金属音が周囲に響く。
「……違う! 俺も、隣に居るんだっ……ノーランとは、反対側のっ! にいねぇちゃんの隣に! ……俺は家族皆で、一緒に居るんだ!!!」
ディルの叫びに応える様に、白銀の大盾が光を纏う。
少しの丸みを帯びた菱形で、角の部分が多少鋭くなっているだけで、僕やサーリー程の体格ならすっぽりと覆い隠せる飾り気の少ない白銀の大盾。
それが、ナナシに向けられ攻撃を受け止めた面に血の十字架が浮かび上がっている。
白銀の大盾を構えるその背中は、ディランに良く似ていた。
――――――
『……アオちゃん。ディランが帰ってくるまで……ディルを、お願いね?』
ディルと同じ青みがかった灰色の虎耳の、同じ色合いの長い髪を緩く纏めた美しい女性は慈愛に満ちた微笑みのまま、餌を求める巨大蜘蛛の前にその身を投げ出した。突如現れたモンスターから逃げる為に、一時的にディルの体の主導権を握っていた僕に、逃げる時間を与える為に。
まだ5歳だったディルにスキルの補正は働いていなかったし、今思えばディルに引き摺られていたのか僕の精神も随分幼かった様に思う。だから僕でさえ、……母親の無残な最後に、ディルと共に泣きじゃくっていた。
そう。全てが突然だった。
確かに緊急依頼が発令され村は騒ついていたが、子供達には無縁な事。僕とディル以外の幼子達は大人達が村周辺を警邏する傍らのんびりとしていた。
……まさか、村の中心からモンスターが現れるとは誰も……僕さえ考えていなかった。
そうして逃げ惑い、僕達は母、アイシャルーディを失いながらも溢れたモンスターから逃げた。そして、村から脱出しようとした。必ず帰ると約束した、ディランに助けを求める為に。
その時、僕達の眼前の地面に現れた闇色の魔法陣。迸る強い魔力に、僕達だけじゃなく周囲のモンスター達も吹き飛ばされていた。
『ぐるるるるるああああああああああああああああっ!!!』
そうして現れた巨大な闇色の狼が、空に向かって高々と吠える。空気は震え、ディルは恐怖心で体も震わせていた。
その時僕達は≪不可視≫で存在を隠匿していた。
『足りない! 失い過ぎた! タリナイ! タモタナケレバ! 全てを平等に! 全てが! 壊れる前に! 世界が! 望むままに! サァ……命を、寄越せええぇええええぇえええっ!!!』
巨大な狼がそう叫んだ後、僕達の眼前で繰り広げられたのは理不尽な蹂躙だった。
逃げる村人も、その村人を襲うモンスターも、動物も、植物も、その巨大な狼にその身をズタズタに斬り裂かれ、血を撒き散らしながら泥に沈んでいった。
家が壊れた。木が砕けた。人が壊れ、数少ない子供達の絶叫が木霊した。
今も狼の狂気の宿った笑い声が耳の奥にまでこびり付いて離れない。
だから僕は村人とモンスターが撒き散らした血から、必死に魔力を集め≪不可視≫を使い続けた。精霊は周囲の魔力を取り込める。悲しみながらも、僕は母親が撒き散らした血潮からも魔力を集めていた。必死だった。ディルを守りたくて必死だった。僕の持つスキルは強い相棒が居て初めて効果を発揮出来る。幼いディルでは、どうにもならないから。必死だった。
……だって気付かれたら殺される。それだけが分かっていたから。
だから。
遠目に瓦礫の山に転がっていた幼い双子に……顔馴染みの夫婦の子供達にはまだ息があり、その瓦礫に狼が近付いた時も僕は見捨てる決意をして……そんな僕から、無理矢理体の主導権を取り返したディルは狼の背中を追って走り出していた。
数軒隣の夫婦だった。時折ディルと共に双子の子守りもした事がある。……瓦礫の中に、動かぬ夫婦の姿を見付けてしまったディルは、見捨てる事が出来なくなった。それでも、自身が無力な存在な事は理解していた。
だから、ディルは恐怖に震える声を張り上げた。
『……に"ぁあっだずげでっ……だすけてっとおしゃああああ!!!』
今の状態だと声を出したら気付かれる。案の定、狼は此方を振り返ろうとして……。
『……なぁに、ウチの、子猫ちゃん、泣かしてんだよごらあああああああああああっ!!?』
その叫びの直後、激しい光と衝撃音が周囲に響いた。
その背中を見て僕達は心から安堵し……同時に、絶望もしていた。
大盾を持つ左腕こそ無事だったが、右腕は肘から下の全体が青紫色で……おそらく折れていた。
僕達を守り庇うその背中は、ひび割れた鎧の下で無数の傷と生乾きの血で汚れて満身創痍。使い切ったのか回復アイテムを使おうともしないディランは、誰が見ても死に直面していた。
『『がああああああああああっ!!!』』
