101:ギルド前広場14
異世界≪リヴァイヴァル≫……太陽の神が月の神を癒し、救う為に生み出した世界。
この事実を教えてもらった時、単純な私は「ツクヨミ様の為に頑張ってんなー」としか思わんかった。
「ひっく……っ返事、してぇや」
でも。それはきっと、間違いやった。
私は足から力が抜けてしまい、ディルを引き連れ力尽きた様にその場に膝を付けてしまった。
「無視、すんなっ……応えろやツクヨミ様っ……!」
私達の篭城するギルドへと殺到する、歩く事もままならず、這って進む闇色に染まったモンスター達。どうしようもなく醜く、恐ろしく、……哀れなその姿。
彼等は、私と同じ異世界人。……生まれた時代とかは、違うかもやけど……もしかせんでも、同じ日本出身の可能性が高い。
……だってこの異世界を作ったの、日本の神様やもん!!!
「何でや………………何でえぇ……っ返事しろやああああああああああ!!?」
私の叫びに、嘆きに。
幼く愛らしい姿をした、白い神様からの応えは無かった。
……帰って、なかったんや。
今まで、私と同じ様に召喚された人達は……帰ってなかった。ううん、帰れなかった! ……神様は約束守らんと、帰さんかったんや!
……此処に居たんや、皆。ずっとずっとずっと此処に居た! 壊れるまで……ううん。壊れても、壊されてもずっとずっとずっと此処に居たんや!!!
……何の為に?
……それが、神様には必要やったから? 何か理由があって、この異世界に無理矢理留められてんの……?
「ふざけんなや……」
なら、そもそも≪名無しの軍団≫って何なんや? 神様から危険やからって信託みたいなんで緊急依頼がある筈やのに……意味分からんっこんなん無茶苦茶や!
……もしかせんでも、帰りたいと望んだモエちゃん達もああなるんか? この異世界で一生を終えると決めた、私も……いずれはああなるんか……!?
力の限り地面に爪を立てる私の背を、ディルが無言で撫でる。同時に、頭上から愛らしくも悲しげな声が降る。
「マイ……ツクヨミを、怒らないで、くれ」
……今の私に、それを言うんか?
頭のどっかの血管のブチ切れる音を、私は確かに聞いた。私は勢い良く頭を上げ、気丈に振る舞いながらも小刻みに震えてる白髪天使を、正しく鬼の形相で睨み上げた。
……その可愛さ、今は憎らしくて堪らん!!!
「にいねぇちゃん、知ってたんか? …………それやのに、何や。怒るな? 責めるな言うんか? ……ふざけてんのか。世界を救う為にって、綺麗事並べて……私ら騙しといてっ! 私だけやない! あんな、モエちゃん達みたいな子供まで騙して! ……利用し終わったら、死ぬより、……死ぬより残酷な目に遭わせようとしてんのに! あんたらっふざけてんのか!!?」
「ち、違う! ツクヨミは……っ」
「私の口から出た『帰りたい』はっ!」
腹わたが煮えるって、きっと今の事を言うんや。身体だけやなくて頭の裏、脳味噌まで熱いって分かる!
「思い出もっ自分自身が誰だったかも忘れたあの人達のっ! 底辺の底辺に残っとった最後の願いやったんや!」
その場所が、愛する家族の待つ家だったのか。仲間の居る職場や学校だったのか。ただただ趣味を楽しむだけの自身の部屋だったのか。私には分からない。
それでも心から、魂の底から『帰りたい』と彼等は叫んでたんや!
泣き濡れた頬が少し乾いて、何となくヒリヒリする。痛痒いのもお構い無しに勢いよく立ち上がった私は、煮えた内臓吐き出すんちゃうかって位お腹に力を入れて叫んでた。
「あんなんになるまでにっ……ツクヨミ様が出来る事っ! あったんちゃうんか!!?」
叫び過ぎて口の中に鉄の味を感じ始めた私が、怒りに任せてにいねぇちゃんに掴みかかろうとした、……瞬間。
「み……にゃ!」
ごっ、と鈍い音とへぶっと呻く声、あと私にぱしゃっと冷たい感触……聖水掛けられたのが同時に起こった。
無言で瞬きしまくった私の眼前にはもっさり前髪がデフォルトな愛しの旦那様。そんで、旦那様の頭の裏には頬を抑えるにいねぇちゃんの姿が見える。
……そういえば、ディルの腕に抱き締められてたの、無理矢理引き剥がして立ち上がったな、私。
「おいディルムッド!」
「例え最強の精霊さんでもお前の攻撃力で裏拳はキツい!」
双子の叫びで私の怒りのボルテージ……と言うか、頭に上りきってた血の気が引いた。
まぁ、うん。それは瀕死になるな。あと何その最強の精霊さんって呼び名……てか、また私の≪結界≫無くなってるやん。私また≪憑依≫されたんかい。……ディルのおかげで冷静さが帰って来たわ。
「2人共、いい加減にして」
「「あっはい」」
≪憑依≫されてても失態は失態。叱られるんは分かる。……でもな? 目元隠れてるけど、ディルの声がびっくりする程に無感情やで?
