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ステラ・クロークス ~ 夜を背負う者たちへ ~  作者: 間田寧一
第二章 ラーク・モスコット
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9. 容疑者 ②

「君も知っているかもしれないが、あの宝物殿には元々大したものが保管されていなかった。壊れた陶器だの、一昔前の甲冑だの……歴史的価値のあるものは既に博物館の方に運び出してあったから、基本的に置き場所に困った遺物しか残っていなかったわけだ」


「人聞きですけど、そのように聞いています」


「しかし、だ。しかし実は、あの宝物殿の中には一つだけ、このシャロンの街にとって非常に重要な宝物が保管されていた」


「それがこの……『茜の雪』という奴ですか?」ファインは訝し気に手紙を指さした。「一体何なのでしょう。今までに聞いたこともありませんけれども」


「私でさえ、今回のことで初めて耳にしたんだ。無理もない」


 クリエンツェは力なく苦笑した。ルビは一つ咳払いを挟んでから言葉を続けた。


「『茜の雪』とは何か、その質問に正確に答えるのは容易ではない。見た目は安っぽい布で作った、茶色のコートにしか見えない代物だ。だがしかし、そいつはただの服ではない。それはもし相応しい素質を持った人間が身に着ければ、人智を越えた能力を手にすることが出来る、極めて恐ろしい遺物だ。普段は役場内の極一部の人間によって秘密裏に管理されていた」


「つまりそれって、魔法のマントみたいなものですか?」


 ファインの言葉にルビの眉がスッと吊り上がったので、彼女は体を竦めて俯いた。


「……まあ、簡単に言えばそんなものだ。しかし残念ながら、それほど愉快な代物ではないがね。……ともかく、この脅迫状の送り主が言うことを信じるなら、宝物殿に極秘に管理されていたはずの『茜の雪』が、いつの間にか偽物へとすり替えられてしまったというのだ。私はこの手紙を受け取って、柄にもなく非常に動揺した。冷静さを失っていた私は直ぐに役所へと電話を掛け、あの遺物のことをよく知るクラウス・マネという女性に、近日中にその確認作業を行うようにとお願いをした」


「では、例の二人組を宝物殿へと派遣したのは、あなただったのですね?」


「その通り」ルビは険しい顔のまま小さく頷いた。


「私は彼女に、一人で宝物殿の中に入って確認するように指示を出し、彼女はそれを承諾した。……あの手紙が何らかの罠である可能性については、私も一応懸念を持った。『茜の雪』は宝物殿の深部、固く閉ざされた扉の奥に厳重に保管されているはずだが、マネが扉の鍵を開ける瞬間はかなり無防備な状態となる。その際に襲撃でも受ければ、どうなってしまうかは分からない――万が一の事態に備え、私は警察隊に宝物殿の警備を担当するようクリエンツェに命じたのだ。そうだったね?」


 ルビの言葉に、クリエンツェはええ、ええ、と相槌を打った。


「しかし、実際に起こったことは私の想像を超えて不可解だった。マネは私に一言も連絡しないまま、彼女の『助手』とかいう人間を伴って宝物殿に向かったのだ。。おまけに、彼女は役場の電話から、クリエンツェに虚偽の通達を出したのだ。『急な事情により夜間に宝物殿内の管理作業を行うので、その護衛に当たって頂くように』とな。役場の他の人間たちも、近々マネが宝物殿内に調査に入るという話を聞いていたから、彼女が宝物殿のカギを持ち出したことに、何の疑問も抱かなかった」


「……ルビさんから事前に話を聞いていたから、マネさんからの通達に私も何の疑問も抱かなかった。まあ、なぜわざわざ夜中にとは思ったがね。……マネさんが宝物殿の中で何をするつもりなのかその時は知らなかったし、まして茜の雪などという遺物の存在は知りもしなかった。事の重大性を把握していなかったのだ。私は何の疑問も抱かずにマネさんと助手とやらを宝物殿へと案内してしまった。その後は……君の知っての通りのことが起きた」


 クリエンツェは若干ばつが悪そうな表情でそう付け加えた。


「ということは」ファインは突然閃いたような表情を浮かべた。「最初の脅迫状の内容は、嘘だった。つまり、私たちを騙して宝物殿の扉を開けさせるための罠……」


「そう考えていいだろう。私はこんな古典的な手にまんまと騙されたわけだ。勿論その目的は、『茜の雪』を盗み出すことだったに違いない。後の消防隊の調査でも、『茜の雪』は焼け跡から見つからなかった」


 思いがけない真相を前にして、ファインの心は大いに高揚していた。ただの不幸な事故だと思われていた事件の裏に、張り巡らされた謀略。何というサスペンス!


「しかし、それではあの爆発は何だったのでしょうか? 宝物殿の中にあった古い火薬に引火したという話は……」


「何だったのかという問いならば、私は既に答えている」ルビは再び鋭い眼光をファインに向けて言った。「あの爆発は、まさしく今回盗まれた『茜の雪』によるものだと私たちは考えている」


「ええっ?」


 ファインは驚きで上擦った声を上げた。ルビは苦虫を噛みつぶしたような表情で、深々と溜息を吐いた。


「『茜の雪』は、それを着るものに人智を越えた能力をもたらすと既に言った。その力とは、まさしく炎を操る能力だ。あれを着たものは、炎をまるで自分の手足の様に使役することができ、本来燃えるはずのないものを一瞬で火の塊へと変えてしまう。宝物殿を吹き飛ばしたのも、その能力によるものだろう。よくよく考えてみれば、不思議だとは思わなかったか? 殆どが石でできているはずの宝物殿が、なぜあんなに景気よく燃え盛ったのかを」


「でもそんな、本当に魔法みたいなことが……」


 ルビの口調は至って真面目だったけれども、ファインは極めて懐疑的な感想を抱いていた。そんな、お伽噺のようなことがあり得るのだろうか。そんな荒唐無稽な話を、警察隊の前隊長ともあろう人間が語るようなことがあり得るのだろうか。ファインはクリエンツェの方をちらと見たが、彼もまた真剣な顔つきのまま、手元の資料に視線を落としていた。


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