106:前哨戦1
この闘いの決着も近付いて来たので、タイトルをそれっぽく。前哨戦と言いながら説明ばっかであんま闘ってる感無いですが。
にいねぇちゃん視点で進みます。それでも宜しかったらどうぞ!
戦闘が始まる前、おチビが無表情エルフから与えられた人形は魔導人形として高い性能があったらしい。……この感じだとおそらく、全属性のスキルをある程度発動可能だ。所有者登録した人物の魔力量で左右されるだろうが、サーリー用に造られてるから問題無い、な。それに自立行動可能で、所有者を守る行動もとれる。
何なんだ、この人形……直前にマイの髪=聖女の魔力を宿し、僕の片割れであるディルムッドの虎毛、その魔力まで宿してる。普通他人同士の魔力を多数混ぜ合わせるって結構な難易度の筈なのにあ、あの無表情エルフ有能過ぎないか……!?
何より、世界樹の葉より……否! 僕の半身、ディルムッドの体より違和感無く居心地が良いとはどんな理屈!!?
そうですよね居心地良いですよね、と肉体を得た火の精霊サラマンダーがリカルドの頭の上で小躍りするのを視界の隅に収めながら、僕は鼻で笑う不遜な態度を改めないノーランに問いただそうと口を開こうとした時……ジリリリジリリリ、と何かのベルの様な耳障りな虫の羽音の様な不可解な音が周囲に鳴り響いた。
その音は耳のすぐ横で鳴っている様にも、空高くなら響いてる様にも聞こえた。
その場の全員が各々、立ち上がり周囲を見廻し武器を構え、と即座に臨戦態勢を整えたのは言うまでもない。ノーランに抱えられていた僕も、その腕の中で外を注視した。
ギルドの外では、空からの銃撃は止む事なく続いていた。
『あっはっはあ! まーにーあーうーかーなーあっははははははははは!』
その声は、舌足らずな誰かの声だった。男なのか女なのか、子供なのか年寄りなのか何故か分からない、不可解な声。広場から聞こえる事から……闇色の泥に侵された彼等の口がはくはくと同時に動く事から、彼等が言葉を発している事は容易に想像出来た。
マイがギルドに施した二重の≪結界≫その内側で様子を伺いながら、僕は今にも飛び出しそうなノーランの頬を叩き待ったをかけた。視線をこちらに向けたノーランに今の状況……制限時間の事やマイ達の現状を早口に伝えながら何とか落ち着かせ、彼等から発せられる言葉に意識を集中した。
『このままだとぉ、今回はこっちの完全しょぅうりになるなぁ! うれしいなぁ! うれしぃなあああ!』
「く……お前は、一体何者だ! 名を名乗れ!!!」
リカルドの怒声に、声はあははあははと笑い続ける。……誰しもが予想出来ていても、聞かずにはいられなかった様だ。
その声はとても無邪気で、どれ程この状況を理解出来ているのかさえ疑問な程楽しげだった。……愚問だ。理解などしていない。壊れて狂った魂に、理解出来る筈が無い。
『なぁに、言ってるの? 君たちが『団長』や『ナナシ』って呼ぶから、それで良いことにしたのにぃ! 忘れるなんてひどいなああぁあ!』
届く声に、その場の全員が息を呑む。1人じゃなく数十……否、残ってる者達全ての口を使っての大合唱。数は凡そ、200だろうか。
狂った様に笑い続ける声……『団長』ナナシの声が耳に痛い位に周囲に木霊した。マイの≪結界≫を物ともせず、直接頭に声を届いているかの様な声だった。
『そんなぁことよりっ、……あ、15分まえになったから、おしらせだよおお! ほんとぅは『副団長』を倒せたヤツだけに教える決まりだったけどぉ……ディラン、自分で自分をこわしちゃったからぁ……今回は特別に、闘ってる皆に教えてあげるうぅぅ!』
彼等はマイの銃撃で頭を吹き飛ばされながらもナナシの声を僕等に届ける。
『この、哀れでみにくい、かわいそぅな泥人形をぜぇんぶこわしたら、みぃんなが会いたい『団長』はあらわれるよお! もっちろん、『団長』をたおせたら遊ぶのもおーわーりぃ。みぃんな撤収! だからぁ、ほらほらっがんばってぇ?』
……彼等を泥人形と呼んだナナシの発言に、リカルドと双子は眉間にシワを寄せ歯を食いしばる。リカルドはその溢れる怒気と殺気を隠そうともしなくなった。ノーランも不愉快そうに眉間のシワを深くした。……この時。
闇色の彼等の顔が、一斉に此方に……ノーランと僕の居る場所へと向けられた気がした。
『あっそっちかぁ! そうそう、ちゃあんと泥人形こわしたら『団長』は現れるけどぉ、………………『団長』と闘う上で、注意事項があるわけだよ』
その声に、僕は聞き覚えがあった。
無邪気な子供の様な話し方だった不可思議な声が……とても若々しい、少年と青年の狭間の声音に変わった。それも聞き取り辛かった舌足らずさは無くなり、流暢な言葉で。……この声は、ディランがあの日ポポの村で闘った……高笑いを上げていた『団長』の声と同じじゃないか……!?
