109:前哨戦4
残酷だったり下品な内容が出てきます。終わりたかったのに前哨戦が終わらなかった!
それでも宜しかったらどうぞ!
剣を振るいながらのノーランの発言と行動、現在の状況に僕は混乱する。
「ははっ……俺も、もうちょいお前とイチャイチャっつうのしてから死にてぇから…………なぁ、頼むよ」
そう優しい口調で続けたノーランが、ちう、と可愛い音を鳴らしながら僕の頬に吸い付いてからのオネダリとか……可愛いのとカッコ良いのの共存とか何だよディルかよ今はマイの気持ち知りたく無かった!
そんな訳でまさかの戦闘中の暴挙に、僕はノーランの肩から飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
「ぉおおおおお前は戦闘中に何してんだ!?」
ああああ! 尻尾がノーランの腕に巻き付いてる!? 気付かなかったっ、こ、これじゃ喜んでるディルみたいで……バレバレじゃないかっ!?
「いや終わったし」
「え」
剣を持たない左手で、僕の背中から絡む尻尾までを撫でながらのノーランの言葉に視線を周囲に向ければ、確かに闇色の人影は1人も居なくなっていた。……戦闘中なのに頭が沸いてたの、僕だった。
地面は焼け焦げた跡に鮮血と闇色の混じり合った泥で広範囲に汚れ、数時間前までは草木で彩られ公園の様に整えられていたギルド前の広場は荒んだ戦場でしかなかった。ギルドを守る≪結界≫の向こう側で、リカルド達が赤らめた顔をしかめながら何事か叫び指差す先には……いつの間にか大地に現れていた、闇の魔力迸る魔法陣からにゅっと飛び出す狼頭。
『時間、ジャスト!!! 間に合ったじゃないかぁっぎゃははははははははははははは!!!』
例えでも何でもなく、耳まで裂けた大口で高笑いを続けながら魔法陣から現れた狼頭の体長は凡そ3メートル。頭と四肢と背中を漆黒、腹部分は灰色の混じる毛皮に覆われた体は毛足の長い狼を思わせるが、毛皮では誤魔化せない程にその胸部は肋骨が浮かび腹部は異様に膨らんでいる。マイなら分かるだろう、地獄絵に描かれる小鬼を思わせる体型だ。鎧も纏っておらず、歓喜から激しく振られた尻尾は狼にしては太く長く、その体長と同じ長さなのが見て分かった。
……毛皮越しでも分かる程に肋骨が浮いた体とは真逆に、前足と後ろ足だけ筋肉の盛り上がりがよく分かるのも、完璧に獣の四肢なのに後ろ足でヒトの様に立ち上がっているのも違和感しか無い。その両前足には闇色の泥が滴る棒状の武器が、肉球のあるだろう手のひらで器用に握られている。
本来ならピンと立ち上がっている筈の大ぶりな耳は、右側だけ削り取られた形で無くなり今なお血を吹き出している。血走りながらも爛々と輝く紫紺の瞳は、同様に右側だけが抉り取られてこちらも諾々と血の涙を流していた。
「お前が『団長』ナナシか」
『ぎゃははははは! 背格好は似てるが、顔と声はディランとは違うなぁ! ぎゃはははははははははっぺ!』
ノーランの問いに答えず笑い続けていた狼の脳天に銃撃の雨が降り注ぐ事でナナシの言葉尻がおかしくなった。
空が陰る。見上げれば、こちらに急降下する影が太陽を背に隠していた。
「………の………………ん…っ!」
小さいながらも声が届く。……その声に宿る感情は、間違えようもない程の憤怒に彩られていた。
「ノーランっ……俺のにいねぇちゃんと結婚するんだから……俺の兄ちゃんになるんだからっ……『義弟』の座は誰にもあげにゃいもおおおおおおおんっ!!!」
『ノーランはルシファーとも遊ぶのおおおおおっ!!!』
「「……?」」
…………うん。その憤怒、僕とノーランの想像してなかった感じなんだが?
2人揃って首を傾げてしまったのも仕方無いと思う。そしてマイが敵を罵る事も無く無表情に銃を乱射してる事が凄く怖いな!?
僕とノーランが若干の恐怖を感じてる間に、進化した聖龍ルシファーは僕達の前に着地し、騎乗していたマイとディルがナナシと僕達の間にその身を滑り込ませた。ちなみにマイは、未だに銃撃を止めてない。器用だ。
「おいマイ。多分それMPの無駄遣いに……」
そう言って背後からマイの顔を覗き込んだノーランは、小さな子供を慰める様にマイの頭をぽふぽふ、と撫でて銃口を下げさせた。
マイの目元は真っ赤で、少し前まで泣いていたのか潤み鼻もすんすんと鳴らしている。噛み締め過ぎてうっすら白くなった唇が心配になったけど、ノーランはマイの頭をもう1度撫で、マイの肩に僕を乗せてからナナシに向け足を踏み出す。その背にディルも続いた。ルシファーは僕とマイを庇う様にその身をくねらせながらナナシを威嚇し始めた。
ノーランが、顔だけ振り返って僕を見る。
「任せたぞ」
「……ええいっ、簡単に死んだら呪うからな!」
「ははっ」
……ここまでされたら、僕も腹をくくるべきだ。ヤルからには完全勝利以外認めない。僕は、突発的な事象にちょっと弱い完璧主義な自覚がある。大昔はよく揶揄われて……だから、貰えるならまるっと外堀もがっつり埋めて全部欲しい。
なぁ、ツクヨミ。僕は望んで良いのだろうか。ほんのちょっと、瞬きの間だけでも……僕が終わるその時まで、ノーランの隣に居ても良いかな? ………………良いかな?
