100:ギルド前広場13
「血縁……それじゃあ、リカルドさんは」
ヒューリッヒさんの簡潔過ぎる説明は私とディル、双子の視線をリカルドさんへ固定させるには十分な情報やった。私達の不躾な視線にも、リカルドさんは笑っていた。
「異世界から現れた勇者達は世界の異変を正した後、自身の世界に戻ったが……歴史上、3人だけ帰らなかったらしい。1人目はおよそ700年前に現れた勇者、突然変異した強敵モンスターとの闘いに勝利し、そのまま冒険者としてこの世界を旅して一生を終えた。2人目はおよそ500年前に現れた聖女。世界の異変を正した後、≪ユートピア≫の王族と婚姻し晩年も夫婦仲良く暮らしたらしい。……そして3人目は200年前に現れた賢者、トオル。そいつが俺のご先祖だ。同じパーティーの仲間に口説かれて残ったらしい」
曾祖母さんか曾曾祖母さん位だったか、と首を傾げるリカルドさん。うわぁマジか!
そんなリカルドさんを尻目に、ヒューリッヒさんは私達を見回しながら……さながら、犯人探しをする探偵の様に口を開く。
「かの存在が現れた時。私を含むディルムッド、カール、キール、ルシファー、そして精霊達にも異常は感じられなかった。……リカルドは一瞬ではあったがモンスターに魅せられ、同調の兆しを見せたが私との会話によって踏み止まった。しかしディルムッドの嫁は完全に≪憑依≫され、夫であるディルムッドを拒絶さえした。この事実から、私はお前達2人の共通項及び症状の違いの結果肉体的に『異世界』に関わる度合いだと結論付けた。別の意見、文句があるなら聞いてやる。……私の目を見て、発言するがいい」
「「「「異議無し!」」」」
私、ディル、双子のセリフが一致した。
す、凄い! その洞察力……ヒューリッヒさんは何処ぞの漫画世界の住人なら、警察も頼る名探偵になれるんちゃうか!?
「そうか、異世界……異世界…………………………はっ、マイ!」
「はい?」
未だ私に抱っこされてるにいねぇちゃんにお呼ばれした私は表情筋緩めたままお返事した。……こんな状況でもなきゃ、桃色ほっぺにすりすりしてるのになぁ。
「お前の武器……ツクヨミから貰ったその銃で、属性付与無しで攻撃してみてくれ!」
このにいねぇちゃんの提案に、ヒューリッヒさんは食い付いた。
「! そうか……試す価値はある。ディルムッドの嫁、やってみろ」
「へ、あ、はい!」
マジック・ピストルなんてファンシーな名前にしては見た目普通な、それこそテレビや映画に出てきそうなハンドガンタイプの私の銃は、私の魔力、正確にはMPを弾丸にしてるステータス魔に依存してる武器や。聖・火・水属性を付与した方が威力が高いから、最近では付与させるのが当たり前になっててんけど……。
私は自身の武器、ツクヨミ様に貰ったマジック・ピストルの銃口を眼前のモンスター達に構え、そのまま撃つ。
どうやら≪憑依≫に対して一定の抵抗した後破壊されてた≪結界≫はちゃんと掛け直したけど、あんまり直視してるとまた≪憑依≫されそうで怖い。だから私は取り敢えず、モンスターから顔を背けながら発泡。チラリ、と薄目で確認するとディルみたいに頭には当たらず、匍匐前進していたモンスター1体の右腕を吹き飛ばしてた。
おお、血飛沫がグロっ………………え、血飛沫?
『ぎゃああああああああああああああああああ!!?』
腕を吹き飛ばされたモンスターは、その場で絶叫しながら転がる。しかし、周囲のモンスターは気にする事なくそのモンスターを踏み越え足蹴にしながらギルドに施された≪結界≫に殺到する。真っ黒なゾンビタワー、怖い。
……あれ待って。モンスター達の下敷きになって見えなくなってもうたけど……今まで一瞬で再生してた腕、そのままやったで? それに血飛沫や痛みによる叫びも始めてちゃうか?
「……そっか、異世界武器……!」
そうや、確か私がツクヨミ様から貰った銃のカテゴリ、異世界武器って付いてたわ! すっかり忘れてた!