『なぁに、冒険者である君達には簡単だ。ただ死ぬ覚悟をするだけだよ!』
「っふざけてるのか……貴様は!!?」
彼等を睨みたくないリカルドは、空に向け怒りの咆哮をあげる。それにさえ、ナナシの声は嘲笑を滲ませた。
『ふざけてなどいないさ! ……『団長』と闘った者はね、結果がどうであれ死ぬんだよ。例え途中、それこそ『団長』との戦闘中に他の誰かがダンジョンを解体して生き残っても。何があっても、強制的に死ぬんだ。……倒された『副団長』の穴埋めとして補充される為に、ね? 『副団長』を倒した者は、呪われるのさ。……凡そ17年前、『幹部』と名の付くモンスターにほぼ1人でとどめを刺したディランの死は、必然だったのさ!』
「「何だよそれっ!!?」」
『ぎゃははは! そうだろそうだろ、知らなかっただろう!? ぎゃははははははははははははははははっ!!!』
双子の叫びに流暢な言葉を使っていたナナシは、畜生以下の下卑た笑い声をあげた。その笑い声に聞き覚えがあるだろうポルクとフェールは、怒りと哀しみで体を震わせていた。
その呪いの内容は、つまり必ず死ぬ事と立場の代置。存在の、役割の入れ替えや上書きを意味するのだろうか。……本人の思想さえ『副団長』として魂から縛られるとしたら……ディラン、お前は本当に規格外だった。
……今思えば、僕達と闘っていたディランはマイの≪結界≫を破壊出来るだけの攻撃を……ディラン本人の持つスキルを、ただの1度も使わなかった。与えられた剣のスキルも、驚く程タメを長くして使用を限定……制限していた様に思う。
ディラン、お前は誰よりも粗野だったが誰よりも優しく……闘い好まぬ、誇り高い男だった。力の弱い女子供の虐殺など望まなかったディランは必死に呪いに抗い……マイの為に、自ら死ぬ事で守ろうとしたのか。
ディラン……お前のおかげで、ディルムッドも、その嫁は無事だ。誇るがいい。
……今回、ディランのお陰で『副団長』をディルムッドは倒さなかった。誰も呪いを受けてない。『団長』自らそうだ、と発言し認めた。何かしらのルールが彼方にもあるらしい……幸か不幸か、この新たな人形のスペックは世界樹の葉より高い。スキルの使用回数も回復したのは有り難い。これなら思ったより闘える。
僕は、一瞬だけノーランの横顔を盗み見る。……こんな風にディルムッド越しじゃなく、当たり前に隣で並べるなんて思わなかった。
ノーランは闇色の彼等に鋭い視線を向けたまま、リカルドと同じく不機嫌顔を隠しもしない。戦闘へと参加出来ない怒りで輝くペリドットの瞳は、やっぱり煌めいていつも以上に綺麗だ。……今日で、この瞳も見納めだ。
闇の精霊グリードの住処で、ツクヨミと再開した時に与えられた世界樹の葉で仮初の体を手に入れた僕は、ツクヨミとの対話である程度の理性が戻った。……ごめん、ツクヨミ。やっぱり僕は、お前の頼みを叶えてやれない様だ。
「……何笑ってんだ。キモイぞ」
「殺すぞロリコン」
「お前までロリコン言うな」
……嬉しかった。こんな軽口が、僕を見てくれるのが。そういう意味で想われてるなんて知らなかったから。それに倫理観もしっかりしてるノーランが、見た目の幼い僕に口付けてくれるなんて思わなかったから。
……ノーランが、好きだ。あんなにも情熱的に心を向けられて、泣きたくなる程嬉しかった。
でも……僕には役割がある。ディルムッドを守って、この世界を……ノーラン達が生きるこの世界を、守る。ツクヨミには僕の幸福も望まれたけど、もう十分だ。
ノーランには消えるなって言われたけど、僕はちゃんと了承してない。それに、ある意味約束は違えない。……卑怯者って罵られそうだけど、構わない。それでも僕は、愛する人々を守りたいから。
……『副団長』を誰も倒していない、今。その資格となる、最もレベルが高い者は僕なのだから。
『ぐるるるる! さぁ、時間も残り10分を切った! 早く泥人形を倒し『団長』にも闘わせろ! ……そうだそうだっ! これも知らないだろうから教えてやろう! 『団長』と闘えるのは条件を満たした者だけ! 今回は『副団長』が自害したからな、条件は簡単だ! 異世界関連の攻撃手段を持つ『副団長』以外の『幹部』と名の付くモンスターを倒した、最もレベルの高い者だぞお!』
…………………………え?
この時、あんなにも降り注いでいたマイの銃撃の雨が、止んだ。残りは100以下で、まだ終わりじゃ無いのに。
そんな中、ナナシのあげた獣の……狼の遠吠えが木霊した。
『ぐるおおおおんっ! ……さぁ驚けっ! 怯えろっ! 次の『副団長』は……ノーラン・ホークだあああああ!!!』
は?
僕達の前に立っていたリカルド達が、一斉に振り返る。
僕も、静かに壁に寄り掛かるノーランをその腕の中で見上げた。
「は?」
ノーランの横顔は、眉間にシワを寄せた不機嫌顔のままだった。