……私、知ってる。これ、ガチギレ寸前でもうちょっと煽ったら殺気纏わせちゃうヤツ! 普段は私に絡む誰かを睨んでる姿が多いねんけど、私本人が巻き込まれるの、何と初や! 嬉しくない!
背筋ゾクゾク系でめっっっちゃ怖いねんけど!?
「にいねぇちゃん。とっても大事なお話だと思うけど……悪いけど、時間、無いから」
「は、ふぁいっ!」
にいねぇちゃん、噛んだね。そんでめっちゃ涙目。
「マイ。俺達やっと、有効な手段が分かったでしょ? マイの持つその武器なら……彼等を眠らせてあげられるって分かったでしょ?」
「で、でも……」
……今思えば、最終的に選んだのは私やけど何やかや話しかけて来たツクヨミ様に流されてこの武器選んだ気がしなくもない。思えば乙女の夢がピストルとはなんぞや、と今なら当然の疑問が湧いてくる。……もしそうなら、今のこの状況も、このタイミングで私が知った事も、全部がツクヨミ様の予定通りって可能性も……。
そんな私の迷いに気付いたディルのにいねぇちゃんは、私に向けて言葉を紡ぐ。
「マイ……ツクヨミはヒトを、命の在り方を、その尊厳を心底愛している。愛し過ぎるが故に……心狂わす程に、今も。だから僕は、信じてくれとしか言えない」
にいねぇちゃんの言葉に、愛らしく笑うツクヨミ様の姿がダブる……本当に、そうだったら良い。私だって! あの助けてくれた小さな神様を信じたい!
でも、ホンマにツクヨミ様を信じて大丈夫なんか……怖いんやな、私。これも前座って言うか、騙す為のフェイクで。ホンマは私やモエちゃん達を……モンスターの仲間入りにさせたいとか思ってるかもって、信じたいのに、私は疑ってる。……そんな私に、ディルの声が優しく届く。
「大丈夫」
私の心を読んでるんかと思えるタイミングで、ディルは前髪の隙間から覗く金色の猫瞳を輝かせながら微笑み、大丈夫と何度も繰り返し私の背中を撫でてくれた。
「……俺ね、にいねぇちゃんが隠してた昔の記憶……父さんのおかげで、思い出したの。……神様との、約束」
「……約束?」
私の繰り返した言葉にディルは微笑んだまま頷いてる。
「……うん、約束。ツクヨミ様、約束守ってくれたの」
だから大丈夫、とディルは笑った。そんなんディルまで騙されてるんじゃ、と不安が消えない私の頬に、ふわふわのディルの尻尾が擽ってくる。
「大丈夫。もし何かあっても……例え相手が神様でも。俺が家族を守るの!」
私は感情の高ぶりで潤んでいた目元を乱暴に拭い、もっさりとした前髪から覗く、ディルの金色に輝く瞳を……とっても素敵で可愛い破顔を見上げた。
「……うん」
……ディルの言葉を聞いてたら、ホンマに大丈夫な気がして来た。私の方が年上やのに、顔赤くするだけの私ったら、なんと不甲斐ない。
……そうやんな。悩んで足止めてるより、先ずは目の前の物事を片付けた方が健全で確実や。しかも今、私の武器がこの状況を打破する手段と分かった事やし。……せめて私が、同じ異世界出身の私が、終わらしてあげるんや!
私がマジック・ピストルを決意を新たにしながら両手で握りしめた、その時。
「それでも心配なら……この闘いが終わった後で、俺がツクヨミ様を逆さ吊りにして両手両足の爪剥がしながら根掘り葉掘り聞き出してあげる!」
「「「「ちょっと待てぇ!!?」」」」
私、双子、黙って聞いてたリカルドさんの叫びは、一致した。
「……にゃ? 初級じゃダメ?」
「「「「だから待てぇ!!?」」」」
「……そもそも創造神と会える前提なのか?」
あっ説明色々省いてた!? でもそこは、異世界から来た聖女の役職持ってる私が居るからって事でスルーして下さいヒューリッヒさん!
そんでディルっ、その拷問方法何や!? あっそっかディルは元軍人さんや! なら軍隊式!? いやうんそれで初級なら上級はノーセンキューかな!? てか神様相手に何で拷問しようって発想に!? 力関係的に流石に無理やからディルが危険やから!!!
脳内をグルグル回しながら、どうやってディルを止めようか私が考えながらもう一度口を開いた時。
「……ちょっとあんた達……っ!」
ギルドの奥、地下シェルターへと続く隠し階段から血相変えたアニスさんが飛び出して来た。
ああか次から次へとっ、今度は何や!!?
マイさんのツッコミ、追い付かないです。