今までに無い手応えやったから、これはもしかせんでも≪査定≫が更新されたのでは、と私が喜色満面にリカルドさんへと視線を向ければ…………私の心臓が、ひゅっ、と縮こまった。
「…………」
元々傷だらけで眼帯までしてる強面顔やけど、明るく良い笑顔を絶やさないリカルドさんを怖がる人はこの町の住人には居ない。……だから、笑顔じゃないリカルドさんは……憤怒としか呼べない表情で、何も語らず、ただ虚空を睨み付けるリカルドさんは恐ろしかった。
あまりの様子に危ないと感じたのか、聖水片手にリカルドさんへと腕を伸ばしかけたディルの腕を、ヒューリッヒさんは止めた。
「……不安に怒り、恐怖は≪憑依≫する者達にとって格好の的なのだが?」
「っ…………………………分かって、る」
「分かってるなら、構わん」
少し間があったけど、リカルドさんが返事出来た事にヒューリッヒさんは頷いてる。よ、良かった、リカルドさんも≪憑依≫されたんやと思っちゃったやん!
「リカルド……理不尽に憤る時間があるなら話すがいい。……その様子だと、記述が全て埋まったのだろう?」
ヒューリッヒさんの言葉に頷くリカルドさんは、笑顔を取り戻す事なく。自身のスキル≪査定≫の結果を私達に教えてくれた。
淡々と語るリカルドさんと、リカルドさんを囲む私達。その結果……私はまた、涙が止まらなくなった。≪憑依≫されたからじゃなく、今度は、私自身の心のまま……涙を溢れさせた。
『種族名:異世界の奴隷 弱点:異世界に関連する武器、魔法、スキル 攻撃手段:≪憑依≫≪魔力吸収≫≪物理半減≫ 補足事項:使い古された異世界人の魂の成れの果て。磨耗し尽くしている為、記憶も記録もほぼ残されていない。帰還願望があり、己が命の安寧を迎える為に命令に従順。個別での意思疎通概ね不可』
……目も耳も鼻も使い物にならない世界で叫ぶって、どんな気持ちなんやろう。
左右非対称な四肢で、立って歩く事もままならない状態や。きっと今居る場所も分かってない。……ううん。そんな思考さえ、もう、出来なくなったんや。
懐かしい故郷も、繰り返される退屈で平穏だった日常も、愛した人も、自分自身の存在さえ忘れてしまう……そんなん、恐怖でしかない。
それでも彼等はどうにか抗って、覚えていようと、忘れたくないって頑張って頑張って……いつしかその努力さえ忘れて、歪に歪んでしまった最後の望みを頼りに存在し続けてるんや。
……ああ、何で気付かんかったんや、私。
私が≪憑依≫された時……皆、私の口を使って言ってたのに。
『ああああえぇぃいいいいいあああいいいいいいい!!!』
あんなにも切なく、激しく。
彼等は『帰りたい』と叫んでたのに!
「マイ……すまない」
リカルドさんの謝罪の言葉が、今の私には重かった。
「俺は……俺達はいつだって、異世界からの勇者達を望んでいた。俺達の世界を救ってほしくて、俺達の家族を助けてほしくて…………異世界からの勇者達にも命が、護りたい世界が、家族がある筈なのに」
そんな事考えようとせずに望んでしまった、と。リカルドさんは泣いていた。
お調子者なカールとキールも、俯いて動かない。
無表情がデフォルトなあのヒューリッヒさんさえ、眉間に深いシワを寄せて氷の美貌をなお際立たせてる。
私の腕から抜け出したにいねぇちゃんは、空中にその身体を浮かべながら唇を噛み締めて……ディルはただ泣く事しか出来ない私を抱き締めながら、ただ真っ直ぐ、眼前に広がる光景を……≪結界≫に縋り付く様に殺到する闇色のモンスター達を……彼等を見詰めていた。
異世界の奴隷と名付けられた、モンスターとなってしまった彼等はゾンビ軍団と同じ、元々ヒトやった存在。
……それも私と同じ、産まれた世界から異世界へと召喚された人達で……つまりは私の同胞やった。




