8. 容疑者 ①
ファインがクリエンツェから呼び出しを受けたのは、例の事件から二週間程が経った頃のことだった。その頃には既に殆どの隊員たちが不幸な爆発事件のことなど忘れかけていて、それはファインにとっても同じだった。
隊長からの直々の呼び出しというのは、古参の隊員たちから見ても珍しいことだった。ファインは一体何事かと驚いたし、周囲の隊員たちも「何をやらかしたんだ?」と笑いながらからかった。彼女は隊長室へと向かう道すがら、ここ最近の自分の行動に落ち度がなかっただろうか振り返ってみたけれども、特にこれといって思い当たる節は無い――結局彼女は頭の中をモヤモヤさせたまま、クリエンツェの待つ隊長室の扉を叩くこととなった。
隊長室は隊長の仕事机と歓待用のテーブル、それから値の張りそうな茶色のソファが並んでいるだけのシンプルな部屋だった。壁にはカラフルなタペストリーが飾られており、その全てに警察隊の隊章が描かれている。
ソファには隊長クリエンツェともう一人、見知らぬ老人が腰を掛けていた。
「ああ、来てくれたな」
クリエンツェはそう言って、正面に座るよう手ぶりでファインに合図を送った。ファインは小さく敬礼をし、彼らの対面に腰かけて相対する二人の顔を眺め見た。クリエンツェは穏やかな表情で微笑んでいたが、隣の老人は神妙な面持ちでファインの方に刺すような鋭い眼光を向けていた。ファインはその老人と面識が無かった。しかし、彼の額に刻まれた深い皺の数々は、彼がただの年寄りではないということを雄弁に語っていた。
「こちらは、ルビ・トロントさんだ。私の前に、警察隊の隊長を務められていた方だ。君が入隊する前に引退なされたから知らないかもしれないが……」
「よろしく、ファイン・レントレイン君」
ルビは威厳に満ちた低い声でそう言って、ファインに握手を求めた。彼女は若干怖気づきながらもこれに応じた。ルビの掌は岩のようにざらざらした感触で、ファインはなんだかこそばゆい感覚を覚えた。
「君のことは、クリエンツェから聞いているし、風の噂でも知っている。史上最年少で入隊を果たした、剣術の天才ファイン・レントレイン。先日の剣術大会でもその若さにして準優勝まで勝ち取ったというじゃないか。大変素晴らしい才能だ」
「恐縮です」ファインはわずかに俯いて、顔を少し赤らめた。「……それで、今日は何のお話しでしょうか?」
「……さーて、何から話したらいいだろうか……」
クリエンツェはテーブルの上の書類に手を伸ばして、その紙の上に視線を滑らせた。ファインが言葉の続きを待っていると、先にルビの方が話を始めた。
「君は……例の宝物殿の爆発の時に、その場に居合わせたのだったね?」
「はい。と言っても、爆発が起きた瞬間は、まだ坂道の途中でしたけれど」
「そうか。今日の話は……あの事件の真相に関連することだ」
ルビの言葉を皮切りに、穏やかだったその場の空気が一瞬にして、重々しいものへと変わった。ファインは不意に息が詰まるような感覚を覚えて、ゴクリと生唾を飲んだ。クリエンツェの顔からも、先程までの微笑が消えていた。
「つい先月のことだ。私の家にこのような文章が届けられた」
ルビは懐からベージュ色の便箋を取り出して、机の上に置いた。ファインは覗き込むような姿勢で、その小さな文字の羅列の上に視線を滑らせた。
親愛なるルビ・トロント隊長殿
久しぶりだな、隊長さん。息災にしているかね? 私としては、していない方が喜ばしいのだがね。
しかし、相変わらずお前は間抜けだな。貴様が燃えかすのような残りの人生に耽溺しているうちに、あの忌まわしき『茜の雪』は既に偽物に取り換えられてしまったぞ?
お前の不注意のせいで、今度もまた、大勢の人間が死ぬことになるだろう。私は住民たちの気持ちを思うと落涙を禁じえず、笑いが止まらない。
止めてみたければ、止めてみるといい。シャロンの夜に、赤い星が堕ちる日は近いぞ。
「これは……」ファインは思わず口に手を当てて、困惑の表情を浮かべた。「脅迫状の類でしょうか? しかし……」
「これは脅迫状だ。紛れもなく。そして、罠でもあった」
「罠?」
ファインが聞き返すと、ルビは静かに頷いた。