96:ギルド前広場9
今回から残酷、気持ち悪い描写がちょいちょい混ざっていきます。
それでも宜しかったらどうぞ。
サーリーの≪結界≫が破壊されている事実に絶叫したマイは、ギルドから飛び出しギルドの裏手、北門のある方角へと駆け出したが……ギルドに施された≪結界≫を抜ける直前に、リカルドに捕まった。
「おいマイ!」
「離してぇやっ! サーリーのとこ行くんや! ……ディル! ルシファー!!!」
リカルドに取り押さえられても半狂乱に暴れ取り乱すマイに、ディルムッドとルシファーも気付いてギルドの≪結界≫に足早に戻って来た。
「マイどうしたのっ!?」
「ディル! サーリーのっ、サーリーの≪結界≫全部無くなったんや! 早う、早うサーリーの所に私を行かしてぇ!!!」
マイの叫ぶ様な嘆願に、慌てながらディルムッドとリカルドは視線を北門の方角へと向ける。そして、何かに気付いたディルムッドがマイを抱きかかえ、ギルドの屋根に駆け上がった。
3階建てのギルドの屋上は平らな陸屋根になっている為、運動神経が普通の女性並みのマイでも問題無く立てた。
「マイ、≪鷹の目≫で向こう、見える!?」
「見るって………………何、あれ」
そうしてマイがスキルを発動させながら北門のある方角に視線を向けると……その場所はどす黒い霧に覆われ、最大までポイントを振り分けたマイの≪鷹の目≫を持ってしても細部まで見通す事が出来なかった。
「真っ黒い霧で、何も見えへんやん……あ、あそこ……あそこ、サーリー居るとこやろ? ……なあディル!?」
「にゃ……にいねぇちゃん!」
ディルムッドの呼び掛けに、にいねぇちゃんと呼ばれた精霊が大きな青灰色の瞳を北門のある方角に向けたが、次の瞬間には愛らしい顔立ちに似合わない舌打ちを返事とした。
『……ちっ、闇の魔力が濃過ぎる。ノーランの気配も何とか感じる程度……でも、ノーランの側に強い闇の精霊の気配を感じるから、合流はしてるだろう』
「ホンマに!!?」
サーリーに気を取られているマイは、ディルムッドのにいねぇちゃん発言の様な細かい所に気付かず安堵の溜息をついた。
ノーランと一緒なら大丈夫かも……ほんの少しの安堵を覚えたマイは、自身を抱き締める夫の顔を見ていなかった。己の半身の苦悶の表情を見たディルムッドは、サーリーだけで無くノーランの身も危うい事を悟った。
『……そうだよ。行ったらダメだよ』
そしてディルムッド達の思考を遮る様に口を開いたのは、火の精霊サラマンダーだった。
しかしディルムッドとマイの目に映らないだけで、サラマンダーの背後に水、風、土の精霊も勢揃いしていた。
精霊達の姿を確認したディルムッドの片割れは、サラマンダーから視線を逸らさない。
『貴様ら……答えろ。おチビにどんな入れ知恵された?』
ディルムッドの片割れは苛立たしげに眉間にシワを寄せながらサラマンダーに詰め寄った。まだ慣れないだろう幼い体躯をぷるぷる震わせながらも、サラマンダーは気丈にも怒気宿る精霊の視線を見返した。
『……ボク達、サーリーのお願いを叶えてあげたい、だけだもん!』
『願い? ……こんな、戦場で? ……はっ! 馬鹿か貴様ら! おチビが死んでもそんな事言うつもりか!?』
「え、死……?」
死という単語に、マイはその顔をまたも強張らせる。
サラマンダーはそんなマイの顔を見て、頭を大きく振りたくった。
『でも、サーリーには今日しか無かった! マイ……ぅうん、聖女様安心して! ≪結界≫が破壊されたのは、サーリーの意思だよ!』
「「なっ!?」」
この発言に、マイとディルムッドは掴み掛かる勢いでサラマンダーに詰め寄った。
「どういう、事!?」
『サーリーの願いには、何物にも染まっていない血潮……サーリーの持つ原初の血が必要だから……血を流す為には≪結界≫が邪魔だったんだ。だから多分、セイロンかノーランに壊してもらったんだよ』
「そんなっ……ならサーリー、今っ……血出て……っ」
今この時、サーリーが怪我をしているという事実にマイの顔から血の気が引いていく。それを見たサラマンダーは両手を大袈裟に振りながら大丈夫だと繰り返した。
『サーリーの側には力を取り戻した闇の精霊、ラース様が居るよ! ……闇の魔力で満ちたあの場所で、最も安全なのはラース様の側だから。それに……ほら、下を見て。ルシファーも、サーリーに危険が無いからこの場に留まってるでしょ?」
