108:前哨戦3
今回はにいねぇちゃん視点です。
にいねぇちゃんが一瞬だけ病んでるツッキーになります(このあだ名はアウトか?)
残酷な表現もちらほらと。それでも宜しかったらどうぞ!
≪名無しの軍団≫には多数のアンデッド・モンスターとは別に『幹部』と呼ばれる役職持ちのモンスターが存在した。
『空帝』『獄炎』『凍土』『雷帝』『大蛇』『腐敗王』に『副団長』と『団長』が存在するが、その殆どは以前ディランが倒している。あれからまだ20年も経っていないから……どうやら補充は上手く出来なかった様だ。
それで……ノーランが、何だって?
何を言い出すかと思えば……、あれだろ?
僕がまだノーランと魔力で繋がっていた時に見た、赤黒い飛龍の事だろう? 内側に引っ込んでいた……おそらくダンジョンの核と思われるアンデッド・ドラゴンが現れた事によって不要となった外皮を、ノーランは切り離しただけだ。倒したとは言えない。ある意味進化しただけと言える。
それなのに……なんて言った?
鏡を見なくても青白くなっただろう僕の横に、名指しされたにも関わらず思案顔で首を傾げたノーランがいる。周囲の誰かが何か言ってるのに、僕はまるで認識出来ない。なのに、そんな僕の耳に不愉快で下卑た笑い声だけが届く。
『ああ、楽しみだなぁ! コッソリおもちゃから覗き見てたら、ディランに良く似た男がっ、ディランと違って本当に、楽しそうにっ、『団長』みたく笑いながら闘ってたのを見た時の喜びをっ、……お前達には分からないだろうなっ!?』
ナナシの言葉は空気を震わせる程の音量で、歓喜から来る興奮に満ちている。
ふざけてる……つまり、コイツは……思ったより早い段階で、ノーランに目を付けていた、と言いたいのか?
「っ……ふ、……ふふっ」
そして、僕が嫉妬に狂う程には周囲を無意識に誑し込む所業を繰り返していたこの男……ノーランは、男も女も、モンスターも精霊も誑し込むだけじゃなく…………敵か味方かさえ、関係無かったという事実を思い出した。
「……ふ、ふふ…………っ」
「「あわわわわわこわいぃかわいい顔して笑ってんのに黒くてコワイ!」」
外野が煩いなぁ……………………なぁ、ナナシ。
お前まさか……ノーラン欲しさにルールを弄った、とでも言うのか? ディランの息子であるディルを欲しがるで無く……レベル100の、僕でも無く。ノーランなのか? そう、なのか? ……、そうか………………ふ、ふふ。
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
良し。滅しよう。
跡形もなく。ノーラン求めたその心と魂全てを滅しよう。
「……あー、忘れてた」
さあそうと決まればどう成就させようか、と狂い気味の思考を高速フル回転させながら固まっていた僕を、腕の中からノーラン自身の左肩に移したノーランはそのまま前に足を踏み出しあっさりと≪結界≫の外に出た。双子の制止の言葉を、無視して。
そして当然の様にノーランに飛びかかるのは≪結界≫の前に匍匐前進で殺到していた闇色に染まった彼等で、一部数人が折り重なる様に≪結界≫に寄り掛かっていたりもしていた彼等は、ノーランの抜き放った光の一閃にその身を真っ二つに斬り裂かれ、核を破壊された数人がそのまま消滅した。
ノーランの手には……血に染まった剣では無く、光り輝く剣が握られている。
「にゃ、んで!?」
「あー。こっち来る前に、サーリーからプレゼントされてたんだが移動の衝撃で忘れて……っと、元はお前が逃げようとすっから小芝居始めたんでな、マジで記憶から飛んでた」
ボケてるなぁ疲れてんのかな俺、とノーランは僕に説明しながらも剣を振るう。足を取られそうになったら縋り付こうとするその腕を蹴り上げ斬り捨てその傷口残る肩を踏み潰す。一切の情けも慈悲も感じられないノーランに意識が遠退きそうになりながらも握っていた剣を僕は凝視した。……遠い昔に見た覚えがある様な無い様な、神々しい光を纏う剣。
「にゃんでっ、聖剣!!?」
「だから、サーリーからのプレゼント、だって!」
ばっさばっさと斬り払う眩い剣は、僕の見間違いじゃ無ければ『聖剣フラガラッハ』じゃないか!?
確か、異界の神に造られたと記されてる筈のこの剣は、異世界関連の武器という条件を満たしてるのか!?
