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7. 手紙 ②

 腕の傷の治療が終わると、ファインはぺこりと頭を下げてから医療室を出た。彼女は新しく巻き直した包帯を眺めながら待機室に戻ろうと歩き出したのだが、道中で不意に呼び止められて足を止めた。その声の主は、何やら浮かない顔をした隊長クリエンツェだった。


「ああ、今は暇かね?」


「えっ? ええ、そこそこ暇ですけれど」


 ファインは腕時計をちらと見ながらそう言った。


「……ならば、一仕事頼まれてくれないか。この手紙を、近くの郵便局まで出しに行ってほしいんだが」


 クリエンツェはそう言うと、真っ白な封筒をファインに手渡した。封筒の裏側には、朱色のインクで警察隊の隊章が刻まれていた。ファインははっと息を飲んだ。その封筒は余程の重要案件の時にしか用いられない、特別なものであることを彼女は知っていた。


「誰への手紙なんですか?」


 ファインは封筒をしげしげと眺めながら尋ねた。送り先の住所はシャロンの南部地区になっているが、受取人の名前は書かれていなかった。ファインの問いかけに、クリエンツェは苦笑を浮かべながら、


「私も詳しくは知らん。なんでも、『専門家』らしいがね」


と言った。


「専門家、ですか。一体何の……」


 ファインはそう尋ねかけたが、クリエンツェのわざとらしい咳払いに声を遮られた――それはクリエンツェが度々用いる、余計な詮索はするなという合図だった。ファインは質問を取り下げると、


「……了解です」


と返答した。クリエンツェはニコリと笑いかけると、よろしくとばかりに手を振りながらその場を去っていった。


 クリエンツェの態度は何となく不審に思われたけれども、しかし自分のような一般隊員には聞かせられない案件があっても不思議ではないと、ファインは勝手に納得してしまった。彼女は浮かびかけた疑問を腹の奥に仕舞い込み、受け取った封筒を屯所の外にある郵便局に持って行った。郵便局を出ると、近くのカフェテラスに数人の若者がたむろして、何やら歓談しているのが見えた。時計は十五時、優雅なおやつの時間だ。


「そう言えば、紅茶を奢ってもらう約束だった」


 ファインはふと、例の爆発の前にネイドと交わした約束を思い出した。ここはきっちり請求して多少苦い思いをさせなければ、ネイドのズボラな態度はいつまでも改善されまい――ファインは妙な義務感を覚えると、ネイドを探すために屯所の待合室へと急いだ。


 ファインが郵便局に届けた封筒は、次の日の夕刻には郵便配達員の手に渡り、シャロン南部の海沿い地帯へと運ばれていった。配達員は封筒に書かれた住所を地図で探し、やがて崖のそばにぽつりと立っている一軒の家を見つけた。青い屋根が特徴的なその小さな家は全体的に古めかしい雰囲気を漂わせており、一見すると廃墟の様にも思われた。玄関も庭先もほとんど手入れがされておらず、家を取り囲む木製の塀もところどころ腐り落ちて壊れていた。


 家の前に辿り着いた配達員はその只ならぬ様子に少々物怖じしたけれども、暫くしてから決心を固め、錆びて壊れかけている郵便受けにクリエンツェの手紙を投函した。


 配達屋がその場から逃げるように立ち去ると、一人の青年が玄関から顔を出した。彼は様子を窺うようにゆっくりと周囲を見渡した。彼は郵便受けに入った手紙の存在に気が付き、その封筒に印された朱色の隊章を眺めると、少し眉を顰めた。


「警察隊の連中から……?」


手紙を回収して家の中へと引っ込んだ彼は、銀製のペーパーナイフで封を丁寧に破った。封筒の中には丁寧に折りたたまれた、一枚の手紙が入っていた。


親愛なるラーク・モスコット氏へ


 前略。

 おそらく貴殿も既に聞き及んでいると存じますが、先日丘の上の宝物殿が爆破されるという事件が発生しました。原因は不明、犯人も未だ特定されていません。表向きには宝物殿管理の際の人為的なミス、ということになっています。しかし今回の件、我々は事故ではなく、明確な悪意を持った事件ではないかと推測しています。


 消防隊による建物内の調査により、内部に保管されていたはずの宝物『茜の雪』が紛失していることがつい先日発覚いたしました。また現在、資産管理部のクラウス・マネ氏が連れてきたとされる『助手』と名乗る人物の行方が分からなくなっています。我々はこの人物が、今回の事件に関係しているのではないかと睨んでいます。


 『茜の雪』が外部流出している状況というのは、ご承知の通り極めて危険な状態だと言えます。いつまた、あのような大規模な爆発あるいは火災が発生するとも分かりません。そこで警察隊の隊長としてのお願いなのですが、本件の迅速なる解決のため、専門家であるあなたに是非お力をお借りしたいと考えております。捜査にご協力お願いできませんでしょうか?

 良いお返事を期待しております。それでは。

                                シャロン警察隊 隊長

                                              クリエンツェ・グイード


青年はその短い文章を二度、三度と眺めてから、薄ら笑いを浮かべた。


「なるほどねえ……」


 彼は腕を組んで、茶色の天井を見つめた。部屋の中は静かで、ひっそりとしている。既に太陽は西に傾いており、締め切ったカーテンの隙間から漏れる光には、日暮れを伝える橙色が混ざり始めていた。窓の外からは波が砕け散る潮騒の音が、周期的なリズムを刻んでいた。


青年は一つ大きく伸びをしてから立ち上がった。彼は本や文房具が雑多に積み上げられた棚の上から、小さな紙を一枚引っ張り出した。そして、机の上にある万年筆を走らせ、紙の上に小さな文字を書き始めた。


親愛なるクリエンツェ・グイ―ド氏へ


 ご丁寧なお手紙有難うございます。あなたとはまだ面識がありませんが、これから友好な関係が築けることを期待しています。以降、宜しくお願いいたします。


 今回の件の重大性は、私の方でも既に認識をしております。私はこれから本件について、独自調査を行う予定です。従いまして、警察隊の方々がこの事件について手を出す必要性は皆無であると存じます。茜の雪を含め、『星の回路』が関連する事案に、素人が迂闊に介入するべきではないと私は考えています。皆様には普段通り、シャロンの平和を守るためにその手腕を大いに発揮して頂ければ幸いです。犯人確保の目途が立ち次第、こちらから再度連絡差し上げます。それまでコーヒーでも飲みながら心穏やかにお過ごしください。


追記

 

 何分世間の話題に疎いもので、隊長が代替わりしていたとは存じ上げませんでした。前警察隊隊長のルビ・トロント氏はお元気でしょうか? もし既にお亡くなりになっているのであれば、是非ご連絡ください。返答次第では、私は久方ぶりにケーキとワインで細やかなお祝い会でも開こうと考えています。


                                                  ラーク・モスコット


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