ディルムッドとマイは抱き合った状態のまますり足気味に陸屋根を移動し、ギルドの裏手側……北門側でマイ達を見上げるルシファーと視線を合わせた。
『るるるっ、大丈夫! ねぇちゃも、がんばってるの!』
ディルムッドの片割れにルシファーの言葉を通訳されたディルムッドとマイは互いに顔を見合わせた。その表情は困惑と少しの恐怖に強張っていたが、サラマンダーが近寄って来た為顔を上げた。
「だから信じて、ここに居てよ。サーリーの為だと思って……っ』
そうしてサラマンダーの言葉と視線を遮る様に現れたのは、先程もマイの眼前にあったメッセージボード。しかしその色は半透明では無く、漆黒。その為このボードには白字でメッセージが浮かび上がった。
『≪名無しの軍団≫『副団長』が自滅しました。『団長』ナナシの出現条件が変更されました。残り2時間の間に条件を満たさなければ≪名無しの軍団≫の完全勝利となり、選ばれた周辺地域の生命ある生物のアンデッド化が開…し…され………され、………れ、まままままま、ます』
「ひぃ何かバグってる!?」
しかしその文面はマイの言葉通り、今までと違い不気味に乱れていた。
「みっ? 急に何か出て来た!」
「えっディルにもコレ見えて……!?」
すると屋根の下でも驚くリカルドの声や「「何これキモい文章浮かび上がってるぅ!?」」との双子の叫びが聞こえ、マイは自身だけでは無くこの場の全員に向けてメッセージが見えている事を理解した。
そして。
ディルムッドとルシファーに倒された後にも復活していた、凡そ300体近いゾンビ軍団がバタバタと広場に倒れ始めた。
「何で急に倒れ………………っひ、い!?」
マイはギルドの屋根の上から、≪鷹の目≫を発動したまま倒れたゾンビ達を見てしまい……その身を固く強張らせディルムッドに縋り付いた。
ゾンビ達の倒れた地面。まだ日の出ている時間帯だった為、必ず其処には影がある。……ゾンビ達の影から、黒く蠢く何かが這い出るのをマイは見てしまった。
そして、ディルムッドも思い出す事になる。
「…………黒い、いばら……?」
ディルムッド達が家族と故郷を失った、あの日。
ディルムッドの父、ディランは命を落としそのまま闇色の泥に引き摺り込まれていった。その父の体には泥だけでは無く……真っ黒ないばらの蔓も、巻き付いていなかっただろうか、と。
マイとディルムッド達の眼下に広がる焼けた広場で、影から伸びたいばらの蔓が横たわるゾンビ達に絡み付き締め上げる。相当な力が込められているのか、腐敗した肉体では耐えられず血飛沫が上がる。1体2体の話ではなく……広場に存在するゾンビ全てが、いばらの蔓に絡め取られ腕を、足を、胴体を、頭を、全てをバラバラに分解されながら影に……闇色の泥に沈みながら、どす黒い血で広場を染め上げていった。
そして、蒼褪め固まるマイ達が見ていたボードに記されたメッセージが書き換わる。
『あーあー≪名無しの軍団≫『副団長』が自害しちゃったああぁ! 『団長』ナナシの出現条件が変わったぁははは! 残り2時間で≪名無しの軍団≫の完全勝利いいぃいいぃ! サルーの町の住人は『団長』ナナシのオモチャでゴハンになるんだよぉおおお!!!』
醜く歪な、辛うじて読めたそのメッセージは…… 心狂わせた誰かの仕業だと気付かせるには、十分な殺意と狂気が宿っていた。
ゾンビの体が、影だった泥に沈む。
その度にビクビクと激しく震えながら、いばらの蔓は空に先端を向け不気味に蠢く。
おぞましいだけの光景だった。地獄とはきっとこんな場所だ、とマイに思わせる程に。眼下に広がる光景は醜悪だった。
……しかし、役職が『聖女』だったからだろうか?
マイには何故か、醜悪としか言えないこの光景が……太陽に助けを求め、縋っている様にも見えていた。
「なん、だ……この魔力は……っ!?」
『……っああ、我等の創造神よ……お前は……お前はっ! コレが正しいとそう言うのか……?』
ディルムッドの片割れの呟きは、ヒューリッヒの絶叫で掻き消える。広場に居た全てのゾンビ、最後の1体が泥に飲み込まれた、次の瞬間。
『『『『『ああぁああえいいいいぃぁあああいいいいぃいいいぃぃ!!!』』』』』
泥の中から何十何百もの、黒よりも深い闇色に染まったヒト型の何かが這い出て来た。