というか、どうして封印が解けてるんだよ! ノーランが愛用していた魔剣の封印は……まさか。
サーリーの居る場所に、サーリーの父親が……居るのか? 『血染め』シリーズの封印解除に必要なのは原初の血と和合の血だった筈なのに……。
……否。それも重要だが今は……。
「にゃっ、にゃん、にゃんでっ……!?」
「……ディルムッド並みににゃんにゃんうるせぇな。可愛いけど」
「かわっ……にゃんにゃん言ってにゃ……ないっ!」
「ぶっくく……あー、そー。んで、何言いたいんだよ!」
「にゃ、んだって……っ、な、何で……何でお前はっ嬉しそうなんだ!?」
ノーランは、慣れない体で滑舌を悪くしてる僕を荷物の様に肩に乗せながらも器用に剣を振るっていた。足取りはまるで、貴族がダンスパーティでステップを踏む様に軽やかで……まぁ、彼等の伸ばす腕を踏み潰したり、首を撥ねたり、蹴り上げてからの一閃で斬り飛ばしたりしてるけど。美しくも血生臭い獰猛さを滲ませた歓喜の色に染まってるその顔は貴族とは程遠い。……そう、ノーランはこの戦場の中、口元を愉悦に歪めながら笑ってる!
この戦闘狂め……死刑宣告でもその顔なのかっ!?
「ははっ! 何でって…………お前等と離れて戦闘が始まって、俺はそりゃあ理不尽な扱いを受けたんだよ! ……俺の知らん所で勝手に話を進めて、好き放題言われてっ! どんっだけ面倒だったかっ! オマケに気分が乗って来た戦闘も不完全燃焼で終わってっ! 敵前逃亡紛いで此処に戻って来たんだぞっ!?」
不愉快だ、と言わんばかりに背後に迫っていた闇色に染まった頭を、腕を、足を、ノーランは自身の足を軸に身を回転させながら斬り落とした。
……その表情を、愉悦から憤怒の宿る笑顔に変えたノーランにビビりながらその肩にしがみ付く。見覚えがある……この、ストレスMaxのノーラン相手にはあのノーラン大好きなディルも怯えて遠巻きにして、ユーリディア王子が被害に遭ってアルフレッドが胃薬がぶ飲むってお馴染みの……まぁ僕はその顔も、怒りに呼応して心なしか色濃くなった瞳の色も気に入ってるから別に……ってそれどころじゃ無い!
「……おい、アオツキ!」
「あっはい!」
「元はと言えばな、全部お前のせいだ!」
「え」
ノーランは、闇色に染まった彼等の首を1つ、2つ、3つと跳ねながら僕を責めた。
「俺が不運で本調子じゃ無かったのは、アオツキが勝手したからとしか思えねぇっ! ちったぁ反省しろ!」
「はぁあっ!?」
それは八つ当たりじゃないか!?
そんな、僕の瞬間的な怒りはノーランの次の言葉で萎んでいった。
「違うなんて言わせねぇ! お前が、ディルムッドと俺に少しでも頼ってれば今より絶対マシだった! …………お前、俺達と一緒に生きる未来をっ、……今も諦めてるだろ!?」
ノーランは、剣を振るいながら僕を怒鳴りつける。
「クソがっ勝手に諦めやがって! もっと足掻けよ! お前、自害する気マンマンだったろ!? 死ぬ気だったらもっと抗えるだろ根性足りねぇぞ! ……弟に頼るのに抵抗があったんならっ俺には頼れよ馬鹿がっ!」
「ばっ馬鹿じゃな……っ」
「いいや馬鹿だっ! お前、俺がお前等を見捨てると思ったんだろ! 俺が……俺がっディルムッドを見捨ててお前を優先するとでも思ったか!? この俺が、お前を見捨ててディルムッドを助けるとでも思ったか!? ……それは俺に対する侮辱以外の何でもねぇ!」
闘いながら、ノーランは悲しみながら怒っていた。……その怒りと悲しみは、僕からの信頼が受け取れなかったからだ。
ノーランの怒りを感じ取っているのか、『異世界の奴隷』はノーランから一定の距離を保ちながら腕を、足を伸ばす。隙を見てノーランに縋り付こうとしている。
彼等の口から、絶えず笑い声と断末魔が響き渡る。
「俺は! どっちも諦めてねぇのに! 何でアオツキがっ、俺のダチと惚れた相手、勝手に天秤に乗せてんだよ! ……どっちも、俺のっ、だっつうの!」
頭上から降ってくる様に振り下ろされた一際大きく肥大していた闇色の腕を斬り落としたノーランは、それでも消えず剣を持つ右腕を掴まれた。しかしノーランの3倍はありそうな闇色の拳を、ノーランは太い指を2本持ち、邪魔な木の枝の様にへし折りながら無理矢理引き剥がし空高く放り投げた。その腕目掛け、再開されたマイの銃撃が降り注ぎ闇色の巨大な腕は消失した。それを見ること無く、ノーランの視線は次へと向いた。
「っ……簡単に、死なせてやるかよ。お前が死にたがっても、俺は、お前を生かすからな! 邪魔する奴は叩っ斬る! 邪魔する奴がヒトだろうが『異世界の奴隷』だろうが『団長』だろうがっ! ……俺の邪魔する時点で、敵と見なして、ぶっ殺す!」
ノーランは前に進めていた右足を、大きく後ろに引いた瞬間に右腕を大きく振り抜き、ノーランを囲もうと迫っていた彼等の胴体を斬り裂いていく。そこにもマイの銃撃が降り注ぎ彼等は次々に消滅していった。
「こちとら、とっくに覚悟決めてんた! だからお前もっ……俺から、俺達から逃げんな!」
あんまりにも一気に色々言われた僕は、何も言えず何も考えられず、僕はノーランの横顔を見詰めるだけだった。そんな僕と、前を向いていたノーランの視線が横に流れた時に一瞬だけ合う。
感情に感化されやすいノーランのペリドットの瞳は、もう怒りに染まってはいなかった。
「………………っち、可愛い顔しやがって」
「かわっ!?」
心の整理と処理が追い付かないから口説き落とそうとするの切実に辞めてほしいんだが!?