ディランは、僕達をその背に庇いながら闘った。
その大盾の影に隠れる様に。鳴くディルの声を掻き消す様に叫びながら、時には注意を逸らす為に狼に語りかけながら、ディランは闘い続けた。
攻撃を受けて、受けて、受け止めて。そして……一瞬の隙を見付け反撃し、巨大な狼……ナナシの顔に癒えぬ傷を与えて相討ちとなった。
そして、何の抵抗もせずその血塗れの体を闇色の泥へと沈めていく。
吐血しながらもディルを子猫ちゃんと呼んだディランは僕達に別れを告げ……僕に自身の知り得た情報を伝えて。ディラン自身の血で赤く染まった大盾と……王から授けられたという、最後まで使わなかった世界樹の葉を僕達に託した。
この時、もうディランは正気では無かった。何故か使用出来ない世界樹の葉に絶望しながらの僕達の呼び声にも応える事なく、生と死の狭間で只々、泥に沈むまで覚束ない言葉を紡ぎ……。
『次の夢でも、出逢えたらいい』
泥に沈む直前、そんな言葉を口にしてディランは消えてしまった。
そうして、ディランから受け取った大盾と、その血に宿る魔力を使いながら幼い双子を抱えた僕達はその場を離れた。生き残る為に。
途中、怪我をして動けなくなっていた村長やアニスとフェールを見つけたディルは、彼等を守る為の力を欲した。
……その願いはツクヨミに届き、ディルはスキルを選び取った。ディルはこの時ツクヨミと何か言葉を交わしたらしいが、僕にはどんな内容だったのか分からない。
それから。
ディランの血を浴びた大盾を持って、変わり果てた村の中で、僕達は助けが来るまでモンスターを引き付け続けた。
――――――
『その、盾……あぁああ忌々しい! 傷が、疼く……っ!』
過去を振り返っていた僕は、現在のナナシに注視した。またもディルに押し負け突き飛ばされたらしく、相当苛立っている。右眼のあった眼孔にナナシは爪を立て掻き毟り、周囲には闇色の泥が多量に飛び散っていた。
だから僕は言葉を続ける。
「ディランは前回、殆どの『幹部』を討ち取ったのだろう? ……そのディランの血が染み込んだこの盾は、ナナシを討ち取るに相応しい武器と呼べる! ……喜べ、ナナシ! 『副団長』候補がまた増えたぞ!!!」
僕はマイの腕から逃げ、彼女の頭の上に浮かび上がる。
「……そして今回、ナナシを出現させる条件を満たしたのはほぼ、此処に居る聖女のお陰。……おお、これは驚きだ! 僕達の殆どがナナシと闘える条件を満たしてる!」
「……あー、うんソーダナー」
僕のやりたい事に仕方無く乗っかったノーランは不満顔のままナナシに向けて頷いて見せた。やる気のなさ過ぎる腑抜けた顔である。可愛いなんて、思ってない。
そりゃあ僕も対等に闘わせてやりたいが、今回はノーランの命運が掛かってるので無視だ。本人も分かってるから頷いてるんだし。……後でほっぺにチューしてやるから我慢しろと言って効くだろうか、この戦闘狂。
『……こ、ころ、す……』
……どうやらナナシの沸点はとうの昔に超えているらしい。
頭部と眼孔から噴き出す泥を纏って、両前足で握る棒が変化していく。棍棒の様でいて、戦斧にも大剣にも見える。かと思えばその棒を横に振った瞬間、鞭の様に滑らかにしなる異様さ。ディランを貫いた、あの武器だ。
『愛……絆、……かぞく、などっ…………ノーランも、世界樹も、聖女も、ディランの息子も……全部ぜんぶゼンブ、『団長』がコロシテやるうううううううううううううう!!!』
その発言の直後。脳内でカチャン、と鍵の付いた音がした。
「……あーあ。失敗したら道連れっぽいぞコレ」
「にゃ。勝てば良い」
「サーリーを置いてくなんて、ありえへんから。負けるなんか許さんし!」
「……というか、負けたら僕が悲惨な目に遭うからノーランはもっと必死になれ」
「……そうだな。チビっこい体に突っ込まれるのが嫌ならもっと必死に脳味噌回せやコラ」
「現在進行形でフル思考中だよこの変態ホイホイ!」
「ああんっ!?」
『るるるるぅ……仲良くしてよぅ』
おそらくこの場で1番幼いだろうルシファーの仲裁の声に、僕達は不適な笑顔を浮かべて返事とした。仲良しだよ。
……これで僕達は一蓮托生。万が一があってもルシファーだけはおチビの元へと帰れる可能性がある。
……そんな万が一、僕は認めないがな!
「それじゃあ……1人頑張ってるサーリーの為にも、パーティー≪ニクジャガ≫も行くでぇっ!!?」
マイの号令に、全員が心を一つにしながらナナシへと向き直る。
……そう。これからが本当の、決戦だ!
そして色々詰め込んで前哨戦終わり。
次から決戦!