「笑うなっ! ……うっかり死んだら、本気で殺すぞ」
「分かってるよ」
僕の言葉に口角を上げたらしいノーランは、また1歩ナナシに近付く。
その背中を見送りながら、僕は観察に徹する。同時におチビの精霊達にリカルドの≪査定≫結果を念話で随時送る様に命じる。
どうやら今、リカルド達はマイの≪結界≫から出られなくなってるらしい。僕達の声は聞こえるけどリカルド達の声は届かない様だ。精霊達も出れないらしいけど今の所、念話は問題無い。……マイの≪結界≫にも作用するのはどういう事なんだろう。ナナシが現れた事でこのサルーの町に変化があったとしても……。
「おら、さっさと立てよ」
『……ぎゃは、ぎゃはは! ぎゃはははは!』
マイの不意打ちにも気分を害していないのか、撃たれた頭を再生させながら『団長』ナナシは身を捩って地面で笑い転げていた。
『凄い! 凄い! そのオンナ……そのオンナ、やっぱり聖女だ! 異世界からやって来た聖女! ≪結界≫持ちの! 聖女! 何百年ぶりだ!? それに、世界樹! 世界樹の精霊も居るっ!!!』
「「あ"?」」
一瞬でナナシの興味がノーランから僕とマイに変わった瞬間、闘争心剥き出しだったノーランと、ノーランの身を案じていたディルムッドの唸り声から、感情が消えた。
そんな事にも頓着せず、未だナナシは笑い転げる。
『異世界からの聖女! 聖女! 世界樹の! 大量だ! 大量だっ! お前は若木か!? それならなお良い! 役に立つっ! 孕ませてから喰ら』
良い事を思い付いた、と叫びながら立ち上がったナナシは……全てを言い終わる前に無音で近付いたノーランの持つ光輝く剣によって口を貫かれ、そのまま頭部を斬り飛ばされた。地面に転がった上顎から上の頭部は、ディルが素早く装備した白銀の大盾によって潰された。……その瞬間から、胴体にくっ付いたままの下顎が血を噴き出しながら頭を再生させ始めた。
「「ちっ!」」
ディルとノーランの舌打ちを聞きながら……やはり、通常の殺害では死なないらしい事を再認識した。
……うん。それにしても早く情報を集めてナナシを滅しよう。マイを食べる、とかならまだ理解出来るのに、まさかの僕の貞操の危機。……今の依代は元々がサーリーの為に用意された人形。つまり現在、僕はサーリーよりも若干小さい人形サイズ……大きくなろうと思えばなれるだろうが、この姿の僕見て、は、はら……ませ、とか……なんて恐ろしい存在なんだ。
殺気剥き出しになった2人に同調したルシファーも、ぐりゅるると低く唸り声をあげる。マイは顔を蒼褪めながら右手に銃を構え、左手は震えながら縋る様にマイの肩に座る僕の虎尻尾を握っていた。ものの数秒で再生された狼頭で、ナナシは耳まで裂けた大口でやっぱり笑っていた。
『ぎゃはっ、ぎゃはは! 頭が飛んで潰れてしまった! ……ノーランも虎男もどうした? 何で怒る?』
「ぐるるるぅ」
「……ははっ。そりゃあ自分の嫁ときょうだいが喰われそうだったり、……凌辱されそうだったりして怒らない旦那と家族が居るか?」
饒舌なのは良い事だ。情報は欲しい。……でも、その返しは恥ずかしいから止めろ!?
『…………だ、ん、な? きょう、だい? ………………かぞく、だと?』
ノーランの言葉に裂けた大口で狂った様に笑っていたナナシは、その声のトーンを突如落として僕達を……ノーランを、血走った左眼で見据えた。
『……誰が、誰の』
「後ろの聖女と精霊様は、俺達の身内だって事だ。変態野郎」
ノーランの返しに、喧しく饒舌だったナナシの反応が幼く鈍くなっていく。
『か、ぞく……きょうだい…………ちがう……チガウ………………どうして、…………ノーラン・ホークに、かぞく……』
「今日、嫁と義弟と義妹と姪っ子と甥っ子が出来たな!」
そのナナシの声は迷子の子供を思わせる頼りなさだったが、ノーランの宣言にその目を憎悪に染め上げた。