「あー、お前が無理ならしょうがねぇ。……俺が、決めてやるよ」
その顔は、悪戯を思い付いた悪童の顔に近かったけれど。
この時僕はどうしてか、ディルムッドがマイに甘えて小首を傾げてあざとい顔で微笑む姿を思い出してしまった。
……胸が、呼吸が、苦しい。
「お前みたいな阿呆が俺の前を歩くなんて痴がましい。かと言って、俺の背後を歩くなんて情けねぇのも、却下だ!」
闇色の首と腕と足と血飛沫が宙を舞う中、ノーランは笑った。
「だからお前は、一生……俺の隣だ!」
再開された空からの銃撃の雨の中。
マイの≪結界≫が無くなったのか多少の擦り傷と泥と血に汚れたノーランは、笑っていた。その闘う姿は、今まで見た誰よりも綺麗だった。その生命が、魂の輝きが、心が……僕を惹きつけて、離してくれない。
「お前を独りにしてもロクな事がねぇんだ! だから……お前が居るのは、俺の隣だ! 俺の隣で、生き続けろっ! そんで、……俺の隣で泣いて、笑って、……闘って! しぶとく足掻いて足掻いて、俺が納得するまで足掻いて、それから俺と死ね! アオツキ!」
その言い草に、僕は笑ってしまう。
何てプロポーズだろう。いやプロポーズとしては野蛮過ぎないか。断ったらあれか、次に飛ぶのは僕の首か…………それも良いな、と思う時点で僕の負けだなぁ。
「……は、」
ぼろり、と溢れた涙の滴が後方に飛んでいく。
「のー、らん」
「何だよっ……お前、さっきの誓いの口付け嫌がらなかっただろっ! ……拒否は認めねぇぞ!?」
誓いの……まさか、さっきの口付けの事か。アレがまさかの婚姻の証なのか。僕の無反応に表情を拗ねてるモノに変化させたノーランは、耳と言わず首と言わず、返り血抜きで上半身まで赤くなった。
……思い出して今更恥ずかしがるとか、可愛すぎか。
……うん。僕の目尻に溜まった水分は、汗という事にしておこう。
「……はっ。今の、ままだと……死ぬの、ノーラン、だけじゃないか……っ」
真っ先に考えなければならない最重要項目を僕が昔と変わらない減らず口で告げても、鼻声混じりだった言葉にノーランは笑いながら剣を振るっていた。
「……そこは、阿呆でもお勉強だけは出来るアオツキの仕事だ! ディルムッドの頭脳は伊達じゃねぇだろ?」
「僕に全部丸投げかっ!?」
「アオツキは2年間も俺の魔力持ってってただろうが! ちったぁ先行投資した俺の為にちゃっちゃと働けっ!」
「んなっ…………けっ、ケチ臭い旦那はっ! 嫁に嫌われるんだからなっ!?」
僕は悔しさから思わず唇を噛み締めた後、感情を昂らせたままほぼ無意識に口を滑らせた。
僕はこの時、見ていなかった。僕の言葉を聞いたノーランの顔が驚く様に目を見開いた後……それはそれはうっとりとした、危ない色を含んだ笑顔を浮かべた事を。それはそれは戦場に似つかわしくない色っぽさで、血に酔った狂人にしか見えなかったと……後日、双子冒険者から教えられるまで知る事が無いのだから。




